魔ラーメン2号店より愛マシマシを込めて

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           一杯目

 肌寒い秋の夜だった。先週収容されたオブジェクトの実験が夜遅くまで長引き、俺は一人オフィスに残ってその報告書をまとめていた。
 完成したファイルをメモリーに保存し、俺はオフィスのデジタル時計を見た。23時。猛烈に腹が減っていたが、もうサイトの食堂はとっくに閉まっている。デスクの上には食べかけのチョコレートバーがあったが、こんなものではこの空腹は満たせないだろう。
 仕方ない。街に下りて、ラーメンか牛丼でも食べよう。俺はジャケットを羽織り、オフィスを出る。冷たいリノリウムの廊下に、俺の疲れ切った影法師が伸びた。幸い財布の中は暖かい。俺はサイトを後にした。

 

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 俺の勤務しているサイトは、地方都市の郊外の丘にある。門を出ると、街の灯りが眼下に輝いていた。俺がどんな世界の脅威と日々対峙しているか、あそこに住んでいる人々は一切知らずに生活している。死ぬまで知ることはないだろう。しかし、それこそが俺の仕事の真価であり、俺はそれに誇りを持っている。
 しかし、俺も今年で三十路になる。こんな奇妙な世界で働くようになって早十年だ。おそらく俺の感覚は一般人とはかなりかけ離れている。このままこの業界に居続けて、結婚したり、家庭を持ったりできるのだろうか。俺は幸いDクラス職員ではないが、世間からすれば同じようなものだ。異常で、奇怪で、不気味な世界の住人であることに変わりはない。
 俺にも、気になる女性が居ないわけでもなかった。例えば、橋口歩。彼女は俺と同じサイトで働く研究者だ。部署は違えど、なにかと顔を合わせることは多い。確か俺の一つ下だっただろうか。
 知的で、よく笑う女性だ。彼女はもう寮で眠っているだろうか。彼女の夢に、俺は出てくることはあるのだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると、いつのまにか明るい街中まで出て来ていた。

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 冷たい秋風に身を縮めながら、24時間営業の店を物色していく。牛丼。カレー。ファミレス。暖かな光と香ばしい香りが、俺の疲れた身体を誘惑していた。しかし、どれもしっくりこない。元々俺は優柔不断なのだ。自分はどれが食べたいのか、それがわからない。彼女はそんな俺を見たら笑うだろうか。
 ふと、路地裏で煌々と輝く店に目が奪われた。
 魔ラーメン。黄色い暖簾には赤い筆文字でそれだけが書かれていた。店先に近寄ってみると、強烈なニンニクと豚骨の臭気が鼻をついた。そして、同時に俺の腹の虫が猛然と鳴き始めた。
 これだ。俺が今食べたいのは。ごくり、と唾を飲み俺は暖簾をくぐった。

 瞬間、ものすごい熱気に押される。それと凶悪なニンニクの臭気。テーブル席やカウンター席の客たちは、こちらには一切目もくれず、猛然と巨大などんぶりに対峙していた。その、どんぶりに山盛りになったモヤシの量。こぶし大のチャーシュー。そして、極太の茶色い麺。麺を、スープをすする音が、有線放送をかき消そうとしていた。テーブルも床も、客たちの顔も、飛び散る脂でベタベタだ。
 これは二郎系ラーメンというやつだ。
 不意に学生の頃の思い出が蘇った。悪友たちと放課後、制服のままよく食べに行ったものだ。その暴力的とも言えるボリュームと、刻みニンニクの辛さ。あの頃の俺たちは、どんな悩みもこれで吹っ飛ばしていたじゃないか。
 よし、と意気込んで、入口の食券販売機で「大ラーメン」を買う。750円。食券を握り、俺は一番奥のカウンター席に座った。

 しばらくすると、厨房から店主が顔を出してきた。太った大柄な男だったが、店に充満した蒸気で顔がよく見えなかった。俺は食券を渡す。店主は「はい、大ですねェーん」とだけ言って、また厨房に戻った。よほど忙しいのだ。
 ケータイでSNSをチェックしながら、時間を潰す。好きなミュージシャンが新曲のMVを上げていた。やった。さっそくBluetoothイヤホンを耳に突っ込み、聴いてみる。これも、俺が学生の頃から追いかけていたミュージシャンだ。CDは全部買っていたし、ツアーやライブは悪友たちと全て観に行っていた。そういえばクラスのあの娘も好きだったっけか。

