第四回 シーボルト事件
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文化

連載 エージェント・シーボルト 〜200年越しの真実〜
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第三回 シーボルトと出島

第四回 シーボルト事件

公開日 2028年9月3日19:30

前回は鳴滝塾の成立までお話ししました。

シーボルトが江戸参府に随行したのは、1826(文政9)年のことでした。その道中でも積極的に超常・博物学的な調査・蒐集を行っています。

ニッソ博物資料館の保有する大谷日記目録によれば、蒐集院の大允如憲は日記で「シーボルトは非常に学識高く賢明であるが、並世で飽き足らず帷幕のうちまで探ろうとしているようなそぶりをも見せる。」と述べています。

シーボルトは最上徳内とも面会しています。第78回でご紹介したように、彼は穏健開明派の蒐集院系幕府エージェントとして知られます。当時彼はすでに70を超えていましたが、シーボルトは「最上氏は老人とは思えぬ健康ぶりであり、洞察力と配慮に優れていた」と絶賛しています。

まったく反対の立場をとったのが同じ蒐集院系幕府エージェントの間宮林蔵です。対外強硬派の彼はシーボルトとの交流に非常に慎重な立場をとったうえで、応神成誉ら他の蒐集院エージェントに対しはやい段階から調査すべきとの書簡を送っています。

高橋景保

応神

重要アノマリーの流出防止
カバーストーリー

**第五回 「日本」**


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