異文化交流

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「ここは……」

男は目を覚ますと、自分が一面の闇の中に横たわっていることに気がついた。

恐る恐る、地面の感触を指で確かめる。湿った土の感触。見上げると、遥か彼方に薄っすら、円形の光が差し込んでいる。

ひょっとすると、ここは井戸底だろうか?おお神よ、なんと容赦なき試練なのか!どうにかして抜け出なければ、我が使命を果たす前に飢え死にしてしまう。

何処かにロープや、梯子のようなものがないか……眼前の闇へ、男は慎重に手を突き出す。



ぐにっ。



……ぐにっ?

期待とは裏腹に、やけにつるつるした、弾力のある感触に包まれた。





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そこにはねこがいた。

「君は……!?」

突然の侵入者に苛立っていたのだろう。

それは手早く頭に入り込むと、数多の人間を虜にした、伝家の宝刀を抜き放った。


ねこです


脳内に響く、聞き慣れない言葉。ne\ko de\sɯᵝ……?ネコデスとは何だ?

男は日本語をほとんど知らなかったし、ねこ、もとい猫の存在もよく分かっていなかった。男は異世界を旅する宣教師……もとい"遷"教師だったのだ。

さてさて。未知の存在同士が出会った場合、最初に飛び交う言葉はたいてい、挨拶か警告のいずれかである。男は積もり積もった記憶を掘り起こす。度重なる転移の中で、何か、同じような言葉を聞いた覚えはないか。……あった。ニポン、ジパング、あるいはナカツクニ。彼の地の民は穏やかな時、しばしば語尾に「デス」を付けていた気がする。目の前の生物とは全く異なる見た目だが……今の所、襲ってくる気配は無いし、ここで親善を深めることができれば、布教のための足掛かりになるかもしれない。男は一か八か、覚えていた日本語をぶつけてみることにした。

「コニチワ!ワタシ、エルマノゴッド・ファーザーデス。ハンチャーハンイッチョウ、オーケイ?」

ねこです

「デスデス!」

ねこです。よろしくおねがいします

「ヨロシク?アアソウヨロシク!アナタヨロシク!」

ね……

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ねこは困惑している。本来なら彼を操り、テレポートだの何だので、迅速にお引取り願うという算段であった。ところがどっこい、男は異常性が効かないどころか、まともに会話が成立しないではないか。……よく見ると、こいつはヒトですら無い。自分より井戸暮らしが似合いそうな、概ね半魚人の何かだった。そんな名状しがたき存在が、ゴボゴボと不快な音を立てながら、至近距離で話しかけてくるのだ。このままでは、奴が言葉を解するまで、つきっきりで面倒を見なければならなくなってしまう。無論、殺せば静かになるだろうが、井戸底に死体を放置すればそれこそ面倒なことになる。地上の灼熱地獄から逃れ、ゆっくり休んでいたというのに、寝床でも地獄を見るのは勘弁してもらいたかった。

まったく、どうしたものか…………。




インシデントレポート040-JP-005: 20██年7月26日、SCP-040-JP-Jの定期観測を行っていた職員が"ねこ"に再び感染し、古井戸の底に不明な遭難者がいるとの情報を伝えてきました。これを受け、財団は対象の救助を試みたものの、オブジェクトが元々備えている異常なまでの深さが支障となり、井戸底への到着は未だに実現していません。




「ウマイ!ネコウマイデス!」

ちがう それは ねずみ

「イエー、ネズミ、アリガトサン!」

……

転移から12日目。遷教師コォルウィナロ・ハホルキは心優しい民の歓待を受けながら、現地の言葉を一つ一つ学び直していた。彼が井戸を追い出され、邪教生物の仲間と勘違いされるのは、また別の話である。

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