未定
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世界はとどまることを知らない濁流だ。
いかなる困難が来たとしても、変化を強いられたとしても、それを飲み込みながら未来へ進み続ける。
喉元を過ぎれば熱さを忘れ、かつて抱いた惜別は古錆となる。
そこに一抹の淋しさを覚えるのは当然のことではないのか。
けれどもその郷愁は本物なのだろうか。何かを忘れてはいないだろうか。

夏鳥のように帰るべき古巣もなく、すべてを打ち捨て駆け行くほどの決心もなく、私はただ漫然と川端通を下っていた。

Kyoto_2048

  2048年、京都

「未だに世界では特異性保持者の人権が完全に認められているとはいえません!その結果が11年前の長野であり、今のスペインとラテンアメリカにおける紛争をもたらしたのです!」

人権の拡大を訴えるカワウソの声を聞きながら、ふと鴨川デルタのほうを眺める。
新歓なのだろう、川と川の狭間で学生が騒ぎ酒やジュースを仰いでいる。
私も50年前、あの輪の中で語らっていたのだった。けれども当時の私は、タンポポをつんでいる兎頭の少女や赤ら顔の彫像のような人間がこの世にいるのだとは夢にも思っていなかった。ただこのまま世界は変わらず進むのだろうという漠然としたイメージのみがあった。

けれどもそのベール思い込みは、それから3月もたたないうちに崩れ去った。

1998年7月12日の、あの日曜日の衝撃はいまだに忘れることができない。

巨大なセミがポーランドを食い荒らし、ファンタジーじみた巨大兵器や魔術師がそれを打ち払う映像は齢18の青年わたしにとってあまりに異常すぎた。確かにそれは「異常」だったのだが、けれどその日を境に異常は正常へと溶け込みはじめた。

大学と院の10年間は混乱の中であっという間に過ぎ去り、その間に私は一つの文学賞をとった。
それをきっかけに私は歴史小説家となり、数十年を研究と執筆に費やしてきた。
ベール虚構が隠していた真実が明らかになって歴史もまた一変し、これまでの常識は非常識となった。心地よかった歴史の旧市街はすべからく破壊されたが、しかし新たな街並みに彩をつける好機だった。書くべき題材は多く、そのことは執筆者としての生活に追い風となった。

ただ、かつての街並みへの郷愁が時として私を襲った。天災で故郷を失った青年のように、消して戻ることのないあの初夏以前の日々がひどく愛おしく思えるのだった。
けれどもその懐かしさもまたどこか作り物のように感じ、新旧の歴史を書き連ねるうちに漠然とした違和感が沸き起こって来るのだった。歴史が幾重にも重ねられたこの町で、何かを忘れているようなその感覚が、私の意識の片隅で澱んでいた。

ざわざわとした音に顔を上げると、目前に巨大な橋が迫っていた。
思索にふけるうちに三条のあたりまで来ていたらしい。
三条大橋を行く人は天正のころから依然として多い。
鴨川にカップルが等間隔で並ぶ風習もまた、変わらず残っている。
老若男女種族を問わず、皆が、楽しそうに笑っている。

せっかくだからと土手を上り、丸善へ行く。

情報化の進展により紙書籍は大きく減退したが、決して消えはしなかった。往時に比べれば決して盛んとは言えないものの、店内は客でにぎわっていた。

新刊を眺めると、帝大の猫先生こと穴生原あのうはら教授による方丈記解説本がある。四方を渡り歩き、財団の保護対象だった彼女は、今では京大の宇賀教授と共に超常歴史学の権威だ。
年を食っているだけあってあの猫又には頭が上がらないなどと考えながら、これを買った。

方丈記のことを考えながら、三条の街をふらふら行く当てもなく歩く。

伏見の日野に棲んだ鴨長明が平安末の混乱について記したのが方丈記である。彼は陰陽寮などと深い関わりを持った下鴨神社に生まれたが、政争に敗れ出家した。その無常観は年老いた今、半世紀の混乱を振り返ると身に染みるものがある。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

歴史の流れは決してとどまることなくすべてを飲み込んで進む。
  けれど、この流れはどこから始まったのだろう。流れは常に同じなのだろうか。長明の時代に巻き起こったような、もしくはそれ以上の天災が起きれば、川の流れもまた変わらざるを得ないのではないだろうか。

歴史は一直線だと、幼いころの私は思っていた。けれども学識を蓄え現実を知りベールが捲られて超常を知ってからその考えは変わった。もしかしたら世界はこの京都の古い街のようなものかもしれない。過去の遺構に土を積み上げ、新旧をないまぜにして、複雑に折り重ねて出来上がる網上の街並み。土の下にあるものはほとんどなかったものとなり、顧みられることはない。そんな忘れ去られた歴史があるのではないだろうか  

ふと一軒の古い茶屋が目に入った。

喫茶 蛟竜書院

開業 文久三年

書いてあることを信じれば2世紀近く続いているらしいが、あいにくまったく記憶にない。
忘れ去られた場所を開こうとする好奇心と、小腹を満たそうという少しの食欲が私に戸を開かせた。

着物姿の老人が、顔を上げた。

莚井むしろいくんじゃないか。こんなところでお目にかかるとは。」

「宇賀先生、それはこちらの言葉ですよ。ご用事は良かったので?」

「君、イエローストーンを知っているかい?」

「イエローストーンですか、ええ。」

「有名な都市伝説だ。財団  正常性維持機関のほうだ  の職員がイエローストーンを知らなかったって言う話さ。世界遺産のイエローストーンだぜ?ありえないだろう?」

いたんだよ。かつては。我々はそれを忘れてはいけない。忘れないでくれ。

知っているかい?

ふと気が付くと私は鴨川の岸に立っていた。45年前何もなかった川べりに、春の花々が咲いていた。

flowersremindsustheseparation

別離・希望・思い出

花が咲いていた。

零れ落ちる露が夕陽に照らされながら花を揺らし、鴨川の流れへと消えていった。


1998年 tale-jp 夏鳥思想連盟 筐体造り 蛇の手



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執筆者: Mishary
文字数: 3993
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最終更新: 28 Jun 2020 12:33
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画像ライセンス

Kyoto_2043
ソース: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Takano-gawa_(kyoto,Kyoto)1.jpg
ライセンス: CC BY-SA 3.0

タイトル: Takano-gawa (kyoto,Kyoto)1.jpg
著作権者: KENPEI
公開年: 2009

flowersremindsustheseparation
ソース: https://pixabay.com/photos/wildflowers-meadow-dandelion-1260737/
ライセンス: CC0
著作権者: Hans
公開年: 2010
補足: Pixabayでは独自のPixabayライセンスが適用されますが、例外的に2018年以前に公開された画像にはCC0が適用されます

Daisy Bell

/!
イエローストーンの怪について話す
白昼夢
気が付いたら鴨川に
/

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