R.T.I製マイクロボット「ワルチング・マチルダ」に関する事業評価レポート

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責任編集者: エミリー・トミック プロメテウス・クレディレポート・メルボルン

基本事項


R.T.I製マイクロボット「ワルチング・マチルダ(Waltzing Matilda)」、正式名称「R.T.I スワーム」はラプターテック・インダストリーズが製造したマイクロボット(技術的な定義で呼べばミリロボットという呼称が正確)。同製品は、2003年から発生した異常生物のグレートマイテグレーション(大移動)あるいはスタンピード、通称「第二次エミュー戦争」終結後にオーストラリア連邦共和国政府が異常生物の殲滅・居留地保護を目的にラプターテック・インダストリーズに対して発注した。

注: 第二次エミュー戦争
第二次エミュー戦争と称される、変異エミューを始めとした異常生物のグレートマイテグレーションあるいはスタンピードは、2003年に初めてその存在を確認された。大陸中央部を起源地とするそれは、同年末に人口密集地が存在する大陸沿岸部に到達する。オーストラリア軍による奮戦空しく、メルボルンでは全市民の疎開を余儀なくされ、都市機能が半壊するなど甚大な被害を与えた。イギリス派遣軍と正常性維持機関の本格的参戦により沿岸部における事態は収束した。

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エミュー(学名: Dromaius novaehollandiae)

オーストラリア連邦共和国政府は同製品を、メルボルン市郊外のほかに、旧ニューサウスウェールズ州ハンターバレーに投入し同地域に存在した異常生物コロニーを一掃することに成功している。

なお現在、R.T.I社の発表によれば「R.T.I スワーム」の生産は終了している。自己複製機能を有するナノマシン・マイクロボットはNK-クラスシナリオを誘引しかねないとして現在全世界で全面的に禁止されており、協定に違反した場合は正常性維持機関や国家超常機関による制裁が行われる。特に依然として企業間抗争勃発の懸念が拭えない現在においては、メガパラテック1各社によるR.T.I社攻撃の正当化に利用されかねないことは、同社にとって看過できないだろう。もっともR.T.I社はブラック・マーケットをも含む幅広い市場で活動しており、既に販売された本製品が当社資産へのテロリズムに使用される可能性は残る。

技術背景


同製品は、居留地に被害をもたらす異常生物のスタンピードを食い止めることを主目的とし、オーストラリアの過酷な砂漠でも一定の期間、メンテナンスフリーで稼働し続けるように設計されている。

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大陸中央部の典型的な乾燥地帯

同製品は、巡回地域内に侵入した動物をマイクロボットの大波で覆いつくし、高度なバイオマス転換機能を活用して動植物の排除とエネルギー補給を両立する。この機能によって長期の稼働を実現しており、エネルギー補給を行うための規定のプラントがない場合は一定の稼動期間後にエネルギー不足によって自然に無力化される。さらに交戦時の損傷からは自己複製をも疑われるほどに高度な自己修復機能を用いて回復する。また交戦時に同製品は集団的知性を発揮して、自律的に外敵を排除する。

以上の機能を発揮し、同製品は自律的に居留地を防衛し続けるよう設計されているが、その高度な修復機能もその材料がなければ稼働することはできない。ただしオーストラリアの都市近郊には、第二次エミュー戦争時に大陸各地で被災した建造物や機械の残骸や放棄された兵器などが散乱している。このため、これを排除するには事前に巡回地域からスクラップ類をすべて排除した上で、駆除を進める必要がある。なお、マイクロボットは人間と異常動物を厳密に識別することはできない。

