SCP-CN-2999: Observator Ex Machina

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http://scp-wiki-cn.wikidot.com/scp-cn-2999

特に見ていただきたい所

・下線部(ここは中国語の知識が要るのでCNの人等にも助けを求めるつもりです)
・O5会議におけるそれぞれの口調(人物設定はカクタス提言IIIだと思われるんですがエミュレートできてますかね)
・IT関連の記述(畑違いなんで用語の使い方が合ってるかどうか…)

※隠しセリフあります


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アイテム番号: SCP-CN-2999 レベル5/CN-2999
オブジェクトクラス: Thaumiel 最高機密
SCP-CN-2000-douglasliu.png

SCP-CN-2999の挙動例示(DEBUG=true,VERBOSE=0.02)

特別収容プロトコル: SCP-CN-2999には最高クラスの保管規格が適用されており、各地方支部の中心サイトにある資料室において、電子/フィルムコピー形式で保管されています。年に一度、電子データの同期と検証を行い、各資料室のアーカイブが破損していないことを確認してください。また20年に一度、フィルムの状態を検査すると共に、欠損がみられる場合は速やかにサイト-19へフィルムの再コピーを申請しなければなりません。

オブザーバーアレイがオフラインになった場合、保管先の支部は装置の復旧/再建を支援する必要があります。サイト-19からの指示を待った後、SCP-CN-2999のコピーを各支部における最も早い手段を用いてサイト-19へと送付してください。"ピンぼけ"事象の発生率を下げるため、30分以内の送付が求められます。同時に、各支部は速やかに非常事態へと移行し、今後発生し得る"ヴェール崩壊"シナリオとガニメデ・プロトコルの実行に備えなければなりません。

レベル5/CN-2999以外の人員がSCP-2999またはオブザーバーアレイに関する情報を取得することは禁じられています。

説明: SCP-CN-2999は現サイクルにおけるオブザーバーアレイ内部分類器の設計書であり、これには完全な人工ニューラルネットワークデザインとニューラルメタパラメータのリストが含まれています。設計に関わった編集者の全容は掴めていませんが、最終編集者は財団中国支部のサイト-CN-25管理官・程玖章博士(-1相対サイクル)であることが分かっています。専用のアルゴリズムを用ることで、オブジェクトのデータサイズは162TBまで可逆圧縮することが可能であり、現時点でXX台のオブザーバーアレイが世界全体をカバーしています。

SCP-CN-2999を実現させたOBSR-3型オブザーバーアレイについては、観察したあらゆるベクトルイメージポイントに対し、42ms以内かつ99.999963%の精度で語義分類を完遂することが可能です。当装置は財団の地球監視システムおよび人類の遺伝物質に埋め込まれているバイオモニタリングチップと連携しており、前任の観察者の代替として、現行の共通認識現実を安定化しています。

SCP-CN-2999は前サイクルにおいて設計されたオブジェクトです。イエローストーン委員会の指示に基づき、入手文書の原本は例外なく秘匿されており、以下の付録のみを基礎調査のために開放しています。

付録I - 観察者死亡事件: 10/02/2021, 08:45:57(-1相対サイクル、以下同)、当時の観察者がサイト-19の集中治療室にて死去。3時間後、O5司令部は緊急会議を召集し、ZK-クラス: 現実不全シナリオに向けた検討を始めました。11/02/2021、財団は"ヴェールの崩壊"を宣言。17/02/2021、財団はすべての敵対武装勢力を鎮圧すると共に、21ヶ所に及ぶ生存者コロニーの建設を終わらせました。この時点で、財団は全世界の秩序を掌握したことになります。

音声ログ - 前観察者による臨終の言
サイト-19, 10/02/2021


<記録開始>

O5-1: 彼の様子はどうだ?

医療スタッフ: 時間の問題です……会話はさしあたって可能ですが、今日を凌ぐことは不可能でしょう……。申し訳ありません、サー。(啜り泣く)全力を尽くしたのですが……

O5-1: 謝らなくて良いさ、シビル。私たちは皆分かってたんだ。遅かれ早かれ、この日はやってくると。誰も責める者はいないよ。(間を置いて)彼はまだ話せるんだね?

医療スタッフ: ええ……話せます。個別の面会をご希望ですか?

O5-1: そうだ、シビル。ご苦労だった。君は先に帰っていなさい。こっちは私だけで問題ない。

医療スタッフ: 承知しました、サー……

電動ドアの開閉音。

O5-1: 私が見えますか?

沈黙。

観察者:重苦しい呼吸音)平気さ……坊や……相も変わらず元気だ……まるで、君が生まれた時のように。

O5-1:笑う)母が言ってました。生まれる時、僕はお腹の中でしきりに暴れていたんだと。

観察者: ああ、見えているとも。君が生まれ……育ち……恋をし、憎み、一歩ずつ今日まで歩んできた姿を。この瞬間に至るまで……あらゆる人間、あらゆる生き物と同じように見てきた。あらゆる……ゆる……

咳嗽音。

O5-1: ごめんなさい……我々はしくじった、何もかもしくじりました。本来なら、こんな事にはならなかったはずなのに。すべて我々の、私の手落ちです……

観察者:遮る)謝ってはいかんよ。そんなことを……言いなさんな。

沈黙。

O5-1: まだ私を見れますか?あなたは今、何を見ていますか?

観察者: 今は……一匹の魚が、海を泳いでいる。魚……魚の身体は青色で、赤い扇子のようなヒレが付いている……魚はゆっくりと、一つのあぶくを吐き出した……今度は、親指大の磁石が、カタカタと震えている……青空の下に立つ、聖ペトリ大聖堂……ミカンの木に実が付き、青い果実が少しずつ熟れていく……34グラムの金が融ける……アマゾンで蜘蛛が網を張っている……バラが見える、バラはバラで、それはバラ……バラ……

咳嗽音。

O5-1: もう……もうやめてください。

観察者: 心配せんで良い、坊や……私は自分の務めを果たすつもりだ。最期の一刻までな。

O5-1: それを疑ったことはございません。しかし、あなたが居なくなった後は、我々でこうした問題にあたらなければなりません──それも、ごく僅かな時間で。

観察者: 私は君がやってのけると信じている。

O5-1: ですが、我々はあまりにも遅れています。もっと多くの時間が必要なのです。

観察者: すぐに破綻することは無かろう。世界は私の存在を、そんなに早く忘れんだろうよ。

O5-1: 予測では2年弱……我々は間に合わないのではないかと危惧しています。

観察者: 己の信念を捨てるのかね?アーロン。

O5-1: そういうことに、なるかもしれません。この地位に就いてから、かなりの歳月が過ぎました。……今度のやつは、これまでで一番嫌な予感がするのです。

観察者: だが、君はいつも上手くやってきた。部下を信じなさい、アーロン……彼らは君を必要としている。厳格で迅速な君のことを……君たちは私に替わる策を、必ずや見つけ出すだろう。世界はきっと……きっと、美しくあり続けるはずだ。

O5-1: それは本心ですか?

観察者: 坊や。私は決して間違えないのさ。

O5-1: もしも、間違ったら?

沈黙。

観察者: そうなれば、世界はとうに終わっているだろうよ。坊や。ここまで持たずにな。

<記録終了>

議事録 - O5司令部緊急会議
サイト-19, 10/02/2021


<記録開始>

O5-1: おはよう諸君。とっくに知らされてるとは思うが……3時間前、観察者が亡くなられた。各支部にはすでに、不急の業務を止め、機動部隊を総員待機させるよう下達している。強調するまでもないが、使える時間は多くない。観察者の死がもたらすZKクラス: 現実崩壊シナリオに向け、財団は対策を取る必要がある。今日この会議において、迅速に方針を固めねばならず……

O5-2:遮る)その前にですね、アーロン。一つ断っておきたいのですが、宜しいですか?

O5-1: ……もちろんだ、ソフィア。どんな要件だね?

O5-2: 本日付けで、O5の職を退きたいと思います。

O5-1: 何だって?

O5-2: 至極明快なことです、そうでしょう?このような事態に至ったのですから、全責任は私が背負わねばなりません。私と、私の率いる戦略神学部門は、許されざる誤ちを犯しました。我々……いえ、私、私が独断専行したばかりに、神殿の門は破られ、観察者は玉座から引きずり降ろされてしまったのです。「あなたの神である主を試してはならない」……私は訓話を疎かにしてしまった。今後流れるであろう血はすべて、私の下に帰着するのです。そういうわけですから、アーロン。私にはO5を続ける資格がありません。私……私は、議会を去らなければなりません。正しい判断ができるうちに。

沈黙。

O5-1: 彼は決して君を責めなかった。

O5-2: 彼?

