瑞郷計画/非公式、昭和二〇年(構想用)
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    何を書きたいか?
    遠野妖怪保護区成立の経緯
    遠野までの百鬼夜行vs五行結社

    柳田国男の唱えた「常民/山人」二項論やその系譜の網野善彦の「常民/まつろわぬ民」二項論が遠野妖怪保護区の立脚の思想基盤になってる気がするんですよ で、天下万民天皇の赤子たれ、みたいなのりか、あるいはすべての事物は陰陽の理によって説明されなければならない、みたいな、法治/理性的万能論が遠野の敵になる気がするんですね by winston1984winston1984

    展開

    • 重岡が海軍の助けを借り内地に密入国
      • 白鳥による依頼
        • 白鳥は敗戦を予期しており、妖の戦後の待遇を憂いている
        • 各国の秘境は戦後は日本の勢力圏ではなくなるため、妖の楽園を作るならば本土が好ましいという考え
        • 重岡を信頼しての抜擢。伝手を使い高松宮へ協力を一方的に要請
    • 高松宮(判官会/海軍)の協力を得る
      • 高松宮は海軍左派であり、いかに被害が少なく終戦するかを第一としている。皇族が断絶することになろうとも日本国が残るならば構わないという思考
        • 敗戦後、妖怪大隊の処遇を考える上で白鳥の目の届くところに纏めておいてくれた方が都合がよく、かつ白鳥に恩を売れるのは悪くないと考える
      • 当時の海軍は戦艦大和を失うなどかなり切迫詰まっていて表立っての助力はあまり期待できない
        • 調査局の人間である重岡が調査局の目をごまかしながら内地で動くために海軍の人間を装う
        • 各最前線に散らばる妖怪たちの輸送
          • 当時の制海状況を鑑みるに、半分くらいは撃沈されてもおかしくない
    • ミッションを整理(という名の状況説明)
      • 妖が自由に棲める場所を確保 - 秘密を保てるか、外敵を迎え撃つのに適しているか、外敵が侵入し得ない場所である必要
        • 国内のネクサスの殆どは白澤計画により暴かれ調査局の基地になってしまっている
        • 呪術的に隔離された地を作るなら蒐集院の術師の助力が必須だが、妖怪大隊と蒐集院の間には確執がある
          • しかし財団による度重なる勧告により当時の蒐集院は内部分裂が進んでいる

    • 蒐集院の協力者候補に接触
      • 「妖怪保護派」はどうして存在するのか?
    • 柳田國男に接触
      • 日奉藪への唯一の手がかり
      • 柳田邦夫を扱え切れる気がしないので大江山士郎を仲介役にする

    • 日奉藪に接触
      • 日奉藪は異界・遠野の唯一(迷家除く)の窓口として機能する
        • 遠野の最高存在である山神様の巫女であり、外界との出入りの「認可」は彼女に一任されている
        • 日奉本家から離脱した傍流の巫女。神格との親和性が非常に高い
          • 故に蒐集院や日奉本家からは追われる身
          • 遠野に逃げ込んだ
            • 柳田國男がそれを手引きないし協力したという過去
      • 口説き落とす必要あり
        • 何をどうすればいいんだ……
      • 食料問題はぬっぺふほふの肉と無尽俵でなんとかなりそう。山菜とかも取れるだろうし

    • 遠野住人の助力を得る
      • イーハトーブとの融合により新しい風が吹き込んでいるかも?
    • 白鳥に共鳴した妖怪大隊員が続々と日本列島に集結
      • どうやってバレないようにするか?

    • 作戦会議
      • 遠野である必要性
        • 龍穴(山口)は防御力が無い
        • 恋昏崎(静岡)は原住民と妖の親和性が無い
        • 穴蔵(中国地方のどっか)はよく分からない。けれど九十九機関が関わっているという情報があれば避けることはできる?
        • 酩酊街は忘れ去られたものが行く場所であり、妖にとっては忌むべきところ
        • 隠岐や佐渡などの離島は調査局の調査を経て未踏が残っている可能性は低い
        • 四国は調査局の手が入ってなお狸が生き残っているが逆にいえば大隊が入り込む余地は無い。行ってもいつまでもつか分からない上に狸に一生頭下げなきゃいけんくなる
        • 蓼科(長野)は「入り方」が不明であり、かつ調査局の本丸である松代大本営が近過ぎて危険
        • 富士は未だ神秘が残ると思われるが、調査局の手も入っており危険
        • 北海道は遠い上に文明基盤が違う
        • 白鳥「淡路島はやめとけ」
        • 高千穂(宮崎)は霊格がかなり高い場所ではあるが、その特性上蒐集院の施設がある
      • どのように遠野まで辿り着くか
        • 銀河鉄道
          • 問題1. 修理納期
            • 宮沢賢治の死去(1933)から遠野勢(特に如月)が修復していた?重工系は東弊組の領分なので如月が人を浚ってきてやっているとかもありえそう
          • 問題2. 遠野から大隊の終結地にどうやって運ぶか
            • マジでわからん
          • 問題3. 機関士の不在
            • 最悪如月の鬼に投げればよさそう。あまり問題ではない
          • 問題4. 牛鬼や朧車など、機関車に明らかに入らないメンバーをどうするか
            • 如月の空間歪曲で中に入れるとかでっちあげてもいいかもしれない
            • 機関車の上に張り付かせるとか。銀河鉄道は煙を出さない
        • 蒐集院や調査局は百鬼を止めなければならないが、彼らの目的・目的地が不明であるため布陣はボロくなりそう
          • 傍目には本拠地への討ち入りに見えるかもしれない
          • 財団による戦後日本で収容活動開始の宣言を受けて、両者共に活動・影響力を弱めている今がチャンス

    • 白鳥の演説とか入るなら入れたい
      • 「特殊自治大隊とは名ばかりの常人ならざる者の寄せ集め。諸君らの殆どに自由はなく、"数珠"で操られていた者も多いことだろう」
    • 百鬼夜行開始
      • どこから?→龍穴(秋芳洞)
      • 一番遠いビルマ方面の隊員の帰還(あるいは輸送船轟沈報告)で開始?