このマイクロボットが有する高度なバイオマス転換機能は、プロメテウス・ラボ・グループが2030年に破棄したプロジェクト・サルースを起源とするものである。

プロジェクト・サルースは、当時の日本医療産業連合会(Yakushi)が開発を進めていた医療用ナノボット・体内病院(In Body Hospital)に対抗して開発が開始された。現在「I medic」という製品名で知られているこのナノボットは、基本的には診察を代替する存在であり、手術や免疫機能の代替を果たす存在ではない。そのためプロメテウス・ラボは先んじて、"体内中の病原体を破壊する完全にメンテナンスフリー医療用ナノボット"を開発することを目標に設定した。しかし、自己複製が可能な免疫補助ナノマシンは、①患者の細胞と病原体を区別することが困難 ②プロメテウス・ラボ・グループ内の医薬品メーカーの脅威となる ③開発コストが著しい ④何よりK-クラスシナリオの引き金を引きかねない、ことからプロジェクトは破棄された2

プロジェクトチームは解散され、バイオマス転換機能と自己複製機能をそれぞれ研究していたデーヴィッド・ブライトン、ヘルタ・レッチェは解雇された。両者はその後、ヒト教育開発研究機構に一時在籍した後、R.T.I社に入社しその後「R.T.I スワーム」の開発に従事した。

事業概要


2032年、オーストラリア連邦共和国はR.T.I社に対し、旧ニューサウスウェールズ州ハンターバレーに存在する大規模な異常生物のコロニーを殲滅することを依頼した。将来的な居留地の拡大計画と首都の安全保障の上で、同コロニーは共和国にとって大きな障害だったからである。しかし共和国軍から第二次エミュー戦争の戦訓を伝えられたR.T.I社は同社の子会社PMSCが保有する武装資産ではコロニーを殲滅することができないだろうと判断した。そこで同社は研究中であったマイクロボット技術を発展させることとした。既にほぼ完成している高度なバイオマス転換機能を合わせて自己複製機能を有するナノマシンを開発できれば、長い目で見れば大幅なコストダウンを達成できることを期待したことが、後日のヘルタ・レッチェに対するレンタコップ3によるインタビューから明らかになっている。

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第二次エミュー戦争以前に撮影されたハンター地域

そもそも時速50Km以上で疾走する上に、2000年代の既存のあらゆる兵器に対して頑強な身体を有する変異エミューに対して、これを追跡、射撃する兵器を運用する場合は先進国正規軍並みの質と量を必要とした。とはいえ当時のオーストラリア共和国連邦は、依然として第二次エミュー戦争の打撃から回復しきっていなかった一方で、コモンウェルス・オブ・ネイションズ4との外交関係も十全とは言い難かった。だからこそ連邦政府は新たなエミューの駆除法を求めていたわけである。そのような中、R.T.I社は"迫りくる変異エミューをマイクロボットの大波で受け止め、溶かしきる"、このコンセプトであればR.T.I社の資産でも実現可能であると判断したのだろう。

2033年12月中頃、R.T.I社はハンターバレーの谷あいに設置した「R.T.I スワーム」生産・エネルギー補給プラントの稼働を開始し、翌年の3月ごろには谷を横断するマイクロボットの堤の形成が完了した。同4月、R.T.I社の武装資産はコロニー外縁を一か所を除いて囲む形で砲撃を行い、パニックを起こした異常生物たちを谷に誘い込んだ。「R.T.I スワーム」は期待されていた通りの効果を発揮し、飛び込んできた動物たちを一匹残らず"溶かした"ことで、R.T.I社とオーストラリア連邦共和国政府の契約は完了した。その後、マイクロボット群は、オーストラリア連邦共和国軍が第二次エミュー戦争時に世界オカルト連合から供与された旧式兵器の在庫処分を兼ねて一掃され、またプラントも解体された。これにより、ハンターバレーに存在していた大規模な異常生物コロニーは一掃され、同政府はハンター地域への入植を開始した。なお、作戦に使用された谷は危険性を考慮して、今なお侵入禁止地域として管理されている。