O5-1: 観察者のことさ。彼は一度も君を責めなかった。たとえ、君が居なかったとしても、本件は変わらずに起こっていたはずだ。せいぜい、百年くらいの引き伸ばしにしかならんよ。彼にはずっと昔にそう教えられたものだ。

O5-2: しかし、本来ならばもっと、十分な期間を取れたはず……

O5-1:遮る)我々は延々と、より多くの時間を欲するものだ。逼迫した環境の中で、我々はいつも首尾よくやってきた。今回が例外になるとは思っていないさ。ソフィア……君にはもう、辞めるなんて言って欲しくない。君が今まで以上に必要なんだ。O5として腕を振るってもらわねば、こいつを乗り切るなんて到底不可能だよ。

O5-9: その通りよ、ソフィア。私たちにはあなたが必要なの。

O5-5: まあまあ、O5初のしくじりってわけでもあるまい。どうってことないさ、ソフィア。図太く行きましょうや。

沈黙。

O5-1: 他に用件が無ければ、規定の流れに戻るとしよう。(間を置く)オマール、財団は"ピンぼけ"事象を確認できたのか?

O5-12: ああ。残念なことに、それらしき事案がすでに4件も見つかっている。1つ目は南極、アムンゼン・スコット基地。コーヒーが石油に変わったのを、飲んでいた研究スタッフが確認。2つ目はブラジリア。児童がショッピングモールを出たところ、買ったばかりのサッカーボールがアメリカフクロウに変化。その場にいた多くの人間が目撃している。3つ目はオマハ……今度は死人が出た。歯列矯正器具がニトログリセリンへと変化し、直ちに爆発。14歳女児が死亡した。4つ目は会議の直前。私のロレックスの文字盤が、期限切れのブルーベリーゼリーに置き換わった。他にもあると思われるが、人気の無い場所での事案については、未だ手が回っていないのが現状だ。

O5-1: 別のアノマリーではなく、"ピンぼけ"現象が原因だと認識して良いんだな?

O5-12: 100%正しいとは言えないが、私の直感は正しいと言っている。

O5-1: その直感を信じよう。ブツは今どこに?

O5-12: 移送中。レッドライトハンドには回収するよう、いの一番に指示を出してある。ドナの提案に基づき、暫定エリア-3706へ移そうと思っている。

O5-9: 暫定エリアはサハラ砂漠に位置し、周囲には無人地帯が広がっています。加えて、最高品質・最大サイズの自己適応型収容房を用いる予定です。ただ、"ピンぼけ"が本当だとしたら、こうした措置でも長くは持たないでしょう。収容物が突然、同質量のブラックホールか何かに変わっても、何らおかしくありませんもの。

O5-1: ブラックホールにはならんよ。観察者が言っていた、それは範囲外なのだと。

O5-9: そういう話ではございません。範囲内に限っても、ゲームセット級のブツは腐るほどあるんですから。

O5-1: その点は承知しているさ。報告ありがとう、オマール、ドナ。(間を置く)サム、ヴェールの様子はどうだ?

O5-11: 今の所は大丈夫。一連の事件の収拾だって、赤子の手をひねるようなものさ。適当なカバーストーリーをでっち上げて、シュッと一吹きしてしまえば、それでまるっとお終いだ。(間を置く)アーロン、君の考えていることは分かるよ。懸念すべきはそのあとだ。観察者が遺した予測をみるに、現行のリソースじゃ1年から2年、もって2年半しか騙し通せないだろう。

O5-1: そこまで引っ張るつもりはない。リスクが有りすぎるし、資源の無駄遣いだ。私としては、すぐにでも"ヴェール崩壊"を宣言したいところなんだが、異議のある方はおりますかな?

沈黙。

O5-13: ハハハ、やっとここまで行き着いたか。

O5-7: 宣言の用意はできてるわ。十数年前からはっきりと予期されていたもの。

O5-6: その通り。財団は別に、手ぶらで待っていたわけじゃない。幸運にもな。

O5-2: 抵抗もきっとあるでしょう……財団の支配を嫌がる人たちの抵抗が。

O5-6: なんて言ったかな。「革命は飯を奢ることではない」……いや、何か違うような……まあいい。俺たちは十分な兵力を持っている。どんな問題も目じゃないことは確かだ。

O5-1: みな同じ認識のようだな。ジャン、次の一手は分かってるな?

O5-4: ええ。会議が終わり次第、国連に電話いたします。

O5-1: 急がなくても良いが、彼らに長考する時間を与えないでもらいたい。自分たちでやれる……そう思い込まれるのは面倒だからな。

O5-4: 分かりました。

O5-1: では、次の議題に移ろう。(間を置く)我々は手持ちの資源を守らねばならない。資源の"ピンぼけ"を遅らせ、あわよくば完全に防ぐ必要があるのだ。したがって、優先順位を付けなければなるまい。ダイアン、何か策はあるか?

O5-10: わざと聞いていますの?アーロン。

O5-1: 君の確認が必要だ。

O5-10:間を置くSCP-2000。最優先はコイツよ。2000が"ピンぼけ"なんてしたら、どう足掻いてもお終いなんだから。

O5-8: 我々が最優先、なんて言うのかと思ったよ。

O5-10: よーくご存知でしょう、リーマン。O5の体なんて、ちっとも重要ではありませんもの。仮に、観察者の件を解決できたとしても、2000無しに"正常”へ戻すのは到底不可能よ。それに、必要があれば、イエローストーンがいつでも私たちを作り直してくれる。これだって初めてじゃありませんのに。

O5-8: 分かった分かった。もうよしてくれ、ダイアン。そいつが思い浮かぶせいで、時々寝不足になるんだ。

O5-10: ふふっ。(間を置く)唯一問題を挙げるとしたら、迅速さってとこかしら。早ければ早いほど良いわ。

O5-1: 私も同感だ。ありがとう、ダイアン。キッド、君の方はどうだ。代用観察者の件は進んでいるかね?

O5-3: 返事は先週と同じだ。人工知能、他に選択肢は無いよ。

O5-1: 人体改造の線は無理そうか?

O5-3: 2週間前の時点で確認済みさ。実験データが積み上がってるよ。あんな思考強度に耐えられる体なんてあるわけがない。それにこれは、食事や排泄を考慮に入れない時の話だ。ホモ・サピエンスはそういう方向に進化しちゃいない。活きた人間を観察者にするのは、同等のAIを作るよりもずっとずっと難しいだろうね。

O5-5: それじゃあ、我らがキュートな前任者は、どうして平気でいられたんだい?

O5-3: バカだなあ。彼はヒトじゃないっていうのに。

O5-1: オーケイ、キッド。後は好きなようにやってくれ。方向としては、SCP-2000の安定化を最優先にしてもらいたい。2000は非生物なんだ、観察者AIの制約は多少少なくできるだろう。それでも、最終目標としてはやはり、あらゆる物事を観察できるのが望ましい。我々自身を含めてな。(間を置く)財団は新たな観察者を絶対に造り出さねばならない。頼んだぞ、キッド。

O5-3: Ack肯定

O5-1: 私からは以上だ。何か付け足したいことはあるか?(間を置く)結構。今がとても難しい時期であることは分かっている。これがまだ始まりに過ぎないこともな。サムが言うように、"ピンぼけ"に耐えられるのはせいぜい2年ってところだ。現時点で、観察者の効力は完全には消えていない。我々はこの2年を有意義に使わねばならず、1分1秒も無駄にしてはならないのだ。各位には最大限の力を発揮してもらいたい。さあさあ、自分たちの持ち場に就こうではないか。諸君に幸運が訪れることを願うよ。それでは解散。

<記録終了>

付録II - 資料収集: 以下の資料は前サイクルにおける財団サイトと生存者コロニーの遺構より回収されたものであり、2021-2022年における観察者効果の減衰・"ピンぼけ"事象の発生・財団の運営状況について記録されています。関係者にまつわる情報は大部分が消失しており、身元を特定することは不可能です。

分類: 生存者コロニーでの放送
HS-EU-01, 04/03/2021


[電子音楽]

コロニー住民の皆様へ、ご注意ください。周囲の物が別の物に変わった際は、付近の人間に近づかないよう呼びかけ、直ちに財団セキュリティスタッフへ通報するようお願い致します。"ピンぼけ"事象に晒された物体は有害化する恐れがあります。自身とご家族の安全のためにも、疑わしい事象がありましたら、適宜スタッフにお知らせください。皆様のご協力に感謝申し上げます。

[電子音楽]

分類: 通信ログ
HS-CN-03, 13/04/2021


男子A: たったいま"ピンぼけ"のタレコミが入った。男が言うには、自宅にあった10キログラムの米が空気に変わり、見えなくなったそうだ。

男子B: 何キロだって?

男子A: 10キロだ。

男子B: 怪しいな……記録されてる"ピンぼけ"は2キロを超えないものばかりだ。証拠はあるのか?

男子A: いいや。何せ一人暮らしだからな。やっこさんは今、こっちでうるさく騒いでるよ。

男子B: 大方、物資をちょろまかそうとしてるんじゃないか?

男子A: 俺もそう思う。他のコロニーでも似たような事が起きている。「証拠があろうがなかろうが、財団は"ピンぼけ"が招いたいかなる損失も補填しない」……やっこさんにはそう伝えるとしよう。こいつはじきに、新たな措置として世界中に広まるだろうな。

男子B: 結局、人のサガを信じちゃいけないのかねぇ……

男子A: そういう考えはよせ。今は本当に酷い状況なんだ。他人を責めてばっかいないで、ちょっとくらいは自制の心を持つべきだな。

男子B: でもなあ、どっちにしろ上には報告するんだろう?

