未定
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世界はとどまることを知らない濁流だ。
いかなる困難が来たとしても、変化を強いられたとしても、それを飲み込みながら未来へ進み続ける。
喉元を過ぎれば熱さを忘れ、かつて抱いた惜別は古錆となる。
そこに一抹の淋しさを覚えるのは当然のことではないのか。
けれどもその郷愁は本物なのだろうか。何かを忘れてはいないだろうか。

渡り鳥のように帰るべき古巣もなく、すべてを打ち捨て駆け行くほどの決心もなく、私はただ漫然と川端通を下っていた。

Kyoto_2048

  2048年、京都

高野川沿いに下っていくと、やがてに出町柳に至る。日曜の昼前時であるからか、駅周辺を行く人は多い。二つの川が一つになり、鴨川となって賀茂大橋をくぐっていく。京阪と叡電が南北に接続し、その上をLRTが東西に走る。鴨川の東側と西側、そして北側の結節点が、ここだ。

「多要素共生という題目を掲げながら、今なお多くの人が不十分な生活を強いられています!平等な社会ではなく、公平な社会が必要なのです!」

人権の保障を訴えるカワウソ青年の声を聞きながら、ふと鴨川デルタのほうを眺める。新歓なのだろう、川と川の狭間で学生が騒ぎ酒やジュースを仰いでいた。

私も50年前、あの輪の中で語らっていたのだった。けれども当時の私は、今タンポポをつんでいる兎頭の少女や赤ら顔の彫像のような人間が、この世にいるのだとは夢にも思っていなかった。それはあくまで物語の中だけで、世界はただこのまま変わらず進むのだろうとばかり漠然と感じていた。

しかしそのベール思い込みは、それから3月もたたないうちに崩れ去った。

1998年7月12日の、あの日曜日の衝撃はいまだに忘れることができない。

巨大なセミがポーランドを食い荒らし、ファンタジーじみた巨大兵器や魔術師がそれを打ち払う映像は齢18の青年わたしにとってあまりに異常すぎた。確かにそれは「異常」だったのだが、けれどその日を境に異常は正常へと溶け込みはじめた。

大学と院の10年間は混乱の中であっという間に過ぎ去り、その間に私は一つの文学賞をとった。それをきっかけに私は歴史小説家となり、数十年を研究と執筆に費やしてきた。ベール虚構が隠していた真実が明らかになって歴史もまた一変し、これまでの常識は非常識となった。今から住もうとしていた歴史の旧市街は皆破壊されたが、しかし新たな街並みに彩をつける好機を私は得た。書くべき題材は多く、そのことは執筆者としての生活に追い風となった。

ただ、かつての街並みへの郷愁が時として私を襲った。天災で故郷を失った青年のように、けして戻ることのないあの初夏以前の日々がひどく愛おしく思えるのだった。けれどもその懐かしさもまたどこか作り物のように感じ、新旧の歴史を書き連ねるうちに漠然とした違和感が沸き起こって来るのだった。歴史が幾重にも重ねられたこの町で、何かを忘れているようなその感覚が、私の意識の片隅で澱んでいた。

ざわざわとした音に顔を上げると、目前に巨大な橋が迫っていた。思索にふけるうちに三条のあたりまで来ていたらしい。三条大橋を行く人は天正のころから依然として多い。鴨川にカップルが等間隔で並ぶ風習もまた、変わらず残っている。老若男女種族を問わず、皆が、楽しそうに笑っている。

せっかくだからと土手を上り、丸善へ行く。

情報化の進展により紙書籍は大きく減退したが、決して消えはしなかった。往時に比べれば決して盛んとは言えないものの、店内は客でにぎわっていた。レモンもなお、置かれている。

新刊を眺めると、帝大の猫先生こと穴生原あのおばる教授による方丈記の解説本がある。四方を渡り歩き、財団の保護対象だった彼女は、今では京大の宇賀教授と共に秘匿歴史学の権威だ。

年を食っているだけあってあの猫又には頭が上がらないなどと考えながら、これを買う。

方丈記のことを考えながら、三条の街をふらふら行く当てもなく歩く。

伏見の日野に棲んだ鴨長明が平安末の混乱について記したのが方丈記である。彼は陰陽寮などと深い関わりを持った下鴨神社に生まれたが、政争に敗れ出家した。その無常観は年老いた今、半世紀の混乱を振り返ると身に染みるものがある。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

