褫溶

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 数年前にした変な体験の話だ。思い出しながら書くから変なところがあるかもしれない。
 俺は虫取りが趣味で、その日も近所の林に虫取りにいってた。朝のうちに蜜を仕掛けて、夜に取りに行くって感じだ。
 その林はデカいミヤマクワガタが取れるんだよ。多分川の近くで涼しいからだと思う。
 それで俺は、林の中にでかい池があるんだけど、その周りに蜜を仕掛けたんだ。色々理由はあるけど、単純に開けてるから、そこを基準にすればどこに蜜を仕掛けたか覚えやすいって利点があった。
 それで夜になって、俺は特に迷うこともなく池に到着した。
 そしたら、池の淵に変なものが置いてあった。それは料理を入れるタッパーみたいなやつで、蓋は閉まってたけど、中に白い粉みたいなのが詰まってた。
 朝はそんなのなかったし、その林は別に有名な虫取りスポットってわけじゃない。何回か来たことのある場所だったけど、一度も人と会ったことなんてなかったんだ。だから俺はそれを見て、不審者でもいるんじゃないかって一気に不安になった。
 それで耳を澄ましてみたら、蛙とかの鳴き声に混じって、変な音が聞こえてくる。

「ちぇええ……ちぇええ……」

 そういう人の声みたいなのが聞こえたんだ。すげえ小さい声なんだけど、近づいてきている気がした。
 さすがに俺もビビり散らして、もう帰ることに決めた。クワガタより自分の命の方が大事だし。
 それで、とりあえず池から音をたてないようにゆっくり離れようとした。そしたら帰り道の方に、人影が見えた。それがだんだんこっち近づいてくるんだ。
 俺はとっさに近くの藪の中に隠れて、息を潜めた。「ちぇえええ」って声はどんどん近づいてきた。
 しばらくして、そいつが現れた。俺には気づいてないみたいで、まっすぐにさっきのタッパーのあたりまで歩いていった。見た感じ、大人の女だったと思う。裸足だった。
 女はいきなり池の中に入っていって、屈んだと思ったらゴソゴソ池の底を手で探ってるみたいだった。
 正直死ぬほど怖くて漏らしそうだったけど、必死に我慢した。逃げようとも思ったけど、音を立てる方がヤバいと思った。足の速さには自信なかったし。
 で、女はしばらくそうやってたんだが、そのうちまた立ち上がって池から出てきた。片手で何かを握っているのがぼんやりわかった。良く見えなかったが、手のひらに収まるくらいのサイズだったと思う。
 もう完全にアウトだと思った。うすうすわかってたけど、絶対正気じゃないんだよ。
 それで、いつ逃げ出そうかと思ってブルブル震えながら様子を見てたんだけど、今度はそいつ、タッパーの蓋を開けたんだ。
 明らかに正気じゃないのに、足と何も持ってない方の手を器用に使って、タッパーを開けたんだよ。それで、持ってた何かを粉の中に突っ込んだ。
 そして、多分粉塗れになってるそれを顔の前に持っていって、丸ごと口に入れたんだ。小さめの饅頭か何かを詰め込むみたいに、なんの躊躇いもなく。
 そこからしばらくの間は、ぬちゃっぬちゃっていう、咀嚼音が周りに響いてた。
 咀嚼音が消えたくらいで、そいつは池の周りを歩きながらまた声を出し始めた。

「ちぇええ……ちぇええ……」

 そこで気づいたんだ。そいつ、「ちぇええ」と「ちぇええ」の間に何か言ってるんだよ。
 それで何回も聞いてるうちに、だんだんと何を言ってるかがわかるようになってきた。