男子A: そりゃあ当然だ。万が一は防がにゃならん。

分類: 文章残編
HS-US-01, 17/06/2021


今日、手のひらのSwitchが金のネックレスに変化した。一瞬のことだった。僕は考えた末、やっぱり通報することにした。ネックレスを持ってかれたので、代わりのSwitchを貰えないか尋ねた。曰く、それがSwitchであったとは証明できないし、仮にできたとしても、交換はしないとのこと。畜生め、1週間分のポケモン厳選がパーになってしまった。

もうすぐ4ヶ月くらいになるが、あの日のことはまだ昨日のように感じられる。突然、あらゆるソーシャルメディアが活動を止めた。ネットもテレビも、あのデカデカとしたロゴで埋め尽くされた。3本の矢が円を貫く、例のロゴだ。奴らは財団の者だとか名乗って、瞬く間に世界規模のビッグ・ブラザーへと成り上がった。抵抗した者は尽く殺された。歴史に最初から存在しなかったかのように、綺麗サッパリ消してしまったそうだ。陰謀論は雨後の筍のごとく飛び交った。"ピンぼけ"は奴らの仕業だの、正体はフリーメイソンか共産党、大魔道士で、国連と一切の政体を滅ぼし、地球を掌握するのが目的だの、色んな説が唱えられた。

正直な所、コロニーでの生活はそんなに悪いものではない。食事はまあまあ美味いし、娯楽だってたまにある。ネットが使えないのと、夜間外出禁止令があるくらいだ。だがなんにせよ、僕のSwitchは無くなってしまった。ネックレスも没収だ。まったく酷い一日だった。

分類: 研究メモ
サイト-RU-17, 24/10/2021


被検体は最初、確かに1冊のノートだったが、ラボに届いた時にはおよそ6センチメートルのアヒルのオモチャに変わっていた。これまでに、被検体は6度の"ピンぼけ"事象を経験しており、それぞれ4時間から18日のスパンで発生している。分類としては以下の通り。

  • 香港の交通ICカード1枚。チャージ金額は53.8香港ドル。
  • The Body Shopブランドのハンドクリーム。半分ほど使用された形跡あり。
  • 1辺の長さが8.2cmの立方体。表面に約5mmの紫色塗料が塗られ、3Dプリントに似た模様を持つ。中身は空洞。
  • 約240mlのグアバジュース。金属製の容器に入っている。
  • アメリカアナグマ(Taxidea taxus)の骨格1セット。
  • スペイン語版『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。冒頭12ページのみ。

以前と同様、"ピンぼけ"前後の事物に繋がりを見出すことはできなかった。

分類: 財団サイト内部メッセージ
サイト-19, 14/02/2022


私のウクレレがPPSh-41サブマシンガンに変化した。手入れが行き届いており、ほとんど新品のような状態だ。だが、コイツはウクレレではない。どんなに良い"バラライカ"1でも、ウクレレの代わりにはなれやしな クッソ、今度はココナッツカップケーキに化けやがった!ウクレレは消え、マシンガンすらも消えちまった!

このままじゃ生きていけない。コニーを探しに行かないと。

付録III - OBSR-1型オブザーバー分類器: 10/2021、財団AI部門がOBSR-1型オブザーバー分類器の開発に成功しました。専用のデータセットで学習することで、OBSR-1は480p以内に映る静的非生物に対し、語義分類を42ms以内かつ90.87%の精度で実施することが可能です。アンサンブル学習2を採用し、複数のOBSR-1をブースティング3にかけたところ、98.438%の精度に到達。これにより、OBSR-1は観察者としての最低要件を満たしました。財団はSCP-2000の安定化のために、直ちにOBSR-1を投入。翌月には作業の完遂が宣言され、SCP-2000は休止状態に移行しました。

その後、OBSR-1は財団サイトや生存者コロニーで広く運用されるようになりました。OBSR-1の存在はサイト/コロニー遺構における一部資料の保存に寄与したものと考えられています。

研究メモ - オブザーバー分類器
カクペル・ダーリン博士, 20/03/2021


基本的な研究方針が決まった。観察者AIの中核は分類器Classifier Systemが担うこととなった。結局のところ、分類こそが観察者の役目なのだ。至極もっともな話であろう。前任は観察物の類別を理解し、対象の存在を安定させることができた。O5-3がもたらした情報によると、具体的な必須要件について、彼は次の4点を挙げたという。

  1. 観察物の理解。
  2. 完全な語義分類の実現。
  3. 42ms以内の分類遂行。
  4. 観察者候補の33min以内の玉座到達。

3点目は絶対的な要求タイムであり、非常に納得が行く。前任の観察者効果が完全に失われた場合、物体が完全を保つのは42msまでであり、その後は"ピンぼけ"を受け、別の物体に変化するリスクが生じる。ならば、設計をフィックスし、最適化すればいい。せいぜいハードワイヤ4程度で済むため、今の所は心配しなくて良いだろう。4点目はこちらの管轄ではない。これはO5-2の仕事であり、我々は装置を提出するだけで良い。ボスは観察者を"玉座"まで至らせ、それから我々の元に返すつもりだ。現段階で目指すべきは、1~2点目ということになる。

1点目の"理解"についてだが、現状では具体的なパラメータを確立できないのが実情だ。これはまるで、分類器に"意識"を求めるようなものだ。言うなれば、本当の意味での"人工知能"である。人間の意識についての研究すら難儀しているのだから、非常に悩ましい課題である。

次に、"完全な語義分類"に関して。O5-3が研究チームに対し、SCP-1539へのアクセス権を与えてくれた。1539は"物事に対する描写"に関わるようだが、不純な情報が多く、認識災害でもあるため、今はまだ解析段階に留まっている。前任によると、1539はかなり感性的な存在らしく、彼すらもこれ以上表現することはできないという。それはすでに本能的なものと化しており、説明するのが非常に難しいとのことだった。

いずれにせよ、我々は研究を続けなければならない。こうした形容し難い感性を読み解き、理性的なデザインに変換するのだ。手遅れにならないことを願う。

研究メモ - 最近の研究における発見
カクペル・ダーリン博士, 01/10/2021


絶対に進んでは駄目なルートが一つある。分類にバリエーションが無い分類器を作ることだ。我々は見たものをすべて"リンゴ"と分類する装置を試作し、その上でリンゴだけを見せ続ける実験を行った。結果、リンゴ群の"ピンぼけ"率には何ら変動は見られなかった(うち一つは秋田犬へと変化し、2週間ほど私のペットになった)。我々は最終的に、分類器のモデルにはある程度の複雑さが必要であることに気付かされた。数レイヤくらいで済むものでは決して無く、一つでも多くのラベルを出力できなければならない。このような方向で考えると、分類器は分析と推論を経ない限り、まともな出力を得られないことになる。一連の手順を踏むことで初めて、分類器は観察されたものを"理解"したと言えるのだ。

また、"語義"に対する認識もそれなりに進んだ。我々は"リンゴ"というラベルを必要に応じて出力できる試作機を作り上げた。確かにこいつは"リンゴ"を安定化できる代物だが、リンゴそのものに限らず、"リンゴ"にまつわるあらゆる物までもが対象に含まれている。試作機にリンゴを見せても、依然として"ピンぼけ"することには変わりない。それでも、変化先は"リンゴ"という概念に関わる様々な何かに留まるのだ。たいていは別の状態のリンゴ──より大きな・より小さな・青い・虫食いのある・半分ほど齧られた等々──に変化する。いくつかのケースではリンゴでない物にも変化した。リンゴの描かれた油絵、リンゴジュース、アップルレッドのボール紙といったものだ。

上記の試作機でユキナシ雪梨を観察しても、ユキナシが"ピンぼけ"する確率は変わらない。だがもし、"運良く"リンゴに変われたなら、以降の対象の振る舞いは、元来のリンゴと同様のものとなる。これらのことから、我々は次の結論を導き出すことができる:誤った語義分類、不十分な語義分類はいずれも"ピンぼけ"事象の発生に繋がる。誤った語義分類は何もしていないに等しく、不十分な語義分類は変化率を一定程度引き上げてしまう。だがいずれにせよ、我々は前任の言う"完璧な語義分類"をやはり目指さねばならない。先のリンゴのような挙動では満足できないのだ。

それに、リンゴに"ピンぼけ"したユキナシと元からあるリンゴ、両者の振る舞いが一致するという結果は、我々の認識をより確かなものにした。……"ピンぼけ"は表面的な改変ではなく、本質的な改変であると。一度変わったら最後、二度と元に戻ることはないのだ。