「ニンニク入れますかァー?」
 突然かけられた声にケータイを落としそうになった。もう麺が茹で上がったので、トッピングを聞かれているのだ。ええと、俺の好きなトッピングは、確か。
「ヤサイマシアブラ少なめニンニクマシカラメで」
 

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 運ばれてきたラーメンは、やはり二郎系らしく巨大だった。店内の臭気で鼻はもう麻痺しているかと思ったが、いざ実物を前にするとその臭いは凄まじい。とてつもなく旨そうだ。
 俺の頭がすっぽり入るほど大きいどんぶりに、湯気を上げる山盛りのモヤシがそびえる。その下に覗く、茶色い超極太麺。醤油豚骨のスープには、邪悪な脂身が浮かんでいる。腹は落雷のような音を響かせ、よだれが垂れそうになる。

「いっ、いただきます」
 極太麺を箸で掴み、モヤシの下から引き摺り出す。アブラギッシュなスープが服に飛び散るが、そんな事はもはやどうでも良い。麺をゾボ、とすする。これだ。この麺だ。太麺で、しかも中がギッチギチに詰まった平打ち麺。咀嚼するので精一杯なこの麺だ。
 スープもかなり濃厚で俺好みだ。カラメ、と言ったように、しっかりと塩辛い。その奥に、豚肉の出汁とチャーシューの煮汁、香味野菜に背脂の旨味がドカンと鎮座している。
その中を暴れ狂う、凶暴な生刻みニンニク。生のニンニクは舌を突き刺す辛さだ。こんなもの食ったら明日は誰とも顔を合わせられない。彼女になんか尚更会えないだろう。だが旨い。旨すぎる。
 口の中が脂で一杯になり、麺のボリュームに一瞬気持ち悪くなる。そこでヤサイ、つまりモヤシ様の出番だ。モヤシマウンテンを箸で崩し、ひとつかみ口に放り込む。そのさっぱりした水気で口がリセットされ、次なる闘いに戻って行けるのだ。
 ぶた、つまりチャーシューも良い。熱々、超厚切りのチャーシューは、プルプルの脂身とスープをよく吸った肉のダブルコンボ。ブチ、バチと肉を噛み切り咀嚼すれば、背徳的な美味の感覚が駆け巡る。顔面の全ての筋肉が躍動し、総動員されて咀嚼しようとしているのがわかる。
 麺、スープ、モヤシ、チャーシュー。麺、スープ、モヤシ、モヤシ、麺、チャーシュー。麺、麺、モヤシ、チャーシュー。
 永劫にも思われる美味のループは、いつしか自分との闘いに変わってゆく。これだけ食っても、いっこうに麺が減っていない気がする。何しろ麺の総量は550g。恐ろしい量だ。それに、時折挟む凶悪チャーシューが腹に特大パンチを喰らわしてくる。頼みの綱のモヤシはもうほとんど無い。しまった、ペース配分を見誤ったか。学生の頃なら、ペロリと平らげたはずの一杯が、今の俺には果てしない死闘になっている。俺も歳か。
 しかし、俺は絶対に残さない。だってばあちゃんに叱られるもの。

 やっとのことで食べ終わった。気がつくと、他の客はもういない。俺がラストの客なのだろう。一息ついて汗を拭うが、もう自分の汗なのか豚どもの脂なのかわからないほどベッタベタだった。
 俺は勝った。自分に勝ったんだ。そんな清々しい思いが俺の中を吹き抜けていた。第一部、完。一つの物語が終わった。そんな寂寥感の中で飲む一杯の水は、これまで飲んだ水の中で一番美味かった。
 時刻はもうてっぺんを過ぎ、日付が変わっていた。さて、そろそろ帰ろうか、そう思った時だった。

