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我らが神々の結社、トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテション(Ttt)の社長を務めるヘルメースは嘘と狡知をも司る神である。だからエイプリルフール──嘘をついてもいい日、嘘吐きどもの祭日──にはさぞかし猛威を振るうだろう、と思う素直な人間が多い。多いからこそ、逆に動きづらいのだ、とヘルメースは語っていた。なるほど、トリックスターとして高名になるというのも大変なものだな、と副社長であるトートは思う。叡智を司り、偽りを嫌うものとして知られていた自分からは中々想像がつかなかったが、目の前で繰り広げられると納得せざるを得ない。

賑やかな祝いの場で、いくつもの好奇の目が神々を取り囲んでいる。彼らを知る財団職員が問いかけるのは、だいたい同じ質問だ。

「で、今回はどんな嘘の話をするんですか?」
「エイプリルフールくらいは本当の事を言おうかと思っているんだけど」
「またまた」
「本当だぞ。ここにいる月神にかけて誓ってもいい」

空色の瞳を急に向けられて、クロトキ頭の神は無言のうちに肩をすくめた。人間はなおも笑いながら、「エイプリルフールだからってトートさんまで巻き込んじゃ駄目ですよ」と軽い調子で告げる。まるで彼の言葉を信じた調子はない。

「言動には気をつけなきゃ駄目ですよ。神格を排除しようっていう動き、最近活発ですから。こちらでも対策している途中なんですが」
「随分と物騒なエイプリルフールだね?」
「まあ、嘘ってことでもいいんですが。軽めの忠告というやつです」
「有難く受け取っておくよ」
「いえいえ」

人間はひらひらと手を振ってその場を去っていった。それを見送り、ため息交じりに肩を落としてこちらに向き直る。

「まいったな。こちとら生まれた時から一度も嘘なんかついてないのに」
「生後0日でそういう嘘をついた、とヘルメス讃歌に謳われていますからね。まあ、商談ではないのだから別によかったではないですか」

嘆きの声を適当にあしらって、鳥頭の神は周囲を見回した。そう、彼らがここを訪れたのは商談のためではない。エイプリルフールにかの狡知の神が語る事なんて誰も信じないし、その上に今日は土曜日でもある。自分たちはTtt社の幹部としてではなく、人間に友好的なただの二柱の神として、何らかの百周年を祝っている財団職員たちのもとを訪れているのだ。彼らは彼らで嘘吐きの祭日を楽しんでもいるのだろう。壁にはいくつもの胡乱な記念と告知が並んでいる。

嘘も狡知も、世界にある程度の秩序が保たれていなければ力を発揮することは出来ない。理性を伴った会話が成立しなければ、嘘など意味をなさないのだ。このような催しが出来るのも、ある程度の平和があってこそだ。だからこそ、自分たちはこの一日が平和のうちに終わるようにと祝福を与えているのだ。罪のない嘘を楽しめるだけの力と、罪のある嘘を見抜くだけの力を。それが、嘘吐きの神と叡智の神から与えられる一日限りの加護であった。

まあ、当然のことながら親切だけが目的という訳ではないのだけれど。

「どうだった?」
「冗談として扱われていますが、あんまり反応としてはよくなさそうですね」

別の職員たちとの会話に一区切りつけた片割れが、声を潜めて問いかけてくるのに答える。向こうが職員たちの相手を表立っているうちに、こちらは人々の様子を見る。そういう決まりになっていた。笑い交わされる声から、壁に書かれた雑多な文字から答えを見出せるのが神というものだ。そして見つけた答えを片手で示す。示されたのは、「chatSCP実装に関するお知らせ」の文字列。現代における目覚ましい人工知能の発達を眺める中で、自分たちは少しばかり技術を提供しようかと持ち掛けた。去年の祭日、軽い冗談の一環としてである。翻訳などの文書に関わる事柄について、人智を超えた者による批評というものを彼らがどう認識するか、という市場調査の一環である。そして、冗談の一環として彼らが出した答えは「初日で停止。キツい批評はやめてあげて欲しい」であった。