「ちぇええ、かえれぇ、ちぇええ、かえれぇ」

 暗闇で女がこっちを向いてる気がした。ずっとこっちに気づいてたって、そう思った。
 それで俺はもう、一目散に走り出した。
 声が近づいてくる感じはなかったけど、もう振り返るとかはできなかった。
 あんまり大きい林ではなかったから、息を切らしながらも出口に辿り着いて、近くにあったコンビニになんとか転がり込んだ。店員はランニングかなんかだと思ったみたいで、別に驚いてはいなかった。
 あいつは追っては来ていなかった。しばらく商品を見てまわるふりをしてから、ペットボトルを一本だけ買って帰った。
 それ以来、特に変なことは起こってない。

 あのとき食ってたのは、つけていた粉は、一体なんだったんだろうか。


 由美ちゃんと最後に連絡を取ったのは、もう四年くらい前ですね。
 突然、LINEが来て。びっくりしましたよ。もちろん大学時代は同じサークルでしたけど、あの子が大学辞めてからはもうずっと、関わりがなかったんです。
 ……あれ、ご存知じゃなかったんですか。あの子、和彦さんと結婚するからってことで大学は中退してます。みんな驚いてましたよ。まあ、意外だったのは、「女嫌いの和彦さんが結婚」ってところだったんですけど。由美ちゃんはもともと、なんていうか、和彦さんしか見えてないって感じだったので、退学自体は納得でした。
 ああ、それで、LINEの内容ですよね。
 聞きたいことがあるって、突然、杖の写真が送られてきたんですよ。その杖っていうのは、木製で上の方がボコっとしたやつです。想像できますかね。それが、和彦さんのお母さんから送られてきたそうで。で、その写真の後に、
「これって、なんかのおまじないかな?」
 って。私がこういう仕事してるって知ってたんだと思います。どこで聞いたのかは知らないですけど。
 一応邪険にする理由もないですから、ちゃんと答えましたよ。
 その杖は、アカザという植物を使ったものだったんですね。そうです。そのアカザです。最近はそういう名前のアニメのキャラクターがいるそうですね。
 アカザという植物はどこにでも生えてまして、多分見たことがありますよ。背が高くて、葉っぱの付け根の方が赤くなっているやつです。
 それで色々伝承はあるんですけども、健康を祈願する意味合いが強いんですね。傷に塗ったり、食べたりっていうのが基本です。アカザの杖自体にも、麻痺に効くという信仰が残っています。
 で、こういうことを伝えたら、「よかった」と返ってきましたよ。何か不安なことでもあったんですかね。
 嫁姑関係って、やっぱり大変なんでしょうか。でも、わざわざこんなもの用意するわけですから、仲は悪くないんだと思いますが。
 後気になったことですか?
 ああ、杖に何か彫ってあったので、それについても一応聞いたんですよ。
 角度の関係で端っこしか見えなかったんですけど、由美ちゃんが言うには、星と由美ちゃんの名前が彫ってあるってことでした。
 それは和彦さんが彫ってくれたみたいで、安全祈願のおまじないだと言っていましたね。あんまり写真に撮るものではないからということで、詳しいことはわかりませんでしたが。
 あとから聞いたんですが、その時期、ちょうど娘さんが行方不明になった後くらいで。だから、お義母さんも和彦さんも、きっと由美ちゃんを励まそうとしたんでしょうね。きっと自分自身も辛いのに。
 なんかすごく愛されてるって感じですよね。しあわせなんだろうなぁって、本当羨ましいですよ。


 あー、あの家。ヤバいっすよ。知らないんすか?
 まず、娘さんが行方不明になってるんすよ。まだ俺がガキの頃の話っすけど。そのせいか知らないっすけど、オバサン、頭おかしくなっちゃって。
 まあそれは治ったらしいんすけどね、今度はオジサンも死んじゃって。その死に方もエグくて、そこの公園で木の根っこに引っかかってこけたんすけど、そのときに、ベンチの角で目ぇ抉っちゃって。想像したくないっすよね。こんなんだから、あの家の話するのなんてほとんどいないっすよ。
 ヤバくなった理由っすか? いやー、住んでた人らは別に悪くないんじゃないすか? オジサンが娘さんと一緒に歩いてるのよく見たんで、フツーに仲いい家族ってか、やべえって感じはしないっすね。
 多分、あの土地が悪いんじゃないっすかね、小っちゃいころからあそこには近寄るなって言われてたんで。