「ニンニク入れますか」
「キョウキマシ、あと普通で」
 振り向くと、そう言った男がケータイをいじっていた。パーカーのフードを深く被り、顔は見えない。
 俺は耳を疑った。今なんと言ったんだ?キョウキ?キョウキってなんだ?ラッキョウみたいなやつか?ミョウガか?キョウキ?……狂気?
 まあ、それはまた次の機会に注文してみればわかることだ。俺はどんぶりを返し、店を出た。
「ありがとうございましたァアーーンッ」
 店主の奇妙な声を背に、俺は寮への帰路を急いだ。
 
             二杯目
 それから一月が経った。
 秋も終わり、本格的に街は寒くなってきた。日も短くなり、陰鬱な雲が空を覆う日が続く。しかし、俺のこの一ヶ月はとても色鮮やかだった。
 彼女と、橋口歩とこの俺は急接近しているのだ。
 新しく計画されたプロジェクトを、彼女の部署と俺の部署が合同で行うことになったのだ。様々な打ち合わせの中で、少しづつ彼女との接点が増えていった。昨日なんか、二人で遅くまで仕事をした後、そのまま街に飲みにいくことさえ出来た。
 また彼女の人柄を、このひと月でかなり知ることができた。仕事中は真剣そのものだが、オフの時の彼女の笑顔といったら、もう。三十路男の胸を締め付ける何かがあった。
 しかし、今日俺はまた一人で残業している。彼女も残ると言ってくれたが、他の職員たちと先に帰らせた。
 なぜか?それはあの魔ラーメンの為である。
 時計を見ると、23時45分。そろそろ空腹も限界ピークだろう。さて、行くとするか。戦場へ。そして今日こそ、あのキョウキとかいう謎のトッピングメニューを解明してやるのだ。
 しかし、あの味を思うとついにやけてしまう。よだれもダラダラ湧いてくる。ひと月食べていないと、手が震えてくる気がする。やっぱりあの二郎系ラーメンの中毒性は、薬物由来なんじゃないかと本気で思えてくる。これ、禁断症状じゃないか?

 店について、俺は愕然とした。
 電気が消えているのだ。時計を見ると、ちょうどてっぺんを過ぎている。なんということだ。これでは、俺のこの欲望はどこにはけ口を求めれば良いというのか。
 仕方ない。コンビニで何か買って食おう。肩を落とし、帰ろうとしたその時。
 俺の後ろで、店の電気がついた。
 と同時に、何処からか人々が出てきて、ぞろぞろと店内に入っていくではないか。どういうシステムかは知らないが、てっぺん前に店は一度閉まり、暫くしてまた開店するようだ。
 なんだよ、おどかすなよー。そう言いつつ、俺は溢れ出るよだれを拭い、店内に入った。

「ニンニク入れますか?」
「えー、キョウキマシ、あと普通で」
 言った。言ったぞ。ついに言ってやったぞ。厨房で店主は茹で上がった麺にトッピングをしている。さあ、来い、キョウキとやら。お前が珍しいホルモンか中華野菜かはたまた沖縄食材かは知らないが、お前は今、俺にその正体を暴かれるのだ。
 運ばれてきたラーメンを見て俺は絶句した。

 一瞬、疲れた俺の目が錯覚を起こしているのかと思った。でも目を擦ってみても変わらない。
 どんぶりの輪郭がブルブルと震え、遠近感が激しく変化している。見ているだけで酔いそうだ。七色のオーロラがモヤシの山から噴き出し、俺の目の前を通り過ぎてゆく。なんだこれは?やっぱり疲れているのだろうか?匂いはいつもどおりの旨そうな魔ラーメンだ。まあいいか、食べれば分かる事だ。
 割り箸を割り、どんぶりの中で異彩を放つ塊を口に運ぶ。μουσάων なんἙλικωνιάδων このἀρχώμεθ᾽ まるでἀείδειν,

 ん?
 なんだ?
 今俺はなんと言った?

 いや、何を考えた?
 
 それ以前に、俺は何語で考えた?

