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関連記録1945-JP-87: 米津文書

本ファイルに収められている文書記録は、大日本帝国に由来する異常物品・人員の回収作戦、秘匿名称「ULTRA-1」の一環として、廃棄された異常事例調査局(IJAMEA)の西の沢地下施設より1947年に回収された手記に由来するものです。本文とは別に書かれた署名・覚書によると、この文書は旧日本海軍よりIJAMEAに参画していたPoI-IJ-08("米津 元帥")によって1945年に記されたものであり、同年に和歌山県淤能碁呂島で発生したインシデント1945-JP-██に関して、PoI-IJ-08による体験を綴ったものとされています。

ただし、内容には財団および旧蒐集院より引き継がれたインシデント1945-JP-██の記録とは一致しない点が多く、その信憑性は十分ではないと判断されています。PoI-IJ-08は2022年現在でもLoI-0850("恋昏崎")において活動していることが確認されていますが、本文書の内容についてのPoI-IJ-08に対するインタビューは未だ実施されていません。

文書内において、SCP-1945-JP-A実体とは別に登場する巨大人型実体に関しては、本文書以外に十分なエビデンスに基づく情報・物的証拠が存在せず、実在の真偽を含めてその一切が不明と言わざるを得ないことからオブジェクト指定は見送られています。

なお、仮名遣いなどは財団によって現代文に改められています。文書内の注釈も特筆なき限りは財団によるものです。






我が組織のことだからあまり悪口は言えないが、私を乗せた飛行機はいささかくたびれていた。操縦士は「日本一のヒコーキ野郎」を豪語するだけあって「このスカイロケットは太平洋無着陸横断一番乗りを果たしたミス・ビードル号の同型機なんですぜ1」などとよくわからぬ愛着を抱いていたようだが、私としては、今や本土深くまで侵入しつつあるシコルスキーやグラマンに襲われた時に、このオンボロ機で逃げ切れるかという不安ばかりが気がかりだった。

無論、異常事例調査局の所属機であるからまともな飛行機ではない。東弊時計電気より提供された「ミ号装置」は、この機体の滑走距離を友邦ドイツのシュトルヒ連絡機に勝る程に縮めていたし、上手く使えば戦闘機相手の大立ち回りとて不可能ではないだろう。

「見えてきましたぜ。あの湖の畔、あそこが竜ヶ森村です」

猫の額ほどの平地、田植え前の田圃の上へ着陸しようとしていた。

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