    • 東遷/遠野へ
      • 京都 - 蒐集院御所
        • 蒐集院の内通者とかが強そうな妖怪解き放って欲しい
        • 実は石榴倶楽部の会員でもある蒐集院のそこそこなお偉いさんがぬっぺふほふのお肉食べたさに協力してくれないだろうか(淡い期待)
        • 日奉とかヤバいのとかいっぱいいるし正直どうするか……
      • 長野 - 大本営
        • ゴリ押すしかないと思う
        • 本土駐在部隊はそんな多くないし最前線で戦ってた精鋭妖怪大隊ならいけるはず
    • 五行結社・推参
      • 唐突な横槍にして最後の障害?
        • 式神としての調伏
        • 終戦後の動きに備えて水面の上に浮上?
        • 田沢湖で調査局と共闘したりしているが五行のことがどれくらい知られているのか不明
        • 純粋に破魔のための可能性もある

    • 遠野妖怪独立区の成立
    • 白鳥が強過ぎて邪魔なんでなんかどっかに行かすかもしれない

    キャラ

    • 重岡しげおか 正二しょうじ
      主人公。蒐集院蒐集官見習い→IJAMEA軍曹。白鳥中尉の密命を帯び暗躍する(予定)。
    • 饗木あえぎ
      妖怪大隊のサトリ妖怪。相棒枠。恐らく、大隊の非人間で最も人権を得ている妖。尋問から人語を発せぬ妖とのコミュニケーション代行まで幅広く役に立つ。
    • 白鳥しらとり たける
      IJAMEA大尉。「妖怪大隊」中華大陸方面軍小隊長。重岡の先輩にあたり、恩人。一度頓挫した妖怪大隊計画が軍隊として運用できたのは彼の一助によるところが大きい。不老不死(要検討)の力を持つIJAMEA最大の英雄。SCP-4918。活動を停止したIJAMEA本局の情勢を憂い、妖怪大隊の妖怪たちを戦後野放しにしないために暗躍を始めた。政治にはそこまで秀でないが、顔が大変広い。
    • 松澤まつざわ すず / 松(송)ソン 孝鈴(효령)ヒョリョン
      1912年生まれ、大韓帝国の超常機関であった保伝院の元構成員の父を持つ。日韓併合への潮流で、保伝院の職員たちはその殆どが調査局に吸収され、第三次白澤計画の最前線で非正規局員として従事していた。しかし、一世である彼らの殆どは調査補助員から昇格することなく使い潰された。彼女はそんな父を見て育ったから、朝鮮が発展するには日本に認められるしかないと努力を欠かさなかった。日本への迎合は、日本の支配を拒む同胞を裏切ることになりまた刃を交わすことに他ならなかったが、調査局に合流した彼らはそれ以外に道は残されていないと信じていたし、その行いは彼らの子供の道をそれしか残さないようにすることに他ならなかったのである。二世になると、地下道士など現地の反抗勢力に対する戦果などから、朝鮮人の妖術師も徐々に正規の局員として認められるようになる。彼女もその例に漏れなかった。そして1931年、調査局は白拍子計画と銘打った人を妖に変生させ屈強な兵士とする計画を打ち立てる。孝鈴は志鬼を己の身に降ろす降神巫という術師で、志鬼が持つ専心の性質とその炎は白拍子計画と非常に相性が良く、被験者に自ら志願した。しかし計画は失敗に終わり1936年に打ち切られる。他の被検体は心を狂わせて皆死んだから、孝鈴はやはりその妖と相性が良かったようだったが、それでも成果は芳しくなかった。孝鈴の身体は中途半端に蛇の特徴を持つだけに終わり、身体能力の強化もたいして得られなかった。半魔にその身をやつした孝鈴を、調査局は改めて正式に迎え入れた  妖怪大隊の戦闘員として。
      調査局の研究者も、彼女本人もあずかり知らぬことだったが、実験は孝鈴に老化が遅くなるという副作用を齎していた。老化速度はおよそ1/10になっており、1945年にはおよそ23歳くらいに見える。最終階級は陸軍伍長。
    • 高松宮たかまつのみや 宣仁のぶひと
      昭和天皇の弟であり、海軍大佐。判官会の支持者の中で最も強い影響力を持つ人物であり、白鳥中尉の友人の一人。終戦後の日本の立場を良いものにすべく、重岡に協力する。
    • 柳田やなぎだ 國男くにお
      蒐集院関東傭人連総代。妖怪保護区に最適な地である遠野を推薦する(予定)。終戦後、枢密院顧問官となり遠野の独立性を担保し続けた。
    • 日奉いさなぎ やぶ
      寒戸郷に隠居している日奉の巫女。日奉一族の傍流の生まれであり、神格に対する異例の親和性を有する。そのためか幼少より日奉の外の存在に感化され続け、役を投げ出し逃亡。柳田の手を借り寒戸に流れ着いた。遠野の山神を誘導できる唯一の人物。薮が正式かもしれないが雰囲気重視で旧字体で行こうと思う。
    • 厨川くりやがわ
      如月工務店の鬼。推定仮名。遠野で一定の発言力があり、かつ住人が増えるとなれば彼らの了解は不可欠。恐らく如月が妖怪の流入を拒む理由は無い。
    • 婆様
      寒戸の婆様。山姥的な「神に娶られた村娘」。妖怪の流入に対しどういうスタンスなのか考えなきゃいけない。
    • 日奉いさなぎ ふき
      蒐集院奉斎官。美人。魔眼系の能力を持たせたい。藪の妹?(要設定) 妨害役で登場させたいがさせないかもしれない。
    • 弟國おとくに 坩充かんみ
      蒐集院の準二等研儀官。重岡の幼馴染。
    • 濃浦ぬら
      SCP-2953のGeneral Nura。たぶん妖怪大隊の大隊長で、大隊長なら少佐だと思う。
    • 符柄ふがら 剛鬼ごうき
      調査局中佐。妖怪大隊関連のなにかの職に就いてたらしい。具体的に何をやっていたかは自由にしていいとのこと。小沼さんの人事。出せそうなら出したい。
    • 波戸崎はとざき がい
      灰より〜の主人公。終戦期に遠野保護区との交渉役を務めたらしい。たぶん登場しない。

