Tale「とある普通のエージェントの最期」

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「お前は財団に対し多くの寄与をもたらしたんだ。だから、きちんと治ってもらって、元の日常に戻る権利がある。」

丸風医師の声が室内にこだまする。

静寂に包まれた診察室内には丸風医師と目の前にいる男の二人だけ。丸風医師は日本支部内でもトップの優秀さを持つ医師。そんな人の目の前にいる痩せた、街中にいるような何の変哲もない格好をした普通の男は口を開いて言った。

「治らない病気を無理に直そうなんて思わないよ。僕がどれだけ財団に貢献しようと、死期を伸ばすことなんてできないんだ。」

そのいつもと変わらない優しく、力強い声に丸風医師はいつものようにあきれていた。もしかしたら治せるかもしれないのに、この男はいつもこう返してくる。その言葉がどういう意味なのか完全に理解した顔で言ってくるのだ。

「財団内部には最新鋭の技術が揃っている。しかもお前の病など簡単に"直す"ような異常存在だって数多くいるのだ。なのになんでそれを拒否するんだ。何度でも言う、お前には治る権利がある。」

どう言ったって変わらなかった。この男は治ろうとしない。

「先生もあきらめたらどうだ。医者にとって治ろうとしない患者は厄介この上ないでしょ?」

「そんなことを言われてもな、お前を死なせたら俺だって理事会に顔が立たないんだよ。」

開いた窓の外から冬の凍えるような風が入ってくる。
男は風にさらされた頭皮を寒そうに撫でた。

男は財団の中でエージェントとして働いていた。
男が働き始めてから何十年にもなる。男が貢献したことはいくつもあった。
一般世界に解き放たれてしまった危険なオブジェクトの早期回収。これによって100人以上は救われただろう。
オブジェクトの新たな異常性の発見。数多くやってきた。男の観察眼は担当の博士たちよりも優秀だった。今でも死なずに済んだと男に感謝してるやつもいる。
財団内にもぐりこんだ要注意団体のメンバーの摘発。これによっていったいどれほどのサイトが救われたかわからない。
男が中年になってからも、新人の育成などをして貢献した。日本支部内の優秀なエージェントたちはみな彼の教え子で、今でも彼のことを慕っていた。
日本支部理事会からも信頼が厚かった。男が預かった直属の依頼は数多く存在する。
日本支部で彼の存在を知らないものはいない。それほど偉大な男なのに、どうして。

「お前、財団に入ってから数えきれないほど人を救ってきたんだ。おまえが救われても」

その言葉を遮って、男は強く言葉を放った。

「人を救ったからって、それは理由にはならない。それに、人を助けるのは普通の事だろ?」

丸風医師は震え始めた手で目頭をグッと押さえた。
赤く火照った顔は、必死に悲しさを堪えていた。

「俺はな、お前のパンチのきいたクルクルパーマが好きだったんだよ。バカみたいな髪型で、どうしてそんなダサい格好でいられるのかと思って、いつもお前の前で笑っていた。それが好きだった。なのに。」

「髪の毛のことか?気にすんなって先生。僕はハゲだって似合うんだ。」

目から一粒、塩っぽい水がこぼれた。



心地のいい風が吹く。
木々はピンク色の花で満開になっていた。

「どうしてですかね、丸風先生。あんなに強かった人がこんなあっさり死んでしまうなんて。」

「…。あいつは普通が好きな男だった。俺と一緒に財団に入ったときから。だからこそ、俺はあいつに普通に生きていて欲しかった。」

一つの小さな墓石の周りに、たくさんの色鮮やかな花が並んでいる。どんな色も、男に対しての感謝のために向けた。贈る相手が好きな色。贈る相手の最高の色。

「財団一優秀なエージェントの最後がまさか末期癌なんて、ちょっと意外でした。『エージェントは現場で死ぬ定め』ってよく言うでしょ?実際、普通の死に方ができたエージェントなんていなかったのに、本当に普通じゃない人ですよ。」

「あぁ、あいつの癌はな、発見された時にはもう手遅れ。多くの場所に転移してて、普通だったら死んでる状態だった。」

「でも、財団は普通じゃないでしょ?オブジェクトの異常性を利用すれば治せたはず。」

「さぁな。理事たちの特令で使用は許可されてたんだが、断られた。でも、それはあいつにとっての普通じゃないからな。自分だけ特別は嫌なんだよ。」

丸風医師は喪失感のにじみ出た顔をしていた。

「自分を特別扱いせず、危ないところに飛び込んではだれかれ構わず助けて他人に心配をかける。あいつは俺の親友だったし、特別な人間だったから、時には自分の身を案じて欲しかったし、時には自分を特別扱いして逃げて欲しかった。でも、最後までしなかった。そういう奴だった。」

丸風医師はズボンのポケットから一本の牛乳瓶を取り出した。

「俺は花束なんてしゃれたもんは用意できなかった。だから、お前にこれをやるよ。」

カツン、と音を立てながら、男の墓石の前に何の変哲もない普通の牛乳瓶を置いた。
普通の、男が大好きだったもの。

普通の日、普通の場所で、普通の暖かい春風が吹いた。


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  1. portal:3661818 (05 Jan 2021 08:13)
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