「なるほど。彼らには自分の力でもうしばらく頑張ってもらうしかないようだな」
「そのようですね。まあ、我々が手を出すまでもない事かもしれませんが」
「そうかい?」
「ええ。放っておいても、いずれは旅の供が務まる程度にはなるんじゃないかという気がしますね。人どころか、神にとってもそうなる日がくるかもしれない」
「えらく具体的だな。占いとか啓示の類か?」
「まあ、そんなところです」

少しばかり不思議そうに空色の瞳をこちらに向けてから、彼は「君が言うのならそうなんだろうな。いつになるかは知らないが楽しみにしておこう」と返した。自分としても、そういう世界が来るのだとしたらぜひともこの目で見てみたいものだと思う。百年の時は神々にとっては瞬きほどの時間だが、人にとって、とりわけ現代技術にとっては充分に長いことを自分たちは理解している。だからこそ楽しみに見守ろうという気持ちにもなるわけだ。


調査が終われば他の所も見に行くのがこのせわしない神のいつもの在り方である。嘘があふれているのは勿論財団だけではない。財団から出た後の日程は目まぐるしかった。ヴェールと変装の魔術をかけなおして、鳥頭の神は目の前を歩く片割れの後を追う。その視線の先には幾多の広告があり、いくつもの嘘の新サービスや技術の開発を謳っている。文字や楽器を発明した神は、いくつかの発明が嘘や夢想の中から生まれてきたことを知っている。それを眺めるのは、自分としても悪い気分ではない。

いくつもの人々の営みを眺めて回り、時には夢想の中に実現の手がかりを与える。そうしているうちに、気づけば夜もすっかり更けていた。半月からさらに膨らんだ月は既に傾いて久しい。

その下で、先を歩いていた神は足を止めて振り返った。大理石の彫刻のように立ち尽くして、背後の一点を見据えている。目立たないビルの一つ。そこから何らかの視線が向けられているのは、自分にも感じ取れている。黙って視線を向けると、彼は静かに口を開いた。

「すまない、少しばかり野暮用が出来た。先に戻っていて貰えるか?」
「それは」
「多分僕一人の方が安全だ。頼むよ」

堅い口調。嘘ではないと叡智の権能が告げている。ここで片をつけようと言っているのだ。

財団に教えてもらうまでもなく、数日前から、不穏な影がずっと自分たちの周囲を伺っているのは知っていた。神々が人に混じるという今までにない試みをしている以上、それを快く思わない者がいるのは当然のことだ。それが攻撃性を増してきた今、嘘が嘘であるうちに終わらせる。最初からその予定ではあった。本社には手を出しづらい以上、襲撃があるとすれば外側に出ている者が標的となる。ならば、自分たちが出歩いて見せるのが一番手っ取り早いと。この一日を平和に終わらせるにはどうするべきか。答えはとうに決まっている。

格闘を含む運動競技の神と、魔術を司る書記の神。為せる権能の異なる神々。

「わかりました。何かあればいつでも喚んでください」
「ああ。君もな」

クロトキの頭は静かに頷いた。元より決まっていた事だし、ここで何かを言っても意味はない。ギリシャの青年がビルの中へと姿を消すのを黙って見据えながら、自分に出来る事をいくつか考える。魔術の神というのは少しばかり侮られやすい存在だ。それを自分は知っている。

そうして、自分もまた気配を消して、ビルの中へと足を踏み入れた。どれほど進んだ頃だろうか。入ってきた入り口が見えなくなった頃、周囲を取り囲む人間の気配。

「Tttの副社長というのはお前だな」
「なるほど。ヴェールを破る術はもう手に入れていたという訳ですね?」

空気の流れが違っている。明らかに魔術、特にエジプト流のものに関する対策がなされている気配。周囲には見て取れないのだろう苦笑いを浮かべて、クロトキ頭の神はそう呟いた。


