はっはっ、と息を切らしながら、舗装された夜道をマッティア、モーリーの2人は駆けていた。街灯はすべて機能を失っている。星明かりと胸部に取り付けたライトがなければ、移動することもままならなかっただろう。
『しばらく道なりに進んでください』
装着したイヤホンから声が届く。
「オーケー。後ろは?」
先行するマッティアは尋ねた。
「遠くの方まではよく見えませんが、今のところは何も向かって来ていないと思います」
スピードをほとんど落とさず、モーリーは器用に後方を確認して答えた。装備がガチャガチャと音を立てる。
「急ごう」
一緒に行動していたはずのアキラが姿を消していることに気が付いたのはつい先ほどのことだ。無事でいてほしいが、恐らくは 口にはしなかったものの、2人はそれを理解していた。ロストした仲間の心配をするのは後だ。今はミッションを完遂し情報を持ち帰らなくてはならない。本部が把握している以上に、このネクサスは深刻な事態になっている。
「アメリア、回収ポイントまではあとどれくらいだ?」
マッティアはマイクに声を入れる。
『今のペースなら、およそ15分程だと思います』
イヤホンからはそう返ってきた。異常事態の真っ只中、2人が比較的冷静でいられるのはこの声によるところが大きい。完全に孤立しているわけではないという認識は、何よりも強力な精神安定剤となっていた。重い装備を抱えた状態でのマラソンは2人の身体に大きな疲労をもたらしていたが、もう少しの距離だとわかると、心なしか身体に力が湧いてくるようだった。
「わかった。すぐにヘリを飛ばせるように準備してくれ。できる限り急いで向かう」
『了解しました。レンジャーにそう伝えます』
先ほどの情報がちょっとした気の緩みにつながったのかもしれない。
「あ……3人の通信は?」
思わず口から出た言葉に、しまった、とモーリーは感じた。もし仮に彼らが無事だとしたらどうする?今から引き返すのか? 無理に決まっている。どのような返答が返ってきたとしても、結局のところは士気が下がるだけなのだ。
『ニコラスとオスカーの信号は確認できていますが、依然サイト81XX内から動いていないようです。通信は繋がりません。アキラの方は信号を確認できません。通信も同様です』
聞くまでもなく、理解できていた答えだ。
「わかった。ありがとう」
黙り込むモーリーの代わりに、マッティアはシンプルにそう返した。
『突き当たりを左折してください』
「了解。もうそろそろか?ヘリが降りられる敷地があるようには見えないが」
そのまま走り続けておよそ10分ほど経過した頃、マッティアは再び尋ねた。
『はい。入り組んでいる道の奥の方に広場があり、そこに着陸させています。かなり近くまで行かないと見えないと思います。近くまで来たら教えてください。明かりを点けさせます』
「了解した」
もうすぐだ。ここまで、肉体的にも精神的にもかなりの負荷がかかっている。特にモーリーはかなりまいっているだろう。彼女はここまでの事態を経験したことはなかったはずだ。しばしばモーリーに声をかけながら、マッティアは走り続けた。
『もうかなり近くに来ている筈です』
少し進むと、イヤホンから声が入った。
『大きな木のある建物が目印になると思います。その辺りから見えませんか?』
「木?」
マッティアは聞き返しながら、辺りを見回した。
「ありました。おそらくあちらの建物です、隊長」
モーリーがある方向を示す。それは少し大きな、2階建ての木造の建物のように見えた。
『敷地に入ったら裏手へ回ってください。その後こちらでライトを点けます。 お待ちしておりますね。お気をつけて』
これまでルート案内に徹していた声は、わずかに感情的な言葉を漏らした。
「すぐに向かう。モーリー、警戒を緩めるなよ」
マッティアは言った。
「はい」
モーリーは小さく、はっきりとした声で返事をした。
「到着した。ライトをお願い」
モーリーがマイクに声を入れたが、イヤホンからの応答はない。
「アメリア?応答を」
通信トラブルだろうか?近くにいるのであれば、少し辺りを見て回ろうか そうマッティアが考えた頃、イヤホンからノイズが入った。そして、ノイズの向こうから声が聞こえてくる。
『 答してください。聞こえますか?隊長、応答してください』
アメリアの声だった。
「こちらマッティア。問題ない。聞こえている」
『ああ隊長!聞こえます、こちらアメリア。良かった、無事だったんですね。現在地を教えてください。すぐに救援を向かわせます』
2人は通信の向こうのアメリアの声に違和感を覚えた。まるでしばらく通信が繋がっていなかったかのような
「待てアメリア、それは 」
通信は再び切れた。
アメリアがマッティアの声を聞いたのは、これが最後だった。
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