Agt.野町の調査ファイル 始原山自動車学校
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私たちがこれから向かうとある施設は長野県の酷く勾配の激しい場所にあった。古ぼけたバスの椅子は曲がった道が来るたびにギーギーと不吉な音を鳴らし、まるで私たちの未来を暗示しているようですらもあった。

「──先輩。なぜこんなところに施設を作るんですかね」
「どうだろう。もしかしたら色々都合が良いのかもしれないね」

財団もこうやって人の住まないような山間の地域にサイトを作ることは多いのであるが、それをここで言ってしまうとわざわざ財団の乗り心地の良い車を避けて教習所のバスを利用した意味がなくなってしまうので、程よく察せる程度に事実を匂わせたハイコンテクストな会話をした。そう、潜入任務中はこのような些細な会話ですら気をつけなければならないのである。だからこうやってあえて遠回しな言い回しをしたのは、事実を表面に出さないで欲しいと先輩として彼女を諌めたにすぎない。後輩の彼女──夏 涼子も財団のエージェントである。いくら頼りなさげに呑気な顔をしていても、あの過酷な訓練を乗り越えてきた猛者の1人なのだ。だから私の意図をたったそれだけの会話で察することができた。

「あっ、ごめんなさい」
「いいよ。次は気をつけて。あと私が妹ね」

と、どこかで上司にも言われたような気がしないことでもないセリフを後輩に言う。恥ずかしい。

「先輩が妹っておかしいですね。いやまあ仕方がないんですが……」
「うん」

今回の潜入任務に限っては私と夏は姉妹の関係だ。今年私は26歳になるのだが、まだ20歳を迎えたばかりのAgt.夏に妹と呼ばれるのには顔を赤く染めずにはいられない(表情を隠す技術は習っているけれど心象的には)。いつまで経っても加齢する兆候は見られず、この風体は中学生のままで変化することがなかった。そういう異常性なんだと言われたら、私もあの奇妙な性格が多い人たちの仲間入りをしなければならないというわけだが、現状そこまで悪目立ちすることにはなっていなかった。

「でも、やると決めた以上徹底的に」
「ほう、涼子お姉ちゃんと呼んでください」

何故私を可愛がる人間は呼称にやたら拘るのだろうか。

「涼子お姉ちゃん……」
「合格です」

そのセリフは彼女を担当した教育実習のときの私の口癖だった。

「いや〜悠ちゃんの体格じゃあ18歳以上に見られるか心配ですね」
「……」

夏涼子はまだ年も若いと言うのに非常に大人な体格をしていた。身長180cmは私からすれば巨人のようにでかかった。ちんちくりんな私とは対照的に外見の面だけで言えば大きくて体格に恵まれていた。全体的にグラマスなボディというべきなのかよくわからないが、そこには色気というのが確かにあった。私にはないものだった。

あたりを見回すと、バスの席がそこそこ埋まっていた。特に驚いたのが、席の大きさが足りないのではないかと言うくらいには巨大な体躯を持つ男だ。もし彼と戦闘になるとしたら武器がいるだろう。まあ戦闘は最終手段で、そうならないようにするのが私たちの仕事でもあるが。

このバスが向かうのは始原山自動車学校。運転免許証を取得するものに対して教習を行う施設である。崖際の危険な道を走るバスは、その伏魔殿ともいえる領域にだんだん、だんだんと近づいていった。

要注意団体資料 始原山自動車学校

エージェント閲覧用


閲覧区分: セキュリティクリアランスレベル2

ファイルコード: 36985-A


概要: 暫定要注意団体指定GoI‬-36999「始原山自動車学校」は長野県始原山市の山中に位置する指定自動車教習所です。この団体は公安委員会による認定を受けて運営されていました。その段階における調査の結果、同団体は自動車教習所を運営するのに対して如何なる問題も示していませんでした1

財団が同団体に関心を示したのは、2032年に2名の人物が合宿中に失踪した事件からです。現地の警察がその事情聴取に向かいましたが、それらの人員とはあらゆる連絡が喪失しています。行方不明が確定した時点で、財団からの警察権の制限が執行されました。現在に至るまでこれらの人物の行方は判明しておらず、周辺の区画の調査の準備が進められています。財団はこれらの異常性を明らかにする目的で、同団体の夏合宿に2名のエージェントを派遣した他、機動部隊乙-6("刺草")を急行させました。

