JR56

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2017/12/27 東京都新宿区 イトーヨーカドー食品館 新宿富久店

「だから私はピルクルじゃなくてヤクルトを選ぶの。いくら野菜が高くて我が家の家計が火の車だとしてもそれだけは貫かなくてはいけないのよ。わかる?お父さんは過度にケチなやつだからピルクルを選ぶ。間違ってもピルクルの味を評価してるとかいうわけではなくてね。単純にそっちのほうが安いから盲目的に選択してるのよ。」

「お母さん、その話は何回目?」

「いやいや、我が息子。この話は一度もしたことないでしょう。」

「確かにそうだけど、"父さんがケチ"だって話なら何回もした。何回もしたよ。なんで夫婦揃ってそんなに食い合わせが悪いの?毎日ケンカしているじゃん。」

「確かに意見の衝突は多いかもね。でも真無、あれはケンカしているように見える?」

「じゃないならなんなのさ。」

「ケンカじゃないのよ。覚えておきなさい。意見はぶつけ合うものなの。お互いにケチだなんだと罵れない相手なんてダメよ。お母さんはね。だからこそお父さんと結婚したのよ。私が浪費癖でとんでもない人間だからこそ、平凡でちょっとケチなお父さんと結婚したの。まあ、それ以外にも理由はたくさんあるけどね。」

「うん。お父さんとお母さんはお似合いだよ。」

確かにあの日あの時はいつもと同じようにそんな変わらない話を続けていたのではないかと思う。災害というのは突然の来客以上に脈絡のない存在であり、それは「災害」の種類が変われども変わらないものであることかと思う。案の定、その頃の僕は何も知らない無垢な少年で無知で愚かで甘え切った人間だった。一般に、災害の被害というのは文明が成熟しているほど大きくなると言われている。その時の東京はまさに膨れ上がった文明の象徴だった。神が、それは多分ショパンの顔してないけど、いるとすればまさしくバベルの塔を壊した時みたいに、増長する人類を戒めようとしているのだろう。それは人類にとっても僕にとっても天罰だった。

それはすべての買い物を終えて自動ドアをくぐったときのことだ。これまで正常に運行されていた世界が壊れた。突然、空は崩れ始めた。鈍色の流れる雲を擁していた不安定な空はさらにその不安定さを獲得していく。尋常じゃない鳥の声を聞いて空を見上げてみると無数のカラスが何かからに逃げるようにして飛行していた。空一面がカラス、そして灰色の流動的なビル建築群に置換されるとその断片的な破片であり構成要素の一部だった窓ガラスやコンクリート片が落下してくる。それに対し、群衆は何もすることができずただパニックに陥っていた。僕もその群衆と同じく、パニックに陥っていた。地震?これから先の生活はどうなる。この街が怖されたら全てが台無しになるんだぞ。これは多分ただの地震じゃない。こんなの、東京を復活させることができなくなるくらいの、もっとひどい何かが起ころうとしていた。僕は震えていた。それから起こる恐怖に打ち勝つ術がなく、冷静に考えることができなかった。だけど、僕のお母さんは違った。僕のお母さんは僕を抱っこして群衆がもたらす大きな流れとは反対の方向に走っていた。群衆はカラスだった。おおよそ、群衆はなるべく新宿駅から離れて行こうと進んでいたが、僕たちはあえてその危険な場所に突っ込んでいこうとしていたのか、その今にも燃え盛る新宿駅の方面に走って行った。

初期報告書

新宿区1丁目に大規模な次元崩落および「空」と「ビル群」の概念的融合が発生。高度な現実性に曝されたビル群はただちにその境界線を融解させ始め、同じく曖昧になっていた空と融合した。次元断層のズレがこの周辺の区域に生じたため、新宿駅を含む1丁目と2丁目の大部分は空間的に封鎖された。このため南東方面に脱出しようとした住民の一群はそれを達成できなかった。それに加え、非常に複雑なMAKI構造が発生したため、避難者の大部分は熱傷により死亡したと考えられる。また、新宿駅の内部に逃げ込んだ避難者はその周囲をMAKI構造に囲まれ、脱出が不可能な状況に陥った。MAKI構造を安全に通過可能な財団の技術は未だ存在せず、正攻法での救助は絶望的かと思われる。