    メモ
    遠野物語に鬼が登場しない理由

    モブ大隊員名前
    饗木 あえぎ(サトリ)
    文芽 あやめ(文車妖鬼)
    二八十一 にくく
    地霧 ちぎり
    奈栗 なぐり
    柴規 しばき
    浦見 うらみ
    来衣 くるい

    書きたいセリフ
    大江山「以前話さなかったか? 私は巫女服がこの世で一番嫌いでね。ここは私が引き受けよう。日奉の邪視を相手に揃って逃げ切るなぞ不可能だ、先に行け」

    厨川「東弊あずまえみし。彼らと私たちは性質たちが同じなのですよ」

    白鳥「燎原の炎、ね。俺は好かんが大したものだ。ただ、それで俺を燻れると思わないことだな。燎原の火は、草を薙げばそれで終いだ」

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宮沢賢治著 銀河鉄道の夜

ぼく、白鳥を見るなら、
ほんとうにすきだ。
川の遠くを飛んでいたって、
ぼくはきっと見える。


「失礼致します。調査局軍曹、重岡正二であります」

「入りなさい」

 先程横切った赤煉瓦とは打って変わって上品な建物だった。偉い人のために存在するかのような、英国式の上品な建築物である。そして実際に、重厚な扉の向こうで待っている者が偉い人なのであろうことを重岡は知っていた。海の上で揺られること二週間余り、そして息吐く間も無くの拝謁である。
 何よりの問題は、重岡が形式上は陸軍の下っ端であることに対して、ここは海軍の領域であることだった。重岡は軍歴の短さと特殊な配属先故に、陸海の不仲を感じる場面に出会したことが無かった。しかし矢鱈と楽しげに陸海の隔絶っぷりを語り聞かせてきた上官のお陰か、悪い想像ばかりが働くのである。特に、龍宮計画の失敗以来、調査局は通常の陸軍よりも尚苛烈に嫌われていると聞く。上海から内地への便乗を許した艦長は若輩の重岡に対し弁えた振る舞いをしたためその懸念は払拭された筈だったが、事ここに至りいざ面会という時に限って、靄が湧き出てくるのである。気の良い彼は調査局の存在など知らずにいただけだったのではないかと言う様に。
 扉が早く開けろと催促をしているかに感じられる。重岡に許されているのは、唾を飲み込むのと一緒に緊張を胃へ落とすよう努めながら、催促に応えることのみであった。

「君が、白鳥しらとり君が目を掛けていると聞く。まぁ掛けなさい、長旅で疲れているだろう」

「ハッ、失礼します」

 内装もまた、華美なものであった。その応接室は重岡の身には釣り合わぬものだったが、重岡の前の人物にとっては紛れも無く相応しいと言えるだろう。果たして、彼は天皇陛下の弟宮、親王殿下その人であった。それを認めた刹那に礼を取った重岡を、宣仁のぶひと親王は興味深そうに見ながら、着席を促した。

「白鳥君の直属が来ると聞いていたから、もっとおどろおどろしいものが来ると思っていたよ。存外に徒人のように見える。うん、失礼を承知で尋ねさせて頂くがね、重岡君と言ったか、君は人間なのかな?」

「無論です。妖怪大隊などと仰々しい名で通ってはいますが、人間も幾人か在籍しております。妖を御する術師が必要ですから」

「成る程、成る程。色々と内情を聞きたいという思いはあるが、残念ながら時間も有り余る訳ではない、本題に入ろう。白鳥君から証文は渡されているかね?」

「ええ。これを渡せば自分が大尉殿の使いだと分かると申し付けられております」

 重岡は懐から取り出したものを目の前の磨かれた机に置き、親王の方に寄せた。位の高い人物に手渡すのは気が引けたし、目の前の親王が信を置ける人間かどうか確信を得ていなかったからだ。その動作がやや無作法だったのではないかと思い至ったのは親王がそれを手に取ってからで、しかし親王に気を害したような素振りは見えなかったため胸を撫で下ろした。それは菊紋が金糸で縫い込まれた和紙のように見える紙片であり、和紙の触感に反し鉄板の如き堅さを携えたものだ。少しでも心得の有る者が見れば、一目で皇族のために拵えられた代物であると見て取れる一品である。

「確かに。以前白鳥君に渡した物だ。どうやら君は余程彼に信頼されているらしい。……これは君が持っていたまえ」

「自分には勿体ないお言葉です」

 やや面映い気分だった。重岡の直属の上官である白鳥大尉は大した人物で、調査局にその名を知らぬ者無しとまで謳われる英傑である。大尉の位に留まっている理由はお上にとって都合が良くないからでしかないと専らの噂で  実際は本人が昇任を固辞しているだけなのであるが  比喩でなく魑魅魍魎がひしめく特殊自治大隊へ満洲で勤務していた重岡が移ったのはひとえに彼の誘いがあったからだった。重岡は自身が白鳥のお気に入りであることを自覚していたし、白鳥の腰巾着と本局の連絡員に扱われるのも慣れていた。しかし外部の、それも皇室のお方に改まって言われるのは気恥ずかしい。誇らしいとも同時に感じる。そしてその感情は重岡に使命への奮起を促した。

「さて、彼からは君を寄越すから船を都合してくれとしか伝えられていなくてね。この建物は十分に防諜処理をしてあるので安心しなさい、話を聞こう」

 そう、重岡にとって彼は交渉相手なのだ。白鳥大尉の注文は非常に難易度の高いものであり、同時に失敗は許されない。成功のためには協力者が必要不可欠であり、白鳥の友人である海軍大佐、高松宮宣仁親王は絶好の候補であった。


