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毒のような旋律だった。
その音は実験室に鳴り響き、瞬く間にその外へと染み出して空間全体を満たしてしまった。それだけで、サイト-██から音と呼べるものは一様に拭い去られた。空気の振動は確かにあるはずなのに、誰もそれを耳にできない。
聞く者がいないのではない。その毒の旋律に触れられた者は全て、音を知覚するより前に床に倒れこみ、意識を手放したのだ。ありとあらゆる声は、人の営みが奏でる音は、その旋律の前に途絶えた。
音と旋律を区別するのはそれを聴く者だ。
故に、その旋律は名を沈黙といった。
沈黙の息吹に触れられたものは一人一人と倒れてゆく。白衣に身を包む研究員であろうとも物々しい装備を纏う機動部隊員であろうとも、そこに違いはない。ただ、倒れる前に異変の来た方向に目を向けられた者とそうでない者がいるだけだ。
その様を冷ややかに見下ろしている者が、一人だけいた。オレンジ色のつなぎに身を包んだ金髪の男だ。不審げに周囲を見渡し、物言わず横たわる幾多の躰を冷ややかに眺める。そうして一つ溜息をつくと、彼は確かな足取りで自らのいた部屋を後にした。閉ざされた扉がばたんと音を立てて、一瞬だけ沈黙を破る。扉の向こうに消えたつなぎの背には、“D-83265”の字が黒々と記されていた。
部屋の外に出たD-83265は部屋の外でも倒れ伏している人々を一瞥し、彼らの顔が多く向けられた先、すなわち音の聞こえてくる方向へと歩き出した。犠牲者の視線を辿るように、流れてくる旋律を遡るように、彼は迷わず進み続ける。そうして騒動の中心地たる小さな実験室の前までやって来ると、彼は垂れた前髪を鬱陶しそうに払い、躊躇いなく開放した。
実験室の中心に置かれた竪琴。それが発端であり、異常の源であった。
竪琴は爪弾かれもしないのに弦を震わせている。定められた旋律をなぞる様に、弦はひとりでに動き続ける。
それを腕に抱いた、別のオレンジのつなぎの男はぴくりとも動かない。目を固く閉ざし、床に倒れ伏している。最初に竪琴に触れ、犠牲になったのだという事は一目で見て取れた。乱入者はその様を認めると、赤子を抱き上げでもするかのように竪琴を取り上げた。ひとりでに動き続ける弦には手を触れることなく、弦を留めているチューニング用の糸巻を優しく緩めていく。
それに伴い、空間を満たしていた旋律は撓み、歪み、間延びして──完全に静止した。
今度こそ、部屋には真の静寂が訪れる。
D-83265は再び溜息をつき、部屋の隅に延びていた研究員の脇腹を爪先で小突いた。
「ほら、とっとと起きてくれ。全く、ケルベロスでももう少し目を覚ましていようというものだぞ」
脇腹に一撃を食らい、研究員は短い呻き声をあげて身じろぎする。そして目を見開き、ようやく自分が倒れていた事に気づいたという様子で目を白黒とさせていた。
部屋の外でも、同じように人々は目を覚まし、口々に自分たちに何が起きたのかといぶかしみ始めている。
サイトを重く覆いつくしていた沈黙は、もうどこにも見当たらない。
かくして”オルフェウスの竪琴”の収容違反ならびにそれに付随したサイト-██における集団昏睡事件はたった一人のDクラス職員によって幕を閉じた。
その顛末を、サイトの外から一人、モニター越しに感情の宿らない瞳で見つめている者がいた。短い黒髪を肩の上で切りそろえた女である。職員たちが目を産したのを見届けると、モニターの電源を落とした。そうして、机から二枚の人事ファイルを取り出す。一枚は、先ほどの功労者、D-83265のもの。もう一枚は”オルフェウスの竪琴”を回収したエージェント、フレデリック・テンプルのものである。彼女はその二枚の上端にペンを走らせ、立ち上がった。
「待ってろ。一人で全部掌握できるって思い上がりはこれで終わりだ」
壁のコルクボードに貼られている要注意人物“アタナヘ”の書類とそこに添付された写真を睨むようにして呟き、部屋を後にする。
誰もいない部屋の書類を、蛍光灯がむなしく照らし続けている。走り書きされ、インクが乾ききっていない二つの「適合・候補者」の黒い文字が、てらてらとその光を反射して光っていた。
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任意A任意B任意C- portal:2919814 (02 Jun 2018 15:25)
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