研究メモ - OBSR-1型オブザーバー試作機
カクペル・ダーリン博士, 01/10/2021


OBSR-1試作機の結果が出た。及第点ってところだが、選り好みなどしていられないのが現状だ。分類器は現在、480pの入力と847層のネットワークを抱えており、ネットワークには102層もの畳み込み5が含まれている。バックプロパゲーション6の問題を解決するためだけに、我々は数ヶ月もの時間を費やしてしまった。"完璧な語義"については、出力されるラベルを出来るだけ詳しくすることで、暫定的に対応している。先のリンゴを例にすると、「質量が◯◯で、表面の平均RGB値は✕✕、パイロット社の油性ペンで3センチ大の財団ロゴが描かれた、~~のリンゴ」程度にまで詳細化した。それでも、私はまだ最適化の余地があると思っている。現行のラベルはみな職員が書いたもので、一番長いものでも80KBくらいだとされる。今のところは使用に耐え得るものの、長期的な解決には絶対になり得ない。私はチームを分割し、語義ラベル用GAN敵対的生成ネットワークの研究に回した。彼らの働きに期待しよう。

当然ながら、解決すべき問題は他にも数多存在する。精度を保つためにも、分類器が受け持つラベルは多すぎないのが望ましい。一番良いのは2種類……"A"と"Aでない"のみに絞ることだ。これはつまり、我々が目下、動的な物体を安定化できないことを意味している。一旦動かすと、現行の分類器は間違った結果をもたらす可能性があり、その場合、"ピンぼけ"が起こるリスクに繋がってしまう。OBSR-1は静的物体、それも完全に非活性な死物しか安定化できないのだ。しかし、我々はこれを乗り越えなければならない。先日、SCP-2000のSRAが1基"ピンぼけ"してしまい、プラスチックで出来たピンクフラミンゴの大群に変化した。聞く所によると、これは記録を始めて以来最大質量の"ピンぼけ"だったらしい。前任の観察者効果が予想以上に早く切れることをO5は懸念している。モタモタしてはいられないのだ。

我々は現在、SCP-2000の安定化に使うトレーニングデータの準備に取り掛かっている。ほとんど手書きで打ち込まねばならず、博士号を初めて取得した時のことを思い出した。全員が残業しているというのに、文句を言う者は誰もいない。そりゃそうだろう。世界の終末が進んでるんだ、残業しないとして、一体どこに行けば良いというのか?

研究メモ - OBSR-1型オブザーバーアレイ・イエローストーン仕様
Dr. Kacper Darlin, 20/11/2021


yellowstone.png

我らが最後の切り札

我々はやり遂げた。3500台のOBSR-1……イエローストーン仕様のアレイが、SCP-2000をあらゆる角度から注視している。イエローストーンを鎮められたのは、成功への第一歩と言って良いだろう。

だが残念なことに、2000は休止状態に置かざるを得ない。動かない死物しか安定化できないためだ。O5の命により、安定化の問題が解決するまで、全人員はイエローストーン公園に立ち入れなくなった。時間が限られていく中、我々はブライト/ザーションヒト科複製機BZHRで50ロット分の職員を作り出し、今後のための備えとした。彼らは現在、サイト-19に新造した地下室で休眠している。彼らのためのOBSR-1アレイはすでに配備済みだ。実際の所、休眠中の人間は死物とはみなされない。それでもOBSR-1はいくらか作用するため、無いよりはマシというわけだ。しかし昨日、ある休眠ポッドの酸素液が"ピンぼけ"し、コーンペーストに化けてしまった。作業員はパイプを掃除するのに、ほとんど3時間近くも費やす羽目になった……

やるべき事はまだまだ山積みだ。サイトとコロニーを安定化するべく、引き続きOBSR-2の開発に打ち込まねばならない。GANの進捗も未だ芳しくない……休んでる暇は無いのだ。

付録IV - 資料収集: 2023-2024年においては、観察者効果の消散が進み、"ピンぼけ"事件の発生率と被害が増加の一途を辿っていました。以下の資料は前サイクルの財団サイトおよび生存者コロニーの遺構から回収されたものであり、ほとんどの関係者は身元の特定が不可能となっています。

分類: 生存者コロニーでの放送
HS-CN-03, 18/05/2023


[電子音楽]

コロニー住民の皆様へお知らせします。体重は80キログラム以上を保つようお願い致します。必要がありましたら、コロニー内の医療センターへお越しください。検査を受けたのち、財団職員へ高脂質・高炭水化物食の配給を申請いただけます。体重が軽すぎますと、"ピンぼけ"事象の発生率が高まってしまいます。あなた、そしてご家族の安全のためにも、積極的なご協力をお願い致します。皆様のご協力に感謝申し上げます。

[電子音楽]

分類: 文章残編
サイト-19, 02/09/2023


ヤツが"ピンぼけ"した……今の所、何に変わったかは分かっていない。塩酸との混合物を見るに、俺たちは金属系の何かだと推測している。今回の件については、色々な見方が存在する。ようやくくたばったと捉える者もいれば、"ピンぼけ"は死ではないと主張する者もいる。これがヤツの策略で、脱走するために一芝居打った、そう考える者もいたりする。

アノマリーの"ピンぼけ"は毎日のように報告されている。ほとんどの場合、それは一種の"無力化"とみなすことができる。今のところ、別のアノマリーへ"ピンぼけ"したケースは見られない。心配事が減るため、大抵の職員は担当するアノマリーの変化に喜ぶものだ。だが、今回……今回は違った。見方がどうであれ、誰もが内心穏やかでないことに私は気付いている。なんと言えば良いだろうか?絶対に死ぬはずがない、そう信じてきたモノが"死"んでしまったら、皆感じざるを得ないだろう……この世界に、問題が起こり始めたと。

その上、今回は非常に大質量の"ピンぼけ"だった……それは遅かれ早かれ、俺たちにも回ってくる。

分類: 生存者コロニーでの録音
HS-BR-02, 30/11/2023


男性A: うちの子は何処だ?何処にいる?

男性B: ご主人、どうか冷静に……。

ガラス製品が砕かれる音。

男性A: ああ冷静だとも!まだ落ち着き足りないと言うのか?子どもを何処にやった?

男性B: お伝えした通りです。あなたのお子さんは生まれるなり、"ピンぼけ"したんです。こちらにあるのはお子さんが変化したものです。お望みでしたら……

物が倒れる音。数人の怒鳴り声が伴う。

男性A:大声で)誰が信じるってんだ!テメェら……テメェらはちょっと中に入るなり、すぐに戻って告げてきた。こんなグチャグチャのペーストが子どもだって?これが医者のやることかよ!ああ?テメェら全員クズだよ……ろくでなしの……返せようちの子を!

男性B: まずい!警備員!

怒鳴り声、そして殴打音。

男性A:嗚咽)この……クソッタレどもが……僕の……僕の子……子ども……

女性: ああそんな!見て!

男性B: あれは……子ヤギ?

男性A: あれは……うちの子だ。あれはうちの子だ!

物が倒れる音。その後、沈黙がしばらく続く。

男子B: ご主人、これは2回目の"ピンぼけ"なんです。通報しなければ……

男子A: 嘘だ……黙れ。子どもが煩がるだろ……なあ、妻と面会して良いか?我が子を見せてあげたいんだ。ああ、僕の坊や。なんて無垢な坊やだろう。

分類: 通信ログ
HS-EU-01, 18/08/2024


女子: マーク!良かった、やっと繋がったわ!こっちの電波はダメ過ぎてダメ過ぎて。2番コロニーの様子はどう?

男子: 言ってくれるなよ、リサ。職員が1人、発電機のメンテ中に"ピンぼけ"して、謎の腐食液に変わってね。そのまま発電所を爆破しちゃったんだ。それから、予備電源が入らないOBSRが数台あって、それで4棟の建物が"ピンぼけ"。うち1棟はほとんど同質量の水になって、敷地の半分を押し流した。そのあと、また何台かのOBSRが故障して……連鎖反応が起きた。そんなこんなで、僕らは命からがら逃げ出したってわけさ。

女子: ああ、神様……

男子: 祈ってる場合かよ……こっちにはトラック2台分の生存者と、携帯式のOBSRが……ああもう、何だよ畜生!

女子: マーク?マーク!

