the-one-witch-2--2592

注: 未修正一発書き、ドーピング回数は驚異のゼロ
 
 
 

「では、これが今月分の“書類”です」
「おう、確かに」
 GOCのロゴ入りの封筒を小脇に挟み、財団サイトへ戻るべく立ち上がろうとした、まさにそのタイミングだった。
「そういえば、“イャグトゥイル”って知ってます?」
 まるでゲームの新規追加ボスのような言い方で発せられたその名前に、潮海は危うく椅子ごと転ぶところだった。
「ちょっ、ちょっと待って、うち、その話しちゃってたの?」
 転ばずには済んだが、目眩がするんじゃないかと思うほどの緊張に襲われる。もし言っていたなら大問題だ、いや、でもそんな話をする理由がそもそも――
「えっ、知ってるんですか⁉︎」
 彼の想定外の返答が、思考を遮った。
「え、その、『知ってる』って……どういう……」
「一旦整理しましょう、お互い混乱してるようです」
 動悸が治まらないまま、ぎこちなく椅子に座り直す。彼はそれを待ってから、話し始めた。
「僕はこの名前を、うちのレポートで知りました。つい最近、国内に墜落した“UFO”に関するものです」
 屋外でこういう話をする時は、あんまり真面目な態度で聞いて周囲から浮くべきではない。わざとらしい前置きは「ワクワクしている顔」をするための間だと潮海は気付いたが、代わりに口元を両手で覆って頬杖をついた。
「生存者の話を僕らなりに四苦八苦しながら解読した結果、どうやら『イャグトゥイルにさえ会えれば』、と言ってるようなんですよ」
「……“生存者”、ね」
 地球人の話を解読するのに四苦八苦するほど、GOCは脳筋ではない。この文脈なら、“生存者”は間違いなく宇宙人だろう。
「凄くそれっぽい名前だったので面白半分にお話ししようと思ったら、あんなに驚くもんですから」
 ははっ、と朗らかに笑ってみせ、そのまま身を乗り出す。そしてその笑みを貼り付けたまま、真剣なトーンで切り出した。
「それで、潮海さんはなんで知ってたんですか?」
「いや、ここだけの話……」
 自分も内緒話のポーズをとりつつ、一旦言葉を切って耳をすませる。監視役からのストップを示すアラートは鳴らない。
「一緒にラーメン食べる仲の宇宙人職員」
 相手は一瞬ギョッとしたような顔になった後、「なるほど」と呟きながら椅子に座り直した。
「それは僕でも驚きますね」
「でしょ?」
 緊張が解けて、自然と頬が緩む。イァグトゥイルの名前を自分から口に出したかどうかは録音のログを検索すればすぐ分かることだし、今回は尋問も無いだろう。
「この件は、僕らの方からまた改めて直談判します。さすがに潮海さんが絡むことはないでしょうし」
「確かに、お願いするわ」
「それでは、また」
 一足先に席を立って手を振る彼に、潮海は伝票を持った方の手を振り返して見送った。