嗚呼ああ、彼奴はお前が部屋に入る前から話を受ける積もりだったらしい」

 用意された客間に通され、戸が閉められるや否や重岡の背後から嗄れた声が聞こえた。はぁと溜息を吐く。それを見て声は愉快そうに言葉を続けた。

「おれは先んじて答えてやってるだけだぞ? ナァ軍曹殿?」

 重岡は声の主を覆っていた術を解いた。星辰と風水を利用した遁甲の術である。妖の殆どは闇夜に溶けるように隠れることが出来るのだが、日中では難しい。部隊における重岡の役目は隠形を用いての斥候、そして隊員たちを敵陣のど真ん中か背後に送り届けることだった。当然、上位の術師には通用しないのだが、半島朝鮮では兎も角大陸中華の仙人やら道士やらは秘境に篭りっきりなのか全くと言っていいほど戦線に出てこなかったから、重岡の術は重宝されていた。
 そして、親王は呪的防御に護られているものの、本人にそういった力は無いようだった。重岡の背後に控えた存在が彼に一切気取られなかったことがそれを示している。彼を隠していた理由は『協力者』を信頼し切れなかったからで、伏せ札を残しておきたかったからだった。

「そう邪険に思うなよ、戦友じゃねェかいおれたちはよ」

 再び、重岡は溜息を吐く。現れた者は人の容貌をしていなかった。身の丈は重岡の胸の高さまでほど。猿のような胴体と四肢を持ち、口は裂け、眼は一つしかない。さとりと伝わる、人心を見通す瞳を持つ妖の一種である。その強力な神通力を活用し、思考を先取りしては口に出す悪癖の持ち主でもあった。

「わかったわかった。艦内でも言ったが声に出さないと会話してる気にならないんだ。聞くまで待ってくれ」

おう、待ってやったぞ。これで満足かい?」

「……それで頼む、饗木あえぎ

 一応、立場としては饗木より重岡の方が高い。饗木は特殊自治大隊の『備品』であり、重岡は正規の軍人だ。だが、妖怪どもに畏まれと言うのが無理な話だった。そして言葉が通じるという点で、饗木は考えを読まれることを除けばましな部類だった。

「それで、殿下に我々を欺こうという考えは無かったんだな?」

「無かったがナァ、人の心はころころ変わりやがるからよ」

「無いならそれで良い」

「しっかしよォ、あれが菊の一族の末裔たァ、衰えたもんだな。敗戦で潰えるんじゃないか」

「……不敬だぞ。お前に言うのも無体なことだが……なぁ、少し気になったんだが、お前生まれはいつだ」

「親のはらから生まれる訳でもなし、そう言う風に言えるかは分からねェが、久安ってェことになるのかね」

 久安と言うと、八百年程の昔である。妖はどいつもこいつも遥かに年上だからやり辛い。そう重岡が思っているのを見て饗木は捕捉した。

「っても、七百年は蔵の中だがね」

「お前は封印組だったか」

「そうさ、軍曹閣下。ただアンタが蒐集院の出だからって気に病む必要は無いさね」

「……気まずいだけだ」

「そのようだ。マ、仲良くやろうぜ。おれたちの未来のためによ」

 三度みたび、重岡は溜息を吐いた。違う分隊とは言え面識を得てから数年は経つ。しかし、饗木との対話は一向に慣れなかった。内面を覗かれることも良い気はしない。ただ、彼に歩み寄らなければならないと感じていたし、饗木も不器用ながら重岡を支えようとしているようだった。
 それも、二人が目的を同じくしているところが大きい。白鳥大尉からの指令は、妖が強制される訳でなく己から協力を申し出るのに足るものなのだ。

「……未来、か。可能なのか? この日本で」

「できなきゃおれたちは滅ぶか、またかび臭い蔵に戻るだけさ。アンタみたいなのは生き延びられるかもしらんがね」

 特殊自治大隊、それは調査局の中でも異色の存在。人が操る百鬼夜行、又の名を妖怪大隊。徴集された妖や異能者の集団で、重岡軍曹と饗木はその一員だった。
 この戦争は敗北必至だ。敗戦後、調査局は間違いなく解体される。ファウンデーション1は大手を振って弧状列島に乗り込んでくるだろう。敗戦後の日本で、蒐集院はファウンデーションにどれだけ対抗できる? 不安定な情勢の中で、服従を対価に陽の下に出てきた妖怪たちはどうされる? ただ為されるがままに封滅されるのみでは居られない。この行動は疑いようもなく調査局や祖国への反逆的行為だが、白鳥は必要だと考えているようだったし、大隊の妖たちも共鳴していた。

「妖やはみ出し者のための独立区。白鳥さんは異界を見繕うのが一番可能性があると仰っていた」

 白鳥大尉曰く、香港に類例が在ると聞いたことがあるらしい。重岡には任務で香港に行った経験があるが、そういった異界の存在は全く感じ取れなかったし、重岡が妖怪大隊に異動する以前もその存在について聞いたことは全く無かった。だが、二人は白鳥大尉がそう言うならば実在するのだろうと考えていた。あの人は矢鱈に顔が広いし、どこから仕入れたのか定かでない情報を大量に持っていることでも知られている。

「香港を探ってその異界を攻めた方が手っ取り早い気はするがなァ。おれのちからがあればそっちの方が現実的だろう」

「お前も白鳥さんの説明を聞いていただろう? 我々だけでは日本国外で防衛を固めるのは困難だと。国内の方がまだ勝手が分かるし、協力者も見つかり易い。それに、香港には調査局の基地がある。勘付かれずには無理だ」

「解ってる解ってる。言ってみだだけさね」

「殿下に海軍の身分と制服の用意をお願いしよう。当局の連中は海軍とは疎遠だ、多少怪しまれても誤魔化せる」

「おれはどうすれば良い?」

「術で隠すから私の周囲を常に警戒していてくれ。バレたら式2ということにする」

「ヤダねェ、折角首輪が取れたってェのに飼いいぬのフリかい」

「申し訳無いとは、思ってるよ」

「見えているとも。必要な事なのだろう、仕様が無い」

 矢張り、重岡は饗木が苦手だった。饗木に従僕の振りを強要することを、申し訳無いとは然程考えていなかったから。


 重岡と饗木が日本本土に上陸して既に一週間が経過したが、得られた成果は芳しくない。白鳥大尉が前線各地に散らばる大隊員たちへ呼びかけ日本に到着するまで、予定ではあと二ヶ月ほどしかない。それまでに、重岡たちは妖たちが引き篭もれる土地を見つける必要がある。短い期限に焦りが募る中、高松宮から朗報が届いた。
 親王が支援しているらしい判官会なる寄り合いから回ってきたというその情報は、重岡たちにとって未来に現れる最大級の危機を示していたが、現在においては追い風と成り得る。そして、その信憑性は確かなものであった。