 何かがおかし縺ッ菴輔□ αἵθ᾽ 多分Ἑλικῶνος 縺薙ἔχουσιν ὄροςあり得ない μέγα τε ζάθεόν τε

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καί τε περὶ κρήνην?? ἰοειδέα πόσσ᾽ 恐ろしいἁπαλοῖσιν
ὀρχεῦνται καὶ βωμὸν 子曰。爲政以德。譬如北辰居其所。而衆星共之。 ἐρισθενέος Κρονίωνος. というのか?
 ἢ Ἵππου これはκρήνης ἢ Ὀλμειοῦ ζαθέοιο
ἀκροτάτῳ Ἑλικῶνι χοροὺς ἐνεποιήσαντο
καλούς, 孟懿子問孝。子曰。無違。樊遲御。子告之曰。孟孫問孝於我。我對曰無違。樊遲曰。何謂也。子曰。生事之以禮。死葬之以禮。祭之以禮。 ἱμερόεντας: うオォォオオオオオἐπερρώσαντο δὲ ποσσίν.
ἔνθεν ἀπορνύμεναι, おお?κεκαλυμμέναι具シ滄」滓─縺ッ繧キ繝・繝ッ繧キ繝・繝ッ縺励※縺�k縲ょ剱繧√�蝎帙�縺サ縺ゥ閼ウ縺ョ荳ュ繧定干轣ォ縺梧遠縺。荳翫′繧九h縺�↑諢溯ヲ壹?

 

 
 
 

 

 
 
 
 
 

 気が付くと、俺は寮のベッドで寝ていた。
 時刻は午前11時。そして今日は水曜日のはずだ。かつてない絶望感が俺を襲った。就職以来、最悪の遅刻じゃないか。
 しかし、どうやって俺はここまで帰ってきたんだ?昨日の記憶はブツ切れにしか思い出せない。
 ふとデジタル時計を見ると、曜日は日曜日を示している。
 日曜日?水曜日じゃなくて?
 俺は4日も眠っていたというのか?
 いや、それとも。
 酷く頭が痛み、俺は額をおさえた。

 そして悲鳴をあげた。

 昨日まで無かったものがそこにはあった。
 小さな角。
 洗面所の鏡で見ると、それは確かに俺の額に二つ隆起していた。少し大きなタンコブほどの大きさだが、確かに骨の硬さがあった。

 昨日、俺の身に何があったんだ?
 ああ、そうだ。あの魔ラーメンを食べてから、全てがおかしくなっている。
 トッピングは確かキョウキ、マシ。そう、キョウキーー狂気。
  
 あの謎のトッピングを食べた瞬間、俺の脳内で極彩色の大爆発が起きた。稲妻が全身を駆け巡り、俺の意識は渦を巻く混沌の底に落ちていった。全身の細胞が粟立ち、血液が沸騰するのをかんじた。その時無数の声が、それも無数の言語で俺の頭に情報をぶちまけてきた。聞いたこともない言語もあった。
 
 あれは間違いなく、異常存在だ。
 そして俺はSCP財団の職員だ。すべきことはただひとつだ。
 そう、繧キ繝・繝ッ縺励※縺�k縲。

 絶句した。
 俺の思考が、おかしい。
 俺の頭の中に何か異質なものが生じている。
 誰かが居る。
 このままでは本当に気が狂ってしまいそうだ。俺は恐怖した。自分が自分の知らない何かになっているのだ。俺は少しだけ吐き、嗚咽しながら泣いた。
 何とかしなければ。俺は急いで部屋を出た。

 
 

 財団のサイトに着き、俺はふらつく足取りで研究室に向かった。
 ドアを開けると、暗い部屋の中に彼女が立っていた。それも、泣きそうな顔で。目には涙が浮かび、それでも必死に笑顔を作ろうとしているのがわかった。

 ーー縺田くん、  ?      、    。

 なんと言ったのかは判らなかった。
 俺が聞き返そうとして一歩、彼女に近づいた瞬間。
 暗闇の中から、小銃を構えた機動部隊がいっせいに現れた。その銃口は俺に向いていた。
 研究所の電気がつく。
 すると、凄惨な惨劇の痕が全貌を露わにした。
 
 壁や柱には深く、大きな爪痕のようなものが無数に残されていた。銃撃戦が起きたのだろう、弾痕や爆発痕もあった。
 誰がこんなことを?収容違反か?
 いや、うちのサイトに収容されているオブジェクトにこんな攻撃性を持つものはいない。

 まさか、これは俺がやったのか?
 
