天泣
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私は今、私の墓の前にいる。

私の生写しだった人を、故郷の海から引き揚げた時を思い出す。彼女の頬には温かい血の跡と、涙の跡が残っていた。
私の生写しだった人を埋葬した場所に、性懲りも無く私は戻ってきてしまった。未だ変わらず在るだろう温かみに惹かれたかのように。

もう書き置きも全部済ませているというのに。もう、心に残すべきことなど何もないはずなのに。
独りで、この世を後にしなければならないのに。



私は今、静かに眼を閉じる。

目に映るものは変わらない。
瞼の裏の闇も、明けることのない夜の暗さに比べれば、大した差があるものではない。
どうせ少しすれば、私はまた目を開くだろう。私はどうしても、瞼の裏を最期の景色にすることができないでいるのだから。

閉じられた目の間から、何かが流れ落ちるのを感じた。







この書に記す始まりは、わたしが見つけたあなたの始め、
空高く浮かぶひとひらの雲、この宇宙の最初のあなた。
燦然と注ぐ日光を浴び、他の雲を飲み込んで、
風も鳥も飛行機も、空の全てを自分へ変えて。
たちまち広がる曇天を、わたしが下から見上げれば、
星を覆う入道雲、それがある日のあなたの形。
空から注ぐ雲海は、エベレストの頂を降り、
大地を越えて海深くへと、更なる地の底の国へと。
そして迎えた忘れぬ日、あなたの星は雲となった、
地底に生きる命と共に、そして一つのわたしと共に。
身体、記憶、魂すべて、湯気と共に消えていく、
この宇宙のわたしの最後、忘れぬ一つのわたしの最後。

あなたは一粒の雨となり、雲の星から彼方へと去る、
この宇宙のあなたの最後、それがこの書の生まれた理由。

--実例: タイムライン Y-649の情報が記録されました--



次の貴方は一粒の、天から降り立つ使者でした、
命を作る雨でした、命を溶かす雨でした。
寂れた一つの町並みに、煤けた田舎の人々に、
終わりと始まりの音を告げる、灰色の空を描きました。
天から生まれ地へ還る、一年限りの人の世は、
常に貴方と共にあり、常に貴方のほしいまま。
諦観と郷愁の想いに濁る、貴方が滲ます心には、
人のようで人でない、異質の情緒が宿ります。
この世の私が手に入れたのは、一年だけの仮初の命、
父と母と夢幻の家族、そして最後に貴方の迎え。
帰りたくはなかったでしょう、決してそうは思いません、
私は帰って欲しくなかった、私に帰って欲しくなかった。

そして貴方は地へ沁みて、この世に別れを告げたのです、
命の滑車を降りた先、留まるところを知るために。

--実例: タイムライン Q-300の情報が記録されました--



霧立ち込めるの、底深くに君はいた、
忘れ去られた高校生の、浮かぶ姿を見上げてた。
暗がり淀む牢獄に、沈むは遥々遠くから、
忘れた者の声を聞き、呼ばれて辿る道千里、
時代を隔て世界を隔て、湖に着く者たちは、
まやかしの知己に出会うため、憐れ獄へと囚われた。
この世の僕も君の虜、今は静かな湖で、
見る者いない膨れた腹を、澄み渡る虚へ曝け出す。
僕は高校生じゃない、ほかにやるべきことがあった、
共に戦う僕がいた、探し出すべき父がいた。
でももう僕の仕事は終わり、あとはただただ待ちぼうけ、
大事な人の来る時を、僕らと父が沈む日を。

それを傍目に君はまた、牢から外へと溢れ出す、
一筋の道を描く河、その未来へと歩み出す。

--実例: タイムライン U-076の情報が記録されました--



地下の巌を脈動し、猛るお前は激流の化身
求めるものはただ一つ、束縛のない広き地平。
しかしお前の眼前に、立ち塞がるは白き檻、
危うきものを地底に封じ、人理を守る者の壁。
お前の怒りを受ける贄、百、千と数を増やせども、
ただ一様に破壊され、命の形をまろばせる。
私の友はまた私、親御と共にお前と見え、
迫る今際の時の前、黒の光に身を投じ、
照らして私はお前を見た、激流の先に立つお前を、
私と私と私の命、そして新たな私の命を、
その身に混ぜんとするお前を、湧き立つ生の血飛沫を、
私の肉をはち切って、果てぬ常世へ送るお前を。

