箱の中の夢

力を抜くと椅子がギシギシと音を立てた。財団の研究員となって初の論文もそろそろ繊細な部分に入り、より一層の集中が必要になってくる頃だ。だというのに、何故か私はいまひとつ精力的になれずにいた。

私は休憩ついでに論文のデータベースにアクセスした。流石に論文ともなればNeed to Knowの原則も少しは緩む。とは言え殆どがアクセス不可能な事に変わりは無く、見られるのはごく一部のものに過ぎない。

一部とは言え、その量は膨大の一言に尽きる。この組織が抱える知識が放出されれば世界の科学技術は少なく見積もって4世代は先を行くだろうと昔は本気で思ったものだ。後にその程度ではないのだと知って仰天したのも懐かしい。自分がかつて研究していた現象が既に解明されていたと知った時はかなりのショックを受けもした。

下から上へ飛んでいくタイトルを流し見しながら、私は面白そうなものを探し始めた。ここに収められた論文は参考になるだけでなく、面白い。ただ一つ残念な事があるとすれば、そのほぼ全てが日の目を見ないであろう事か。

異常な事物の研究によって得られた知識には、どう取り繕っても異常の痕跡が滲み出る。分解すべき機構が存在しなければリバースエンジニアリングが成立しないように、異常から得られた知識は異常の存在を浮き彫りにする。故に書庫やデータベースに眠る論文はそれ自体が秘匿すべきものであり、一般公開はまずあり得ない。すなわち財団はそれ自体が巨大な箱だ。知られるべきでない物を閉じ込め、知られるべきでない偉業を閉じ込め、知られるべきでない偉人を閉じ込める、巨大で堅牢なブラックボックス。

もちろんその役目は世界の表側が裏側に追い付くまでのものにすぎない。人類が自らの手で異常を知り、知識を受け入れる準備ができたのならば、きっと箱は開くだろう。

——けれど、それはいつになるのだろう。もしかすると、そんな日など永遠に来ないのではないだろうか。財団が隠し続ける限り人類は仮初の正常性の中で完結し、きっと異常を知る事は無いのだから。

『続いてはノーベル賞についてです。今年は日本人から2人が—』

テレビが調子の良い事を言っている。周回遅れの人間が画面の中で笑っている。自分には関係の無い事なのにそれが少し不愉快だった。

データベースの目次を眺めて、ふと思いついて名前順に並べ替えた。どのタブにも数え切れないほどの名前が並び、どんなにスクロールしても底が見える気配は無い。

コーヒーを飲み干し、ほうとひとつ息を吐く。

願わくば、いつか彼らが歴史に名を刻みますように。誰にともなくただそう願った。

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