去年今年貫く棒の如きもの

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あー、では面談を始めましょうか。
御代記内君。進路に迷っているということでしたが⋯

ええ、成る程。研究とフィールドエージェントのいずれの道に進むべきかという問題は、プリチャードの学生の多くが考える問題ですね。個人的にはなにも二元的にどちらかの道を選び貫く必要もないとは思いますが⋯⋯、形式上、進路の選択が必要なのも確かです。それで、相談先に私を選んだのは貴方の父親、喜八さんに関連してのことですね?

いえ、謝らずとも。もし私が喜八さんを恨んでいると考えているなら、それは大きな誤解です。記内君。君の父親は完璧な財団職員ではなかったかもしれないが、常に私の尊敬すべき友人だった。

そうですね⋯⋯。記内君が欲するのなら、少し喜八さん、そして私の過去について話をしましょうか。君には、それを知る権利があるでしょうから。

私は結局のところ、研究に人生を捧げてはいません。私が研究の最前線に身を置いていたといえる期間は10年かそこらしかありませんから。ですから、これから研究について分かったようなことをお話ししますが、仮に貴方が研究に進むとしても、私はあなたの到達すべき目標ではないということは覚えておいてください。

それ自体は単なる視覚、聴覚的な情報パターンに過ぎないミームが、対象の意識に蓄積された記憶情報と相互作用し連鎖的に反応する。その反応機構は、私の旧知の学者によって既に解明されていました。貴方の父、御代喜八による『ミーム投与が記憶に齎す影響の作用機序モデルの考案』。僅か8ページのこの論文は、20世紀の最も偉大なミーム基礎研究の一つです。私の発想は、喜八のモデルに基づき、入力ミームを解析プログラムによって随時制御することでワンオフの記憶干渉エージェントを簡便に合成することが出来るというものでした。

そして⋯⋯その開発研究の経緯により私のキャリアは潰えました。私は開発中に視覚、聴覚、嗅覚、味覚に大小の障害を負い、財団を退職せざるをえなくなった。精神干渉性のミームエージェントの過剰接種が齎す健康被害については⋯⋯確か前回の期末で論述を出しましたから、まだ覚えていますね? ええ、精神干渉因子の過剰接種や対抗ミームの不足を防ぐための安全措置は、現代の開発研究では常識となっています。しかし、私の頃は違った。⋯⋯というより、現在の対策は私の失敗を機に提唱されたものが下敷きとなっています。皮肉なことですが、これは私が在職中に成した最も大きな貢献といえるでしょう。

研究という営みは、殆どの時間前を向きません。後ろを振り返り先人の道程を確かめつつ、俯いて自らの道を踏み固める地味な作業です。時折見下ろした道に興味を引くものを見つけて拾い上げますが、大抵は只の石ころに過ぎず、放り捨ててまた作業に戻ります。勿論幸運にして拾った石が光り輝く宝石であることもあり、研究に人生を捧げることにした人間は大抵、そんなかつて拾った宝の輝きを探しているのです。

しかし、御代喜八はきっと極めて稀な例外として、前を向いて歩を進めることの出来る研究者でした。彼は同世代の誰も見ていない遥か前方を見通していた。彼が修士生にして成した研究は議論の余地無く天才の仕業でした。しかしそれは、彼の研究者としての優秀性を意味しませんでした。彼にとって、彼が見る遥かな景色まで続く道を形作る研究という作業は退屈に映ってしまったのでしょう。彼の資質は実際のところ、未知と戦うエージェントに求められるそれでした。

喜八は結局、院を修士で辞めてエージェントに転向しました。そして暫く後、サイトで起きた収容違反の対応中に命を落としました。財団において才能あるエージェントの死は驚くべきことではありませんが、それらは一つ一つが巨大な損失です。仮に彼がエージェントとしての人生に満足していたのだとしても、彼以外の全てにとってそれは損失でした。ですから彼は、天才でこそあれ、完璧な職員ではなかった。

この老年に至って、私は、私が研究を退き教師に転身したことが財団の学問にとって損失であったとは思いません。それは私の教師としての自負です。けれども当然ながら、この人生は私にとっての最善ではありませんでした。⋯⋯記内君。あなたは既に、前を向く資質を持ち合わせています。非凡な才能です。

しかし、忠告ともいえない我儘ではありますが、願わくばあなた自身の最善の為、足元を探る楽しみも忘れないで下さい。今となっては前も足元も見えない盲となった私にも、未来ある若人の輝きはとても眩しい。その光で、あなたと周囲を共に照らし続けられるような……そんな選択が出来たなら、本当に喜ばしいことでしょう。


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執筆者: Sansyo-do-Zansyo
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最終更新: 17 Jan 2023 13:40
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