 機動部隊の隊員たちはジリジリと俺に近づいてくる。その背後で、彼女が後ずさってゆくのが見えた。その顔には純粋な恐怖が浮かんでいた。
 そうか、俺はもうここにはいられないんだな。
 その時、俺の体にまたあの異常な感覚が戻ってきていた。それと同時に、全身に巨大な力が湧き上がってくるのを感じた。
 俺の肉体が急速に変異してゆくのがわかった。
 
 咆哮。発砲音。硝煙の臭い。閃光。
 さらば、俺の片恋。

              三杯目
 気が付くと、俺はテーブルに突っ伏していた。
 テーブルは何だかベタベタしている。脂と、ニンニクの臭い。
 俺はまた魔ラーメンの店内にいた。
 体を起こし、自分の両手を見てため息が出た。それはまさに異形の手だった。鮮紅色の硬質な皮膚。鋭い爪。口元を触れば牙があった。
 もう財団には、人間には戻れない。
 しかし、腹は減っている。恐らく4日間何も食べていないのではないか。
 俺は食券機で大ラーメンを買い、厨房の店主に渡す。そしてまたギョッとした。
 店長の顔には目が三つ、巨大な牙があった。太った巨体には翼まで生えている。「大ですねーーンッ」という奇妙な声はそのまま、ステレオタイプな化け物が居た。
 振り返れば、他の客も人間ではない。タコみたいな身体の人型実体も、けむくじゃらの獣人、甲殻類の様な奴も皆ラーメンをすすっている。ここは怪物しかいないのだ。もしかすると、最初からそうだったのかもしれない。

「邪悪マシ、虚無オオメ。特異点マシマシ、混沌マシで」
「深淵少なめ、猛毒マシマシ、神聖マシ、カラメ」
 トッピングのコールも異常極まりない。運ばれてくるラーメンも、周囲の時空を歪めているものや、バチバチと稲光を上げるもの、不気味な音を立てているものもある。
 
 もう俺は人間には戻れない。
 じゃあ、好きにやらせてもらうさ。

「輪廻転生マシマシ世界樹マシ暗黒星雲オオメ終焉マシマシカラメで」
 

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 4日ぶりの食事は最高だった。俺の食欲はやはり人ならざるものに変わっていた。何十杯食べたか判らない。昼となく夜となく、無限に食べ続けた。トッピングも、周りの注文を聞きながらたくさん試してみた。
 トッピングで特に気に入ったのは、不可説不可説転マシマシだ。華厳経の奥に眠る壮大な宇宙の偉大さを味わい知る、唯一無二のトッピングだ。
 あと、那麼怛羅マシ勃麼怛羅マシマシ伽麼怛羅少なめ阿麼怛羅オオメとかいうトッピングも良かった。

 一息ついた俺は、お冷やを飲みながらまた店内を眺めた。
 ラーメンをすすっている異形の怪物たちは、姿は様々だ。財団のファイルでは見たことがない事からすると、恐らく未収容・未確認の異常存在なのだろう。種族はまるっきり異なるが、そんな彼らは争うことなくラーメンをひたすらすすっている。

 これこそ、世界平和の姿ではないのか?
 ふと、そんな考えがよぎった。
 俺は今まで財団の職員として、「人類を異常存在から守る」という使命のもとに働いてきた。それが正義だと信じていたからだ。
 しかし、人類は果たして守られるべき存在だろうか?
 異常存在からすれば、人類こそ異常存在ではないのか?
 異常存在たちの世界は果たして悪なのか?
 疑問、疑念は一気に吹き出した。
 俺が機動部隊に囲まれた時、彼女は恐怖していた。しかし、恐怖されている俺の中身はなんら変っちゃいなかった。俺は俺、ずっと俺のままだ。それなのに人類は俺を、俺たちを拒絶した。

