Vast Suspended Ruins 後半

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彼らは噴水のそばに腰を下ろした。その日出くわした十二番目の噴水である。はて、一日も経ったのか? そんなはずはない。もしそうなら彼らは放射能で死んでいるはずだ。アルベルトとアイリーンは食事を始めた。ファティマは隅の方で寝入ってしまい、サイモンは地図を丹念に調べ始めた。彼女は彼の方に向かった。

「最初はO5の策略か何かだと思ったんだけどな」彼はそう言って、下のバルブの中ほどにある一点を指差した。「何度も何度も部屋を変えて、無数の無意味な部屋を歩かせて、誰も入ってこれないようにしたんだってね。でも、今は……」

彼はため息をついた。「はち切れそうな縫い目がほどけていっているみたいなものだと思ってる。俺たちが初めて入ってきたときの修復システムを覚えてるだろ? 修理は続いていると思うよ。全くの無計画だけど。ただ自動的に部屋を“大外交通路”とかそういう特定の仕様に変えているだけさ。何度も、何度も、何度も」

「まるで癌みたい」彼女が言った。彼は彼女を不思議そうな目つきで見た。

「その通りだと思うわ」両者とも背後からそっと近づいてくるアイリーンに気づいていなかったので、驚いて飛び上がってしまった。「もしそうなら、私たちこのままどこにも行けないわね」

彼女は荷物を取り出し、細い金属の棒を引っ張り出した。アルベルトが口笛を吹く。「それ、携帯用アーク跳躍器じゃないですか?」

「そう、小型宇宙二つ分先まで行ける、信頼性の高い多元宇宙テレポーテーション装置。最新技術よ  あー、最新と言ってもあれが始まる前までのやつの中でだけど。」

彼女は棒を伸ばしてカチリと固定し、側面にあるいくつかの点をタップした。かすかな光が棒を包む。

「うまく行かないかもしれないけど、ここから出る方法は他に無いと思う。時間的・空間的なものは全く別の波長で作用するから、この跳躍を妨害することはできないはずよ。でも覚えておいて、決して  

跳躍器から火花が散った。閃光が走り、そして彼らは消え去った。


彼女は暗い部屋で目を覚ました。

ギョッとした。こんなはずじゃない。こんなはずじゃ。何度もやっていることなのに。この新人連中のせいで台無しになったの? アルベルトは確かに未熟だけど、ファティマはもう古株だし、もう一人の女はといえば  

彼女は首を横に振った。だめ。そんなことを考えるのは私らしくない。そういうのは誰か他の人に任せておけばいいこと。

彼女のナイトビジョンが作動した。小さな物置のような場所だ  しめた、扉がある。なぜだかわからないが一瞬ためらったのち、彼女はそれを押し開けた。

そこには、機動部隊エージェントの銃弾に倒れ、恐怖に慄いた顔で天井を見上げる彼女の姿があった。彼女は自分の顔が大きく引き伸ばされるのを見た。銃弾が自分を切り裂くのを見た。エージェントが恐怖のあまりヘルメットを上げて喚くのを見た。「ああクソ、違う、違うんだ。俺は、俺はそんなつもりじゃ  

視界が消える。彼女は金属でできた暗い廊下にいた。ここは大理石じゃない。床に柱が打ち付けられていて、至る所で火花が散っている。遠くに見えるのは  あれは、人影だろうか?

彼女はそこへ向かって走った。考え込んでいる時間などない。ただ次へ次へと動くのみだ。そうよ、人だわ。しかも息がある。太さ一メートル半ほどもある柱に圧し潰されている。遠くから煙の匂いがした。

白衣を着た背の高い男だった。彼女は柱を持ち上げようとして、悪態を吐いた。無理だ。たとえスーツを着ていても、彼女のできることには限りがある。「目が覚めた?」彼女は呻き声を上げながら、必死に柱を持ち上げようとした。「助けが来る。いや、すぐには来ないかもしれないけど  

男が喚く。「"母"は、"母"はどこだ?」

彼女は目をしばたかせた。「何?」

「どこだ……彼女の眼は……」

彼の皮膚には皺が生じ始めた。髪は白髪になり、薄くなり、抜け落ちた。皮膚は固くなり、青白くなり、シミだらけになり、徐々に身体から剥がれ、埋葬を待つ死んだ骸骨だけが残された。

彼女は震え上がって柱を取り落とした。死体に触れないように気を付けながら前に進む。暫くして振り返ると、死体のあった場所で子供が彼女に向かって静かに泣き叫んでいる。その目は見開かれて血走り、手には懐中時計を持っていた。

彼女は走った。廊下はどこも同じようなものだ。前後の壁にある赤い警報器が鳴り響くやいないや、彼女は閉じ込められてしまった。どのくらい時間が経ったのだろう? 放射線はいつごろやってくるのだろう? 彼女には、今となってはそんなことはどうでもいいのではないかと思われた。

