第二四〇〇番

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誤認もしくは意図的に加筆された欺瞞を含む可能性があります。

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    (施第壱号閲覧封印術式)

    久能尚史の非時外法蒐集物覚書帳目録第二四〇〇番

    一九五四年十月捕捉。按察司"原誘水"が発見。久能尚史の非時外法は、大日本帝国陸軍特別医療部隊(通称"負号部隊")の秘密作戦"トキジク計画"で研究されていた異常な医療施術。当時は陸軍特別医療部隊ジョフク隊の軍医大尉、現在は日本生類創研ヒト科生物研究室室長として知られる"久能 尚史"により考案された術式であり、被術者に対し不老の異常能力を付与する。当該施術は不完全なものと評価されており、複数の臨床実験の結果成功した例は信州日奉家の第32代当主"日奉 枕"の長女"日奉 蓬"の1件のみであり、実験段階で多数の死者は出している。

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      (施第壱号閲覧封印術式)

      「おお、動いている久能君を見るのは久しぶりすぎて違和感すらあるな。よくぞ戻った、待っていたぞ」

      復帰の挨拶に屋敷を訪ねた私を、中佐殿は暖かく迎えてくれた。私が事故で眠ってから数十年と少々、陸軍一の醜悪男と蔑まれた葦舟中佐殿の顔面が老化により磨きが掛かっているのを見ると、自分が知らぬ間に流れた時の長さを痛感する。

      「ご迷惑をおかけし申し訳ありません。眠っている間に少佐殿には随分と手間をお掛けしてしまったようで」

      「はは、まぁ確かに。志那を追いかけまわして大陸を走り回っていた時に、久能君さえ居ればなぁとよく考えたものだ」

      「だがな、眠っている久能君のおかげで進んだ研究もあるのだ。眠ったまま一切老化しない久能君を参考にいろいろやってな。どうだ、この顔、幾分若く見えるだろう」

      そうは見えない、と喉元まで出かかったが、よくよく観察してみると確かに年齢よりは若く見える。これが研究成果ということは、中佐殿は件の研究を今も推し進めている、ということか。

      「その、進んだ研究。以前お話頂いた"不死なる兵士"に関することで?」

      「いかにも。君が眠って数年経ったぐらいから本格的に研究している。今では専門的な部隊を組織して研究を推進している」

      私が眠ってから数年経ってから研究を始めて、その成果が目の前の老人が多少若く見える程度。研究はあまり上手くいっていない様だった。

      「中佐殿、その研究に私も是非」

      研究の段階や方法、自分は何をしたら良いのか、それら全てを確認せずに私は研究への参加を希望した。この時の私の感情を現すなら"焦り"だ。

      目覚めて自分の状況を聞かされた私は情報収集に走った。日本国の今、家族の今、久能君や米津君と言った友人たちの今、自分が居ない間に過ぎた全ての出来事を調べ漁ったのだ。自分が眠っている間に、日本は志那と戦争を始め勝利、家族は安否不明、友人たちは其々の分野の第一線で活躍していた。鏡に映る若いままの自分を見て、私は震えが止まらなかった。まるで時代にそのまま取り残されてしまったかの様な私は、まずは友人たちの背中になんとしても追いつこうと考えていたのだ。

      「話が早いな。君に任せたいと思っていたのだ。君なら適任だと、君の寝顔を見ながらいつも思っていたよ」

      中佐殿は数十年間ゴクツブシだった私をまだ信頼してくれていたようだ。いや、私の頭脳をアテにしていたからこそ、使い道のない私を数十年間生かし続けたのかもしれない。正直、私にとってはどちらでも些末なことだ。

      「……ああ、そうだそうだ。久能君にもう1つ頼みたい」

      中佐殿はそういうと私の後方に目線を飛ばした。私が入ってきた戸の方を見ると、齢十四か十五ぐらいに見える娘が躰を壁に隠しながら此方をのぞき込んでいた。美しい娘だ、ハッキリ言って中佐殿の血縁のものではないだろう。