 ……あーいや、そんな前じゃなくて、最近空き家になったって感じっすね。去年とか一昨年まで、フツーにオバサン住んでたんで。
 なんか怖い話集めてるなら、あそこ入ったことあるやつ一人知ってるし、今呼びますよ。
 いやいやいいっすよ、酒奢ってくれたじゃないっすか。今電話するんで、ちょっと待っててください。


 五芒星といえば、やはり平安時代の陰陽師、安倍晴明のイメージが強いのではないでしょうか。
 しかし、五芒星が広まったのは何も平安時代のことではありません。
 畿内や関東で見つかる墨書土器という種類の土器に、この五芒星をあしらったものが発見されています。この土器は奈良時代から製造されていたと考えられているもので、奈良時代にはすでに五芒星信仰があったことがわかります。

 さて、五芒星信仰の中核は五行説です。これは、木・火・土・金・水の五つの元素からすべてができている、という中国由来の考え方です。さらに五行説は陰陽説と結びつき、暦や天文と関わっていきます。また、五行と五臓(肝・心・脾・肺・腎)が結びつくことで、医療にも影響を及ぼしました。
 つまり、五行を意のままに扱えるということは、世の中の多くのものを意のままにできるということを意味したのです。
 そして、五芒星のそれぞれの頂点は、五行の元素の象徴でした。またそれぞれの辺は元素同士の「相剋」と呼ばれる関係を示しているともいわれました。
 まさに五芒星は五行説のもとで「魔法の力の象徴」となり、広まっていったのです。
 実際の呪術的な使途は、魔除けが多かったようです。キリスト教の十字架のように、聖なる力の象徴は、それ自体聖なる力を宿し、悪しきものを退けると考えられていたのです。また陰陽師を扱った創作作品での扱いのように、悪しき穢れを内側に封印する役割もあったとされています。

 一部地方ではこの使途が変質し、五芒星が形代流しの儀式に用いられることもありました。
 形代流しは人の穢れを形代に移して川に流すという儀式で、現在のひな祭りや灯篭流しのルーツにもなっています。
 これらの儀式には人の形に加工した木簡が用いられることが多かったのですが、そのような儀式用の木簡と考えられるもののうちに、五芒星が描かれているものが見つかっています。穢れを閉じ込めるという性質が、形代流しの持つ意味合いと合致したのでしょう。
 他にはもっと直接的に、五芒星を象った木簡が用いられることがありました、五芒星が人の形に似ていることも、形代流しに五芒星が関与した理由かもしれません。

 近年は単純に装飾として用いられることの多い五芒星にも、実はこういった魔術的な力が宿っているのです。


 ああこの男性ね。覚えてますよ。ちょうど私が受付やっていたときでしたね。自慢じゃないですが、人の顔を覚えるのは得意なんですよ。特にこの方は、最後の部の方でしたので。
 うちの灯篭流しは、一応二段階にわかれてまして。最初はお子さんが作った灯篭を流す部です。毎年多くのお子さんに参加いただいているんですけども、やはりお子さんとしては自分の灯篭が流れているのを見たいですよね。だから時間が早いうちにお子さんのを流してあげないと、夜更かしすることになってしまう。そういうわけで、まずお子さんが作った灯篭を流すのです。
 次が大人の部でして、お子さんたちの灯篭をすべて流し切ったあとに、続けて大人が作った灯篭を流します。

