退屈

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居眠りしていた先客の肩を叩いて交代の時間がやってきたことを告げた。ありがとう、というボソボソした感謝を聞き流しながら先客が扉の外へ出て行くのを見送って俺は持ち場である椅子に座った。八時間三交代制の監視業務が始まった。

業務は単純だ。指定された席に座る。異常があれば手元のブザーを押す。それだけ。ちなみにこの配置についてからそろそろ一ヶ月が経つが未だに変化が起こったことはない。緩い空調の効いた倉庫の前に座るだけの時間をただ繰り返している。

隣に座る相方の男がポケットからガムを取り出して噛み始めた。最初、相方が管理員に「ガム持ち込んでも良いですか」なんて聞いていた時はどうせ弾かれるだろうと思っていたのだが、警備員はまさかの許可を出した。今までの任務(記憶処理されずに残されている数少ない記憶ではあるが)ではそんな許可が下りるわけもなかったのでかなり驚いた。三日ほどして自分も知恵の輪の持ち込み許可を申請してみたところ、ぶっきらぼうに「お好きに」と言われたので俺も手慰みに知恵の輪を持ち込むことにしている。

財団では俺たちDクラスにもある程度の給料が出る。金額は学生の小遣いみたいなものだが。外に出ることは勿論できないが、施設内の購買で嗜好品を手に入れることが出来る。労働に応じて給料が出ること、それを日用品の買い物に使えるのは刑務所でも同じだったが、手に入れられる品数はここの方が段違いに多い。煙草なんかは刑務所じゃ手に入れられない物の1つだろう。相方の男が噛んでいるガムもそうだ。福利厚生という観点から見れば財団は刑務所よりよっぽどましな環境であることは間違いない。毎日の仕事に命を脅かされることに目をつぶることが出来れば、だが。

俺はその給料で買った玩具を手の中で弄んでいる。知恵の輪だ。カチャカチャと金属をぶつけ合いながら組み合わされたそれぞれのパーツを外していく。外したら、今度は逆にそれぞれのパーツを元あったように組み合わせる。基本的に知恵の輪を外す時は″いつの間にか″外しているときが多いので戻す作業の方が苦戦する。そうしてなんとか戻すことに成功したら、また知恵の輪を外す、また戻すを何度も何度も繰り返す。頭の中で正確な構造を思い浮かべられるようになったところで今度は目を瞑りながら知恵の輪を外し、元に戻す作業をする。これが今まで見つけてきた暇つぶしの中で1番安く済ませることが出来る方法だ。どうも昔から俺は金を大事にしすぎるきらいがある。

「なぁ、この倉庫の中身なんだか知ってるか?」

知恵の輪を弄り回す手を止めてふと顔を上げた。となりを見ると相方がニヤけた顔でこちらに話しかけていた。

「さぁ、知らないな」
「実はな、昨日管理の奴と廊下ですれ違ってよ。ダメ元で聞いてくれたら教えてくれたんだよ。」
「へぇ。口の軽い担当者だこと。それで何を仕舞ってるって?」

相方は待ってましたと言わんばかりの顔をする。そうしてわざとらしい程の抑揚を付けながら俺にこう言った。

「そりゃあただで教える訳にはいかないぜ。こんな暇な仕事なんだから情報料として俺を楽しませてくれよ。」
「それでつまり?」
「何が保管してあるか推理してみてくれ。お前のやる気が感じられたら教えてやる。」

なるほど。それは金が掛からない最高の暇つぶしだ。俺は少し頭を使ってみることにした。五分ばかしうんうんと唸った後、俺は答えを告げた。

「デカい岩。異常性は……そうだな。七色に光るとかそんなところだろう。」
「その心は?」

「まずは第一にこのデカい扉。高さは5m、横幅も3mはある。つまり、何かしら、普通の倉庫には収まらない物が入っているはずだ。それも分解できない物である可能性が高い。まぁ少なくとも手のひらに載せられる小物じゃないことは分かる。だからまぁとりあえず岩ってことにしておいた。」
「なるほど、妥当だな。じゃあ光るってのは?」

「俺らの有様を見ればわかるだろ。こんなやる気の無い仕事でも許されてるんだ。そしてお前が教えてもらえるってことは大した事の無いバカバカしい異常性だろうさ。」
「なるほどなるほど、どちらも妥当性のある理由だな。」
「それで?実際のところはどんな異常性なんだ?」
「ふん、聞いて驚くなよ……」