      「君に義娘を預ける。面倒をみてやってくれないか」

      「ええ、承知致しました。しかし、いったい」

      「古い知り合いの娘でな。娘が赤子の内に病で他界して、それから私が面倒を見ている。葦舟を名乗らせてはいるが、日奉家の人間だ」

      「日奉家、なるほど」

      日奉家と聞いて、その美貌に納得した。私の祖母であり、鬼の眷属の末裔であった橋詰章子がそうであったように、超常を司る特異な血筋の女には美しい女が多い。染色体を発見したヘルマン・ヘンキングは、超常の起源を探求する研究の中で染色体を発見し、一種の先天性異常体質はX染色体に転写されること発見した。その数年後、生物学者ウォルター・サットンは、遺伝子が染色体上に存在することを提唱し、先天性異常体質は特別な生存戦略のもと繁殖されると結論付けている。その特別な生存戦略というのが、目の前の実例がそうであるように”美貌”である……と。

      「では、この娘には何か特異な体質が?」

      「いや、わからん。それを調べてほしい」

      ヘンキングやサットンの提唱した説は実証こそされていない。とはいえ、目の前の娘の美しさを見ると、何か自分が誘導されているとすら感じるほどの魔力めいたものを感じる。その魔性が、特異体質の存在を暗に示唆している……私は何故かそう確信できてしまった。

      「では別件ですね。少々お時間頂くかもしれません」

      「別件、いいや。もしかしたら、件の研究にも関係するかも……、とは思っている」

      「はい?」

      「いやいや、気にするな。とにかく、どういう訳か久能君とは歳の頃も合うし、適任だろう。よろしく頼むぞ」

      中佐殿の反応しづらい冗談には反応せず、私は娘に近づき、足元に跪いた。見上げていた娘と、見下していた私の視線の高さが一気に逆転すると、娘は少しだけ驚いた反応をした。きっと警戒しているのだろう。

      「私は久能尚史。お名前をお聞きしても宜しいでしょうか」

      名前を尋ねると娘は少しだけ表情を和らげ、真一文字に閉じられていた口を開いた。

      「蓬。葦舟蓬です」

      私にはその声が天使の囁きに聞こえた。本当に美しい時間が流れたように感じた。





    日奉蓬は大日本帝国陸軍特別医療部隊創始者の葦舟龍臣の義娘に当たる。日奉枕とその妻が不明な病で死亡して以降、日奉蓬を引き取り、養育していたとされている。この引き取る過程について、当時の蒐集院は葦舟龍臣の自作自演を指摘しており、日奉蓬を引き取るために、日奉枕等を殺害したとする記録が残っている。ただし、この記録には疑念があり、当時の蒐集院内部で強く主張されていた反葦舟の感情から捏造された可能性は否定できない。同記録内では、葦舟龍臣が日奉蓬を殺害したとする根拠について、日奉枕等が患っていた不明な病に、日奉蓬も罹患していたことを挙げている。この不明な病については記録は存在せず、葦舟龍臣の指示によって日奉蓬の特異体質について調査していた久能尚史のみが、詳細な情報を入手していた可能性が在る。何れも詳細不明。

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      (施第壱号閲覧封印術式)

      蓬の第一印象は、「警戒心が強く、掴みどころがない」と言ったところだ。発言の節々からは素直で純粋な人格が見え隠れするが、私との距離間を妙に開けてくる。その癖して、常に私の後ろをピッタリと付け回し、仕舞には研究室にまで付いてくる。私の研究は、題材が題材だけに死体や血を見ることもある訳だが、手で目を覆い、それでも私と同じ空間に居ようとする。独りで居ることを嫌っているようにも感じるが、なんのつもりなのやら。

