コモリザメの静かなる夜

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夜の海は、ただ純粋な闇が広がっているのが普通だろう。しかしながら、そうでないこともある。

「フェイロン!こっちこっち!」

全長2mの巨体が背びれをゆっくりと動かして水中を進みながら、後ろに泳ぐ少し小振りなサメに言葉をかける。

「待ってよシーハン!」

フェイロンと呼ばれたサメは、尾びれを大きく動かしてシーハンに追いついた。

「すげーよ!上も下も右も左も全部店だ!やっぱマニラはすげーよ!」

彼らが周りを見渡せば、"夜光貝"の明かりが暗い海溝を照らし、海溝を挟み込む絶壁の両端に所せましと店が並べられている。そしてその間を大量のコモリザメが往来している。ここはマニラ──もちろんそうではなくて、知性を持つコモリザメの国、「コモリザメ連邦」が誇る大商業都市の一つである。台湾南部とルソン島の間に伸びるマニラ海溝の間に存在する街で、1998年のヴェール崩壊以降、台湾及びフィリピンとの貿易が地理的に行いやすかったため、大きく発展することとなった。

「おっちゃん!イカロール二つ!」

シーハンが頼んだのはイカが木製の棒に串刺しにされたもの。シーハンはサイコキネシスでプラスティックの鞄から通貨を取り出して支払い、イカロールの一つをフェイロンに寄越す。

「やっぱ食い泳ぎに限るよな!」

二人はイカロールを食べながらマニラに並ぶ店を一つ一つ覗いていく。軽食が食べられるカフェから、地上でも取引されるジュエリーが売られている店まで多種多様な店があった。しかしながら、何かを買うわけでもなく時間が過ぎ去っていった。

「なんかさ、ちょっと全体的に高けーな……。やっぱ俺たちみたいな子供が気軽に手出せるもんなんてないもんだなぁ」

「そ、そうだね。この鞄とか買ったら持ってきたお小遣い全部なくなっちゃうよ……。あ、でもあそこのコーナーは安くなってるっぽいよ!」

フェイロンが店の端に寄ると、そこには売れ残った地上から輸入されたアクセサリーが乱雑に並べられていた。

「どれどれ……お!二つ買ったら半額だって!やっば!」

アクセサリーはシンプルなデザインのものが多いために、売れ残っていた。サメは複雑で派手なデザインを好む傾向にあるからだ。

「確かにちょっと地味だけど、地上のものだし品質はいいね。何も買わずに帰るのもアレだし、その……」

フェイロンはゆっくりとシーハンの方を見る。シーハンは口角を上げて笑ってアクセサリーをフェイロンの首にかける。

「お!フェイロンにはこういうのが似合ってるかもな」

フェイロンは近くの壁に取り付けられた鏡の方を向くと、自身の首に銀色のネックレスの煌めきがあることが分かり、妙な高揚感にフェイロンは包まれた。フェイロンはその感情に従ってシーハンにも同じデザインのネックレスをかける。

「シーハン!その、おそろいのやつ買おう!」

「お、いいね!どう?俺も似合うかな?」

「うん!似合ってる!すごく、似合ってるよ!」

フェイロンの首にかかったシルバーが小刻みに揺れた。




ホテルの一室は二人が止まるのには十分な広さの部屋であった。コモリザメは夜行性だが、彼らはマニラに寝ずに来て疲れが溜まっていたので休養を取ることにしたのだった。

「くは~、疲れたな」

シーハンは床に張り付くようにして寝転ぶ。フェイロンはその隣で同様に寝転んでから、口を開いた。

「でも、本当に来て良かったね。これからお互い働くことになって、こんな長い休み簡単には取れないだろうし」

「おいおい、そういうのって旅のシメに言うやつだろ?」

シーハンはフェイロンに対して茶化して返事を行った。

「あはは、そうだね。じゃあ明日に備えて、おやすみ」

なんだか気恥ずかしくて、フェイロンはシーハンの返事を待たずに目を瞑った。そうすると、今日の出来事が瞼の裏側に浮かび上がってくる。シーハンとの思い出が自身の中で積もって、暖かく感じた。そうしているうちにフェイロンは深い眠りに誘われていった。

大好きなシーハンとこうして二人で旅行に来ることができて、フェイロンは幸せだった。微睡の中でシーハンとの未来が、夢という形で想起される。ずっと、これからもシーハンと共にいられることを願っていた。しかしながら、その幸福な夢をシーハンが妨げた。

「フェイ……フェイロン!起きろフェイロン!」

「な、何……?」

シーハンに叩き起こされて、寝ぼけ眼でフェイロンは尋ねた。

「なんかさっきから揺れてるんだよ!地震かもしれない」

フェイロンが床に気をやると、確かに大きな揺れがいくつか伝わってきた。

「オーケー、避難しよう」

二人が部屋から出ると、廊下には他のコモリザメが列を成して脱出を行おうとしていた。二人も同様に列に交じり入口に向けて泳ぎ始めた。しかし、フェイロンは自身の首に違和感を覚える。そこにはあのネックレスが無かったのだ。

