何度でも

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4.97秒。それが俺に許された時間だ。幾度も挑み、そして超えられなかった制限時間。壁はどこまでも高く聳え立ち、そして他に道は無い。

「どうする」

思わず溢れた疑問の言葉に何を今更と自嘲した。ここにいる時点でやる事はただ一つだけ。そしてまさにその一つを為すために俺はここに立っているのだ。

「分かってるだろ。突入だ。お前のタイミングで行け」

通信機から聞こえた律儀な返事に了解と短く答えて目の前に佇むドアを睨んだ。このドアの前に立つのも一体何度目になるだろう。昨日も、一昨日も、その前も。ずっと繰り返してきたその行為はいつしか不安を煽るようになっていた。この作戦に終わりは来るのか。俺は成し遂げられるのか。不安を闇で覆うように目を閉じ、大きく息を吐く。荒涼とした大地に風が吹くように静けさが心の中を満たしていく。ホルダーに携えた拳銃の重みが、右手に握ったワイヤーカッターの冷たさが、確かな現実味を伴って俺の精神を鎮めていった。

「突入する」

静かに宣言してドアを開く。残り4.97秒。開きかけたドアが途中で止まる。チェーンだ。すぐさまワイヤーカッターで断ち切った。カッターを捨て、ドアを大きく開きながら駆け込む。女の悲鳴と、何かがぶつかる音が響いた。

玄関から続く微かな土の跡。頭に叩き込まれたルートはもはや想起する必要も無く行くべき道を指し示す。廊下に土足で踏み込んで真っ直ぐリビングへと突進する。鈍い音。再びの悲鳴。何かガラス質の物が砕ける音。倒れたスチールラックを飛び越え、床に落ちた瓶を踏まないよう素早く足を運び、目の前のドアに手を伸ばす。

ドアを開き、間に合わないと知りながら引き抜いた拳銃を前に向けた。立っている人影はどこにも無い。散らかった家具、割れた花瓶。そして、地面に倒れた血塗れの体がピクリと動いた。

しゃがみこみ、荒い息を整えながらしっかりと脈を確認した。息はある。けれど出血量が多すぎた。まだ温かい手を取ると、弱々しくもその手を握る力を感じた。

「状況報告を」

耳元の通信機から声が鳴った。握られた手に力を込めて、俺は失敗と呟いた。その手から力が消えていくのを右手の中に感じながら。


目の前で閉じるドアを覚えている。ドアの先の暗がりを覚えている。手を伸ばすあの人の顔を、覚えている。あの光景を忘れた事は一度も無い。

原因は未だに分からない。分かったのはドアストッパーがどこかで外れたという事だけ。ただそれだけで、扉が閉じたが最後中にいる者がただ殺されるだけの人形と化す、そんな部屋にあの人は置き去りにされたのだ。そしてあの人は死に続けている。扉が開くその度に、殺されるためにリビングの中で蘇っている。あれはそういう部屋だからと、その言葉だけで終わりにする事は俺には結局できなかった。

失意の底で救出作戦の計画を耳にして思わず訊き返したのを覚えている。あの人がまともな人生を取り戻すチャンスなどと万に一つもありはしないと思っていたから。俺は迷わず立候補した。未だ姿を確認できない殺人者も、同じ目に遭うリスクも怖くなかった。あの人が助かるというのならそれで良かった。

それで良かったはずなのだ。


4.97秒。本来のリミットはそこまで厳しいものではなかった。回収そのものはさほど難しくはないし、それを失敗するほどの障害も無い。ただ死んでいないだけの生き物を得ることができればいいのなら許された時間は少々呆気ないほどに長い。それが何度かの試みから割り出した結論だった。4.97秒というのはあの人があの人であるための制限時間だ。それを過ぎれば外に出るのはあの人と同じ遺伝情報を持つだけの、肉の塊になってしまう。ただ眠るだけの、あるいは余命数日も無い人間という名の何か。

それでもいいとは言えなかった。俺はあの人を助けたかった。たとえ財団はそうでなくとも、俺にはあの人が必要だった。だから初めて生きたあの人の姿を目にした時、まだ辛うじて息があった、ほとんど肉塊に成り果てたあの人を見た時、俺は決断を迫られた。ここで救出する事はできる。だが、今この人を見捨てたならば次のチャンスがやってくるのだ。囁いたのは悪魔だった。

『もっとマシな結果が出せるはずだ』

その囁きに俺は乗った。少なくとも命は助かったはずのあの人を部屋の中に置き去りにして。その瞬間に助けるだけで納得する事はできなくなった。今日まであの人を見捨て続けた。殺し続けた。そして、納得のいく結果はまだ出ていない。


後ろでドアが閉じていく。バタンと不釣り合いに大きな音を立て、部屋は完全に隔離された。ドア一つ隔てた向こう側で何が起こっているのかは誰も知らない。まだ辛うじて生きていたあの人が一体どうなっているのかも。ただ、ドアを開けた時には五体満足なあの人が再び何かによって殺される。それだけは確かな真実だ。いや、それを真実にしてはいけない。そのために俺はこの部屋を一人で出たのだから。

佇むドアを振り返り、装備の状態をチェックする。それは単なる時間稼ぎだ。心が落ち着くまでの短い時間を稼ぐ行為。ここに立つ度に不安になる。制限時間を乗り越えて、未だ姿も確認できない殺人者を無力化してあの人を迫り来る死から救う。俺にそれができるのか。積み重ねてきた無数の死体の向こう側に俺の望む結果はあるのか。分からなくても退路は既に残っていないし、後ろに戻るつもりも無い。次の試行を最後にしてその結果に賭けることはできる。だが、それであの人が助かったとして、何度も見殺しにしてきた俺がどんな顔をしてあの人の前に立つというのか。結局のところ、俺が望む結末は4.97秒の先にしかない。

あの人が助かればそれで良かったはずなのに、気づけば俺があの人を殺している。この先俺は何度あの人を殺すのか。分からないまま俺はどこかに進んでいく。進まなければどこにも行けないと自分自身に言い聞かせて。叫び出したい。逃げ出したい。けれど、一度選んだこの道を進んでいくより他にないのだ。何かに押し出されたかの如く俺は一歩前に出た。

「突入するぞ」

そう呟いてドアに近づく。次こそ終わりにするという、ボロボロの決意をぶらさげて。4とコンマ97秒。そのリミットを振り切るようにドアを開いて駆け出した。


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