      蓬について特筆しなければならないこととして持病がある。未知の感染症のようだが、その病原体はある程度すると自壊するのだ。攻撃するだけ攻撃して自壊、この中途半端な病症が蓬を生かさず殺さずで蝕んでいるよう。これは蓬の証言ではあるが、蒐集院の医術師はこの病を「葉病」と呼称し、蓬の両親にも同じ診断を下したらしい。私の調査する限り、この感染症は接触感染や飛沫感染では拡大しないようだが、家族間で感染が広がった理由も興味深い。また、葉病の"葉"が何を意味するのかが分からない。何しろ診断を下されたのは蓬が物心つく前のこと、その医術師が誰だか分からないし、連絡も取れない。

      更に疑問なのは、なぜ蓬は死なず、両親は死亡したのだろうか? 中佐殿は蓬の特異体質に関して「件の研究にも関係するかも」とも語った。もしかしたら、葉病は死に至る病なのだが、蓬に眠る特異体質がそれを阻止している……と少佐殿は睨んでいるのかもしれない。

      蓬は持病の検査を最初は恐れていたが、最近は快く協力してくれる。慣れたか、それとも少しは信用を稼げているのか。


      訃報だ。米津君が死んだ。遺体は見つかってない、だけれど絶望的らしい。

      悔やんでも悔やみきれない。私が眠ってさえいなければ、私が最初から計画に参加していれば、彼を不死の兵士することが出来たはずなのに。

      打ちひしがれる私を見かねてか、蓬が珍しく話しかけてきた。

      「悲しいの?」

      「ああ」

      「米津さんって人はどういう人なの?」

      「友達だよ。数少ないね」

      こざっぱりとした会話。私にも心の余裕が無かった、私を警戒している女に対し、決して丁寧とは言えない対応かもしれない。それでも、この時の蓬はいつもと違っていた。

      「私には友達が居ないから分からないかもしれない。でも私も悲しいな」

      「……。そうですか」

      「むぅ」

      私が優しい? 自身の目的のために人間の体を切って貼って弄繰り回す私が? 母性のつもりなのだろうか、薄緑の手術着に血をこびりつかせたままウロつく私に何か共感したという娘の眼にはやはり魔力めいたものを感じる。知った口を利かないでくれ、と喉元まで出かかってはいた。でもその言葉は出なかった。

      「お父様もお母様も私が物心つく前に亡くなったから、大切な人が死ぬっていうのが分からないの。ずけずけとごめんなさい」

      なんて小気味悪い。でも、なんだろうか。なんなんだろうか。


      米津君の死。私はただ悲しむだけでいることなんて出来ない。

      今も有効かはわからないが、祖母の威光を借りようと思う。祖母、即ち石榴倶楽部初代橋詰こと”骨食い橋詰”は、私の母方の祖母だ。幕末の京において遊郭を経営していた祖母は、幕府の取り締まりから多くの志士を匿い、倒幕運動を支援していた。祖母に匿われていた志士の中には、坂本龍馬、中岡慎太郎と九十九機関関連人物の名前が目立つ。その甲斐があってか、祖母は本来は極秘の九十九機関の資料庫に入り込むことができる人物だった。これは私にも影響があり、幼少期に祖母に連れられ、九十九機関の資料を教科書に超常学を教育されたものだ。政府御用達の正常性維持機関の極秘資料群ならば、何か計画の参考になるものが見つかるだろう。

      ……そうそう。帰りに食材の買い出しに行かねば。

      蓬に飯を作らせようと思ったが酷いものだった。とても任せておけん。





    久能尚史の非時外法は、対象の色相影響を強制的に喪失させることで不老性を獲得させる。喪失させられる色相影響は、とりわけ青色の色相であり、久能尚史は「死は青色であり、青色の作用を封じることで死を回避できる」と提唱している。喪失は外科的な手術で行われ、網膜・外側膝状体の一部切除し、カルシウム信号の送信を強制停止させる他、タンパク質とアントラニル酸を結合する身体機能を麻痺させる。一時的に抗酸化作用が失われ、抵抗力が乏しくなる他、加速的な老化の兆候が発現するが、身体が青色の色相から解放されることで、これらの問題は即座に解決する。ただし、この術式には視覚障害や代謝の大幅な低下など、副次的な悪影響が多く存在するため、不老性を獲得するものの、健康の維持は困難である。