男子: ふう……ふう……大丈夫。ついさっき、水牛が1頭、いきなり突っ込んできてね。そいつ……そいつは今、緑の電話ボックスに変わったよ。とにかく、僕らのOBSRはもうじきバッテリー切れだ。おおよそ、残りは20分くらいだろう。君たちは早く、替えのOBSRを用意してくれ。ゲートに着き次第、僕が君を呼ぶよ。

女子: 分かったわ。どうか無事でいてね、マーク。

男子: 君もな。それじゃあ。

分類: 文章残編
HS-RU-02, 23/09/2024


私は初め、これが審判なのだと考えていました。一連の事態には道理がある、そう思い込んでいたのです。私は間違っていた。そこには何の道理もありはしなかった。毎日のように人が消え、無作為なドタバタ喜劇に収束する。慈悲深いシスターが二穴のオナホールになれば、卑劣な罪人が金張りの聖人像になったり。かつて私は、敬虔な信者を自認していました。ですが、自分がどんな汚れた存在になるかと考えると、そこに神の意思が存在するとは到底思えないのです。

寝るためのベッドも、飲み込んだ酒も、食したパンも信じることは出来ない。

私は今、地獄に居ります。主より見放された場所、それこそが地獄なのです。

付録V - OBSR-2オブザーバー分類器: 資料によると、OBSR-2型オブザーバー分類器の開発は2024年、技術上の欠陥と資源不足のため停滞に陥ったとされます。財団はこれを受け、SCP-2000が休止前に生産した予備職員を開発に投入。OBSR-1β型オブザーバーアレイによるサイトや生存者コロニーの安定化を補助させると共に、研究に必要なトレーニングデータを集めるべく、エリア-303に大規模な人工観察訓練所を建設しました。タイムスタンプの欠落やデータベース破損のため、現サイクルにおいてエリア-303の位置を特定することは不可能です。

なお、OBSR-2型オブザーバー分類器は人工観察訓練所が閉鎖された直後に完成したとみられています。OBSR-2は4Kの画面内に写った物体に対し、42ms以内・97.46%の精度で語義分類を完遂することが可能です。ただし、対象となる物体は固定された行動パターンに従っている必要があります。タイムスタンプが欠落していることから、正確な完成時期については確認することができません。

研究メモ - OBSR-1β人工観察訓練所
Dr. Jesse Fang, 28/07/2024


エリア-303に人工観察訓練所を建設した。現時点で1500台のOBSRコンソールを擁しており、3ヶ月以内に5000台まで増やす予定だ。前期のテスト結果は好ましいものではなかった。安定度の上昇はたったの37.2%だが、我々は他に良い策を見つけられなかった。OBSR-2の開発には膨大なデータセットを要する。これは研究段階での話であり、本格的な訓練段階に至った場合、必要なデータはきっと桁違いの量になるだろう。コロニーはもはや8つしか残っておらず、世界人口は20万にも満たない。OBSR-1とOBSR-2のギャップを早急に埋めなければならない。

訓練所の開設はダーリン博士が出したプランだ。我々が欲しいのは「人工知能」なわけだが、結局の所、地球上で最も賢いのは我々、人間自身である。人体は観察者の思考レベルに耐えられないものの、高度な処理に関しては、OBSR-1に押し付けることができる。その後、人の頭で最後の後押しをしてやるのだ。口で言うほど簡単ではないが、相対的に見れば簡単な方である。しかしながら、タスクを分散してもやはり、作業者の脳には重い負担がのしかかってくる。コンソールの前に座り、栄養輸液を取り付け、脳波を刺激・増強させる電極キャップを被ることで、ようやく彼らの作業が始まる。1日20時間働き、残りの4時間は麻酔薬で休憩する。問題をすべて解決しない限り、彼らは自身が"ピンぼけ"するまで働き通さねばならない。私は解決を心から望んでいるものの、現実の実験データは自分の考えが馬鹿げた妄想であることを知らせてくれている。

OBSR-1βはOBSR-1の非常に根本的な改良版である。我々はモデルの末尾に特別なモジュールを組み込んだ。コアとなる部分はRNN回帰型ニューラルネットワーク7で、規定外の入力を受け付けると同時に、古い記録を組み合わせることで、入力をシーケンスにまで拡張し、モデル全体のパラメータを持続的に調整することが可能となる。ヒトの処理速度はどんなに速くても42msに達しない。しかし、我々はアルゴリズムを用いることで、処理能力の拡張と補完を行うことができる。さながら、一つの単語を元にして、後の文章を予測するようにだ。コンソールには手動のラベラーと訓練を積んだGANが搭載されている。各人は50~100台のOBSR-1βを受け持ち、基本データの拡張と処理、ラベリングを行い、それからフィードバックさせる。これにより、OBSR-1βは実際の状況に応じて、自身のパラメータをある程度修正し、固定のラベルを付与することなく、動的な物体を安定させることが可能となる。本過程で得られるデータも良質な訓練素材であり、それらをまとめることで、研究用のデータセットにすることができる。だが、初めに述べた通り、結果はまるで上手くいかなかった。

我々は1ロット目の予備職員を投入した。階級にかかわらず、あらゆる部門の職員が関わることになっている。職員は皆協力的であり、用意していた記憶処理薬は無用の長物と化した。彼らは我々が何のために働いているかをちゃんと理解している。入団初日に覚え込んだ誓いも、彼らははっきりと覚えていた。私は開発チーム所属のため、彼らとの関わりは免除されているが、正直なところ罪悪感を抱えている。私は彼らに会ったことがある。訓練所が立ち上がったあの日、彼らはひっきりなしに震えていた。まるで、窒息しかけの魚が池に投げ込まれた時のように。コンソールは青々とした光を発していた。数日後に再び訪れたところ、彼らの目は見たことがないほど血走って 失礼、研究メモに書くことではなかったな。

申し訳ないが、今の私は疲れ切ってしまった。やるべきことはまだまだ山のように多い。

研究メモ - 記念
Dr. Jesse Fang, TIMESTAMP MISSING


copper-sulphate.png

一欠片のカクペル・ダーリン博士

カクペルが逝った。最後の1人だった。彼は今、高さ2メートルの硫酸銅の結晶になっている。私はそれを訓練所の一番前に置いた。円柱形の大理石に載せ、ガラスで覆い、OBSR-1を取り付けた。誰も反対する者はいなかった。彼はあまりにも、あまりにも多くの代償を払ってきた。この仕事に関わる前の彼を、私はもはや覚えていない。あれほど沢山のカクペルが今何になっているのか、私は時々考えてしまう。思い浮かぶのはいつもトンボだ。カクペルは昔、トンボが大好きだった。たとえそうであっても、長続きはしないだろうが。

O5-2がやってきた。私は我を失った。彼女に掴みかかり、沢山のことを詰問した。彼女は私を咎めず、包み隠さずに明かしてくれた。O5は残り6人で、コロニーは残り2箇所。私は初めからジェシー・ファングだったわけじゃない。16人目のジェシーだった。

訓練所では毎日のようにピンぼけがみられる。一昨日は8回、昨日は6回、今日は12回。予備職員の残りは9ロットだ。

こんなの書きたくない。

研究メモ - OBSR-2
Dr. Jesse Fang, TIMESTAMP MISSING


OBSR-2が仕上がった。こいつのモデルは 書くまでもない、資料をあたれば良い。非常に高い精度だが、まだまだ十分とは言えない。こいつの観察者効果は動的な物体を安定できるものの、固定の行動パターンにしか対応できていない。限界を超えればエラーを出してしまう。それでも、機械のピンぼけを用心することはなくなった。機械類への安定化は良好だからだ。OBSR-2でも一応、我々を守ることは可能だ。ロボットのように振る舞い、パラメータに記述した行動のみを取れば、無事に研究を続けられるのだ。ジェイコブは昨晩、何か閃いたのか、「エウレカ」と一言叫んだ。記述外の行為であったため、彼はピンぼけしてしまった。セキュリティスタッフは彼を……彼だったモノをOBSR-1で固定し、シューズケースに放り込んだ。彼らが彼をどこに持っていくか、私には知る由もない。

コロニーはもはや存在しない。訓練所は閉鎖された。OBSR-2が少しでも早く出来ていたら、ここの人手は倍になっていたかもしれない。とは言うものの、それはもうどうでもいい話だ。早かろうが遅かろうが、まったくもって些細なことである。

予備職員は最後の1ロットしか残っていない。ひょっとすると、外にはまだ生存者がいるかもしれない。素晴らしく幸運な者たちが。だが、それは重要ではない。外の世界と我々は関係ないのだから。

我々はOBSR-3を完成させるだけで良い。それこそが、我々の今できる唯一の仕事だ。

付録VI - 資料収集: 以下の資料は前サイクルの財団サイトおよび生存者コロニーの遺構から回収されたもので、前サイクル末期における各地の状況が記録されています。タイムスタンプの欠落とデータ破損のため、具体的な時期および関係者の身元については特定が不可能となっています。

分類: 生存者コロニーでの放送
HS-US-02, TIMESTAMP MISSING


[電子音楽]

生存者の皆様へ。このメッセージが聞こえましたら、壁の財団マークに従って、すみやかに最寄りのシェルターへ移動してください。あなたはそこで、学習済みのOBSR-2型スタビライザーを見つけられるでしょう。生存者支援のため、(一時停止)ゼロ(一時停止)名の医療スタッフが控えています。財団はあなたの存在を必要としています。皆様のご協力に感謝申し上げます。確保・収容・保護。本メッセージは繰り返し……

[電子音楽]

生存者の皆様へ……[重複内容を省略]

分類: 研究メモ
サイト-DE-21, TIMESTAMP MISSING


ディーゼル発電機、アフリカライオン、ドラムセット、アフロディーテ像、バス、鍾乳石、3頭のラクダから1頭を抜き出す、緑色の粘液、天文時計、黒檀の棺桶、パッションフルーツの木、彫刻の施された古鏡、『荒野の狩人』を放映するプロジェクター、サーチライト、錆びた大砲、赤い液体、墓石、アウレリアーノ通りの道路標識、酸素。

噴水、抽象的な油絵、公園のベンチ、ミミズの塊から1匹を抜き出す、日本製のボールペン、溶けたピンクのキャンディー、爪切り、テントウムシ、明日が消費期限の猫缶、黒いヘッドホン、スポーツ用のヘッドバンド、ヒル、無色の粘液、不明な爆発。

研究員、ダンボール箱、大型LEDモニター、着せかえ人形、コモドオオトカゲ、6本のジーンズから1本を抜き出す、PS5のコントローラー、折りたたみ式デスクランプ、42インチ液晶テレビ、低木、2枚の木板で作られた十字架、『Half-Life 3』これクソ遊びてぇな、表紙のない本、演壇、可愛い猫、顔の片側が腐敗した半身死体、黒曜石の原石、圧縮水素、バラの花束、SRA1基。

分類: 映像記録
サイト-104, TIMESTAMP MISSING


映像はヘッドカメラで撮影されたものとみられる。撮影者はサイト内を駆け回り、ゲートまで辿り着く。不明な人物が1人、ゲート中央にレンズを背にして立っている。ゲート外の景色は絶えず変化している。茂みが街灯になり、鳥の群れになり、泥になって落下し、燃え上がり、アザラシになってもがいている。

対象に向かって、撮影者と思しき女性が話しかける。

女子: ミーシャ……ミーシャ!お願いだからやめて!