 とまあ、一応表向きこうなってはいるんですけど、本当は大人の部は二つに分かれてるんですよ。
 大人の部の参加者には若いカップルや学生の方が多くて。やっぱりお祭りですから、思い出作りとして参加していただいているようです。
 ただ、灯篭流しのもともとの役割というのは、思い出作りとか、綺麗な景観を演出することではないんですよ。
 死者の霊を流し、あちら側にお返しする。もしくは穢れを流し出す。そういった役割を、灯篭流しは本来持っています。
 どちらの意味にしても、お祭り気分で参加される方とは違って、そういった本来の目的を期待される方もいらっしゃるわけで。そういった方々のご期待に添えるように、大人の部は前半と後半を切り分けて、そういう方々の灯篭は後半にまとめて流しているのです。大切な追悼の気持ちが、アニメのキャラクターが描かれた灯篭と一緒に流されるのには、やはり抵抗があると思いますから。
 その方が作った灯篭も、亡くなったお母様の供養ということで。
 灯篭に描いてあったもの…… ちょっとさすがにそこまでは思い出せませんね。ただ供養のためのものだったので、お名前は描いてあったと思います。
 節子さん、んー、どうだったか。もうちょっと違った名前の気もしますが。お母様の名前が節子さんなんですね。それなら多分、そうだったかもしれません。

 映っているかはわかりませんが、映像を確認しますか? 私の持ってるものだけだと見えないかもしれませんが、知り合いに声をかけてみれば。色々な角度の映像が集まると思いますよ。
 ええ。はい。それじゃあ後日お送りしますね。


 諏訪大社では現在でも蛙狩の神事が続いているが、神への捧げものがちっぽけな蛙であることに疑問を抱く方も多いだろう。これは、諏訪大社が龍蛇信仰に関連していて、蛇の好物が蛙であるから、として説明されることが多い。

 しかし諏訪大社上社で有名なミシャグジ信仰、そして蛙が持つ様々な意味を考えれば、もう少し深い意味を読み取ることができる。

 蛙は古くから人々と馴染み深い生き物であり、それゆえに様々な伝承がある。その中には「蛙は神や仏、霊を背負い、運ぶものである」という考え方がある。多摩市馬引沢に伝わる亥子餅に関する言い伝えでも、お供物である牡丹餅を背負って運ぶのは蛙の役目である。

 蛙の持つこの意味を考慮するに、神が蛙を食らうというのは、すなわち蛙が宿す神や霊を食らうということを通して、霊的な力を内に取り込む儀式だとは考えられないだろうか。

 ミシャグジ信仰にもこのような「外の霊的なものを取り入れ力を得る」という考え方が見られる。
 「我に体なし、祝を以て体とす」と伝承にあるように、大祝は憑座としてミシャグジ様を取り入れ、現人神としての力を行使するわけであるが、これはまさに、神霊を身に入れてその力を得るという論理である。
 しかしある視点からは、大祝は神を取り込みつつ、実際には体を神に奪われていると見ることもできるだろう。それゆえに大祝は上社の敷地を出ると、意思に反して祟りを媒介してしまうともいわれるのだ。

 このような、神霊を食い、そして食うという行為を通して、他者を飲み込み、また飲み込まれうるというのが、ある種の神域の論理である。

 そう考えれば、矢で蛙を射る意味もわかる。神聖な意味を持つ矢で、蛙の宿す神霊を殺すのだ。そうでなければ、崇めるべき神が逆に取り込まれてしまう恐れがあるからである。

 蛙狩の神事は、このような神域の論理を用いて神に力を補給し、良き年の実現を願う儀式であるといえる。


yumi.jpg

灯篭に描かれていた図形の再現。藤井和彦氏が作成したとみられる。
一方で「節子」の文字が書かれた灯篭は見つからなかった。


 遺体発見される。行方不明学生か。
 
 千葉県警は13日、7年前から行方不明となっていた藤井楓さん(当時18)の遺体を発見したと発表した。発見場所は公表されていない。(中略)楓さんは、母の藤井由美さんと自宅で会話をしたのを最後に行方が分からなくなり、その後自宅周辺を中心に捜索が行われたが発見には至らなかった。(中略)遺体には頭部を含めいくつかの欠損が見られたため、警察は死体遺棄、死体損壊の両面で捜査を進めている。