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      (施第壱号閲覧封印術式)

      ごく一部ではあるが、九十九機関資料庫への入場が許可された。特別医療部隊所属という肩書も役に立っただが、なんといっても祖母が彼らに売りまくった恩が大きかったようだ。私は九十九機関の協力者として迎えいれられた。九十九機関は近々大規模な組織改革を控えているらしく、私は信頼できる家筋の者として、新たな協力者として最適……だそうだ。

      資料庫にて興味深いものを見つけた。二十世紀初頭、ドイツの自称医師"レオナルト・ハルトマン"が発表した論文だ。

      『死後の生命、即ち霊実体は、アポトーシス/ネクローシスに関わず、放出されたアントラニル酸を起源とする物質を纏っている。この霊実体は特定環境下においては青色の存在として観測できるはずである。この青を検出する霊写機を設計することで、理論上は霊を写真に収めることができる』

      当時、誰にも相手にされず、妄想家の烙印を捺されたハルトマンの論文が、なぜ九十九機関の資料庫に保管されているのか、それは即ち、この論文が妄想では無かったことを意味している。

      霊は青。私はこれまでの研究のどこかで、この事実にすれ違っていた気がする。私の過去の資料を読みなおす必要がありそうだ。

      さて、蓬に土産でも買って帰るとするか。


      線虫、そうだ、凍霧君の縫合線虫。凍霧君曰く、赤外線を照射された環境下で、線虫は何らかの方法で死亡した場合、青色の光を放つという。

      凍霧君はこの発光現象を、「細胞膜が壊死する際に、内部に格納されていたアミノ酸の一種が放出されることで発生する」と興味なさそうに適当な解釈で片づけていたが、私の見解とは大きく異なる。かの線虫を手に入れることは叶わないだろうが、似た虫ならすぐ手に入る。実験してみよう。

      ……。

      外的要因で殺傷した場合、自然死させた場合、何れでも青色の発色を確認。壊死する細胞膜の様子を観察したが、死の直前より発光を開始し、死の瞬間が最も強く発光した。流失した瞬間にアントラニル酸が何かと反応して発光しているというならば、流失の瞬間がもっとも煌めくはず。アントラニル酸の類が流失こそ実際に確認されたものの、発光との因果関係は見られなかった。

      霊が青い、とするハルトマンの主張は一部誤りだと思う。正確には霊ではなく、死が青いのだ。


      最近は蓬が私の研究を手伝うようになってきた。

      お前だって私の研究対象だというのに、なんというか。明日は自分が椅子に縛られ、頭を開けられるかも……などは考えないのか。まぁ考えていないのだろうが。

      実際、蓬の警戒心が大分薄れているのは感じる。飯を作ってやれば黙って食らうし、向こうから私のことを根掘り葉掘り聞いてくるようになってきた。これまでは死臭纏う私を警戒し、鬼を見るような目で見てきていたが、どのような心境の変化があったのだろうか。米津君の一件で弱る私を見て、同じ人間だと認識したか? ふふ、残念、私は鬼の眷属”橋詰”の血筋、鬼を見るような目こそ正解よ。

      そうだ、少しでも親睦を深めるために質問でもしてみようか。最近の研究といえば専ら色に関するものばかりな訳だが、それに因んだ質問だ。

      色の持つ印象というのは、その色の性質に密接に関係している可能性が高い。例えば、「母なる海に還る」「天に昇る」など死の表現に引用される海と空は青い、これは我々人間が青から死を無意識に感じ取り、紐づけているために生まれた慣用句であると言える。それを踏まえてこの質問。