 『新秩序構築に關する伯林ベルリン宣言』。ファウンデーションが発した声明である。要約すると、戦争が終わった後にファウンデーションが日本列島に本腰を入れて進入してくるという内容であった。
 それは重岡にとって予期されていたことであり、同時に待ち望んでいたことでもあった。調査局も蒐集院も、間違いなく派閥の対立が進む。巧くやれば、終戦派や上の方針に反感がある人間を釣れるかもしれないと重岡は考えていた。
 そして何より、それが最大の好機足り得る所以は、調査局と蒐集院がその活動を大きく鈍らせたことにある。調査局はその力の殆どを大陸と沖縄に割いていながらも本土決戦を期してか内地にも相当な戦力を温存しているようで、蒐集院は言わずもがなである。それらを警戒して重岡と饗木は慎重に慎重を重ね大した動きができていなかったが、それらの硬直は重岡と饗木の行動の幅を大きく増やした。

「久しいな昭二、急に日本に帰ってきていると聞いて驚いたぞ」

 重岡の前に居る男は弟國おとくに坩充かんみという。重岡の幼馴染であり、蒐集院の人間だ。重岡は彼を利用する決断を下し、饗木はそれに異を唱えなかった。

「ああ、出向いて貰って悪いな坩充。京に会いに行くのが筋だろうが、一応今は調査局の所属ということになっているから」

「構わない、僕とお前の仲だ。それに、それは賢い選択だった。内院はかつて無いほどに、は言い過ぎかもしれないが緊張が走ってる。調査局にいるお前なら例のふざけた声明を知っているだろう、皆の意見は綺麗に割れているよ」

 京都には蒐集院の二大拠点の一つである内院が存在している。数百年前に本院は江戸へ移されたものの、依然として蒐集院の中枢は京都に存在する訳だ。更には陰陽寮が廃滅したことで、晴明院や調査局の勢力が留まっていることを加味しても京を取り仕切っているのは蒐集院と言っても過言では無くなっている。
 そして、この難しい時勢の中で蒐集院は内外の憂いに対して敏感になっており、秘衛府の衛士たちの警戒たるや蟻の子一匹見逃さぬと言わんばかりの様相らしい。重岡一人ならばまだしも、饗木を伴って京の地に踏み入るのは余りにも無謀だった。それを承知していたからこそ、重岡は幼馴染みを密かに呼び出したと言う訳である。

「矢張りか。坩充、誰にも言わずに来てくれたな?」

「勿論だ。休暇が欲しいと言ったらすんなりと認められたよ。理由も訊かれなかった。母様には院の命と言ってある」

 背後に隠した饗木は何も言わない。幼馴染みのことを重岡は信頼していたが、それを饗木に裏付けられるのは喜ばしく感じた。念の為に周囲を警戒する。万が一、彼が院の諜報に付けられていたらことだからだ。しかし、重岡の技量では一流の忍の隠密を見抜けるはずも無く、饗木もそう言ったことには秀でない。弟國が院に怪しまれていないことを祈るばかりである。

「それでだ、昭二」

 剣呑な雰囲気を醸し出しながら、彼は懐に手を伸ばした。護身の破魔符を忍ばせているのだろう、妖術師として当然の心得だ。その視線は重岡の後ろの空間に向けられている。

「言うな、坩充。……しかしお前に見抜かれるとなれば、自信を無くしそうだ」

「見抜けないでか。僕が研儀として成長したのもあるが、何度その術で一緒に隠れたと思ってる。僕が知ってるそれからは少し変わったみたいだけれど、妖魔を隠していれば流石に判るさ」

 その妖魔を隠すために、重岡は遁甲術を調整していたのであるが。大陸と内地では地脈の性質が異なる。多少妖気が漏れてもおかしくはなかった。それを懸念して術の再調整は行っていたのだが、もう一度行う必要がありそうだ。ばれた相手がこいつで幸いだった。そんなことを考えながら、重岡は饗木を隠していた『幕』を払う。露わになった毛むくじゃらの怪物を、弟國は大した驚きも無く迎えた。

「こいつは調査局で当てがわれた式でね、『目一つ』だ。護衛という名目なんだが、余り役立っていない」

「山神が零落したたぐいか。自我は残してあるのかい」

「見ての通り」

 彼の信頼を裏切り嘘を吐くことに罪悪感を覚えながらも、重岡の嘘に合わせて身動ぎ一つしない饗木に感謝する。こちらの考えを言わずとも読んで辻褄を合わせてくれる彼は疑いようもなく優秀であった。

「お前も腕を上げたと喜ぶべきなのかもしれないな。従魔を持つ術者など今時珍しい、お前も調査局らしくなってるじゃないか」

「嫌味か」

真逆まさか。だけれど、そうしていないってことは『しまえない』ってことだろう、随分と歪に従えているらしい。苦労しているようだな」

「よく分かってるじゃないか……もう良いだろう、隠すぞ」

 再び遁甲をかける。大気に溶けるように饗木の姿が消える様子に、弟國は感心したような声を上げた。

「数年前より格段に速いな。どうやら本当に腕を上げているらしい」

「戦地で必須だったからな、嫌でもそうなるさ。お前はどうだ、そろそろ二等になったか」

「馬鹿言え、まだ準二等だよ。二等に上がるにはあと五年は要る」

「昔は互いに見習いだったのに、もう準二等か。上手くやってるようで何よりだ」

「それは昭二もだろう。……生きて会えて嬉しいよ。うちの妹を放っておいて靖国へ行ってしまっていたら殴らなければならないところだった」

「彼女の話は止してくれ、まだ帰れないんだ」

「だろうね、そうだと思っていたよ。……それで、本題は? 一応言っておくけれど、僕も院に籍を置く身だから  

「解っている、そう身構えなくていい。ただ、これから話すことはくれぐれも内密に頼む、誰にも喋ってくれるな」

「話による、としか言えないよ。それも解ってるだろう」

 頷いた。最悪の場合の覚悟は済ませてある。

「この戦争は負ける」

「それで。この敗北主義者めと罵ればいいのかい」

 冗談めかした言葉。しかし声は笑っていない。
 重岡昭二は弟國坩充と胸中を探り合いながら話をすることに悲しみを感じた。幼少の折より共に馬鹿をやった仲で、気の置けない関係であった筈だった。

