<記録開始>
ショット: これより、本日の尋問を始める。容疑者が当局に身元を引き渡されてから連日の聴取を行なっているが、容疑者は現在までマンハッタン次元崩落テロ事件を首謀した動機について明らかにしていない。容疑者は取調べの中で常に所定の質問を繰り返すのみであり…。
バシャール: だから、いい加減に私の質問に答えろ!ハドソン川協定は締結されたのか、されていないのか?
ショット: 尋問者に逆に質問してくる奴があるか!その質問は聞き飽きたって言ってるだろ!お前が言う未来とやらで作られた協定がどうなってるかなんて、俺たちに答える義理は…。
パッカード: いや…エレイン、ちょっと待ってくれ。今ならもう話せる。
バシャール: 答えは?
パッカード: …本日付で。財団と連合の両団体の首脳部はハドソン川協定の締結を発表した。
バシャール: その第125条は?
ショット: なんでまたそんなピンポイントな条文を!?
バシャール: 聞いておるのだ。答えよ!
パッカード: それでお前が満足するのなら、教えてやる。もう全世界に発信された条文だ。…「連合、財団の両者は以下の存在についてその生来の権利を確認し、正常性ならびに現実性を毀損しない場合に於いて、可能な限りその生存と自由意志の存立を擁護する…。」
バシャール: …その対象は…?
パッカード: 「…人間型異常/脅威存在」。以上だ。
バシャール: [容疑者はそれまでの剣幕を収め、呆然としている]
ショット: …それで満足したのか?
バシャール: ああ。一言一句変わらず、私の知る条文と同じだ。私の負けだ。もう、好きにすれば良い。
ショット: では、我々の質問に答えてもらおうか。お前はマンハッタン次元崩落テロ事件の現場に何を持ち込んだ?
バシャール: 「緋色の王」は…我々が持ち込んだものではない。あれは体制と反体制が、秩序と混沌とがぶつかり合う時、自然と引き寄せられて来るものだ。私が関与したものがあるとすれば…それは王の怒りの矛先を変えたことだ。
パッカード: 何から、何に対して?
バシャール: 私の知るテロ事件現場では…インサージェンシーは挑戦者だった。世に溢れ出した異常組織の元締であった財団と連合に対し、3年前まで存在していた正常な秩序を取り戻すための反抗を試みた。そして、王は混沌の世に味方し、反乱者は鎮圧された。
ショット: それじゃ、何の説明にもなってないじゃないか。
バシャール: いや、全てが逆だったのだ。かつての異常収容組織がヴェールの崩壊によって異常まみれの腐敗組織へと変わる過程で、そこから離反した者たちは最後の上澄だった。王は混沌を好む…王は上澄が持つ人類史が培ってきた良心に靡かなかった。緋色の王はメキシコ湾体制に与し、インサージェンシーを蹴散らしたのだ。
パッカード: 我々が見てきた緋色の王がそのくらい聞き分けの良い存在だったら、セントラルパーク周りが丸焼けになることもなかったろうに。罪のない我々の協力者の中にも人事不省になった者が大勢いる…エッカート女史の意識はまだ戻らない。
バシャール: 故に、私が現場に立った時、緋色の王を味方につけなければならなかった…カオスの名にかけて、世界中から不和と混沌の粋を集め、それをマンハッタン島に解放することを企てた。その中で最も強大であったものは、遥か遠く、レオニディオの奥地に隠されていた。
ショット: レオニディオ?まさか、あの虐殺行為にも加担していたのか?目撃者すら一人も残らなかった、あの?
バシャール: 2010年代、不和の神を名乗る不届き者が世界の情報網を作っていてな。奴は自分の故郷について堪能だったのだ。それで私は彼の者の故郷を狙った。私はそれを見て、知っていたからだ。お前たちがそれを知ることはないだろうが…。
パッカード: うーむ…エレイン、他のCI構成員が2000年12月に何をやっていたか調査することをタスクに加えてくれないか。可能ならマンハッタン島内で吹っ飛んだ連中も含めてな。
ショット: 勿論だ。さて、バシャールよ、一つ、有力な情報提供に感謝する。だが、まだ聞くべきことは山ほどある。そもそも、お前はなぜインサージェンシーに与することを選んだ?元はと言えば、お前は人権活動家だったはずだが?
バシャール: そうだ。私は今も人権活動をしているに過ぎん!全ては不幸な人々を救うためだ。現代における私の目的はただ一つ…未来の人々が異常な人間もどきによって世界から消し去られるのを阻止すること。そのためには、邪悪なハドソン川協定の締結を阻止することが必要だったのだ。
パッカード: なるほど、では聞こう、お前の知るハドソン川協定は何が邪悪だったのか。
バシャール: 条約の締結から、貴様ら財団と連合は超常民族の監視を取りやめた。そればかりか、奴らが世界へと蔓延ることを奨励した…『人権保護』の一環と嘯いてな。少しくらいまともな頭が有れば分かるはずだろう?人間並の知能に加えて爪や牙や魔力やその他の攻撃力を持った化け物が世に解き放たれたら、何が起こるか。
パッカード: それは。
バシャール: 数十年で、世界はヒトならざる者の手に落ちた。ヒトとヒトでなしが根底から互いを尊重し合うなど土台不可能なのだから、弱者が強者に敗れるのは当然の結末だ。それなのに『人権』やら『共生』という言葉に洗脳された哀れなサピエンスは、自らの種族が発言権を失い、落ちぶれていくことを良しとした。
ショット: その中で、お前はどうしたんだ?
バシャール: アフリカが突如としてヴェールを取り戻した時、私はそれが人間の再起する最後の砦となると直感した。しかし、仮初の平穏も、狂った急進政策を続ける残りの国際社会の前では早晩に崩れた…振り落とされれば、後は見捨てられるだけ。故郷のエジプトに押し寄せる人でなしの群れを相手に、私は良識の残る僅かな者たちと共に徹底抗戦を繰り広げ…そして、全滅した。私は彼等の無念を絶対に繰り返してはならんのだ。偶然にも時を遡り、全ての元凶であるハドソン川協定を潰すチャンスを得た最後の奇跡を、私は絶対に逃してはならなかった。…ならなかったのだ。
ショット: …それが、テロに加担した理由か?
バシャール: 私の知る限り、崩落次元の中で緋色の王を倒せるような存在が生まれる可能性など、あり得なかった…。
パッカード: お前の話は理解できた。未来の人間を救うという名目で、現代の多くの人間の生活を破壊したということだ。お前が本当に「未来」とやらから来たのかは、さておくとして、だが。
ショット: では、本日の尋問を終わる。
バシャール: いや…最後に、一つだけ言わせてくれ。
パッカード: うん?
バシャール: 後悔するなよ。
<記録終了>
コメント投稿フォームへ
注意: 批評して欲しいポイントやスポイラー、改稿内容についてはコメントではなく下書き本文に直接書き入れて下さい。初めての下書きであっても投稿報告は不要です。批評内容に対する返答以外で自身の下書きにコメントしないようお願いします。
批評コメントTopへ