そう言うと相方は両手を天井に掲げ、芝居がかった態度でこう言った。

「ズバリ!世界を一瞬にして破滅させる爆弾岩だ!」
「は。」
「どうした?驚きすぎて声も出ないか?」
「どうしたもないだろう。お前、遊ばれてるぞ。」
「どうしてそう思う?」
「そんなに危険な代物ならもっと重々しい装備で監視だって大量にいるはずだ。そもそも、俺らになんか任せないで真面目な職員がやってるはずだろ。」
「普通ならその通りなんだけどな。ただし世界が終わるには条件があるんだ。」
「条件?」
「そう、そしてその条件を満たす可能性はかなり低い。そうだな……」

そう言いながら相方は周りを見渡した。そして俺の手の中にある知恵の輪に目を付けると俺に渡すよう言い、投げる素振りを見せながらこう言った。

「このぐらいの石を東京から投げて、地球の裏側にあるブラジルの大統領に当たる可能性と同じぐらいだそうだ。」

そんなのあり得っこないじゃないか。

「馬鹿にするなよ。それ0%だって言ってるようなものだろ。」
「0じゃないさ。10の何百乗分の1と同じぐらいだって説明して貰ったぜ。」
「それが0%だって言ってるんだ。」
「どれだけ低い確率だって現実にあり得る以上無視できないんだよ。ちなみにこれ、自然環境に置いてあった場合で、こうやって管理してるとさらに低くなるらしいぜ。」

俺は溜息をついた。馬鹿げてる。

「お前、やっぱり誑かされてるよ。次に同じ職員に会ってもう一度同じ質問をしてみろ。多分次にはまた違う話をしてくれるぞ。」
「そうかもしれないな。でも、暇つぶしにはなっただろ?」

時計を見る。確かに気がつけば多少の時間は進んでいた。時間は潰せたが、釈然とはしなかったのでせめてもの反抗にと返事をせずに知恵の輪をカチャカチャならして見せた。相方はそんな俺の様子に満足したのか笑顔で2枚目のガムを口に入れてクチャクチャと音を鳴らし始めた。

……ずっと前から思っていたがコイツはものを咀嚼するときに口を閉じない。長く付き合う事になるなら今のうちに矯正しておきたいところだ。


「よっ。向かい座るぜ」
「どうぞお好きに。」
監視業務の終わった夕食の時間。相方は珍しく俺の向かいに陣取った。俺は一人で食べるのが好きだったし、相方は任務中に俺と飽きるほど話をするので他の奴と飯を食うのが通例だったのだが、今日は気が変わったのか俺の目の前に来た。俺も別に嫌がる理由はなかったのでどうぞと相方を対面に座らせた。

俺の返事を聞いた相方はお盆を机に置くと食前の挨拶も言わずに飯を食い始めた。口が開いているのでクチャクチャ音がする。……撤回、嫌がる理由は少しあった。

「なぁ、そういえばお前はここに来る前何してたんだ?」

急に相方が箸を止めて俺に話しかけてきた。

『ここに来る前何をしていたか』

ここにある暗黙のルールの1つに「相手の出自を尋ねない」というものがある。孤児だったり、犯罪を犯していたり、自殺に失敗していたりと、基本的に誰もが悲惨な身の上だからだ。サラリーマンが居酒屋でする笑える失敗談とは訳が違う。誰も話したがらないし、話したところで得はしない。流石にそこに手を突っ込むのは不躾にもほどがある。

「お前なぁ。誰彼構わずそんなこと聞いてるのか?嫌われるぞ。」
「そう怒らないでくれよ。なにも何をしてここに来たかを聞きたいんじゃない。というかこの切り出しは俺が昔話をするための切り出しだ。お前が話す必要はない。」
「……それで?どんな話をお前はしてくれるんだ?」
「話が分かるねぇ。これは俺が娑婆で働いてた工場の話だ。」

そういって相方は昔話を語り始めた。俺は飯を食いながらその話を聞いた。

「俺は昔飲料メーカーの下請け工場で働いてたんだ。ほら、あのお茶とか出してる奴。知ってるか?」

そう言いながら相方は幾つかの製品名を挙げてみせた。有名な商品ばかりだったので俺も知っていると返事をした。

「そう、そこで働いてたんだ。俺は検品を担当していたんだが、お前、ペットボトルの検品ってどうやるか知ってるか?」

「違うんだな、機械を通したりはしない。結局のところ人の目で見るのが1番確かなんだ。少なくとも俺が働いていた時代では、だけどな。」

「双眼鏡みたいな覗き穴があってな、そこから流れてくるペットボトルに異物が混ざってないかを確かめるんだ。出勤して、双眼鏡を覗き込む。二時間かそこら覗き込んだら。小休憩を挟んで、また双眼鏡を覗き込む。昼休憩で飯を食ったら、双眼鏡を覗き込む。そして仕事中ずっと俺は流れてくる。ペットボトルに異物がないか監視するんだ。」