お前が檻を突き破り、広き地平へ飛び出す刻、
それは深き嵐の夜、喰われる命の嘆く刻。

--実例: タイムライン X-328の情報が記録されました--



旅ゆくきみの辿る先、それは海の底深く、
地球一番の奥底の、歴史を育む大地の終わり。
そこに沈むは一つの便箋、彼方の時代の終わりから、
新たな時代の始まりへ問う、古き残滓のメッセージ。
わたしは宛名を知っている、送り主だって知っている、
わたしが次代のわたしに宛てた、果たせぬ想いのメッセージ。
世界は移り変わっても、父を求める想いは消えず、
忘れることのないように、次代を顧みるように。
わたしはわたしの意志を継ぎ、今も愛しき者を追う、
一つは父、一つは先代、そして一つはきみの一粒。
数多のわたしはきみと出会い、命の終わりをきみへと託し、
新たな世界の新たなわたしに、存在証明の欠片を残す。

わたしはわたしを忘れない、在りし日を生きた一つの命を、
わたしはきみを忘れない、まだ見ぬ旅路の行く先を。

--実例: タイムライン S-999の情報が記録されました--


あなたの姿は変幻自在、一つの匙から大海原へ、
地の深くから空の果てまで、全てにあなたの影がある。

雲から落ちて雨となり、地へと溜まりて湖に、
そこから流れる河の道、そして海へと注ぐのです。

君の大元は一滴の雫、ちっぽけな染みだけれども、
形を変えつつ移りゆき、決して滅びることはない。

お前は星に遍在する、木々の葉末の露として、
蠢く鉄の心臓として、そして私の血潮として。

きみと一緒のわたしの心、共に寄り添うわたしたち、
その残してきた想いのたけも、きみと一緒にいつまでも。

次のわたしを前にして、記すはわたしの記憶の欠片、
あなたに命を溶かし出し、あなたに託した記憶の欠片、
朧な想いは記録の書物に、姿形を写しとられ、
ここに確かに齎されるは、あなたと同じ不滅の身。

--傷つきやすさの情報が記録されました--



実用性

--実用性の情報が記録されました--



必須条件

--必須条件の情報が記録されました--



ベースライン

--ベースラインの情報が記録されました--


--カタログの発行が完了しました--





私は今、眼を開く。

石に溢れた涙の跡から、無数の文字が飛び上がり、
それは私の持っていた一冊のノートの中へと吸われ、
新しい、ひとつのカタログが出来上がったのを見る。

ありがとう。

私は、雫に宿るかつての私たちへ礼を述べ、墓前を立ち去った。

  • tale
  • jp
  • 黒の女王
  • poetry
  • 構想メモ

一人称で呼ばれているのは自他の黒の女王
並行世界の同一人物であることを意識している
→水滴の中に映った残留思念としての女王であれば、姉妹でなく全て一人称で呼ばれてもよい?

二人称で呼ばれているのは一つの水滴であり、独自に並行世界を行き来できる
水に関連する5つのオブジェクトの影響下に亡くなった5人の黒の女王の意志を映している

水は蒸発と凝結を繰り返し、雲→雨→湖→河→海とその姿を変えていく
存在としては不滅

水滴は黒の女王がいる世界に無作為に転移する
膨大な試行の中で女王の死に場所に繰り返し巡り合い、そして「次に出会う自分」へのメッセージを蓄える
(アラオルン等と同じ原理かもしれない)

いま、水滴はある一人の(存命な)黒の女王とともにある
彼女の涙として現れ、過去の己から託されたメッセージを映し出す
その転記がこのカタログである

追加メモ

  • この話を「鼓動の時計」とリンクさせる
    • シンシアを弔ったあとのセイ・ミンが己の終着の地を探す中(ノートも既に書き終えている)、見つからずに墓の前に戻ってくる
    • 決心をつけられないセイ・ミンが「自分」の墓標の前で流した涙の粒が、自分の体を離れて時間停止する瞬間、「水の語り手」の紡ぐ一瞬のメッセージが仮初の永遠のものとして現れる
    • そのため、「水の語り手」の最後の一人は故郷の海の中で最期を迎えたシンシアになる。彼女もまた自分の涙で水の語り手たちに出会っていた
    • “天泣”のカタログは一時的にセイ・ミンの手持ちのノートに転写され、そこから放浪者の図書館の片隅へと自動的に記録された(現物はラグーンら後の女王には発見されていない)
  • 別にpoetryにこだわる必要はないな…

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