「いいや。故に、近々調査局に謀反を起こす。院で助力を望めそうな派閥を教えて欲しい」

「……そう来たか。意表を突かれたな」

「院に不利益とは限らないだろう。寧ろ、ファウンデーションの上陸に備えるのに調査局の力が弱まるのは都合が良い筈だ」

「確かにそれはそうだろうけれど。今な、院じゃファウンデーションと盟を交わすべきとする論調が強いんだ」

さっきは意見が綺麗に割れていると言っていなかったか」

「ああ、それは声明の直後の話だ。先日、御所に空襲があって。酷い有様だった。文献も蒐集物も、被害の総計はまだはっきりとしてないけれど、皆殺気立ってるよ。ふざけた戦争に巻き込むなとね。ファウンデーションにアメリカ軍を止める力があるならばそれでよし、そうでないなら徹底抗戦。先ずは交渉の席を用意しようと。応神の四男坊なんか、次に爆撃機が京の空に現れたら大弓で射ち落としてくれると息巻いてる」

「七哲は何と」

「何も。護京の術を構築しているだとか噂は立ってるけれど」

「七哲の秘密主義は今に始まったことじゃない、か」

「そう言うこと。父上も今の七哲には懐疑的になっている、同じような家は多いと思う」

 弟國坩充の弟國おとくに家は大変に古い一族だ。院が寮であった時代の更に前から存在すると言われ、代々優秀かつ重要な研儀官を輩出してきた。その当主である坩充の父ですら何も聞いていないと言うなら、七哲が何を企んでいるのか把握している者は余程限られているのだろう。勿論、子に伝えられないことを知っていて何も知らない振りをしている可能性は残るのだが。少なくとも、坩充は彼の父が嘘を吐いていないといないと思っているようだった。

「お前は」

「僕は…………僕も、同じさ。けど七哲が黙ってるなんていつものことだ。そちらに協力することには直結しないさ」

「まぁ、そうだよな。今の状況を大まかに把握できただけでもありがたいよ」

「済まない、昭二。力になってやりたいのは山々なんだが」

「構わない。そちらは駄目で元々だった。本当に頼みたいことは別にある」

「……そうなのか?」

 弟國は目を瞬かせた。彼が見せた懐かしい仕草に罪悪感が揺さぶられる。
 重岡が話題に出した時点でそれについて連想することは不可避だ。つまりそれは、呪的防護を施されていなければ彼が持つ情報はある程度饗木に筒抜けであることを意味する。覗き見で得られるそれは断片的であるが、繋げれば価値のあるものになること請け合いであった。

「調査局の手が及ばない異界に心当たりは無いか?」


 日本は神国を名乗るだけあり、その狭さに対し神秘が色濃く残る国だった。過去形なのは、異常事例調査局と呼ばれる国家組織がそれらを全て暴かんとしたためだ。知恵の瑞獣白澤ハクタクの名を冠するその計画は、国土の隅から隅までを穿ほじくり回した。

 それが重岡たちにどう関係するかと言うと、国内で発見できる可能性がある異界は大抵調査局が発見済みで、基地を建てたり、或いは封鎖済みと言うことだった。静岡に『門』がある恋昏崎という異界などは、高松宮によれば中に居を構えていた日刊紙が反調査局に転向してから『門』を封鎖されているそうだし、調査局最大規模の基地もまた富士山中の異界内に建っている。
 無論、調査局の権勢が及ばぬ異界も存在する。重岡も全容を把握している訳ではないものの、蒐集院が『門』を封印しているものとして幾つか非常に有名なものが有った。神話や伝承に語られるような類のそれは、大抵『冥界』と呼ばれるような類で、地下空間に重なるように広がっていることが多い。晴明院の保管展示庫たる平安京地下蔵も、かの安倍晴明によりこの類を再現されたものと伝わる。冥界とは真逆の性質だが、高千穂別院などは神話的異界の封印所の代表例だろう。ただし、そういったところは言うまでもなく厳重極まりない防護が巡らされていた。かつて甲賀三郎が放浪したと言われる蓼科の地下王国群のように、存在は確実視されているものの入り方が現代に至るまで発見されていないものもあるが、重岡たちにとってもそれを見つけることはほぼ不可能と思われた。

 ただし、神話に語られる著名な異界で未発見のものが一つある。スサノオ神が居を構えると伝えられる底根国だ。院では古事記に従い八雲別院が見張る黄泉平坂の先と同一であるとする学説が一般的で、未発見とは見做されていない。しかし、その異界を利用する者たちがいるとの噂が院の中で囁かれていると弟國は知っていた。大東亜戦争が始まって間もなく、蒐集院から離れた少数の一族がそこに流れ着き現地の勢力と合流したという、真偽の定かでない噂話。
 本来ならば、先住民の居ない異界こそが好ましいが、この際はそうも言っていられない。重岡と饗木はその異界に賭けることに意見を一致させた。凡そ一月弱をかけ、目的を同じくする蒐集院の構成員を回避しながらも饗木の眼と重岡の隠形を駆使することでその異界の『門』を発見し、穴熊を名乗る住人たちの顔役との交渉の席に着くことにまで成功した。したのだが。

「あのあま! 聞いたか、ええ!? 人ならざるものを二百も三百も抱え込む余力は無いときた! 『毛むくじゃらのお猿さん』たちを隣人にしたくないと正直に口に出せばいいものを!」