 兄ですか。あまり、私からお話しできることはありませんよ。仲が良くなくて。派閥が違うというか。兄は母の派閥、私は父の派閥、って感じで。
 兄はかずちゃん、かずちゃんって呼ばれてましたが、私は母にまともに名前を呼ばれた記憶がありませんね。多分、私は可愛くなかったんだと思います。反抗的でしたから。ははは、末っ子って感じですよね。
 まあ、母は父にも冷たかったので、もしかしたら兄のことしか愛せなかったのかもしれないです。なので、私と父の派閥っていっても、母にほったらかしにされた組っていう感じで。
 
 母は兄を溺愛していたんですけど、多分兄は母のことが嫌いだったと思います。
 兄がどこへ行くにもついてくるんですよ、あの人。友達と遊ぶにしたって母の許可が必要でしたし、女の子なんて絶対ダメですから。東北の変な家出身らしくて、なんか考え方が古いというか。女は汚い、汚いって。なんか血の穢れ?とか言って、兄を怒鳴りつけてたのは覚えてます。じゃあ自分は綺麗なのかよって思いますけどね。
 そういう意味では、母に嫌われててよかったとは思います。殴られましたし、罵倒もされましたけど、今考えれば束縛されるよりはマシなので。

 とはいえ明らかに贔屓されているんで、当時兄のことは気に食わなかったんですけどね。ただ、父だけは兄のことを素直に心配していました。
 兄が結婚したのも父のおかげですよ。父が「結婚しなさい」って兄を説得したんです。兄も父は嫌いじゃなかったんでしょうね。しぶしぶ従ってました。
 女嫌い? いや、まあ母のせいでそうなってたかもしれませんが、父は別に体裁とか気にしてなかったので、多分結婚させたかったのは違う理由ですよ。
 父が死に際に言っていたのですが、「あの人は自分の力でどうにかなるような弱いもんしか愛せない」って。兄にそうなってほしくなかったんだと思います。愛する人を見つける、母から引き離す。そういう意味では結婚が一番手っ取り早いと思ったんじゃないですか。
 必死だったと思いますよ。あんまり神とか信じてない癖に、サイの神?っていうんですか? 父の地元にそういう縁結びの神様がいるみたいなんですけど、それに祈ったりしてたので。
 ただ兄が結婚したすぐあと、父はボケちゃいましてね。なんだろ、ボケたのとは違うのかな。茫然自失というか、一日中ぼーっとしてて、こっちから話しかけても反応がないみたいな感じで。母が実家に帰省している間に、水も飲まずに死んじゃいました。たぶん母もわかってて帰ったんでしょうけどね。恨んでたんでしょう、兄を結婚させたことを。だからまあ、母が父を殺したようなもんです。
 
 それで、兄は結婚してからほぼ母と会っていなかったらしいんですけど、母が死ぬ二、三年前、だからちょうど兄の娘さんが行方不明になった直後くらいですか、それくらいからまた兄が実家を訪れてたそうで。母との仲が改善したのかもしれませんね。外で母と一緒に歩いたりもしてたらしいので。
 ああ、直接私が見たわけではないですよ。私は実家にほぼ帰っていませんでしたから。ただ母が死んだあとに実家の整理に行く機会がありましてね、そのときにそういう話を聞きました。
 帰らなかった理由ですか? もちろんいい思い出があんまりないってのもありますけど、それよりも気持ち悪くて。
 父が死んだときに葬式で一度帰ったんですが、実家に一人でいるときに、嫌なものを見つけちゃったんですよね。
 父の部屋で写真とかを眺めてたときなんですけど、写真立てを持ち上げたらその裏からお札が落ちてきたんですよ。変だと思ってちょっと探したら、家中から似たようなお札がボロボロ出てきて。
 ただのお札ならいいんですけどね。そのお札ってのは、父が兄の結婚を祈るために使ってたやつだったんですよ。それのコピーが大量に出てきたんです。
 しかも全部に変な加工がしてあって。父の名前が書かれてるお札がびりびりに破かれてたり、お札に母と兄の名前が書き足されてたり。書かれている字は、全部母の字でした。
 特に最後のとか、なんか小学生の恋のおまじないみたいですよね。だから余計、気持ち悪かったんですが。