新宿駅周辺は次元断層の滑落により落ち込んでおり、外部からの侵入は比較的容易ではあるが内部から外に出ることは困難であるという計算結果が出された。これは既知の異常次元に関する知識からは想定されていなかった事であり、一般に多くの次元構造がこのように破損ないしは構造を大きく変化させることは知られていなかった。

新宿駅周辺にはこれを境に異常な実体が確認され始める。これらの実体は概して"複数の構造物が混ざり合った"ような形状をしており、なおかつ人類に敵対的な生命のように振る舞う。一部では都営バスの先頭に顔のような構造物が見られたものや、いくつかの消火器が連結した存在などが確認された。知性は確認されていないものの、稀に会話を成立させることがあり調査が行われている。これらの実体は暫定的にSCP-████-JPに指定されている。

僕は母さんに連れられている間、何も喋ることができず、ただその行動を見ていることしかできなかった。母さんはその間もずっと僕に励ましの言葉をかけていたが、具体的にそれがどんな言葉だったのかは覚えていない。道中はまさに地獄の有様だった。コンクリートが上から降ってくるのでそれにぶつかって死ぬ人も大勢いた。その上、何か非生物的な──怪物が人を喰ったり、様々さな方法で生命を消し去っていった。災害、僕はこう言ったことをテレビや新聞のニュース、学校の授業などで習っていたけれど、実際にそれを経験するのは初めてだった。恐ろしくなった。マンハッタンの時もそうだったのか。これが当たり前の生活を失いつつある気分なんだと理解した。そして母さんが僕を抱えて走りに走った先、ついにJR新宿駅の東口が見つかった。けれども、その目の前には信号機がまるで門番のように立っていて、僕らのことを阻んでいた。信号機がまるでゲームの敵キャラみたいだった。もし、その信号機に存在を気づかれたら何か危険なことをされてしまいそうな危うさがそこにはあった。すると僕らと同じようにこっちに逃げてきたサラリーマンと思わしき人が現れて、そのまま信号機を目撃した。サラリーマンは信号機を恐怖の対象と思っていないのか、あるいはそれを気にするほど環境に注意を回せていなかったのか、彼は信号機を無視して新宿駅に入ろうとしていた。だが、それは信号機によって阻止される。信号機はまだ赤のままだったのだ。赤の信号機はそのサラリーマンを通さなかった。まず、信号機の周りにたくさんの手が現れた。もしかしたら固定砲ですらあったかもしれないが、そいつらは何かしらの銃を持っていて、サラリーマンの肉体に発射した。サラリーマンは一瞬にして穴の空いた肉塊になる。彼は最後に哀れな声をあげながら、地面に倒れ込んだ。そして沈黙した。信号機はサラリーマンの死亡を丹念に確認してから、その赤と青と黄色の3つの目で笑った。

母さんと僕は瓦礫の影に隠れていて、見つからないように息を潜めていた。信号機のことを観察していくうちに、一瞬だけ赤色のランプが青になる瞬間があることを確認した。しかしそれは、ほんの一瞬にすぎず、おそらくは60秒に1秒ほどであっただろう。なんとかして新宿駅の入り口に自らの体を突っ込もうとしていた。

「母さん…?」

「ねえ真無、大丈夫よ。きっとあなたなら乗り越えていけるはずだから。」

あるいは、自分を犠牲にして僕だけを助けようとしていたのだ。

「母さん、無理だ。そうだ。ここは諦めて新宿駅の別の入り口から入ろう。入り口はたくさんあるんだし、探せばもっとマシなところだってあるはずだよ…。」

「ムリよ。ほら見て。」

後ろからは空と融合したビル群の雪崩がゆっくりと重力に縛られない動きで近づいていた。このままでは僕らのいる場所にもぶつかってしまうだろう。空はもう災害のものだった。

「生きるのよ。とにかく生きるの。そしたらいつか報われる時がくるから。もし何かあっても生きることだけを考えて。それ以外は結局、生きている時にしかないんだから。まず第一の目標は生存と考えるの。」

「…。」

「私が信号機を引きつけるからあんたは逃げなさい。決してこっちを振り返ってはだめ。あなたの足を引き止めるから。いい?」

いや、だめだよ。そう呟こうとした。声は喉の外に出ることはなかった。

「それだけ。」

信号機がこちらを見回すと母さんがあえてその姿を見せるように立ち上がった。3つの目がまた笑っていた。今度はランダムに発光させながら、そして母さんを目標に設定する。

「バカ。バカよ。信号機を殺すっ!」

母さんはそう言いながら信号機に突っ込んでいった。僕は脇目も振らずにそこから逃げた。新宿駅の口に自分の体を放り込んだ。そして階段を転がりながらなるべくその場所から離れていった。急いで逃げた。足というよりかは身体中を利用しながら、転がっていった。気がついたら母さんはいなくなっていた。地下の奥深くに僕はいた。