補遺1. UNEP・GOCエミュー監視キャンプ(ハンターバレー)壊滅事件

UNEP・GOCエミュー監視キャンプ(ハンターバレー)は、2013年にオーストラリア連邦共和国旧ニューサウスウェールズ州ハンターバレーに設置された。これは前年まで設置されていたステーション-AU-32・サイト-6132を引き継いだものであり、世界オカルト連合評価班749"Dr.Dolittle"の他、UNEP(United Nations Environment Programme:国際連合環境計画)5とそのパートナーとして認められていたNGOの構成員が滞在していた。同キャンプはオーストラリア連邦共和国の人口密集地からそう遠くない異常生物の生息地域であったハンターバレーの観測を目的にしていた。大規模な排撃班が駐留していなかったことから伺えるように、実質的に生態系の安定化によって終結した、第二次エミュー戦争後の生態系の保全を淵源的な目的としていた。

そのため同キャンプの人員は、2034年に計画されたR.T.I社と連邦共和国政府による異常生物コロニーの破壊作戦に反対していた。とはいえ基本的に彼らは、現地政府の意向を拒否できる立場になく、作戦の決行前にキャンプの人員は引き上げられ、作戦のために進出してきた政府軍の駐屯地となった。しかし、ウィルソンズ・ワイルドライフ・ソリューションズ(WWS)の派生団体であるフランツィシュカズ・ワイルドライフ・ソリューションズ6の構成員5名とその他NGO構成員の計10人がキャンプ内の集会所に立てこもり、引き上げと政府軍による集会所の使用を拒否した。その後、同キャンプはコロニー破壊作戦時に難を逃れ狂乱状態にあった10匹の変異エミューによって襲撃された。その後駆け付けたGOC排撃班は、狂乱したエミューによって徹底的に破壊された兵器と建屋、そして兵士とNGO構成員の遺体を発見した。

R.T.I社の包囲網を抜けたエミューがオーストラリア軍兵士に加えてNGOの構成員を殺害したことで、オーストラリア連邦共和国政府は兵士遺族からの訴訟に加えて、国際問題を抱えることとなった。そのため、同政府はR.T.I社に対して賠償として、他地域における「R.T.I スワーム」生産プラントの設置をほぼ無償と言える金額で要求した。これは法外な要求のように思われたが、R.T.I社としてはマイクロボット技術の研究のために再度同製品の実証実験を行いたかったこと、保守的なオーストラリア政府との超常兵器取引ルートを維持しておきたかったことからこれに応じた。

補遺2. オーストラリア連邦共和国政府による「R.T.I スワーム」のメルボルン郊外への配備


オーストラリア連邦共和国政府は2034年11月に、UNEP・GOCエミュー監視キャンプ(ハンターバレー)壊滅事件の賠償として、R.T.I社に対してメルボルン市郊外における「R.T.I スワーム」生産プラントの設置を要求した。その際、連邦共和国政府はマイクロボットの付加機能として「ワルチング・マチルダ(Waltzing Matilda)」を合奏する機能を希望した。

ただし2010年以降オーストラリア連邦共和国の施政権は、メルボルン市・ビクトリア州に殆ど及んでいなかった。これは第二次エミュー戦争直後のオーストラリア連邦共和国政府による事実上のメルボルン放棄方針に端を発するものである。これに反発した市・州政府は、大混乱中の国政をよそ眼に、海外超常企業の積極的誘致・超常技術への規制緩和・正常性維持機関への施設貸与・各種研究機関への市民情報の提供を始めとする開放政策を実施し、オーストラリア最大のメガパラシティとして発展した。

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第二次エミュー戦争の従軍・犠牲者も慰霊する戦没者慰霊館。メルボルン市街における希少な緑地

しかし2033年にメルボルン市にて、テレセファロン脳症7の終末期患者が接続発作で自分ごと市のマスターサーバーを破壊した「テレセファロン・ショック」事件が発生。これによって、電子登記システムが停止して以降、無数の未登録移民・超常犯罪者・非合法悪魔・半神格が流入し、犯罪率が急速に悪化していった。正常性維持機関の駐留はメガパラテク企業に対する牽制にはなったが、地域犯罪の抑止にはさして寄与しなかった。

