人智を超えて

「死病蔓延、国内の死亡者100万人に」

昼時、職員で賑わう食堂のテレビにはこんなテロップが映しだされていた。
異常性と向き合い、心身に疲労を感じてやまない私たちにとって、食事は癒し以外の何物でもない。生姜焼き定食を貪りながらテレビを観ていた私は溜め息をつき、味噌汁を啜る。

その死病は「死神」と人々の間で呼ばれていた。

数年前から流行している奇病であり、感染したヒトは10時間以内に心臓発作、脳卒中、など主に血管の狭窄が原因で死を迎えるという。
奇妙なのは感染者の傾向だ。「死神」がその鎌を振るうのは、主に高齢者である。そして免疫力に問題のない知的障害や身体的障害を抱えるヒトの死亡率も格段に高い。その一方で健常未成年の感染者はほとんど確認されていない。

およそ半年前、この病気について、感染源と思われる新種のウイルスが発見されたとWHOが報告した。しかし明確な感染経路や発病のプロセスがはっきりせず、未だ調査中だとも同時に報告された。それ以来国連からの報告は無いまま、世界中で感染者が広がっている。このような並外れた特性をもつことからか、このウイルスはいつしかネット上で「God of Death」、文字通り「死神」と呼ばれ、世間に広まっていった。

ただ、私たちも黙ってはいなかった。日本支部には1年半前、この奇病に対する調査チームが本部の要請によって編成された。「死神」が異常存在であるという可能性が大いに考えられたからである。私自身もこのチームのメンバーだった。ただ、ちょうどウイルスが発見される数週間前に調査チームは解散。米国の本部にデータの一部を提供し、私も任を解かれた。それ以降日本支部が関わることはなく、「死神」の調査については未だ本部の特殊チームが管理している。

今、テレビの向こうで目に涙をためて話す有名タレントは、「死神」で元気だった祖母を亡くしたという。最近はワイドショーに引っ張りだこで、どこでも「死神」についてお涙頂戴な熱弁を語っている。またどのマスコミも、WHOの対応が遅いだの、このままでは日本は無くなるだの、政治的陰謀であるだの、様々な煽りで盛んに「死神」を取り上げているのをみるとさすがに辟易してくるのが正直な感想である。

ようやく食事を終えて、携帯端末を取り出した。ニュースアプリは相変わらず中身のない情報を見出しに構えていたので、結局SNSを開いて読み漁る。話題のトレンドはいつも「死神」だ。やはりうんざりしてくるが、人の生死に関わる問題が話のタネになるのも必然なのかもしれない。

その辺りの感覚が薄まっているのもまた、職業病か。

実際に体験したのかどうかもわからない体験談、広告、漫画キャラのイラスト、昼飯の写真、そして「死神」被害のニュース…。情報がひしめき合うタイムラインを眺めていると、とてつもない数のユーザーが共有する一つの投稿が目に留まった。

『死神が広がって経済が回ってるよな。老害も早死にして、障害者もでてこなくなってるからかなり過ごしやすい社会になってる気がする。実際現代社会の救世主でしょ』


デスクワークを終えた私が時計を見たとき、長針と短針が上向きに重なろうとしていた。
収容プロトコルの改訂による処理も、職員の生死だけでなく、財団を、そして世界をも守る仕事だ。このような責任を伴う仕事を任されていることに誇りを持ってはいるが、作業が終わった今はただ家に帰りたいのみである。慢性的な人手不足に悩まされている財団に、働き方改革の波はまだ届いていないようだ。

帰り際、同僚の研究員と自販機の前でバッタリ会った。互いに飲料を買い、残業に心血を注ぐ自分たちを笑いあった。

薄汚い会話が途切れると、同僚は缶コーラをあおりながら、半笑いで言った。

「お前見たか?あの投稿。『死神』で経済まわってるってやつ」

咄嗟の事で一瞬思考が追い付かなかったが、ベットボトルのラベルを見ながら何食わぬ顔を装った。

「見たさ。不謹慎極まりないね」

「ただ、一理あると思わないか?」

飲み終わった缶をゴミ箱に突っ込みながら、そいつは俯きがちに言った。

「俺たちは肩車式にカネで高齢者を支えてかなきゃならない。少子高齢化なんて言葉は聞き慣れすぎてすでに何も感じなくなった。未来の見えない今の日本はすでに『死神』に助けられつつある」

言葉を返すことができなかった。それが納得からくるものか、あまりに呆れて声も出なかったのかは分からない。

「ハナから社会に必要のない奴らに感染して殺してるんだ。欧米のほうでは酷く肥満な若者もやられてるらしい。『社会不適合者の剪定』なんて呼んでる奴も…」

「それぐらいにしとけ、いつどこで誰が聞いてるか分からねえんだぞ」

錯綜した脳内からようやく絞り出したこの台詞に、説得力はひとつも無かった。


その週末は、久々の休日だった。「死神」は未だ猛威を振るっているが、それよりも日ごろの業務で削りに削っている睡眠時間を補うことに必死だった。
頭の中で、同僚に言われたことを噛み砕いていた。「社会不適合者の剪定」?そんな馬鹿げた話があってはならない。人間としての尊厳は一体どこに逃げて行ったというんだ。

いや、尊厳なんてもう無いに等しいか。
異常なクソッタレ共のことを理解したときから、この世界の人間に尊厳が無いなんて知れていたことじゃないか。

では、あの「死神」は?