ケースファイル 始原山自動車学校

執筆者: Agt.野町

前文: 私が要注意団体「始原山自動車学校」に派遣されたのは2032年8月1日から8月17日までの約17日間です。これらは自動車教習所の合宿という形を取っており、指定されたカリキュラムをこなしていく必要がありました。これらのカリキュラムはどのような点から見ても異常性に満ち溢れており、一介の自動車教習所のものとは思えないほどに危険でした。事前の確認では2名が死亡しているとのことですが、明らかに10名は学校内で死亡しており、それは官僚災害的な異常性によって覆い隠されています。これらのシステムの解明については研究者に任せますが、この団体の放置は必ず正常性の維持に悪影響を及ぼします。

設定: Agt.夏との合同捜査です。私は彼女の妹であり、1歳違いの姉妹であるということにしました。偽名は黒秋悠と黒秋涼ということで決めました。

装備: 潜入任務にあたって以下の装備を身につけています。これまで用いてきた用具に加え、必要であると考えられた計測用具を用意しました。

  • 網膜カメラ

コンタクトレンズ型カメラ。900万画素。まばたきの特定のパターンで写真撮影および動画撮影が可能。常時データが転送される。

  • 小型記憶処理端末

スライドで針を展開して静脈注射で速やかに記憶処理が可能。頭痛等の副作用があるので使用は最小限に留めておきたい。

  • スマートフォン

これといって特別なところは何もないただのiPhone。

  • 緊急嘔吐剤

靴底に常備。食べてはいけないものを食べた時に嘔吐するための薬剤。解毒は行えない。

  • 簡易カント計数機

技術部門の協力により何とかしてストラップに収まるほどの小型化に成功。ウサギのキャラクターのストラップに偽装した。

  • 呪的ダメージ転送装置

複数の人形。内部には私とAgt.夏の爪と特殊な固形化霊層が詰められており、対象に与えられた呪的ダメージを分散する。これらの装置によって、通常なら死亡する程の呪的ダメージから逃れることが可能になっている。固形化霊層の耐久限界から使用は一度に限定される。

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網膜カメラで撮影された始原山自動車学校の校舎

1日目: 始原山自動車学校は長野県蠣金町に位置しています。山間の広い土地を丸ごと確保しており、正確な総面積は今のところ不明瞭です。学科授業や諸々の手続きを行う「本校舎」普通の道路を模した「練習場」そして合宿を行うときのために設置されている寮などの建物が敷地内に存在します。もっとも規模が大きい建物は本校舎であり、地上4階建てです。特筆すべき異常な要素として敷地内どこにでも「標識」ないし「表示」が確認されます。指示標識の前で体調の悪化を経験した生徒がいくらか存在しました2

まず私たちは校舎内1階にあるホール-101に集められました。崖道崩路を名乗る小太りで40歳程度の中年男性は以下のようなスピーチを行なっています。

本校舎と練習場から僅かに離れた場所には合宿のための寮が設置されていました。校舎が比較的新しい建物であることと反対に、寮は非常に古い建物のように見えます。

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あかがね寮

始原山自動車学校の寮は男女で分けられており、女性用の「あかがね寮」および男性用の「しろがね寮」の2つです。2つの寮はそれほど遠くない場所にありますが、高さ5mほどの塀に遮られています。この塀には扉が1つしかありませんが、迂回することで容易に通過が可能です。この寮の背後には始原山の急峻な崖が存在しています。

標識で異常な行動を行う人物が散見され始めました。これらの標識には何らかの強制力があるように見え、従わなかった場合には頭痛などの身体的不調が生じるようでした。以下はあかがね寮の屋上から飛び降りようとした人物との会話記録です。

学科授業は一般的な自動車学校のカリキュラムから特段逸脱したものではありませんでした。しかしながら、学科3番目の標識について説明するところで、全ての生徒が気を失うという異常現象に遭遇しました。私は教官から警戒されないようとっさに周りの人物と同じ行動を取り気絶したふりをしましたが、その間教官はストロボとフラッシュが激しい光を放つ、異常な認識災害のあるであろう映像を生徒たちに見せつけました3

学科と並行して実技授業がただちに開始されました。私の担当教官は載轟重輔でした。彼は30代くらいに見える棘のある男性で、いくつかの状況においては異常性について認知しているような素振りを見せました。


第一段階実技記録-01

ファイルコード: 25896-A


日付: 2032/8/1

参加者: Agt.野町、載轟重輔(指導教官)


[2人は普通自動車に乗っており、練習場の決められたルートを周回している。Agt.野町の視覚情報は既に異常なものを捉えている。これまで通り過ぎていた標識が「その他の危険」を示すものしか存在しない。これまでの始原山自動車学校のあらゆる記録とも矛盾を示す]

載轟: 次を右だ。

Agt.野町: はい。

載轟: 徐行と書いてあることころは徐行をしろ。徐行の定義はわかっているな?