扉だ、やった、扉がある! 木製の、装飾の付いた扉が、廊下の突き当たりに。駆け寄ってそれを開くと  


そこは中庭だった。カモメがアーケードにとまっている。周囲には柱、円天井、彫刻の施された壁がある。それは見慣れた壁だった。

マディナート・アル・ザハラ。コルドバだ。

彼女は前に歩を進める。最後にここに来たのはいつだったか。アストゥリアス人は壁の外には出られない。子供のころに一番近くまで行ったのは、最南端にある国境の町ブルゴスに来たときだ。でも財団のエージェントとして、異なる時代と場所でなら、そう……

ソルにはコルドバが無い。ああ、都市はあったのだが、それはアストゥリアス人の国だった。彼らの言い方でいえば、スペイン人の国。ヒスパニアが統一された(そうでなくとも、それに近い状態になった)のだ。オーチャードにおいては遠い昔のおとぎ話のような話だった。ソルのマディナートは小さな観光地で、コルドバがそれを取り巻く田舎の半分と融合したものだった。彼女の夢見た広大な宮殿都市はそこにはなかった。

けれども、これは本物だ。代用の模造品じゃない。西側の植民地から運ばれてきたコンドルが、空中果樹園の下を旋回している。何年も前に作られたアート・インスタレーションだと本で読んだことがあった。共和国が首都ビルのために新しい芸術家を後援しようという試みの一環だ。そう、彼女はそれを知っている。しかし、見たことはなかった。

中庭は明るく、太陽は高く輝いている。自分はどうやってここに来たのだろう? しかしその疑問が湧いたときにさえ、彼女はその答えを知っていた。この場所は私を分解し、そしてまた元に戻そうとしたのだ。

彼女は、ファティマの死体が大の字になって高い欄干の上に広がっているのを発見した。それの脳、いやその残骸といえるものは、銅線とプラグで石に接続されている。もう少しで悲鳴を上げるところだったが、彼女の中の鉄のように熱い部分がそれを強く押しとどめていた。それは言った。やめてくれ悪化するだけだ

彼女は大きく息を吸って銅線に手を伸ばし、それを引き抜いた。


彼女は落下していた。灰色の物質の中を落ちていく。彼女はアルベルトの死体を見たが、驚くことはなかった。既にプラグは抜けていたからだ。ここはサンフランシスコなのか? 穴は確かに永遠に続くものだが、今落ちているこれに関しては彼女が聞いていたような永続性はない。

アルベルトはあなたが酒を呷ったときもそれについては話さなかった。彼がそれについて話すのは、不確実で絶望的な状況においてだった。なぜなら、彼はあなたにもう後がないというときにだけ、それについて話していたから。彼はその壁に跨って、小屋のことを説明した。穴には橋が架かっていた。それは大昔のウル・ブリッジを模して造られた脆い橋で、金で紡がれた門を備えていた。

そして今、彼は死に、その脳は空中に散らばって、引きちぎられた銅線にぶら下がっている。

アルベルトのプラグも抜かれているということは、アイリーンかサイモンのどちらかはまだ生きているに違いない。彼女はそうであってくれと願った。彼女は移動しようとしたが、どうしても動くことができなかった。だから彼女は何もせず、傍を通り落ちてゆくものを眺めていた。

機動部隊のエージェントがいる。さっきのとは別の者だ。彼はより年をとった彼女の頭を撃ち抜いている。彼は悪態を吐き、膝をついて訳の分からないことを捲し立てている。さらにもう一人のエージェントが、老婆となった彼女を撃つ。杖は地面に倒れ、彼は悲鳴を上げる。

自身の死が百回、彼女の前を通り過ぎていった。どれもが無意味で、同じだった。あの死は避けられないものなのか? 私はどんなときも味方から撃たれる運命にあるのか? それとも……いや、違う、これはすでに封印されたものだ。これは未来ではなく、過去、結末だ。疑う余地もないような、そういう何か。

財団は、一度も起こらなかった過去にあらゆる矛盾を封じ込めた機械を引き摺っている。多元宇宙から遥々引き寄せてきたのだ。彼らはそれら全てをここに配列したが、どれもうまくいかなかった。新しい過去がつくられ、あるいは以前起こった事象の亡霊に何度も何度も侵された。

そして修復装置が動き出した。正しいタイムラインと思われるものを何度も何度も複製していく。恣意的に、目的もなく、出されたものから選び取っていく。ファティマの頭の中のイメージを作り直すことで彼女の修復を試みる。