左の拳をベッドに叩きつけた。へこんだマットレスが戻っていく感覚を痺れた手で感じながら、「死神」の事を思考から強引に消していった。

夕方、カップ麺を食いながらニュースを呆け顔で観ていると、急にスタジオがバタバタと慌ただしくなった。というのも、アメリカ大統領が緊急の会見を開くのだという。

画面が会見場に移り変わった。大統領がちょうど檀上に姿を見せ、演台に向かっていた。

「今日私がお話するのは、そう『死神』と呼ばれる疫病についてです」

「God of Death」、確かにそう言った。遅れて同時通訳が流れてくるが、英語を聞き取るには邪魔だ。
大統領は主にアメリカにおける「死神」の被害について大きなジェスチャーを交えて説明した。高齢者、知的、身的障害をもつ人々、生活習慣病末期の人々…、そういった人々が「死神」のウイルスに感染し、亡くなっていると述べ、「哀悼の意を表します」と十字を切った。そして大統領は神妙な面持ちで、聴衆を向きなおった。

「そして我々アメリカ政府は、この『死神』について、皆さんに話さなければならないことがあります」

会場は静寂に包まれている。私は、再びあの自分が砕けてしまいそうな違和感を覚えた。

「『死神』は、人為的に作り出された、大量殺戮兵器であります」

会場はシャッターの音で埋め尽くされた。
ストロボの白い光が私の目の前を照らしたと思えば、すぐさま画面は真っ暗になった。私は呆然としていた。

私を覚醒させたのは、同僚からの電話のコール音だった。すぐに出勤して来い、とだけ言われ、切られた。

これは、何なんだ?

だが私は、頭の底でとうの昔に理解していた。
これは財団の作った疫病だ。これは私たちの狂気だ。

財団は間違いなくこのことを隠蔽するだろう。
それが私たち、いや、奴らにとっての世界を守るという呪われた使命だ。

世界は疲弊し、停滞していた。大国は粛清を、剪定を、「死神」に託したのだ。

この世界の「死神」となれるのは、尊厳を捨てた世界に潜む、私たちだけだ。

世界は救われるのかもしれない。ただこれが人間を救う術だとは、到底思えなかった。


管理オブジェクト: CA-001-β

オブジェクトクラス: Sophia

概要: CA-001-βは財団によって開発、培養された特殊人工病原体であり、病原体に記憶された情報に基づいた発動プロセスで、特定のヒトを殺害することが可能です。現在世界人口のおよそ80%が罹患しているとみられており、対象となるヒトは99%の確率で殺害されています。感染は現在も進行中です。

CA-001-βは米国政府が極秘で進行していた世界維持プロジェクトにおいて作成されました。財団は米国政府の依頼を受け、3年2か月でCA-001-βを完成させました。Dクラス職員を使用した大規模な臨床実験の結果、その効果が正常なものと認められたため、散布に至りました。

CA-001-βは主に飛沫感染し、ヒト以外では媒介されません。また、あらゆる免疫機能はCA-001-βを標的と認識しません。CA-001-βはヒトの人体に侵入した後、自らの記憶情報と対象のヒトが持つ遺伝子や細胞生体情報を照合し、適合した場合のみ、その効果を発現させます。CA-001-βは血液中で増殖し、特殊なタンパク質を生成します。生成されたタンパク質は血管に付着し、それが血管の梗塞を誘発します。対象が死亡するとCA-001-βはそのタンパク質を分解し、機能を一時的に停止します。対象が記憶情報と適合しなかった場合、CA-001-βは一定まで増殖した後、対象の体内にいる間その機能を停止します。

現在、CA-001-βには██████項目もの記憶情報が搭載されており、適合者は世界中で████万人と推測されます。CA-001-βによって世界中の人口問題は解消の一途を辿るとされています。財団、国際連合及び米国政府はCA-001-βの存在をあらゆる手段を使用して徹底的に隠匿し、混乱を避ける必要があります。もしCA-001-βが米国政府の政策の一環であることが露見した場合、起こりうるインシデントは予測不可能です。またそれは財団の存在が明らかになる危険性を孕みます。カバーストーリー「死神」を全世界に流布する他、国際連合理事会との綿密な情報交換が求められます。

付記(20██/█/█): 当プロジェクト責任者である米国大統領███・█████氏がクラスC-1精神的外傷と診断されました。財団本部カウンセラーの派遣が予定されています。

付記(20██/█/██): CA-001-βの変異予兆が確認されているため、プロジェクトチームによる抑制と対抗物質の開発、散布が開始されています。

ERROR

The benisou's portal does not exist.


エラー: benisouのportalページが存在しません。利用ガイドを参照し、portalページを作成してください。


利用ガイド

  1. portal:3534473 ( 26 Jul 2018 12:29 )
Unless otherwise stated, the content of this page is licensed under Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License