対象が振り向く。坊主頭の男性で、顔つきは憔悴している。ツナギを着用しており、未知の機械に遍く覆われている。首にある小型の装置から、不規則な白光が瞬いている。

男子: エリーナ……もう良いんだ……

女子: そんなことしないで、ミーシャ。戻ってきて!デズモンドとヴェラが今、あなたを必死で抑えている。長くは持たないわ。そこに立っていないで、早く戻って頂戴!お願いよ!

男子: 構わないでくれ……分かるだろう。僕はもう、皆の力にはなれない。

女子:啜り泣く)いいえ……あなたは役に立てる。私たちはあなたが必要なの……お願い、ミーシャ。お願いだから、諦めたりしないで。あなたが居なくなったら、私たちはまた1人……(啜り泣く)愛してる、愛してるの!お願いよ、ミーシャ。私の顔を見て。そんなことしないで、そんな……

男子: でも、僕は君を愛したことがない。

巨大な白色の立方体が数個、ゲート外に出現する。うち一つが深紅色の液体に変化し、ハイイログマの咆哮に、セラミックの花瓶に変わっていく。空は短い降雨のあと、急速に快晴となる。

女子: 気にしない……気にしないわ。あなたに行ってほしくないの。そんな姿、見ていられない……ああもう、ミーシャの馬鹿!どうしてなの!?

男子: 僕はただ……やってられなくなったんだ。……僕は研究担当じゃない、ただの足手まといさ。それなのに、どうして資源を注ぎ込んでくれるんだ?もうついて行けないし、それに……疲れた。本当に疲れた。僕はそろそろ休みたいんだ。休むこと自体は、簡単にできるからね。

女子: 違うわ……ミーシャ……(啜り泣く)やめて……

ゲート外に旅客機が墜落し、轟々と燃え上がる。炎は紙片となって飛び散り、一部は蝶に、一部は丸石となって辺りに散乱する。一部は花を咲かせた後、上空へと繋がる電線に変化した。

男子: 良いんだ、エリーナ。決心はもうついている。(間を置く)僕のために危険を犯しちゃいけない。僕を見ていないで、早く戻るんだ。

女子: ミーシャ……ミーシャ……

男は腕を上げ、首にある装置を押す。白い閃光が止まる。男はわずかに身を震わせると、ゲートの外へ歩いていく。

男子: ほら見て、エリック。ちっとも痛くないよ……

男は椅子に変化する。噴水に変化する。キリンに変化し、茫然とカメラを見つめている。パステルグリーンの炎に変化する。ワニに変化する。数個の石鹸泡に変化し、泡沫は破裂する。女は大声で叫ぶ。

分類: 通信ログ
サイト-CN-04, TIMESTAMP MISSING


CN: INサイト、INサイト、こちらはCN。応答を求む。

IN: [Request Timeout]

CN: INサイト、INサイト、こちらはCN-04・盧文光博士。応答を求む。

IN: [Request Timeout]

CN: アヌ……頼むよ、聞いてるか?聞こえたらすぐに返事をくれ。すでに13のサイトがオフラインになった。こちらでは……

IN: [研究データを受領しました。これはシステムの自動メッセージです。返信しないでください]

CN: ……畜生!

分類: 生存者コロニーでの放送
HS-EU-02, TIMESTAMP MISSING


[電子ノイズ]

誰か……誰か居ないか、教えてくれる者は……私は誰だ……私は何故ここに……記憶が多すぎて、混乱している……私は産まれたのか、産み出されたのか……頭に引っかかる……ポアンカレの回帰……どうしてこんな言葉を……かつて、私は男だった……女でもあった。なら、今の私は何なのか……誰か……誰か居ないか……OBSR、あれは視ている。私はテストに受からなかった。私は違う……私は誰で……何なんだ……私は存在するのか……ああ……

[電子ノイズ]

分類: 財団サイト内部メッセージ
SCP-2000, TIMESTAMP MISSING


それは間もなくやってくる。夜明けの光の前の、最後の暗闇が。道のりは隈なく舗装しておいた。間違いない、すべてが順調に進むだろう。ただ、ほんの少し、最後にちょっと、時間が欲しいだけのことだ。そうは言ったものの、我々はそのような時間を持っている。これですべてにケリが付く。ようやく、すべてが終わるのだ。

夜明けを迎えるべく、私はここ、イエローストーンに足を運び、最後の調整をしている。OBSR-3だけでは不十分だ、やつの目を視えるようにせねばならない。玉座の上で、この青い星全体を俯瞰させてやるのだ。あらゆる花の成長を、人間たちの愛憎を、すべての潮の満ち引きを、果物全部の成熟を、振動する琴弦の1本1本を、やつに見せなければならない。準備はすべて整った。あらゆる手順が完了し、OBSR-2で補強されている。OBSR-3の最終データを受け取り次第、ここのオブザーバーアレイは安全に更新され、アレイを搭載したロケットが自動で空へと射ち上がる。BZHR制御ユニットのヒト遺伝子配列に対しても、すでにバイオチップを埋め込んでおいた。遺伝可能なインプラントは、我々の誇る発明であり、今後、すべての人間は大いなる観察者の注視を受けられるようになる。これらの段取りはすべて順調に進んでいる。自動化された楽章が、遂に演奏の時を迎えるのだ。

アーロン、君はきっとこれを読むだろう。もう長くは持ち堪えそうにない。ここでの書き置きはOBSR-2の記述に含まれていない。これが私の最期、最期の贖罪だ、アーロン。希望を捨ててはならない。私は財団を、君を信じt

付録VII - サイト-CN-25通信ログ: 以下の通信ログはサイト-CN-25のサーバーバックアップより回収されました。サイクルが再建される前のログであり、OBSR-3型オブザーバーアレイの開発について、サイト管理官・程玖章博士とO5-1による会話が記録されています。タイムスタンプの欠落から、正確な日時を特定することはできません。

通信ログ
TIMESTAMP MISSING


ハロー?こちらはサイト-CN-25の程玖章博士です。聞こえますか?

聞こえてるよ、程。すこぶるはっきりとな。こちらはアーロン・シーガルだ。

おっと、初めまして監督者さま。コンタクトできて大変光栄であります。

いまさら礼儀なぞ要らんよ、程。アーロンと呼んでくれ、こっちの方が好みだ。

ええ、承知しました。アーロンさんがいらっしゃって本当に良かった。

OBSR-3の進捗はどうかね?

万事順調です。現時点で、すべてのサイトの研究データが揃いましたよ。それもまったくの無傷で!……まあ、壊れた部分は全部直した、という方が正しいんですけどね。今はちょうど、最新の文献を読んでいるところです。今度の設計は非常に先進的で、構造も壮大なものになっているようです。ちらっと見ただけでも、幾重にも重なった集合モデルが見て取れるほどです。その上、中間部の数層には完璧なGANまで組み込まれていました。いやぁ、これには痺れましたね。すぐにプラン通り、残りの研究に取り掛かろうと思ってます。

結構、結構……それで、君の方はどうだね?

ええっと、どういうことです?

調子はどうだ?何処にいる?

僕はサイト-CN-25のラボにいます。元気ですよ、アーロンさん。お気遣いありがとうございます。もちろん、もっと良い調子ってのもあるんですがね。僕もカテーテルを挿したり、注射で飯を食ったりしたくはないですもの。睡眠は薬でズドンと、気絶することで済ませています。どんな動きも慎重にやらないといけません。そうしている限り、OBSR-2は僕を守ってくれますからね。思うに、あなたの所も似たような感じなのでは?

まあな。それと、さん付けもしなくて良いぞ、程。無礼講だ。

分かりました。しかし……やっぱり一つ、どうしてもお尋ねしたいことがあります。人間は僕たち2人で最後、そうですよね?