      「蓬。私は色で例えると何色だ」

      「はい?」

      「聞き返すな。直感的な回答が欲しいんだ」

      「久能様が何色……。えーっと」

      「私から見て、蓬は深緑色だ。落ち着いた印象だが、それでいて深みのある色……」

      ここまで言って、この質問が微妙な質問であることに気づいた。深緑色というのは、蓬が良く着ている着物の色だ。私が買い与えた着物なのだが、やれやれ、よく考えれば印象なんていうものは、着ている物等に引っ張られてしまうものだ。で、あれば蓬の回答など、私の良く着ている手術着の薄緑か、それに付着する赤黒ぐらいのものだ。

      「ああ、蓬。この質問は別に──」

      「青です」

      「あ?」

      「青です。久能様は青です」

      回答は青だった。後から考えれば、まぁまぁ想定できた回答だった。私の研究を隣で見ているのだ。私と死が結びついていても不思議はない。ただ、この時は、なんというのが正確だろうか、衝撃的というか、意外だったというか。私は思わず聞き返してしまった。

      「青? なんで」

      「久能様は不思議なお方です。久能様と居ると落ち着く、というか。見ていて落ち着く色って青じゃないすか。だから青です」

      不思議なのはお前……。まぁ良い。

      落ち着く……とは。それはやはり、死を感じているから、躰が死に対して反応しているのだ。

      私は蓬にとって死になりうるのだろうか。





    久能尚史の非時外法を受けた日奉蓬は、実際に不老性を得ており、現在も十代後半の外見をしている。ただし、その副作用として、視力の大幅な減退、代謝能力の大幅な減退、生殖能力の喪失が確認されている。これら副作用はある程度想定されたものであったが、その度合いは久能尚史の想定を大きく超えていたとされている。特に生殖能力の喪失は想定外の副作用であり、久能尚史は研究不足の結果と分析している。研究不足の研究成果を日奉蓬に施した背景については諸説あるが、終戦直前に久能尚史と葦舟龍臣の関係が急速に悪化したことが関係しているのではないかと予想されている。

      • _

      (施第壱号閲覧封印術式)

      私の自宅に盗人が入った。

      夜遅く、蓬の悲鳴で目が覚めた私は、寝巻のまま蓬の部屋に駆けた。部屋に入ると窓は開け放たれており、部屋の隅には蓬が丸く縮こまっていた。蓬に駆け寄り、肩を抱いてやると、余程恐ろしかったか胸元に泣きついてきた。

      私自身、それほど金目の物を持たない性分である故に、盗人に入られた被害こそ大したものではなかった。しかし、日用品等を盗まれたようで、蓬の着物が粗方盗まれてしまった。

      「久能様に買って頂いた着物が」

      と落ち込む蓬、申し訳なく思う必要など無いというのに。

      「気にするな、蓬に怪我が無くてなによりだ」

      騒ぎに駆け付けた憲兵に大事は無いことを伝え、小一時間程度で憲兵を帰すと、再び床に就こうとした。

      蓬と寝てやるか、と布団を移動していた矢先だ。

      先の憲兵がまた家にやってきた。

      「久能殿の家に入った盗人が、死体で見つかりました」

      蓬の着物を抱えたまま路上で泡を吹き絶命している盗人。異様な死に様。

      これは一体。


      見つけてしまった。

      研究に少々行き詰まりが出てきたので、私は九十九機関の資料庫を再び訪れていた。他にも参考になる資料は無いかという腹積もりだった。

      読み流した資料の中に見つけてしまったのだ。蒐集物覚書帳目録"葉病"を。

      葉病は日奉枕の周辺人物が短期間に連続した疾患。身体機能が規則性なく破壊され、死に至る。発症者の全員が、結核/疱瘡/コロリなど複数の感染症を同時発症しており、葉病も未知の感染症である可能性が指摘されている。

      葉病の由来は、最初の発症者である日奉枕の証言。ある日の晩、庭先に頭が牛の女に見える妖異が現れたため、祓おうと試みた。気が付くと足元にはヨシの細長い葉が満たされた。面妖に思い葉を拾うと、妖異は既に消えていたので、残された葉の後始末として家の者に葉を掃除させていたが、ほどなくして日奉枕が発症、その後時間をおかずして周辺人物にも発症が確認された。当初は妖異の影響かと推測されたが、妖異に接触していたのは日奉枕のみであったため、原因は葉にあると結論付けられた。