つまるところ、市・州の行政が麻痺の極致にある2034年に、連邦共和国政府がメルボルン郊外に「R.T.I スワーム」生産プラントを設置させたのは、以下のような思惑があった。①メルボルン郊外に対エミュー兵器を設置することで、連邦共和国政府がメルボルンに庇護を与えていることを示す,②メルボルンが連邦共和国政府の施政権の及ぶ場所であることを示すことで、正常性維持機関によるメルボルン市政・ビクトリア州政への介入を暗に非難する,③市・州政府の軍事力では排除できないマイクロボット群を配備することでメルボルンに対する脅しとする。マイクロボットに「ワルチング・マチルダ」を歌わせたのも、国民歌であった同曲の心理的影響を期待したものだが、メルボルンでは「ワルチング・マチルダ」は「助けてくれない政府なんて知らない、俺たちの街は俺たちで守る」というメルボルンっ子の反骨精神を奮い立たせる歌として親しまれていた。

メルボルン市は2036年、市警察と委託契約を結んで警察業務に従事する成果報酬型の民間事業者の導入を決定し、メルボルン在住の"市民"やPMSC(private military and security company)を、治安維持と緊急時の都市防衛にあたらせた。犯罪率は依然として上昇し続けたが、同年にはPMSCらの合同作戦によって「R.T.I スワーム」生産プラントが破壊された。

補遺3. ワルチング・マチルダ事件


2036年に生産プラントが破壊されて以降、メルボルン市政府はマイクロボットの減少を期待していたが、実際にはマイクロボットの数は微増していた。しかし、時折マイクロボットの砂山に突っ込む愚かなノーマッドの被害を分析する限り、各マイクロボットは自己複製機能を発揮していなかった。ここから、女王個体の出現と異常で不明なエネルギー調達手段の獲得をマイクロボットたちが成し遂げたことを、研究者らは予測した。普段マイクロボット群は旧ヤンイェン貯水池公園を始めメルボルン市の北に複数のコロニーを形成していたため、各コロニーに女王が存在するだろうと考えられたのだ。

とはいえ暴走したマイクロボットがメルボルンを飲み込むだろうという研究者たちの不安はよそに、マイクロボットたちはメルボルン市の北部にエミューが出没すると、ワルチング・マチルダのメロディーと共にどこからともなく現れて街の防衛に努めた。これにより市の防衛費は大幅に抑えられていた上、市民の多くもこの存在には好感と疑義がないまぜになったになった感情を持っていた。

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第二次エミュー戦争以前に撮影されたヤンイェン貯水池

2047年1月22日、メルボルン市政府は居住地域の拡大・市中央部のステーション-AU-03・サイト-61MLの一部移転のために、メルボルン市郊外の開発計画を発表した。「メルボルン外周区再生マスタープラン」と題された開発計画の中で枢要な位置を占めるのが、旧ヤンイェン貯水池公園に存在する最大のマイクロボットコロニーの撤去であった。マイクロボットは接近してしまえば人であろうと飲み込んだ上、開発の際に鉄筋などを食われてはたまらなかった。

そこで市がヤンイェンコロニーの排除事業を募集したところ、多くの事業者が社外のPMSCと契約してでもこれに応募し、中にはメルボルン市への進出を目指した新興企業までが市外から現れた。これは難度の高い同事業にできる限り企業を多く応募させて競争させることで経費を削減させようと、開発計画関連事業への権益(インフラ工事やサービス事業の委託における優先権など)を付随させていたためである。結果的に議会はR.T.I社とエンゲルベルト社のジョイント・ベンチャーへの業務委託を4月13日に決定した。「R.T.I スワーム」を開発したのは他でもないR.T.I社であり、彼らが提示した金額は大手事業者の中では最安値であるから、というのが議会側の説明である。