 俺はその時悟った。
 ラーメンを前に、人類も異常存在も関係ない。
 ただそこには喰らうべき至高の一杯があり、その前に我々全宇宙の知的生命体は平等なのだ。
 では、俺はその一杯に魂を捧げよう。

 俺は怪物店主に微笑みながらどんぶりを返し、握手を求めた。
 そして、言った。

 俺を、魔ラーメンで働かせてください。
 店主は世界一気色悪い笑顔で俺を抱きしめた。

 次の日から、俺の修行が始まった。
 俺は店の二階に住み込みで働くことになった。朝早く店内を掃除して、店主の仕込みを手伝い、買い出しにも出かけた。製麺やスープ作りをさせてもらえるようになったのは、一年近く雑用をこなした後だった。
 店主は厳しかったが、それでも楽しい毎日だった。財団で働いていた頃には味わえない、人を幸福にしている実感があったからだ。毎日馬車馬の様に働き、泥の様に眠った。
 俺も毎日まかないを食べていたせいか、身体の変異もグングン加速していった。角は猛牛の様に長く、翼は全身を覆うほどになった。
 魔ラーメンの秘伝レシピを教えてもらったのは、働き始めて三年が経つ頃だった。

 ある時店主に呼ばれ、店の裏口に行った俺は度肝を抜かれた。そこには、正体不明の食材を大量に抱えた異形の狩人が立っていた。身長は3メートルほどあり、筋骨隆々の肉体に、傷だらけのヘルメットを被っていた。どうやら、魔ラーメンの食材は、この戦闘民族から買い取っているらしい。
 うごめく肉塊や、歯をガチガチ鳴らす謎の頭蓋骨。足の生えた香味野菜に、発光する果実。店主はその山に手を突っ込み、一つの食材を俺に見せた。
 それは、爬虫類か何かの頭に見えた。
 店主によれば、これは異常な再生能力を持つ爬虫類の幼体の頭らしい。成体は核兵器でも手に負えないので、再生能力や戦闘能力の低い幼体を使うとのこと。これが、魔ラーメンのスープのベースを作る秘伝の食材だという。
 そして、この頭には再生能力があるため、理論上無限にダシを取り続ける事が可能なのだ。
 店主は戸惑う俺にその頭を渡し、俺の肩を叩いて言った。
 
 お前に、魔ラーメン2号店の店主を任せる。

 店主は泣いていた。俺も泣いていた。戦闘民族も泣きながら拍手していた。食材の頭蓋骨もガチガチ歯を鳴らして祝福していた。店主は俺を抱きしめ、頑張れよ、と言ってくれた。
 俺が魔ラーメンで働き始めて、5年の歳月が経っていた。
 
             四杯目

「ニンニク入れますか?」
「事象の地平線マシマシ、後普通で」
「色即是空マシ、空即是色マシマシで」
 今日も魔ラーメン2号店は大繁盛だ。並行世界や余剰次元から来た魑魅魍魎の常連客で、どの席も埋まっている。外には長い行列が出来ているほどだ。
 俺は額の汗を拭い、どんぶりにラーメンをよそっていく。スープ鍋の底には、10年前のあの日、店主にもらった爬虫類の頭が沈んでいる。ふと厨房の隅を見ると、店主と撮った写真が見えた。暖簾わけの日に撮った写真だ。
 
 今、先代の店主は地上を離れ、次元城とかいう、異次元を浮遊する城塞都市国家で店をやっているという。なんでも、数万人の異常存在たちが自由に暮らす理想の空中都市らしい。
 俺も頑張らなきゃな。
 そういえば、彼女はどうしているだろうか?もう彼女の名前も思いだせないが、きっと優しい人と一緒になって、幸せな家庭を持っているだろう。
 いや、絶対そうであって欲しい。
 
 そしていつか、彼女がこの店を訪れる時があるなら。
 俺はその時、普通のラーメンを彼女に出すだろう。
 彼女は普通のラーメンを、家族と笑いながら食べるのだ。
 きっと彼女は俺のことを思い出すことはない。
 でも、俺の作るラーメンは彼女の、幸福の一部になる。
 それだけが俺の夢だ。
 


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  1. portal:3306148 ( 30 Apr 2020 11:51 )
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