 覚妖怪は大層ご立腹であった。暴言はよせと制止する重岡の声も生気なさげである。この異界を突き止めるまでが非常に順風満帆で、そのまま入居先が決まるかもしれないと期待を抱いていただけに、提案の一方的な却下は重岡にも悲痛を与えていた。この異界  穴熊の者たちは穴蔵と呼んでいた  は非常に広大で、かつ底根国を基底としているという話の割には安定していてとても魅力的な場所だ。内部の建築物が江戸時代のものと類似していたことも、妖にとって好ましい環境と思われた。そう簡単に諦められるかと重岡も食い下がったが、彼女らにも弁があり、住人が倍以上に膨れ上がることは兎も角、調査局に存在を察知されかねないことが許容できないらしい。穴熊は蒐集院に嗅ぎ回られている真っ最中であるし、どうやら他にも厄介な組織  九十九機関なる組織を、重岡はよく知らなかった  と睨み合っているだとかで余力がかなり少ないことは真実であるらしかった。
 それでも重岡は何とか説得を試みたのだが、十を越える数の妖術師に囲まれてお引き取り願われればできることはそう多くなく、精々が安全な帰路を保証させることと、『門』の位置や穴蔵の実態と重岡たちのことを互いに漏らさないという呪的契約を結ぶくらいであった。

 穴熊の本丸からの帰り道、両脇を中年の術師に固められながら進んでいく。一泊を勧められたが重岡はこれを断った。穴熊からの協力を見込めない以上、その領内に留まりたくなかったからだ。
 顔役たる彼女との別れ際、穴蔵のような他の秘境に心当たりは無いかと重岡は問うた。弟國にしたように、饗木に情報を読み取らせようとしたのである。しかしそれは無用になった。彼女が隠し立てせず直ぐに幾つかの候補を挙げたためだ。だが、それは四国の裏側の霊界だったりあるいは表側の狸どもの楽園だったりで、そのいずれも人間や一般の怪異が住むに耐えない土地であった。彼女らはそれらの土地を知りながらも穴蔵に住んでいるのだからそれは当然なのかもしれなかったが、重岡たちにとっては希望の道筋が途絶えたに等しい。
 そんな訳で、重岡と饗木は苦渋の色を濃く浮かべていた。饗木が先程発した暴言は穴熊の術師たちから不要な敵愾心を買ったようで、不信な動きはさせまいと気が立っており重岡たちに話しかけようとしない。そのため、一行は沈黙を保ったまま洞窟を行く。

 歩き疲れそろそろ休憩を挟みたいと思い始めた頃、重岡たちの前に不可思議な恰好をした妙齢の女が現れた。少女と呼ぶにはやや躊躇われるほどの年の女だ。特筆すべきは割烹着とサロンエプロンを足して二で割ったような、そしてそこに不要な装飾フリルを加えた、珍妙不可解な服装である。ただし一介の女給が存在するにはこの洞窟は似つかわしくなく、また纏う雰囲気も熟練の妖術師のそれと同質であった。生粋の戦士ではなさそうだが、一般に優れた研儀人は優れた術師でもあるため油断はできない。余りにも異質な存在のように見え、横の饗木も同様に目を鋭くしていた。
 その女は重岡たちの見張り兼案内役の二人に対して後は引き継ぐといった内容の二言三言を投げかけ、彼らもそれを疑うことなく信じたようだった。彼らが戻っていくのを見ながら、重岡は彼女が重岡たちを始末するための人員ではないことを祈った。相手の領内で恐らく穴熊の一員なのであろう彼女と戦闘する展開になれば、逃げ切れるかどうか怪しい。隣の饗木が警告を発しないためにその可能性は低いと解っていながらも、緊張感を高めずにはいられなかった。

「あー、そうだな、自己紹介からしよう。私は大江山おおえやまという。ここで世話になっている者の一人でね。この恰好については……こういう物なのだと思って触れないでくれると助かる。珍しい客人と聞いて見に来ただけだったのだがね、君たちはもしかしなくても音に聞く妖怪大隊の兵隊だろう?」

「……だとしたら?」

「話を聞きたい。場合によっては少しばかりの助力ができるかもだ」

 重岡は警戒心を露わにした。大江山の言うことは重岡たちにとって都合が良かったし、何より怪しすぎたからだ。彼女の性別と年齢に見合わない喋り方も警戒に一役買っていた。

「君らに害を加えることはないと誓おう、嘘は無い」

「軍曹殿、話を聞いてみようぜ。聞くだけタダだ。それに、意外と好い話かもしれない」

「……本当にか? お前が言うならそうなんだろうが、本当に?」

「はぁ。この女給服もどきのせいで初対面の相手から常に不信感を抱かれる私の身にもなって欲しいものだ。着ていたくて着ている訳じゃあないというのに。本当に本当だとも」

 溜息を吐きたいのはこちらだと思いながら、重岡は了承の答えを出した。饗木の言う通り、このままだと再び振り出しに戻るだけだ。


「つまり、君たちは住む場所を探している訳だ。それも外敵の手が届かず、或いは届いても防衛し切れるような場所。妖怪ばかりなら、確かに異界を探すその方針は間違っていないし、この穴蔵は最適解とも言える」

 重岡は事情の上辺だけを説明した。それは穴熊の代表に明かした情報よりもずっと曖昧かつ断片的な話し方であったが、大江山は核心を的確に捉えているようである。

「その穴蔵に棲みつく穴熊に断られたばかりだけれど」

「彼女らを責めないでやってくれよ。一見しただけでは分からないだろうが、そこそこ崖際の運営なんだ、ここは」

「あんたは穴熊の人間じゃ無ェって言いたげだな」

「その通り」

「こちらの事情は話したぞ。次はあんたの番だとおれは思うね」

 勿論だと言いたげに、大江山は鷹揚に頷いた。

「私は特定の勢力に所属していない、今は。大昔に蒐集院を出奔してそれっきりだ」

「嘘だね。あんた、誰かの雇われか何かだろう」

「ほう、どうしてそう思う?」

 饗木は何かを応答しようとしたが、それを重岡が遮ろうとしているのを見て口を閉ざした。代わりに重岡が返事する。

「答えてやる義理は無いぞ、饗木。ただ、敢えて言うならその恰好で雇われ人でないというのも可笑しな話じゃないか」

「だからこの服は私の身分と無関係だと。あながち間違いで無いのもまた腹立たしいが」

 それならば話せと饗木が催促し、大江山はそう急かすなと言った後に言葉を続けた。

「昔馴染が世話になった人の手伝いのようなことをしていた。だけれど派手に動きすぎたのか本院の秘戴部に嗅ぎ付けられてしまってね。これはいけないと伝手を頼ってここ穴蔵に隠遁していたというわけ」