      そして、この資料には九十九機関の調査結果が添付されていた。

      大日本帝国陸軍特別医療部隊ツチグモ隊の製造する生物兵器に、類似する物を確認。重要参考人"葦舟龍臣"と"木戸能彦"への周辺調査を実施。未知の人型実体を用いて日奉枕の暗殺を実行した疑惑有。

      葉病は蓬を手に入れるための謀だったか。嫌な予感がする。

      この日の収穫はこれだけでは無かった。

      以前聞いていた、「九十九機関の大規模な組織改革」の全容を知ることが出来た。

      白人資本の正常性維持機関"財団"との合併だそうだ。今話を聞けば、坂本龍馬が九十九機関を作った日から合併は決まっていたという。海の向こうでは若人が命を賭して米帝と戦っているというのに、なんという売国機関か。

      しかし、仮にも帝国軍人の私に向かって堂々と売国の算段を話すとは、余程舐められているか、米帝との戦争の旗色に陰りがあるということだろうか。それとも、今までの資料を読んだ私が、"葦舟"には従わないと踏んでいるのか。


      最近、葦舟がよく研究成果を急いてくる。米帝の爆撃機が本土空爆を行っているという話も聞くし、どうやら本当に旗色が悪いようだ。

      蓬の特異体質については粗方解析できたが、件の計画には役立たないと言って良いだろう。本線の研究はもう少し時間が掛かる。

      しかし、葦舟はもう待てないだった。

      「義娘を返してもらおう」

      葦舟は蓬を渡せと迫ってきた。私は葦舟の本性を知っている。蓬の特異体質に不死の手掛かりを見た葦舟は、その父を暗殺し、蓬を引き取ることで、無理やり蓬を手に入れたのだ。だが、生憎様だ。蓬の特異体質は不老不死の類ではない。

      「蓬には、中佐殿が望むような能力はありませんよ」

      私の言葉にはささくれ立ったものがあったに違いない。普段の葦舟の雰囲気はなりを潜め、凶悪な本性が顔を覗かせた。

      「構わん。ヤツには別の用途がある」

      やはり、気づいているか。糸口はあの盗人の不審死だろう。

      蓬の特異体質、それは、蓬が憎しみを抱く対象を死亡させるという、呪殺の能力だった。葉病の病原体が自壊していたのは、自壊ではなく蓬の能力で呪殺されていたという訳だ。自身の両親を奪った病に対する憎しみか、それとも単純に自身を蝕むことへの憎しみか、その呪殺の能力は蓬の無意識下で密かに発動していたのだ。

      蓬の体質は、もちろん不死の研究には役立たないが、分かりやすく兵器転用できる能力と言える。恐らく私以外の研究者の元へ送られ、憎しみという引き金を弄ばれるに違いない。

      「いや、ダメだ。蓬は渡しません」

      よく考えれば私になんの得もない返事だ。だが、私の中の何かがそれを拒んだ。この男の元に置いておいたら蓬は不幸になる。だが、それが私に何の関係がある? 私には説明が出来なかった。

      「どういうつもりだ」

      葦舟の威圧が木霊す。部屋が凍り付いたように感じた。

      「不死の研究は間もなく完成します。蓬を無理やり奪ったり、私を殺したりしたら、不死の研究は二度と手に入りませんよ」

      やはり渡すわけにはいかない。私に足元を見られた葦舟は醜い顔を大きく歪ませ、こちらを睨み付けてきた。

      「はは、蓬に情が沸いたか。愚かな。全て私がお膳立てしてやった結果だというのに」

      「どういう意味です」

      「その能力が何であれ、本人の意思に関係なく私や国のために能力の行使を行わせなければならん。だがら、幼いうちから孤独な環境に置き、成長したら適当な男を宛がって依存で精神を支配する腹積もりだったのだ。どうだ、懐きやすい娘だっただろう」