一方その頃。もう一柱の神はいくつかの方向から銃を突きつけられた状態で手を挙げていた。物陰から向けられた銃口が、鈍い光を反射している。いずれも特殊な造りだ。おそらくは対神格兵器なのだろうと辺りをつけて、神は首謀者とおぼしき人間に軽い調子で語りかける。

「なるほど。僕が白兵戦に強いと踏んだうえでそう来たか。で、そんな物騒なものどこで手に入れたんだい? それと、何が望みだ? どうしてまだ撃たない?」
「もう一柱を投降させる事だった。が、もう今となっては不要だな」
「何だって?」
「わざわざこの結界の中に足を踏み入れて来たらしい」
「そうか。じゃ、手筈通りって訳だな」

怪訝な視線を一手に集めて、古代の神は静かに片目を瞑って笑う。開かれた方の目が、月のように冷ややかな光を帯びている。

「なに?」
「そうだな。僕には時間に干渉する権能があるから君らの武装くらい全部どうにかできるって言ったら、君、信じるかい?」
「嘘の神のエイプリルフールにしてはお粗末だな。もう片方はともかく、ヘルメースにそのような権能はないだろう」
「よく勉強してるじゃないか。でも、一つ勘違いがあるな」

手を挙げたまま、指を鳴らす。二種類の音が辺りに響いた。全ての銃が神の足元に落ちる音。そして、首謀者以外の者が意識を失って音もなく崩れ落ちた音。

「な──」
「私はね、彼の事を一度もトートとは呼んでいないんですよ。そうでしょう、社長」

呼びかけられた方角から、どこか軽快な足音。現れたクロトキの頭部をもつ神──すなわち、頭部だけクロトキに変身した状態でビルに忍び込み、待ち伏せていた者を物理的に一蹴して彼らの荷物およびビルを漁っていた泥棒の神、ヘルメース──は、悠然ともう一柱の神──即ちギリシャの青年に身を窶した叡智の月神、トート──に向かって答えた。

「なんだ、もう答え合わせの時間かい?」
「ええ。エイプリルフールは終わりましたから」
「そうか。じゃあ、元の姿に戻るとしよう」

立ち尽くす首謀者の横をヘルメースは堂々と歩いて通り抜け、トートの横に立った。二柱が互いに片手の掌を合わせて打ち鳴らした瞬間、互いの姿が揺らぎ、入れ替わる。ギリシャの青年神と、半鳥半人の神。本来の姿を取り戻した神々がそこに立っている。

「そういう事だ。いやあ、惜しかったね。ギリシャの神ってのは動物への変身譚が多くてね。頭だけ変わるくらい、造作もない事なんだよ。……さて、財団か連合か冥府ならどこに送られたい? 僕はどちらでもいいんだけど」

まともな答えは返ってこない。隠し持っていた武器を全て盗られた事に今更気づいた首謀者は「どうして」とか「こんな事を」とか口走るのがやっとという有様だ。

「まあ、確かに自分たちが出向いてここまでする必要はないと言ったのですが」
「このアイデアを出したのは君だろうに。だが、そうだな。折角の嘘吐きの祭日に、この僕がじっとしている理由がないだろう?」

四月二日。嘘吐きの祭日に幕を引いて、生まれてこのかた嘘を口にしたことのない叡智の神は静かに告げた。

「そうですね。こんな日に、狡知の神が素直に己の姿で何かを騙るような真似をする筈がないと気づくべきでした。あるいは、我々を真に地上から排除したいのなら、世界ごと変革する必要があるという事に」

エイプリルフール。生粋の嘘吐きとして知られる者には、少々動きづらくなる日。だが、それすら覆して踊って見せるのが、トリックスターという存在なのだ。

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執筆者: Dr_Knotty
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最終更新: 14 Apr 2023 12:40
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