歴史の流れは決してとどまることなくすべてを飲み込んで進む。

  けれど、この流れはどこから始まったのだろう。流れは常に同じなのだろうか。長明の時代に巻き起こったような、もしくはそれ以上の天災が起きれば、川の流れもまた変わらざるを得ないのではないだろうか。

歴史は一直線だと、幼いころの私は思っていた。けれども学識を蓄え現実を知りベールが捲られて超常を知ってからその考えは変わった。もしかしたら世界はこの京都の古い街のようなものかもしれない。過去の遺構に土を積み上げ、新旧をないまぜにして、複雑に折り重ねて出来上がる網上の街並み。土の下にあるものはほとんどなかったものとなり、顧みられることはない。そんな忘れ去られた歴史があるのではないだろうか  

ふと一軒の古い茶屋が目に入った。

※このあたり変えてもいいかも

喫茶 蛟竜書院

開業 文久三年

喫茶だというのに「書院」とは。書いてあることを信じれば2世紀近く続いているらしいが、あいにくまったく記憶にない。忘れ去られた場所を開こうとする好奇心と、小腹を満たそうという少しの食欲が私に戸を開かせた。

からんころんというチャイムの音に、奥へ座っていた着物姿の老人が、顔を上げた。

莚井むしろいくんじゃないか。こんなところでお目にかかるとは。こっちで飲もうじゃないか」

「ええ、宇賀先生、それはこちらの言葉ですよ。京都へいらしていたのですか」

「なに、四条で山密くんやかなめと打ち合わせがあってね。それが終わったからなじみの喫茶へ小腹を満たしにきたわけだ」

「ああ、磐座会50周年の祝賀会ですか。……半世紀というのは長いものですね、磐座さんも神枷さんも亡くなってしまった。」

1998年7月のヴェール崩壊を受けて、夏季休暇に入った8月にできたのが京都未知科学の会、通称磐座会だった。その主導者だった理学部教授の磐座禅氏も、文学研究科の神枷徳一郎氏も、すでにこの世を去っている。当時大学1年生だった私は友人に誘われてこの研究会へ入り、そこでこの宇賀三諸という人に出会ったのだった。

※ここで描写(第二級異常性保持者云々等)

まもなく私は彼の研究室へ入り、そしてその傍ら文筆家となった。

昔を懐かしむ会話を交わしているうちに、店員が注文していたケーキセットを運んできた。ベリーの載ったガトーショコラと、ウバティーを

「君、イエローストーンを知っているかい?」

「イエローストーンですか、前に爆発テロのあった。」

「有名な都市伝説だ。財団  正常性維持機関のほうだ  の職員がイエローストーンを知らなかったって言う話さ。世界遺産のイエローストーンだぜ?ありえないだろう?」

※この辺でイエローストーンの話

いたんだよ。かつては。我々はそれを忘れてはいけない。忘れないでくれ。

知っているかい?

ふと気が付くと私は鴨川の岸に立っていた。45年前何もなかった川べりに、春の花々が咲いていた。

flowersremindsustheseparation

別離・希望・思い出

零れ落ちる露が夕陽に照らされながら花を揺らし、鴨川の流れへと消えていった。


1998年 tale-jp 夏鳥思想連盟 筐体造り 蛇の手



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執筆者: Mishary
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最終更新: 08 Aug 2022 13:46
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Kyoto_2043
ソース: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Takano-gawa_(kyoto,Kyoto)1.jpg
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タイトル: Takano-gawa (kyoto,Kyoto)1.jpg
著作権者: KENPEI
公開年: 2009
補足: MisharyMisharyが加工

flowersremindsustheseparation
ソース: https://pixabay.com/photos/wildflowers-meadow-dandelion-1260737/
ライセンス: CC0
著作権者: Hans
公開年: 2010
補足: Pixabayでは独自のPixabayライセンスが適用されますが、例外的に2018年以前に公開された画像にはCC0が適用されます

Daisy Bell

/!
イエローストーンの怪について話す
白昼夢
気が付いたら鴨川に
/


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