Agt.野町: "すぐに停止できる速度で走る"ことです。

載轟: 今の速度はすぐに停止できたか?

Agt.野町: いいえ。

載轟: じゃあ対応しろ。

Agt.野町: しかし、標識がそう示されてはいません。

[これまで通過したすべての標識が「その他の危険」である。これには如何なる補助標識4も付随しない]

載轟: 馬鹿を言うな。

Agt.野町: いえ、本当です。すべての標識が「その他の危険」に見えています。黄色に感嘆符だけの他に何も指し示していない標識です。

載轟: いいか?「その他の危険」の標識には意味がないんだわ。補助標識で「大雨冠水注意」とか「落木注意」とか書いてないと、それだけでは意味がないんだ。なのに黒秋は「その他の危険」だけであるという。何でだ?

Agt.野町: それは私にもわかりません。

載轟: [舌打ち]とにかくお前は標識に従っておけばいいんだよ。そこを右だ。

[突き当たりを右に曲がる]

Agt.野町: その標識が間違っていればどうしようもないのではないですか?少なくとも、わたしにはルールの方が間違っているように見えます。これは従う以前の問題です。

載轟: そこは40km出せ。

Agt.野町: [時速40kmを出しながら]答えていただけないのですか?

載轟: 黒秋は何か勘違いしているな。

[Agt.野町は右に曲がり交差点の前の信号で停止する]

載轟: もし全ての標識がその他の注意に変わってしまっていたとしても、それは壊れてしまったルールなんかあじゃない。壊れたルールについて話してるやつはこの世の中にいくらでも居るだろうが。ブラックな校則とかだ。まあ、別にそんなピンポイントなとこじゃなくても、壊れてしまった常識とかそういうのとは全然違う話を俺たちはしているんだとはっきりと断言しておくよ。今回ここに限ってはルールは味方であると捉えておけ。それが賢明ってもんだ。

[信号が青に変わる]

載轟: 次の突き当たりを右。いいか?次の標識は一時停止だからな。

Agt.野町: しかし……。

載轟: 一時停止だ。わからないなら覚えておけ。

Agt.野町: わかりました。しかしこちらからも良いですか?

載轟: いいだろう。

Agt.野町: さきほど先生は標識のことを壊れたルールであると仰いました。壊れたルール、欠陥のある規則であるということです。犯罪者を取り締まれていない法律に意味はない、事故を起こすような法律に意味はない。そういうことですよね?ということは、あの標識を守ることによって避けられる事故が存在するのでしょうか。

載轟: お前が言っていることが仮に本当であるとすればだ。そんな標識がおかしくなっているなんてこと俺は認識していない。…だが、無意味な標識なんてないと分かっている。

Agt.野町: その根拠は如何にあるんでしょう?この標識が壊れたルールなんかではないと載轟先生がそう断言する理由はなんですか?

載轟: 順番が大事だからだ。まあルールや常識が壊れてしまっているというのは中々に恐怖であるが、自動車学校に通うお前たちにまず必要なのは常識を身につけることなんだよ。ルールを壊すのはそれからだ。

Agt.野町: 私たちはまずルールを学ぶべきだと?

載轟: 端的に言えばそうだ。

[沈黙]

載轟: この授業はこれで終わりだ。車を停止するときはエンジンをかける時の手順を逆にしろ。ハンドブレーキを引き上げて、フットブレーキを踏んだままボタンを押せ。

Agt.野町はその後も第一段階の実技と学科を受講し続け、修了テストに合格することに成功しました5。以下に示すのは第一段階の教習中に発見された多種の異常現象の一覧です。

場所 概要
教習場の全ての標識が一斉に「その他の注意」 cell-content
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不明な地点で撮影された


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