      「貴方はまったく。蓬の家族を殺すだけには留まらず、そこまでの非道を」

      「私は目的の為ならなんでもやる。しっかし、まさか君にタテ突かれるとはな。君には私のために死力を尽くす理由があったはずだが」

      「仕方ない、待とう。だが、努々忘れるな。私は目的を必ず達成する男。例え火の中水の中、地を這うトカゲに落ちぶれようとも必ず手に入れる」

      そこまで言うと、葦舟は意外とあっさりと出て行った。

      確かに葦舟の言う通りだ。長き眠りから覚めた私は、凍霧君や米津君に空けられた差を埋めるため、件の計画に死にもの狂いで向き合うつもりだった。だが、今はどうだろうか。私はアッサリと葦舟を裏切ってしまっている。それとも超常に魅入られているのか? 違う……はず。


      私は、友も祖国も裏切り、蓬と共に九十九機関に下った。葦舟が大人しく引き下がるとは思えない、蓬の安全を考えればこれが最善だ。

      私の葛藤が極めて矮小なものだったことに我ながら衝撃を受ける。帝国軍人としての私というもには、眠りについてしまったあの日で終わっていたのかもしれない。結局私は、仲間たちと超常に触れるのが好きだっただけなのかもしれない。それともやはり、蓬という小娘一人に惑わされてしまっているのだろうか。

      その蓬だが、最近は容体が芳しくない。見たこともない症状だ、何故ここまで衰弱していくのか分からない。原因も思い当たるものがない。新たに病を発症しているようだが……。

      私は資料庫を訪れた。今まで私の研究の助けとなったこの資料庫ならば、蓬の発症している病について何かわかるかもしれない。

      だが、今まで様々な叡智を授けてくれたこの資料庫も遂に力尽きたようだ。病に関する資料"は"見つからなかった。

      私の目に留まった資料は、陸軍の超常技術に関する秘密資料だった。九十九機関のことだから手に入れていても不思議なことは無い。だが、私が気になったのはその秘密資料が限りなく最新のものだったためだ。どうして九十九機関がもう持っているんだ。

      資料には情報提供者の名前が署名されていた。

      ”葦舟龍臣”

      あの男。まさか……。


      ここも安全では無かったとは。あの男は本当に何でもするようだ。

      ……。

      で、あれば仕方ない。未完成で不完全なものだが、件の術式を蓬に使う他ない。

      私は蓬に説明しなければならなかった。

      「久能様……」

      蓬の病状は深刻だ。これも葦舟が仕込んだものだろう。分かりやすい期限を設けることで、私に研究成果を急かしているのだ。

      「蓬。聞いて欲しい」

      「はい」

      「君に、例の術式を使おうと思う」

      痩せた彼女は眼を瞑ると静かに頷いた。少し微笑んでいたようにも見えたが、どうだっただろうか。

      「とりあえず、君を助けることは出来るはずだ。ただ……」

      事実を告げるだけなのに言いよどんでしまう。蓬は不幸続きにもほどがある。そんな蓬に残酷な事実を伝えることが我慢ならなかった。

      「何か悪影響があるのですね」

      私の心が透けて見えるのか、蓬は優しい声で問いかけた。私は蓬の声に背を押され、説明を続けた。

      「ああ。

      久能は苦渋の決断の末、蓬へ青色出術を行う。友を助けるための研究だったが、それを蓬に。。。

      久能の顔を見れなくなること、久能の子が産めないことを悔やみ、久能性を欲しがるが久能はそれを拒む 眼鏡の話 玉虫色の服

      そして、久能は蓬と共に九十九機関に入り、財団職員になる。それが一番安全だと思ったのだ。しかし、葦舟がスパイとして財団に採用されていることを知った久能は、かつての同胞と共に葦舟を暗殺。九十九機関に入れなくなった久能は、凍霧とかつての上司エイダの手引きでニッソへ




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  1. portal:3461191 (20 Jul 2018 11:22)
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