「ごめん!ちょっと先外出てて!部屋に忘れ物しちゃった!」

「おい!こんなときにそんなこと──」

フェイロンはシーハンの制止する声も聞かずに流れに逆らって泳ぐ。あのネックレスはシーハンとの大事な思い出の一つで、既にフェイロンにとってその価値はとても高いものであった。

フェイロンが部屋に戻ると、きらりと光るものを見つける。フェイロンは簡単に見つけられたことに安堵し、すぐに拾って出口に急いだ。廊下にはもう他のサメはおらず、先ほどよりも容易に泳ぐことができた。

しかしながら、フェイロンがホテルのロビーにたどり着いたとき、激しい刺激臭が嗅覚を襲った。そして、目の前に広がる赤い濁りは、そこに血液が流れていることを確信させた。それもサメ一人の血液の量ではない。フェイロンがそこで初めてホテルの外を見ると、サメが何人か黙って浮いていた。

「…ッ!」

フェイロンは最悪の可能性を予想する。もしシーハンが。フェイロンはその先を考えるよりも先に尾びれを動かしてホテルの外に出ようとした。しかしそこに一体のサメが飛びこんでくる。

「シーハン!無事だったの!?」

フェイロンはシーハンに泳ぎ寄る。シーハンの体の表面はいくらか傷がついていて、歯も数本抜けて口から血が出ていた。

「フェイロン!ここはダメだ!逃げなきゃ奴らに殺される!」

フェイロンが「奴ら」について聞こうとしたその時、入口から今度は今まで見たことのないものが突入してくる。それは、白い楕円体にスクリューが取り付けられたものであった。

「フェイロン!あれだ!あれが俺たちを殴って回っている!」

フェイロンはその言葉が理解できずに何もできずにいると、楕円体は変形して人間の拳の形に変化する。そしてシーハンの方に向かって強く突撃する。シーハンは大きく揺らめき、また口から吐血した。

「来るな!」

シーハンは叫んだ。フェイロンはその動きを一瞬止めるが、拳に向かって突撃する。しかしながら拳はその動きが見えていたかのように華麗によけ、カウンターとしてフェイロンの腹部を殴打した。フェイロンは壁に打ち付けられ、痛みに震える。

「フェイロン!俺たちが勝てる相手じゃないんだ!こいつはただ俺たちを死ぬまで殴るためだけに作られた機構であって、俺たちは絶対に勝てない!」

「じゃあ二人で死ぬしかないっていうの!?」

フェイロンは痛みを抑えながら叫ぶ。

「そう、俺たちは勝てないかもしれない。だから!こうする!」

シーハンは拳に向かって突撃した。それはただ愚直な攻撃だった。もちろん当たらずに、カウンターで殴打を受けた。

「フェイロン!逃げるんだ!拳は一体にしか攻撃ができない!だから、俺に注目を引き付けている間にお前だけでも逃げるんだ!」

「嫌だ!私だけ生き残ったってしょうがないじゃない!」

「生きるんだ!フェイロン!生きてこのことを世界に伝えるんだ!」

その時、シーハンはサイコキネシスでフェイロンを強く外に向かって押し出した。それは普段100N程度の力しか出すことができないはずだが、今回はシーハンの意思が強く影響し、限界を超えてフェイロンの身体を動かすほどに大きな力を出したのであった。フェイロンは驚いてシーハンを見ると、こちらを真っすぐ捉えていた。その時、フェイロンは、シーハンの自身を生き延びさせたいという感情をしっかりと汲み取ることができた。フェイロンは、シーハンの遺志を無碍にすることはできなかった。

フェイロンは、意を決して外に泳ぎ出た。後ろからスクリューが回る衝撃が響いて、機械が近づいていることは分かった。だが後ろを見ることはせずに、一心不乱に海溝のできるだけ深い部分をめがけて泳いだ。なぜならあの機械の構造はこれ以上の深度では機能しないことを見抜いていたからだった。もちろんフェイロンにも水圧が体を押しつぶす恐怖はあった。しかしながら、サイコキネシスで自身の身体を内部から支えて、水圧に対抗するという力技を行使して水の中を掻き分けていった。

フェイロンにとって限界の深度にたどり着いたとき、後ろから迫ってくるものはなにもなかった。フェイロンは落ちつくと同時に、口からゆっくりと嗚咽が湧き出てきた。シーハンを最後に見た瞬間が何度も思い浮かんで、身がわなわなと震えた。だがフェイロンは、そこで泳ぎを止めることはなかった。フェイロンは自身の同胞と、なによりも愛するシーハンのために復讐することを決意していた。あの拳への復讐心が、フェイロンを突き動かしていた。

2015年4月8日のマニラ侵攻。これが南シナ海戦争におけるサメ殴りセンターによるコモリザメ連邦への一方的な宣戦布告後によって始めて行われた攻撃である。この攻撃だけで死者数は1万人を超え、国際社会で大きくサメ殴りセンターが批判されることになる。この夜の出来事は「コモリザメの静かなる夜」と呼ばれ、コモリザメたちによって忘れられない一夜となった。そして同時に、コモリザメだけに留まらない、サメたちの戦いの始まりを告げる夜であった。


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