穴の縁に亀裂が入っていった。穴はすぐに溶けてしまうだろう。彼女を巻き込んで。彼女はため息をついて両手を広げ、そして思い出した……


彼女はあの列車を思い出していた。目を覚ますと財団がなくなっていて、全体と無が一度に感じられる。解放感と自由な浮遊感が思い出される。

彼女は子供時代を思い出し、それを手放した。両親の農場のオレンジ園を思い出し、それを手放した。彼女は過去に縛られることなく、その痛みに苛まれることなく存在することができた。もう文脈は必要ない。世界中のあらゆるタイムラインが踊るように通り過ぎていったのだから。

彼女はコルドバとアストゥリアスの歴史を思い出し、それを手放した。エーテルに、壁から差し込まれて辺り一面に亀裂を入れる白い光に、それを溶け込ませてゆく。消せ。払いのけるのだ。いったい彼女には何か実体があるだろうか? どうだっていいことじゃないか? それは自由を意味す  

「ニーブス!」

自分の名前の響きが、彼女を貫いた。彼女は驚いて硬直し、辺りを見回した。アイリーンがそこにいた。ハークレティアンの光で動くプラットフォームにしがみついていた。アイリーンの目は鋭く、腕はいっぱいに伸ばされていた。

「ニーブス、つかまって!」

その名前が、再び彼女を貫く。ニーブス。ニーブス。私はニーブスだ。

彼女は十二歳の時、兄に揶揄われたことを思い出した。「なあ、お前の名前は雪だろ! 見ろよ、雪だ!」そう言って兄は雪景色を駆け抜けていった。兄は木々を指差して言った。「そのまま押さえつけとけ!凍ったままで!」彼女はそれが嫌いだった。彼女は誰のことも押さえつけてなんかいなかった。

手を伸ばしてアイリーンから伸ばされた腕をつかむと、彼女はそのままプラットフォームへと引きずり出された。アイリーンは彼女を押さえつけると、ニヤリと笑った。

「気を付けなきゃだめよ。あなたはすぐ自分を見失うんだから」


中心地から百マイル離れた乾燥地に、彼らは帰ってきた。サイモンはそこにいて、小さな光るタブレットを手に持っていた。

「これでいけると思う。もう十分に近くまで来ている。あとは中心部に直接信号を送れば……」

そうすれば、修理が完了する。修復システムはシャットダウンし、時間機械は不活性化するだろう。そのサイトは、死んだ、からっぽの球体に戻る。硬く静かで、誰も傷つけず、何も消費しないような場所に。

アイリーンが頷いた。「うん。それなら、行った方がいいわね。」

サイモンは顔をしかめた。「でも、あれはどうしよう  

しかし彼はニーブスの表情を見て考えを改めた。唇をなめて、素早くタイピングを始める。

ニーブスは少し離れたところへ歩いていった。そこはかつて格納庫だった場所だった。死んだ船が燃えていた。何か月も前から燃え続けているのだろう。炎は一斉に強くなったり弱くなったりを繰り返している。

外の世界ではどのくらいの時間が過ぎたのだろう? そんなことを知って何になる? 彼女の身体は年をとっていないし、時間は  ああ、時間がどんなものだったか、彼女は思い出すことができない。それは、ある諺だ。祖母が彼女に教えてくれた言葉。

時間が時計を回すんだ。仕掛けが動かしているように見えるのは、時間が私たちにそう思い込ませているからさ。

ニーブスはしばらく考えて、ナンセンスな言葉だなと思った。格納庫の端まで歩いて、星空を見上げる。

一体いくつの世界があるのだろう? いくつの世界が探検され、いくつの世界が地図に描かれたのだろう? 地図を描くとはどういうことを意味するのだろう? 簡略化する必要などあったのだろうか?

それらは彼女に語りかけ、彼女に、ニーブス・デル・リオに手を伸ばした。全ての列車、全ての惑星、全ての塵の欠片が、ニーブス、オビエド聖堂、彼女の兄、青白く細い彼女の手、そして彼女の黒みがかった赤色の髪、そうしたものの欠片を内包していると知った。

「やあ」アイリーンがまたそっと近づいてきていた。ニーブスは飛び上がって驚き、そして微笑んだ。

「もうそれ勘弁してよ」

アイリーンはニヤリと笑ったが、それはほんの一瞬だけだった。ファティマとアルベルトのことは見ることも話すこともないまま宙に浮いている。「時間だ」

二人はサイモンのところへと引き返してきた。彼はちょうど信号を切り終えたところだった。「オーケー」彼が言う。「これでよし」

アイリーンがアーク跳躍器をセットアップする。今度こそ、全部がうまくいくはずだ。端に寄せすぎた。今度こそ、今度こそ、これできっと大丈夫。

ニーブスはただ微笑んで、その細い金属の棒を掴み、風が通り過ぎてゆくのを感じていた。


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