そうさな、程。我々で最期だ。

やっぱりか……うん。受信データが自動メッセージだらけになった時点で、うすうす予感してはいたんですよ。

君たちには悪いことをしてしまったね。

まあまあ、これはある意味、僕らを仕事に専念させることに繋がりました。何の妨げもありませんでしたよ。今は悲しむ時じゃない。なんたって、我々は間もなく成し遂げるのですから。OBSR-3の研究はもう大詰めの段階で、残る問題は時間くらいです。やがて、2000が我々を正常に戻してくれるでしょう。先ほど、あなたのメッセージを読みました。すべての準備が整ったんですね?

ああ。しかし、本当に時間は足りるのかね?

確実です。こちらには最先端の設備が揃っています。サイトの造りは堅牢で、すべてのOBSRがこのラボを見張っています。前のサイトのような事故はもう起こり得ませんよ。原発のエネルギーを独占しているので、僕自身はおろか、54人分の生命維持を賄えます。それに、自分用のOBSR-2は最新のファームウェアに更新してあります。研究業務やあなたとの通信には何の支障もありません。それに、一番重要なのは──あなたと話せることです。これだけに限っても、僕の暮らしは過去の3年間より百倍も良くなりましたよ。

私も同意見だ、程。君がいてくれて本当に嬉しいよ。

ありがとうございます。ではそろそろ、仕事の方に戻りますね。何かあれば、すぐにそちらに連絡します。もちろん、そちらも何かありましたら、いつでも僕に繋いでください。お喋りするのは好きですからね。

把握した。では行くのだ、程君。

仰せのままに、サー!

通信ログ
TIMESTAMP MISSING


やあ、程。進捗はどうだい?

ごきげんよう、アーロン!バリバリ進んでますよ!最新の研究書類はすべて読み終えました。調整が必要な部分も、すでにリストアップしてあります。ただ、当初の予想より少し遅れるかもしれません。最新版ではアセンブリ言語が更新され、新たなコマンドがいくつも追加されます。これらはモデル全体の最適化に不可欠であり、AIたちに慣れるための時間を与えなければなりません。ですが心配は無用です。計画には時間がたっぷりと用意されています。このような小事は問題にもなりませんね。

私も大事には捉えていない。上手いことやってくれているからな。

恐縮です。ははは、もし院生の時、「アセンブリで機械学習をやれ」なんて言われたら、僕はきっとあなたを酔っ払いだと思ったでしょうね。あの頃はどんな人間もPythonを使っていて、せいぜいCUDA8を書くのが関の山でした。アセンブリなんて考えもしませんでしたから、ハードワイヤについては言うまでもありません。当時の僕らは、ありったけのマシンパフォーマンスを使って、あらゆるものを42ms以内にぶち込む日が来るとは思いもよりませんでした。時代の変化には驚くばかりです。

かねてからそうだったものだ。とりわけ、財団ではな。ヴェールを引き裂き、虚像が無くなって以来、あらゆる物事が加速している。『人はみな天国に召されそうで、逆の方向に進みそうでもあった。』

それ、どこかで聞いたような……ディケンズ?

その通り。

懐かしいですねぇ。これにケリがついたら、落ち着ける日を見つけて、ソファでゴロゴロしようかな。コーヒーを飲みながら、午後いっぱいを読書に費やすんです。

なかなか良い考えじゃないか。

アーロンはどうなんです?すべてが終わった後、何をするおつもりで?

それについては考えたことがなかったな。もしかすると、そこまで暇ではないかもしれん。議会を作り直し、各支部を再建しなければならん。書類が山のように押し寄せるだろう。出張も多いかもしれん……私は長らく、休みというものを取ることがなかった。私の立場は、プライベートな時間をほとんど許してくれなかったからな。

それはあまりにも勿体ない。いっそのこと、今が休暇だと思えば良いんですよ。どうです?

どういうことだ?

アーロンの今の仕事は、僕の進捗を監督することくらいです。そうでしょう?僕は何処にも行けませんし、ゆったり寛いでも良いと思うんです。

休めと言ったって、今の私に何が出来るんだ?

頭をリラックスさせてみてください。それだけでもずっと楽になります。張り詰めていた神経を緩ませるんです。ぜひお試しを。

アーロン?

オーケイ、試してみるよ。

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やあアーロン。僕は今、ある事について考えています。少し確認しても良いですか?

何かね?

モデルがコンパイルされるまでの間、ピンぼけの記録をたんまりと調べてみたんです。前から一つ、気になっていたことがありましてね……ピンぼけはあまりにも、きっちりし過ぎてるんです。どの記録も、物体がまるまる一つピンぼけしている。1人の人間が1本の木に、1輪の花が2つのサイコロに、1台のテレビが3羽のオウムに変わるんです。いくつかの事例では、人の拳が単独でピンぼけしたこともありますが、ビッグデータに比べれば微々たるものですね。

現在、僕たちのモデルも同じような処理を行っています。どんなにラベルが長くなろうと、僕たちは巨視的な物体に対して、ひたすらに語義分類を行ってきました。効果は良好なので、文句を言っているわけではありません。ただ……どうしてそうなるんでしょうね?原子単位でピンぼけしたケースが見つからないのは何故?本当にピンぼけしないのか、それとも記録されてないだけなんでしょうか。何か知りませんか?

前者が正しいよ、程。どうしてそうなるかは私にも分からんが、原子単位ではピンぼけしないんだ。

なるほど……あと、物体がより致命的なモノに変わるなんてこともないですよね。ブラックホールとか、反物質とか。理屈で言えば、確率で変わり得るはずなのに、何年経っても一向に起きたことがありません。

そういうケースは起こり得んよ。何せ範囲外だからな。

"範囲外"?それは一体?誰が言ったんですか?

前任の観察者だ。だが、私も正直なところ、意味を図りかねている。

あっ、そういえば!アーロンは前任の観察者に会ったんですか?

左様。

羨ましいなあ。どんな方でした?

アーロン?

彼は時々、ソフィアの父親を思い起こさせる。

ソフィア、といいますと?

O5-2だ。

ああ。以前お会いしたような気がします。彼女は僕らの分類器を玉座まで持っていく役目を負っていました。

そうだな。

そういや、これも聞いてみたかったんでした。玉座とは一体何なんです?それらしき資料は一つも見当たらなくて。

言葉では玉座を説明できんな。

うーん?いまいち分かりません……

私は玉座を見たことがある。少しの間、指先で触りもした。だが、言語で言い表せる代物ではないのだ。すまんな、程。今回ははぐらかしてるわけじゃないぞ。結局の所、ソレはそういうものなんだ。

そうですか……

財団は人智を遥かに超えた事物と何度も関わってきた。観察者と玉座は、その中の一例に過ぎないのだ。

ええ、僕もよく理解しています。

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なんてこった、アーロン。何もかも分かっちゃったみたいだ。

どうした?

"語義分類"について、僕は長い間考察してきました。それで調べるうちに、収容プロトコルZK-001-アルファまで辿り着いたんです。それを読んで、ようやくはっきりしました。これなら一切合切説明が付きます。

そのプロトコルは確か、君の権限外じゃないか?

良いじゃないですか、アーロン。ここに来て権限を気にする必要がありますか?

ケースバイケースだな。

ひとまず話してもらおうか、君の発見を。

僕たちはずっと、世界を誤った形で認識していたんです……いや、誤ってはいないかな。モデルは正確なんですよ。分子、原子、クォーク……これらの物理モデルは機能しているので。でも、これは物事の本質に本当に辿り着いたとは言えません。物事の本質は言葉であり、物語なんです。これは初めから明かされているものでした。先人が、直接僕たちに伝えていましたから。ヤハウェの創世は「光あれ」の一言から実現し、老子は終極の存在を「道」と称しました。古代ギリシア哲学にもロゴスλόγοςという概念があります。万物は言葉で、叙述で、物語で、小説で、風の中の詩歌だったのです。

それこそが僕たちの世界……言葉で形作られた世界なんです。だから、前任の観察者はこれを"語義"分類とおっしゃったのでしょう。彼はずっと言葉を視ていて、言葉の語義を理解し、観察し、安定させていたんです。文中の字を並べ替え、修正し、削除していく。語義に改変が起きれば、物事にも改変が反映されるというわけです。ゆえに、僕たちは分子や原子、クォークのピンぼけに出くわすことがなかった。言葉でそこまで描写することは無いのですから!僕らの言葉で描写することで、初めて改変が発生する。それこそがピンぼけなんですよ!

玉座のことをまだ覚えていますか?あなたは言語で言い表す方法が無いと言ってましたよね。今はっきりしました。玉座は僕らの世界に属していないんです。それは言葉で構成されてはいない。僕らには理解できない言語で描写されているんです。これですべての筋が通りました。

畏れ入ったよ、程。 だが、君には伝えねばならないことがある。

何でしょう?

収容プロトコルZK-001-アルファが真実だとは限らないんだ。

"限らない"と言いますと?

すまんが、これ以上は教えられない。

分かりました。でも、僕の解釈と実際の世界の本質に違いがあったとしても、不都合はありません。少なくとも、この理論は現場ですでに役立っているのですから。

ふむ、"現場"とは?