R.T.I社とエンゲルベルト社は12月12日以降、続々とメルボルン市北部に終結して陣を敷き、議会に提示した通り爆撃と砲撃を以てコロニーを一掃する構えを見せた。またエンゲルベルト社が、同地域において獲得した権益をもとに、将来交通拠点となるべく計画されていた跳躍路の門の建設工事を、市の計画に先んじて4月より開始していた。この門の機能は12月半ばの時点で概ね完成といった様相だった。もっとも、メルボルン市は社会問題解決のために開発計画を急ピッチで進めたがっていたため、万が一のことが起きない限りにおいてエンゲルベルト社のこの行為には目を瞑っていた。実際、多くの宅地開発事業者も、他社に顧客をとられまいと開発計画を繰り上げに繰り上げていた。

2047年12月19日の深夜、R.T.I社の自爆ドローンはメルボルン市に接近した変異動物の群れを攻撃し、これを殲滅することなく市郊外へと誘引した。群れとこれに反応した膨大なマイクロボットが先述の工事現場に到達したその時、エンゲルベルト・コンストラクションの作業グループは門を高出力で開放し、双方を別宇宙に移動させようと試みた。実のところ、両社が「R.T.I スワーム」の駆除事業を安価でも請け負ったのは、メルボルン市北部において「進化」したであろうマイクロボット群を捕獲して、自己増殖と外部エントロピーの秘密を探るためであった。

こうした状況にパニックを起こしたマイクロボット群はその場から三々五々に逃げ出した。これにあてられてか、工事現場へ集結に向かっていたマイクロボット群もパニックを起こし、ワルチング・マチルダを「歌い」ながら、ヤンイェン、シュガーローフ旧貯水池に「身投げする」集団やひたすら北へ向けて進む集団が現れた。一方、当の工事現場では、急速かつ強引な門の解放に伴う莫大なバックラッシュと、未完成な枝宇宙への接続に伴う現実出血に起因するアスペクト放射線束の発生が、莫大な熱として現れた。市中心部からも観測することが出来た巨大な光柱の根元では、門の基部と変異動物、マイクロボットが容赦なく融解された。

結果的に、両社はマイクロボット群のもつ自己増殖と外部エントロピーに秘密を握ることはかなわなかった。マイクロボットの多くは、貯水池の単なる堆積物の一部となったか、大陸中央部の小さなマイクロボットコロニーを形成している。工事現場での事故に伴い、その周辺では建設を進めていた構造物に大きな被害が生じ、「メルボルン外周区再生マスタープラン」は大幅な再計画を求められた。

さらに被害を受けた企業らは48年1月2日、兵力展開計画書8を市政府に提出し、R.T.I社とエンゲルベルト社に対する攻撃をプリモルディアルとMC&Dの商業兵力部門に依頼したが、全面衝突には両PMSCが難色を示し、市内の4つの事業所が大破するに留まった。なお、47年12月25日にメガパラテック各社の連名で発表された、静かなる大戦9における「クリスマス休戦共同声明」の適用範囲からメルボルン市は除外されていたものの、メルボルンに参入していた声明文発表各社及びそれらと協力関係にある各社(特に日系企業連)は参戦を自制した。

一方、ヘラルドサン10の報じた本事件の顛末を知ったメルボルン市民の多くは、市政府やメガコーポの面子が失われたことを知って大いに喜んだ。市民らの間ではその功労者たるマイクロボットたちの"死"を悼み、ワルチング・マチルダを愛唱したほか、彼らにちなんだグッズが作られては飛ぶように売れた。こうしたグッズは今では土産物としてメルボルンにすっかり定着している。