「もちろん凄い退屈な作業だ。転職しようとは思ったが、高校をロクに出てない身分だったから仕事を辞めたら働き口なんか見つからないかもしれない。しょうがないから毎日同じ作業を繰り返した。その仕事を十年間はやった訳なんだが、俺がいくつ不良品を発見したか分かるか?」

「正解は0だ。」

「毎日何百何千と流れてくるペットボトルの検品を十年間やって、不良品が0だぜ?日本の技術の素晴らしさには呆れちゃうよな。最初の頃は生真面目に覗き穴を覗き込んでいたが、いつしか俺がいてもいなくても変わらないんじゃないかと思うようになり始めた。それでも、もし不良品が出たらその時は首になる。だから覗き穴から目を離さずに一生こない不良品を待ち続けた。気が狂いそうだった。」

「それでまぁなんやかんやあってここに運ばれてくるわけだ。ここはつまらないから話から省く。」

「俺はここに来て早々、みんながやるみたいに命がけの任務をやらされた。事前説明もそこそこにだ。」

「かなり危険な任務だったし、一緒に行動した奴も死んだ。ただ、少し不謹慎な話をすると俺は……なんというか高揚した。命がけだし勘弁して欲しいとは思ったが、ペットボトルの検品よりは何千倍もマシだと感じたんだ。生産性があるのかないのか分からないような検品よりはやり甲斐が見つけられたんだ。」

「自分で言うのもなんだが俺は結構活躍した。両手両足を使って数えても足りないぐらいだ。多分覚えてない分ももっとあるはずだ。」

「今回の任務は、もしかしたら上からの勲功なのかもな。何回も死線をくぐり抜けてきた俺たちへの称賛なのかもしれない。もう命の心配はしなくて良いですよっていう上なりの優しさなのかもしれない。きっとこれは喜んで然るべきなんだろう。」

「でも、今の任務は俺にとっては最悪だ。流れてこない不良品を眺め続けていた工場の検品と違いが分からないよ。」

相方はそこまで言ったところで大きく息を吐いた。俺はここで初めて相方の昔話に口を挟んだ。

「なら、また命がけの任務に戻してもらえるよう言えば良い。上も無碍にはしないだろうさ。勲功者なんだろ?」

俺からの反撃か意外だったのか、相方は驚いた顔でいくつか瞬きをした。ただその後、くしゃっとした顔で大きく笑いだした。

「確かにな!なるほど、ペットボトルの検品をしていた頃よりかはずっと転職が楽だ。」
「そうと決まったらあそこの職員に話しかけてこいよ。思い立ったが吉日だ。」
「それは考え物だな。なぜなら……」
「なぜなら?」
「結局俺は命が惜しいから今の仕事が一番なんだ。」
「そうだろうな。好き好んで死にたがる奴はいない。」

俺たちはお互いに笑った。話が長かったせいで周りの奴らは帰り始めていたから気兼ねなく大声で笑うことが出来た。いつもはひょうきんに振る舞っている男の内面を見ることが出来たような気がした。


腹を割って話したとしても、退屈な任務がやってくる現実は変えられない。俺はうたた寝をしている先客の肩を叩いて交代の時間が来ていることを告げた。かなりだらけた態度でも許されるこの業務だが、流石にこの態度だと外されてしまうのではないかと心配になる。

席に着いて五分ほどして、俺は知恵の輪を弄り始めた。昨日よりスムーズに外す事が出来る。知恵の輪をカチャカチャ鳴らしながら、倉庫の中身について考えを巡らせた。昨日は馬鹿にしていたが、あの話も案外間違いではないのかもしれない。やはりそうでなければこんな態度ではいられないからだ。

三度ほど知恵の輪を外したり戻したりしたところで相方がガムを噛み始めた。相変わらず今日もクチャクチャと口を開けながらガムを噛んでいる。そろそろ何処かで注意するべきかなと思っていると相方の方が口を開いた。

「なぁ、お前……」
「なんだ?」
「そのカチャカチャ鳴らすの行儀が悪いぞ。人といるときぐらい手遊びを止めたらどうだ?」
「は。」

お前が行儀を注意するのか。俺は少し笑ってしまった。


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