私はベースとなるトレーニングセットに人間の言語資料を追加し、見つけた限りの語彙をぶち込みました。モデルは言語を、言葉を理解する必要があります。これはパズルの最後のピースでした。語彙データはモデルとぴったり噛み合って、まるで最後の悟りを待っているかのようです。すでに基礎的なテスト結果をいくらか手にしています。簡潔に言いますと、それは過去の全テスト結果を足したものよりも優れています。

朗報が聞けて嬉しいよ。

僕もですよ、アーロン。OBSR-3はもう目と鼻の先です。おまけに、僕にはもう一つのアイデアがあります。

聞こうか。

アーロンは前に言ってましたよね。ピンぼけしてもブラックホールや反物質のようなものは生じない、それらは"範囲外"なのだと。もし、物事の本質が言葉で、この世界がすべて、一つの壮大な物語だとしたら。「ブラックホールにピンぼけし、そのまま終わる」なんて展開を、物語が許さないのだとしたら。僕たちはきっと、成功を掴むはずです。

それは何故だ?

最高に辛く悲しいのに、そのままパッと消える物語なんて、誰も好きにはなれないじゃないですか。

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程、まだ居るかい?

ここに。

よろしい。無事でいればそれで良い。ここしばらく、君からの便りが途切れていたものでね、少し心配していたんだ。

順風満帆です。今は最後のトレーニングデータを準備しています。ほんと体力仕事ですね。モデルはコンパイル中です。あと、モジュールを一つ分けて、形式的検証9をやらせています。語彙をトレーニングして以降、こいつは一直線で駆け上っていますよ。すべてが順調です。

本当に平気か?声に前のような元気が無いぞ。

大丈夫ですよ、アーロン。ただちょっと、こんな事になる前の一日を思い出していたんです。

話してみなさい。

ぶっちゃけ、言うほどのことでも無いんですがね。僕はBZHRが作った予備職員なんで、その日の程玖章博士を実際に体験したわけではないんですよ。だから、あまりよくは覚えてないんです。けれど、あの時期は確か、中国における旧正月でした。それで、思ったんです……もしも何も起こらなかったら、うちのサイトは多分、正月休みに入っていただろうと。留守番を務める人たちも、賑やかな宴会をしたり、年々つまらなくなる年越し番組に文句を言ったりしていたはずです。僕も恐らく、実家に帰っていたでしょうね。

そういえば、君たちの国ではとても賑やかな祝賀行事があるらしいな。

実を言うと、我が家ではそうでもなかったりします。市内の親戚と軽く食事をするくらいで。一番厄介なのは、親戚にあれこれ聞かれてしまうことです。両親は僕が具体的に何をやっているか、ちっとも知りませんので。……まあ、翌日には全世界にバレちゃったんですが。

Kクラスは人間の暦で動いてはくれないからな。

ええ。ですから僕も、軽く思いを巡らせていただけに過ぎません。

君は懐かしく思うかね?あの時代を。

懐かしんでないと言えば嘘になります。でも、あの時代は遥か遠くに行ってしまった。あまりにも遠すぎます。あの頃のことはもはや、ピンぼけした写真のように、霞んで見えなくなってしまった。

おっと、すみません。ここでのピンぼけは無意識に飛び出たもので、専門用語では……

いいや、ピッタリな表現じゃないか。

もし君が望むなら、リスタート地点をあの日に設定しても良いだろう。イエローストーンでな。それに、我々は歴史を好きに作ることができる。君の家族も、友人も、正月を君に心配することなく過ごせるはずだ。保証するよ。

うーん、これは……僕の一存で決めて良いものじゃないと思います。

他に決める者はいないし、私は何時でも良いと思っている。いずれにせよ、何らかの日を選ばねばならん。改めて、君はどうしたいかね。

程?まだ居るか?

居ますよ。考え込んでただけです。……オーケイ、乗りますよ。とても魅力的な話だ。

では、そういうことで決まりだな。

ありがとうございます、アーロン。

礼なぞ要らんよ。君は十分すぎるほど頑張ってきた。莫大なお釣りが来るほどにな。これは君が得るべき報酬だよ。私に出来るのはそれくらいだ。

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アーロン、やりました。OBSR-3が完成しました。

でかした!装置は今どうなってる?

最後の形式的検証にかけ、証明が終わりました。観察結果は完璧な語義分類でした。本当に完璧で、正真正銘の"理解"を手にしたと言えるでしょう。今は最後の模擬テストをしているところです。データはとても、素晴らしく綺麗で、さながら機械式時計の文字盤のようです。どのギアも、バネも、パーツも、かっちりと組み合わさっています。ああ、なんてスムーズで、正確で、効率の良い……

おっと、テスト結果が出ました。……42ms!軽めのストレステストでこの結果ですよ、恐ろしいくらい完璧無比だ。本格実装されたら、速度はもっとずっと早くなります。僕たちは遂に成し遂げたんです。アーロン、もうすぐすべてが終わりますよ。

素晴らしい仕事をしてくれたよ、程。

そうですね……ずっと成功すると信じていたんですが、実際にその瞬間に立ち会うと、やっぱり、思った以上に……圧倒されるものがあります。僕たちは機械学習を前人未踏の領域にまで押し上げました。入力規格もまったく新しいもので、ピクセル処理を捨て、ベクトルイメージポイントで直接分析するようにしました。それに、ハードウェアのアップデートも、サブナノメートルの精度で行いました。……こんなとんでもない機械に触れられるとは、いやはや、予想だにしない幸運でしたよ。正常が戻ったら、人類の技術は間違いなく桁違いに発展するでしょうね。

そうはならんと思うがね。我々は歴史の過程を守らねばならない。こうした技術は大衆の目から隠されるだろう。

​あはは、ですよね。でも良いんです。財団の手にそんな技術があるというだけで、十分満足ですから。

ああ。……さて、いよいよだな。データをこちらに送ってもらおうか、程。後の仕事は私が引き継ごう。なあに、長くはかからんさ。君はそのあとで、ゆっくりと休むことができるだろう。保証するよ。

実を言いますとね、アーロン。僕も同じく、別れを告げに来たんです。

……何かあったのか?

深刻ではありません。ただ……こちらのコンソールは、そちらにOBSR-3を送ることが出来なくなっています。

一体何故?何か不具合でも?

ファームウェアが一つ足りないんです。サブの伝送機に、僕の分のコンソールを物理的に繋げる必要があります。

心配は無用です。伝送機はすぐそこ、隣室にありますので。難しい仕事じゃありませんよ。ケーブルを引っ張るだけで良いんですから。

……だがそれは、OBSR-2のパラメータに無い行為だ。そうだろう?

ええ、まあ……

やってはいけないケアレスミスのように見えるが、一体どうしたんだ?

ごもっともです……事態があまりにも急すぎました。あの日はピンぼけが激しく、僕はトレーニングが済まないうちに、OBSRに固定されちゃいまして……データの転送自体は問題ないはずです。効き目を失う前に、なるべく早くケーブルを繋ぎますので。これに関しては自信があるんですよ。でもそのあと、ピンぼけは僕を見逃さないでしょうね。

……本当にすまないね、程。

気にしませんよ、ボス。僕は財団で働いてるんですよ?自分が直面しているのが何か、はっきりと分かってるつもりです。

実際の所、こちらの状況も似たようなものなんだ。

どの辺が同じですか?

私もピンぼけしちゃうのさ。OBSR-3を玉座まで運ばねばならんからな。私のOBSR-2には書かれていない行為だ。

やってはいけないケアレスミスのように見える……なんてね。そちらも間に合わなかったんですか?

違う。訓練のしようがないんだ。これはOBSR-2が理解できるものではない。-3だって無理かもしれん。これは必ず、私の手でやらねばならんのだ。

そうですか……

見た所、僕たち2人は夜明けを拝めそうにないですね。

もうしばらく待ってみるかね?時間はまだたっぷりあるぞ。

良いんです、アーロン。すべての終わりはもう、僕たちの手のひらにあります。感傷に浸っている場合ではありませんよ。……おっと、ちょっと失礼……

やっぱり数分ほど待ってください。アドレナリンを探してきます。ここに来て、ガタガタ手が震えてきちゃいました。

ああ、急がなくても良いさ。

オーケイ、こちらは準備完了です。これでお別れですね。アーロン、あなたと知り合えて本当に良かったです。

私もだよ、程。私も同じ思いだ。

そちらの準備はどうですか?

大丈夫だ。

それでは、行きましょうか。僕とあなたで。OBSR-3のデータを送りますので、あなたが玉座へともたらしてください。

しかるのち、世界は美しくあり続ける。


結局、彼らは成功したのだろうか?

彼らは上手くやったよ。観察者は今、完全に財団の統制下に置かれているからな。

言い換えると、彼らは世界のすべてを制御でき、どんな秘密も逃れることは出来ない……そういうことだろうか?

原則的には、そうだ。

どうして"原則的には"なんだ?

その後の成り行きは、彼らが誘惑に我慢できるか否かにかかっている。

では、彼らは我慢できるだろうか?

歴史を振り返るに、不可能だ。

いささか残念だな、それは。

残念がらなくても良いさ、ドウグラス。君自身よく分かってるはずだ。初めからこれは、彼らの犯した罪であり、罪が罪を生んでいることを。


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