 そんなものを見たので、母が死んだ数年後に兄が死んだとき、ああ、連れていかれたんだな、と思いました。あんな死にざまでしたし。 
 ああ、ごめんなさい。母がどうやって死んだか、ご存じないですよね。
 箸ですよ、箸。家で箸を両目に突き刺して死んでたんです。痛かったでしょうね。しかも孤独死なんで、家でしばらく放置されていたそうです。
 まあでも、酷い話ですが、その話を聞いて少しスッキリした自分もいました。
 ああいう人間には、当然の最後でしょう。


 あー、これは、これはちょっと。
 そもそも聖なるものを改造するっていうのがダメだよ。それだけでダメなのに、これはわかってる人が、多分意図的にやってるよね。
 これ、一番目立つのは一番上の三角形ね。これね、切り離されているところだけど。これだけじゃあ実は、あんまり強くないの。
 五芒星っていうのは、見た感じ閉じてる図形だよね。だから内側に穢れとか、鬼とかを閉じ込める。そう思われてるね。実際結界的な意味もあるわけだ。魔法陣とか、まさにそういう仕組みだよ。だから、上の三角形が分離して離れちゃってると、この時点で大変な感じがするよね。
 だけど本質的なところはそこじゃないよ。上の三角形外すだけじゃ、五芒星の本質的なところは壊せない。
 五芒星の本質はね、一筆書きなの。一筆書きということは、その図形を描く中で筆を外す瞬間がない。つまり、その図形に綻びがないってこと。五芒星が何かを閉じ込めるのは「囲まれた空間」じゃない。その「完全性」の中に閉じ込めるの。
 そういう考え方で見ると、上の三角形を分離させても、それぞれ一筆書きで描ける図形になっているね。だから、上の三角形を外すだけじゃあ弱いのよ。
 もうわかったね。この図形の本当に危ないところは、そう、左右の端っこ。ここ途切れてるね。でも右下と左下、ここはくっついてるでしょ。ここが酷いよ。
 五芒星ってのは強固なまじないでね、一つ途切れさせるくらいなら一筆書きできるんだよ。だけど、わざわざ二つ途切れさせてる。ここまでやるとさすがに、一筆書きは無理だね。
 しかも右下と左下はつなげてるね。これがあるから、「適当にお洒落で途切れてるんじゃないんだよ」ということを明示しているわけ。
 まじないで大事なのはとにかく「意図を伝えること」だよ。初詣とかで神様に祈るとき、ちゃんと頭の中でお願いを思い浮かべるでしょ。丑の刻参りだって、形代と名前を使って、誰をどういう風に呪うかしっかり表現する。要は、神様とか超自然的なものに、何したいかをお伝えすることが重要なの。
 これは空間的にも一筆書き的にも、五芒星の「閉じ込める」という性質を執拗なくらい否定している。これは相当強いまじない……というか、ノロイだね。
 私はできないよ、ここまでのは。そこまで呪いたい相手がいないってのもあるけど、第一返されたときが怖いからね。
 あなたも人をノロうときは気を付けるんだよ。呪具を壊されたり、ノロイをかけようとしたことが知られるだけでも、ノロイは返ってくる。人をノロうというのは、そういうことだからね。


 あ、いたいた。リョーくんが言ってた人ですか?
 え、リョーくん帰っちゃったんですか。あー酔っぱらって。あの人、そういうところあるもんなあ。なんか、災難でしたね。

 それで、あの家に入ったときの話でしたっけ?
 その日は飲み会の帰りで、べろんべろんに酔ってたんですよ。三、四人一緒にいたと思うんですけど、みんな同じ感じで。
 そんな状態であの家の前を通りかかったら、当然悪いノリが始まるんですよ。
「おい、ちょっと行って来いよ」
「ビビりか?」
 みたいな。
 もともといい話はなかったですし、空き家にもなってたんで、幽霊でも出るんじゃないかって噂で。奥さんが引っ越していなくなったのも、「娘と夫の幽霊が出るから」っ言われてましたし。もちろん、娘さんが亡くなったと決めつけるのはあれですけど。
 そういう流れがあって、僕も気持ちが大きくなってたというか、感覚がマヒしちゃってたんで、「やってやるよ」ってスマホのライト頼りに家に入ったんですね。もちろん玄関からじゃないですよ。リビングに大きな窓があって、そこから入りました。そこだけ鍵閉まってなかったんですよ。