 そんな恰好をしていれば目立つも道理と思ったが、口には出さなかった。饗木も同じことを思い浮かべたのか、一つしかない目を重岡の方にぎょろめかせていた。

「そろそろほとぼりも冷めた頃合いだろうから常世に戻ってもいいだろう。彼女と連絡が取れる人は御大しかいないから  

「待て待て、もっと順序立てて説明してくれ。『彼女』と『御大』ってのは誰のことだ? どうして連絡を取る必要がある?」

「おおっと、申し訳ない。『彼女』ってのは私の昔馴染のことさ。私と同じように院から抜けて、追手から逃れるために異界で暮らしてる。そこに辿り着くまでを匿った人こそが『御大』であり私の奉公先。そして、彼女と彼女が住む異界の唯一の窓口という訳。……奉公先だなんて呼ぶのも変な感じだけれど、端的に彼と私の関係を言い表す言葉を他に思い当たらない」

「あんたの昔馴染のいる異界を紹介してくれると?」

「そういうことだ。現段階で喋れるのはここまで。君らにとって悪くない話だと思うが、どうかね?」

 重岡は硬直した。大江山の言うことが真実ならば願ってもない良縁である。だが大江山がその話を重岡たちに持ち掛ける理由を推し量れず、返答に困ったからだった。こういう時のためのさとりだと饗木に目をやれば、彼も力なさげに首を横に振る。どうやら、大江山の言う異界について、饗木は何も見抜くことができないようだった。読心に対する防御術式か何かを使っているのだろう、真に秘匿すべき情報を抱える熟達の術師が使うそれを饗木の瞳は見破ることができない。予感はしていたが、大江山はそれほどの使い手ということだった。
 大江山は『昔馴染』や件の異界についてを徹底的に秘すべきものと定めているらしい。考えれば考えるほど、わざわざ重岡たちに話を持ち掛ける意図が判らない。すっかり参ってしまった重岡に、大江山は言葉を続けた。

「まぁ、まだ私が勝手に提案しているだけだから難しく考えなくともいい。君たちが頷かないと始まらない話ではあるが、そも『御大』と『彼女』の諾が無ければ実現しないのだからね。一先ずは棚から牡丹餅が転がり込むかもとだけ考えておけばいいさ」

「良いだろうよ、おれたちは何をすりゃァいい?」

「おい、饗木」

「軍曹殿よ、どうせこのまますごすご帰れば手詰まりだろ。これが最善だ」

「そうかもしれないが  分かったよ。お前は正しい」

 咎める重岡に対する饗木の言い分は的を射ていた。得体の知れない大江山が架けた危ない橋を渡ることになるが、時間切れまで一月ひとつきも無い今、多少の危険は冒す必要がある。そして、饗木の大きな眼でじっと見られては何かを言い返せる気もしなかった。大江山が名乗ったあたりで会話の打ち切りを選択しなかった時点で、この結果は確定していたのかもしれない。

「よろしい、話が早い男は好ましいぞ。それでは連絡方法を決めようか。式を  

 話を進めようとする大江山に、重岡は待ったをかけた。互いの情報をある程度交換した上とはいえ、少しでも情報を引き出して安心したかったのだ。そして重岡が尋ねたのが、重要人物と目される大江山の『昔馴染』と『奉公先』の名だった。

「『彼女』の名はまだ明かせない。けれども『御大』は伝えておこう。そちらの妖怪君はともかく、重岡君は知っている名だろうさ」

 怪訝から重岡は眉をひそめた。

「彼は以前、蒐集院が擁する傭人たちのうち東日本の傭人を束ねる立場にあった。学者としての方が著名かもしれないけれどね」

 そこまで言われればその人物が誰かを察することは不可能でない。良くも悪くもその傑物は蒐集院で有名であった。

「あの柳田氏か」

「正解」


 明治期に入ってから設けられた傭人という蒐集院の雇われ人たちの中に文化人として表の世に知られる人物が多いことは有名な話だった。柳田はその代表例であり、重岡は若い見習いたちで集まり誰かが父の書棚から拝借してきたという柳田の本を読み回してああだこうだ面白がって言論を交わした過去を思い出すことができた。
 弟國坩充を初め、あの時笑い合った同世代たちは院で立身出世を為しているというのに、自分の現状を顧みると悲しくなってくる。えっちらおっちらと山道を登りながらも前を見れば奇怪な恰好の女給、後ろを見れば一つ目の妖。一昔前の自分に報告すれば大いに驚き呆れるだろう。今頃、白鳥大尉はどこで何をしているだろうか。まだ同志を募り前線各地を巡っているだろうか、それとも日本へ向かい始めているだろうか。彼への往信を高松宮に頼んで数週間が経つが、返信は未だに無い。

 穴蔵からの帰還から数日、思ったよりも早く大江山から連絡があった。妖怪大隊という存在に向こうは興味を示したらしく、話はとんとん拍子に進んだらしい。
 そこで式を介して帝都郊外で大江山と落ち合い、饗木とまとめて隠れ蓑で覆いながら  大江山は奇抜な格好から大変に目立ち、重岡はそれを嫌ったのだ  この奥羽山中までやってきた訳だ。ここらは本当に田舎で、栄えているところと言えば精々が製鉄所がある臨海地帯くらいであったが、そこもつい先日に艦砲射撃と空襲でかなりの被害を被った。そして大江山が目的地として挙げたのはその製鉄所から西に暫くの地点であり、その地名を遠野といった。

 大江山たちはその異界に関して慎重に慎重を重ねて秘密を保っているらしく、大江山すら具体的な『門』の位置を知らないと言う。
 ここが指定された場所の筈だ、そう大江山が言ったのは陽が沈み出した時間だった。だが、そこには誰も居らず、次の目的地を示すようなものも無い。重岡と饗木に説明を求める視線を送られた大江山は、おかしいな、時間の指定は無かったんだがと困ったような顔で前髪を一房摘んで弄った。

 

 やはりそう旨い話など無かったのではないか、大江山に騙されたのだと重岡は改めて疑いを強くした。だが饗木には大江山の困惑が判っているはずで、大江山にとっても想定外であろうことも理解していた。

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