附録. 楽曲「ワルチング・マチルダ」について


「ワルチング・マチルダ(Waltzing Matilda)」は、ブッシュ・バラード(Bush ballad)として知られるオーストラリアスタイルの詩とフォーク調の曲であり、オーストラリアの国民歌である。ワルチングというのは円舞曲を指すのではなく、豪話語で彷徨う(移動する)という意味であり、マチルダというのも同じく豪話語で、放浪労働者(スワッグ・マン)が棒で肩に担いでつるす風呂敷のような包みを意味する。つまり、所持品すべてをスワッグに包んで放浪するという意味のタイトルである。

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ゴードン・クーツ, 1889, "Landscape with swagman"

「ある日陽気なスワッグ・マンが池近くのユーカリの木の陰で火を起こして歌いながら野宿をしていたところ、どこかの牧場から羊が逃げてきて水を飲みに来た。貧しいスワッグ・マンがそれを捕まえてしまったところ、後から警官がやってきた。彼らに捕まれば死んでしまうと考えたスワッグ・マンは"オレは生きたまま捕まらねえぞ!と池に飛び込んで死んでしまった。今もあの池の近くを通るときには、彼の幽霊を見るかもしれない。」

概ねこのような筋書き(長い間伝わった曲らしく様々な歌詞の版が存在する)の曲がオーストラリアの国民歌として愛唱され、1977年に行われた国歌を決める国民投票において2位に選ばれるような人気を持っていた背景には、流刑地時代・植民地時代の本国イギリスに対する反骨精神が国民の思想として定着していたからだろう。義賊ネッド・ケリーが賛否両論ありつつも伝説の英雄として後年にまで伝えられていることと同様である。あるいは、ステップや荒野の只中をスワッグ担いで放浪するというのが原風景として共有されていたのかもしれない。

今日においても「ワルチング・マチルダ」はオーストラリアで愛唱されている。彼らの心の中にはスタンピードで荒廃したオーストラリアを再建したあの日の事や、自分たちを見捨てたオーストラリア政府を見限って巨大都市を打ち立てたあの日の事が思い出されるのだろう。

    • _

    Once a jolly swagman camped by a billabong
    Under the shade of a coolibah tree,
    And he sang as he watched and waited till his "Billy" boiled,
    "You'll come a-waltzing Matilda, with me."

    ある日陽気なスワッグ・マンがビラボン(池)のそばで野宿をしていた
    クーリバ(ユーカリの一種)の木陰で
    彼は歌いながら古いビリー(お湯を沸かすための缶)に火をかけていた
    「誰か俺と一緒にマチルダ担いで旅するやつはいないかい」

    Chorus:
    Waltzing Matilda, waltzing Matilda,
    You'll come a-waltzing Matilda, with me,
    And he sang as he watched and waited till his "Billy" boiled,
    "You'll come a-waltzing Matilda, with me."

    コーラス:
    ワルチング・マチルダ, ワルチング・マチルダ
    誰か俺と一緒にマチルダ担いで旅するやつはいないかい
    彼は歌いながら古いビリーに火をかけていた
    「誰か俺と一緒にマチルダ担いで旅するやつはいないかい」

    Down came a jumbuck to drink at that billabong,
    Up jumped the swagman and grabbed him with glee,
    And he sang as he shoved that jumbuck in his tucker bag,
    "You'll come a-waltzing Matilda, with me."

    羊(豪話:ジャンバック)が水を飲みにビラボンにやってきた
    スワッグ・マンは飛び上がって大喜びで羊を捕まえた
    そして彼は歌いながら、その羊をタッカーバッグ(食料をしまう袋)に押し込んだ
    「俺と一緒にマチルダ担いで旅をしよう」

    (Chorus/コーラス)

    Up rode the squatter, mounted on his thoroughbred.
    Down came the troopers, one, two, and three.
    "Whose is that jumbuck you've got in your tucker bag?
    You'll come a-waltzing Matilda, with me."