 まあ、家の中は普通でした。なんていうか、ホントに友達の家みたいな。家具とかもおきっぱだったし、今も人が生活してるって言われたら信じられるくらいで。まあ奥さんが引っ越して一年くらいしかたってなかったんで、そんなもんなんだろうと思いました。荒らされた形跡はなくて。むしろすごい綺麗に整理整頓されてましたね。
 ああでも、玄関に旅行先で買ってきた民芸品みたいなのがおいてあったんですけど、それは壊れてたかな。木の杖で、あー亀仙人ってわかります? ドラゴンボールの。その亀仙人って爺さんが持ってる杖みたいな感じでした。それは靴箱の上に置いてあったんですけど、真っ二つに割れちゃってましたね。
 え? ああ、民芸品だと思ったのは、まあ杖の形もそうですけど、変なマークが書いてあったんで。
 酔ってて細かいところはよく覚えてないんですけど、星型の中に人の名前が書いてあった気がします。星型はよくみるのとちょっと違う形で、何か変な感じでしたね。だから、どっかのお土産だろうなと。

 まあでも変なところはそれくらいで、それで俺も拍子抜けしてたんですけど、そんなときにリビングのソファが見えて。あ、寝っ転がりてぇー、って思ったんですよ。
 普段酒飲みます? それならわかってくれると思うんですけど、べろべろに酔ってる状態でテンション下がると、突然どこでもいいから寝たくなるじゃないですか。あまりにも怖くなかったんで、それがきちゃったんですよね。
 で、もう何も考えずにソファに寝っ転がって、そのまま寝たんです。
 そこから多分二時間くらいたったのかな。パッと目が覚めて。気持ち悪いうえに、頭もガンガン痛むんですよ。
 水飲みてぇー、でもここの水は飲みたくねえなー、とかそんなことぼーっと考えてたら、変な音がするんですよ。

「ちぇっ……ちぇっ……ちぇっ……」

 って。最初ネズミか何かかと思ったんですけど。明らかに人の声なんですよね。舌打ちとかじゃなくて、ちゃんと「ちぇ」って発音してる感じで。
 うわ、ついに出たか、と思って。
 そのころには酔いもだいぶ醒めてるんで、さすがに怖いんですよ。それでソファの上で固まってたら、廊下の方で何かが動く音がするんです。なにかをズルズルって引きずるような、そんな音でした。
 その音は少しずつリビングの入り口の方に近づいてくるんですよ。さすがにヤバいと思って、ソファから降りて、窓から外に飛び出ました。
 そのとき一瞬振り返ったんですけど、リビングの入り口から廊下をゆっくり進んでる白いモヤみたいなものが見えて。なんか、何となく人の形はしてたんですけど、どっちかというとスライムみたいな。ぼんやりしたやつでした。
 そのあとすぐでしたね、あの家の取り壊しが決まったのは。

 と、こんな感じですね。そう、あんまり派手じゃないんですよ。だから普段この話するときは、もうちょっと盛って話すんですけどね。雰囲気ねえよって言われるんで、はは。 
 でも一応今回は記憶そのままを話しました。酔って見た幻覚かもしれないですけどね。
 あ、俺をけしかけた奴らは寝てる間に飽きて帰ってましたよ。最悪ですよね、まじで。人が一番怖いですよ。

