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「お願い、です。どうか、あの子だけ、は」
低い頭を眺めていた。蹲った顔の辺りに小さな水の粒が落ちていた。小刻みに震える肉塊からは赤黒い血が滴り続け、水たまりはやがて血だまりに呑まれて消え失せた。
「どうか……どうか」
女はそれだけを繰り返した。煩いのでとどめを刺そうかとも思ったが、やめた。どうせもう何分とせず死ぬだろう。それよりも「あの子」とやらが気にかかる。玄関口に出た靴は大小の2組。まだ子供が部屋の中にいるはずだった。
その場を去ろうとして、振り返った時、がしりと足を掴まれた。見ると鬼気迫った顔で女がこちらを見上げている。
「どうか、あの子、だけは……どう、か」
痛いのだろう。顔は歪み続け、腕は震え、荒く浅い息を吐いている。何がこの女にそこまでさせるのか。そう思うほどに強い力で足を掴むその姿に一瞬動きを止めた。怯んだのだ。そしてその一瞬が明暗を分けた。
ドタドタと走り去る足音。女の顔を蹴り飛ばし、足を掴む手を振りほどいて、すぐさま追いかけた。ドアを開ける瞬間、窓が勢いよく開け放たれる音がした。部屋に踏み込んで見たのは、飛び降りる子供の姿。
悲鳴が上がった。窓の下には人間がいた。こうなってはもはや手遅れだ。それをどこか冷めた気持ちで見つめていた。焦りや恐怖に飲まれると思っていたのに、実際にはただその事実を静かに受け止めている自分がいた。焦りの奇妙な欠落に疑問を覚えながら開いた窓をゆっくりと閉め、そして女のところに戻って声をかけた。
「ガキは逃げたぞ」
答えは無かった。蹴り転がして、女が事切れていることに気づいた。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:2955066 (06 Jun 2018 08:22)
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