    サラブレッドに乗って牧場主(スコッター: 家畜を放牧するために大規模に王室管轄地を不法占拠している人、のちに合法)が現れた
    警官も、1、2、3人現れた
    「お前のタッカーバックに入ったヒツジは何だ? 荷物をまとめて私たちと一緒に来い」

    (Chorus/コーラス)

    Up jumped the swagman and sprang into the billabong.
    "You'll never catch me alive!" said he
    And his ghost may be heard as you pass by that billabong:
    "You'll come a-waltzing Matilda, with me."

    スワッグ・マンは飛び上がってビラボンに飛び込んだ
    「生きたままお前に捕まるものか!」彼は言った
    今でもあのビラボンのそばを通るときには彼の幽霊が見えるかもしれない
    「誰か俺と一緒にマチルダ担いで旅するやつはいないかい」

    (Chorus/コーラス)

評価


「R.T.I スワーム」の存在は、SCP財団における基準で当てはめればNK-クラス: 世界終焉シナリオ、端的に言えば「グレイ・グー」シナリオの実現が、現在の技術力であればある程度目算がつくことを明らかにした。これを受けて2041年には全世界で自己複製機能を有するナノマシン・マイクロボットの製造が禁止されることとなった。また、一連の事件によりR.T.I社の企業イメージはある程度損なわれ、当社に利する場面もいくつかあった。

ただし、「R.T.I スワーム」の有する主要な2つの機能─バイオマス転換機能と自己複製機能の技術の源流は、元はと云えば当社のプロジェクト・サルースにある。この点は当社の研究者第一の姿勢の問題点と、近年の課題である内規の弛緩、危険な人材と技術の管理不足を如実に示しているといえる。

当社が解雇した元研究員が他社において正常性維持の上で重大な懸念のある実験、研究開発を行い、また実際の被害に及んだことが世間に明らかになった事例は、本事例に留まらずここ5年で7件確認されている。これはここ数年連続の企業好感度調査の当社最低数値の記録更新の一因となっている。さらに言えば、依然として当社の経営・財政に影響を発揮する二大正常性維持機関との関係を維持する上で、大きな障害となっていることは言うまでもない。

以下は補遺1と2・3について述べる。

UNEP・GOCエミュー監視キャンプ(ハンターバレー)壊滅事件は、変異動物コロニーの殲滅を成し遂げたとはいえ、結果的にはオーストラリアにおいて環境保護・共存の潮流を生むこととなった。これは居留地の拡大を求める開発派と環境保護派との政治的対立を生み出したが、実のところここ30年以上にわたり、居留地の拡大は野生動物のなわばりを大きく侵害することはなく、連邦共和国政府と各都市の財政状況もまた、既存市外の再開発とインフラ整備に注力することを彼らに余儀なくさせた。

つまるところ、グレートマイテグレーションあるいはスタンピードを予防するという観点からは、共存方針が今のところベターな選択であることを、依然として不調なオーストリア財政が教授してくれたということになる。これを受けて、メルボルンの郊外開発計画もエミューが時折迷い込む北部においては大きく縮小に舵を切った。

ワルチング・マチルダ事件の影響としては、自律的に変異動物を撃退してきた市北部郊外の「R.T.I スワーム」の消失が、市の防衛費に対する負担として大きくのしかかってきたことが大きい。これは都市防衛においてPMSCが担う役割が大きくなったということで、メルボルン市におけるプロメテウス・ミリタリー・インダストリーズの利益はここ1年拡大傾向にある。また、変異エミューを始めとした変異動物との戦闘は実地試験として大変有用である。

また、水資源確保のために改修が予定されていた市北部の幾つかの貯水池が、自壊したマイクロボットの流入により汚染されたことで、ここ1年毎月のように一般家庭の水道価格と、フジヤマウォーター(ヒノデ:日)・オルヴェーニュ(カラス:西)、マウント・ペンバートン(D&R:米)などメジャーなミネラルウォーター価格の上昇が続いている。これに伴い、2049年5月現在、プロメテウス・アルキメデスとNDC・理外研ケミカルの間で、アングレシー第3・4海水淡水化プラントの受注競争が行われている。


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