 え、土地の呪い? ……ああ、リョーくんそんなこと言ってたんですか。あの人、そこらへん鈍いから。
 僕もあんまり幽霊とか詳しくないし、あそこの家族もよく知らないですけど、近所があそこを避けてたのは簡単な話で。
 まともじゃないからですよ。お父さんと中学生の娘が、コソコソ恋人つなぎしている家なんて。


【二十三夜塔】
 二十三夜の月待行事の記念として造立される塔ないし石碑。
 月待行事は特定の月齢に伴って行われる月信仰の行事の一種であり、民間信仰的行事である。霊の供養などの宗教的側面のほか、夜間に集合して飲食を共にしたことから、コミュニティ内の結びつきを強めるといった社会的側面も指摘されている。
 二十三夜の月待行事では勢至菩薩が崇拝の対象として扱われることが多いが、実際の崇拝の対象や、社会への影響は多様である。
 現在でも残る信仰の例としては青森県北津軽郡の一部が挙げられる。この地にはアカザを忌む伝統が残るが、これは二十三夜様がアカザによって片目を潰したという伝承による。


 ああ、これは恵比寿様にお祈り申し上げているのです。
 この辺りは漁村でしたから、大漁の神様である恵比寿様をお祀りしている家がほとんどで、うちもその一つということです。
 ははは、もう漁には出ませんから、大漁を願うのはおかしくみえるでしょうね。ですが、恵比寿様は福の神でもいらっしゃいますので。とにもかくにも、ありがたい存在として、こういう風に大切にさせていただいているのです。
 先ほどの祈りですか。もとは漁への出発前に唱えたものだそうです。家で待つ女子供も唱えたそうですから、大漁だけでなく、帰りの無事を祈ったのかもしれません。
 初めて聞くとおかしな風に聞こえるかもしれませんが、これは「賽」の訛りといわれておりまして。お賽銭を想像していただければと思います。今までの御利益、これからの御利益に対して、お礼を捧げますという意味が込められているのです。

 ご存知だと思いますが、娘も最近不幸が重なりまして。こうして一層恵比寿様を御頼り申し上げているのです。
 
 そうでした、本題は娘のお話でしたよね。
 あれ、おかしいですね。娘からは、私の話を聞きに来る男性が来るかもしれないから、と聞いておりまして。てっきりあなたがそうかと思っていました。いつとは聞いておりませんでしたので、勘違いしてしまいましたね。

 ああ、そうですか、そうですか。もうお帰りになりますか。

 いえいえ、こちらこそ、あまりおもてなしもできず申し訳ありません。ぜひ、またいらしてください。

 そして、どうか帰路が無事でありますように。

 チェエ、恵比寿様、チェエ、恵比寿様。


 突然のお電話申し訳ありません。藤井です。父からすでにお帰りになったと聞きまして。せっかくいらしてくださったのに、残念です。
 はい、電話番号ですか。これは父から聞きましたが。
 ……ああ、これは違う方のお電話でしたか、父に教えられたのとは。
 ああいえ、他の方に聞いた電話番号のほうにかけてしまったようです。

 どうしましたか。なんで黙っているんですか。

 一応、前の家のご近所さんとも付き合いがありますから、あなたが私たちについて色々とお調べになっている、というのは耳に入って来ているのです。
 あなたが来ると思っていたのも、そういう話を聞いていたからにすぎません。おかしなことはないでしょう。おかしいのは、人のプライベートを探っているあなたのほうです。
 
 死体が見つかって、やっと一つの区切りがついたんです。
 あなたが何をお考えになっているかはわかりません。だけども実際にあったことは、ただ普通の家族があって、そこにたまたま不幸が連続してしまった。それだけです。
 すべては終わったことなんです。この重苦しい生活から、やっと解放されたんです。どうか、そっとしておいてください。

 もう何もありません。だから、お願いです。あなたの趣味で、私をこれ以上苦しめないで。怖いんですよ。怖い、怖い……
 
 ……何も言わないんですか。それなら、わかってくれたってことでいいですよね。忘れてくださいね。ちゃんと、全部。
 
 もう私から、何も取らないで。


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