遭難1日目

僕は目覚めた。まるで長い間眠っていたかのように思えた。実際そうなんだろう。あれからどの程度の時間が経ったのか分からないから、とりあえずは今日を1日目として考える。とりあえず前に進む。

改札がまずそこにあった。改札は道を誰にでも開放していて、多分何か巨大なものが通り過ぎたかこんな風に壊れているんだと思う。

僕はしばらくの間新宿駅を彷徨っていた。先の信号機のような怪物はまだ存在しなかったが、ところかしこに破壊の痕跡があり、確かにその存在は明らかだった。夢ではなかったのだ。新宿駅をこれまでひとりで通ったことはなかったので、この迷宮とも呼べる構造に不愉快な感情を抱いていた。歩き始めて1時間後、足が棒のようになって痛み初める。2時間後、しばらくしておんなじ場所をループしていることに気がついた。ついに足が正常に動かなくなる。瓦礫につまづいた結果、足を酷い方向にくじいた。母さんのことを思い出して泣いた。いろいろこれまで堰き止めていたものが、一瞬にして流れ出していく。そこからまたさらに1時間後、つまりは累積3時間後、涙が完全に枯れ果てた後、また歩き始める。今夜中に何かを口にしなければならない。空腹はすでに限界に近づいており、何か食べなければ今にも倒れそうだった。

そしてついに自販機を見つける。自販機はひんまがっており、もうぬるくなったサイダーが出入り口のところに排出されていた。何せ金もない。だからこれは幸運だった。こんなにもサイダーが美味しかったとは知らなかった。ガブガブそれを飲んでいたらすぐになくなってしまった。

寝る前に怪物と遭遇する。幸いあちらはこっちに人がいることに気がついていなかったようなので、こっそりとその場所から抜けた。チラッとしか見えなかったのでわからないが、その怪物はマネキンの集団であった。スーパーから抜け出したのだろうか?マネキンの集団は互いにクスクスと笑いながら前に歩いていた。それはファッションショーのようにも、女子高生のウィンドウショッピングとも似ていた。

遭難2日目

食べかけのマクドナルドのポテトが置いてあったので朝食にとそれを食べたが、どうやら古いものだったようで腹を下す。トイレはもはや機能しておらず、ガレキに埋まっていたため使うことはできなかった。その場で大をした。

今日もまた彷徨っていると奇妙なバリケードともいえるガレキに遭遇した。僕はその階段に人為的な何かを見つけ、もしかしたらという希望を持って上を見上げた。5番線と6番線のホームだった。階段はいくつかあったが、そのいずれもバリケードのようなものに道を塞がれていた。

「おい、お前。そこのお前は誰だ?」

僕はその声を聞いて感動した。しかし彼はどうやら友好的なニュアンスを持っていなかった。右手に槍を──といっても棒に石をつけただけだったが、とにかく武器を持っていた。僕と言ったら完全に取り乱していた。

「僕は…僕です!あなたはど、ど、どうしたんですか?いや、すいません。もう人に会えると思ってなくて…。僕は椹木真無といいます。」

「違う。お前の名前はどうでもいい。西なのか?東なのなどっちなんだ?!」

「西?僕は東から来たのですが…。」

必死だった。なんとか安定した場所にいなければ死にそうだったのだ。怪物に怯えて暮らしたくない。するとバリケードの向こう側からもう1人の男が現れた。多分僕と同じくらいの小学生くらいの年齢だろう。

「違う。彼はまだ何も知らないできたんだ。」

「と言っても俺たちには…もう食糧がないだろう。」

「あと1人くらい抱える分があるね。それより西との戦いに備えて人員は増やしておくに越したことがないよ。西がいなければ上の商業施設にたどり着ける。」

「あの…すいません。ここはどこなのですか?」

2人は一旦話し合いを中止してこちらを見やる。彼らは「ああそうだったね。」とうなずきながら声を合わせて回答した。

「ここはJR56。東の陣営だ。」

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執筆者: carbon13
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