 3日後、ゲスト用ICカードを持って出迎えに来たGOC職員は、眉をひそめていた。
「なんでこの取り合わせになっちゃったんです?」
 横目で見遣ってわざとらしく素っ気ない態度をとりながら、海野に4枚全てのICカードを手渡す。
「海野はまだ分かりますけど、潮海さんは完全に巻き込まれてるだけでしょう」
「いちいちお目付役にウザいアピールしないの」
 潮海は不快感が顔から若干滲み出ている海野から3枚受け取り、2枚を麻倉に手渡した。
「なんだ、あんた達3人は顔見知りか」
「まぁ、海野さんが“顔バレ”するくらいは会ってます」
 潮海は苦笑いしながら麻倉に答え、次いでGOC職員の方を向いて答える。
「うちは、UFO自体ホントに“帰して”大丈夫か諸々測定して来いって言われてさ」
「ああ、それでやたら大荷物なんですね」
 麻倉がイァグトゥイルにICカードのストラップをかけたのを確認してから、彼は海野の方に向き直った。
「測定役に潮海さんを寄越したということは、隠匿に際してTGTが使用されているのはそちらに伝達済み、という認識でよろしいですか?」
 隙あらば刺を仕込む物言いに呆れて溜息をつく潮海をよそに、海野は努めて淡々と返答する。
「はい、この場の3人にも既に伝えてあります」
「では重ねてのお願いになるでしょうが、皆さん行きたい場所がある時は、僕に一声かけるのをくれぐれもお忘れなく。特に海野、僕はあなたを“骨格と姿勢”で見分けてるので咄嗟には警告できません」
「ああ、ちょっと待ってもらえるかい?」
 若干間の抜けたトーンの声に、4人が一斉に麻倉の方を向く。
「いや、歩きながらで構わないんだけども」
「じゃあとりあえず、ブツの前まで移動しましょう」
 彼に続いて歩き始めた一行の背中から、麻倉の質問が投げかけられる。
「今回はなんだって宇宙人を大人しくお空に帰してあげることになったのか、面会前におさらいしておきたくてね」
「あー、アレ、要は“そっち”が『帰ってOK』って言っちゃったのが原因じゃなかったでしたっけ?」
「まぁ、それはそれで間違いではないですけど……」
 一行を先導する男は言い淀む海野を一瞬見やって、口を開いた。
「地球産の異常物ならともかく、宇宙から来たものをそれと分からないレベルまで処分するのは至難の業です。半端な処分で終えようものなら、民間の化学屋が絡んだだけでも一発でバレます。乗組員が亡くなっていて処分するより他に選択肢の無い案件も少なくないですし、生存者がいる場合は“速やかな立ち退き”を要求するところから始めるのが、うちのやり方です」
「それで、潮海君の言うところの『帰ってOK』を伝えてしまった、と。でも、よく財団は『引き取って収容する』と言い出さなかったね」
「いえ、そこは相当揉めたと聞いています。既に『帰れる』と伝えてしまっていることのリスクも鑑みて、さしあたり宇宙船自体に脅威となり得る異常性が無いかの確認と――」
 海野は振り返って、麻倉の斜め後ろを黙々とついて来る3本脚の甲羅を見た。妙に無口で何を考えているのか、目鼻の位置も3つある頭部のどこにあるのか分からない。
「イァグトゥイル氏の名前に言及があった件について経緯をはっきりさせることを、こちらの最低条件として提示している状態です」
「なるほどねぇ」
 麻倉の相槌で話が途切れたところで、プレハブ感のある通路の突き当たりに到着した。先頭がドアの前で一旦立ち止まって振り返る。
「ここから先が、本格的なTGT使用エリアです。この仮設通路で隠蔽用の結界は抜けていますが、エリアはすぐそこの十字路に沿って曲げてあるので外側へ跨がないよう、やたらと歩き回らないでください。頼みましたよ」
 言い終えると、ドアが一息に開かれた。
 破片は既に除かれたのだろうが、所々剥がれたままのアスファルト。ひときわ盛大に捲れ上がって土が見えている場所に、道路からはみ出て横の水田にかかるほどのサイズの物体が、刺さるような角度で鎮座している。大都市ではないのにTGTで隠蔽を行うだけあって、確かに道路工事では誤魔化しきれそうにない状態だが、幸いにも民家は巻き込まれていなかった。
「どうします?もし海野さんから許可頂けるんだったら、私この人連れ回して黙々と測って来ますけど」
 測定機器を用意しながら、潮海が声をかける。
「いえ、測定もぼくが見てないといけないので。準備にどれくらいかかりそうですか?」
「うーん……結構結界のラインが近いんで、一周回ってゼロ点取り終わるまでで15分は絶対かかると思います」
「それでは、潮海さんは本測定の前まで作業を進めてください。麻倉博士とイァグトゥイル補佐は、このまま面会でいいですか?」
「私は構わないが」
 襟元を正しながらイァグトゥイルの方を見る麻倉に倣って、海野もイァグトゥイルを見る。
「大丈夫か?」
 少し間があって、頭部のひとつから返答があった。
「大丈夫です、行きましょう」
 麻倉に外殻を叩かれながら歩いていくイァグトゥイルを、潮海は下唇を噛みながら見送った。

「お疲れ様ー!」
 潮海は“UFO”から降りてくる人影に手を振った。爽やかな笑顔でイァグトゥイルを連れた麻倉と対照的に、海野と思しき男性は狐につままれたような顔をしている。無理もない、いかに渉外部門エージェントであっても人間相手が主では、LINCOSなど修得していないだろう。
 全員がアスファルトの上に戻ると、麻倉は少しニヤニヤしながら話し始めた。
「同時通訳じゃキツかったろう、潮海にも聞かせてよければ話の流れを整理しようか?」
「……はい、お願いします」
 相当混乱したのだろう、海野は即答できなかった。潮海は「聞かせてマズいなら記憶処理しちゃえばいいじゃん」と喉まで出かかったが、飲み込んだ。
「要は、“広義の人違い”だったわけだ。GOCのミスは、翻訳を字面通りに受け取ったところにある」
 英語を想像しながら聞くように、と身振りを交えながら話を続ける。
「『イャグトゥイルさえいれば』、この文が出来上がった時に『イャグトゥイル』が名詞だと判断するのは正解だ。しかし字面ばっかり追いかけて『いれば』に引っ張られると、名詞は“人名”じゃないか、と考えてしまう。ここで先入観を抱かずに、相手の状況を考えて読み解くことが求められる。
よく想像してみたまえ。来る予定があったんだか無かったんだかはともかく、言葉はおろか肉体の形状すら一致しない星に不時着した。乗り物の故障も修理し切れない。そんな時に自分の乗り物に乗り込んできて、運良く出会えたコミュニケーションがギリギリ成り立とうかという存在に、個人的な知り合いの名前を出して愚痴るか?ん?
『イャグトゥイル』は人名ではない、という視点に立てば、『イャグトゥイルは“誰”ですか』と訊く代わりに、『イャグトゥイルは“何”ですか』と訊くことができる。“誰”と訊かずに“何”と訊いた結果、『イャグトゥイル』は彼らにとって『移動手段を司る神様』だという証言が取れた、というのがさっきのやり取りだ。
結論として、彼らの愚痴のより正確な訳は『神様さえいれば』という、遭難者にありがちな台詞だった、というわけだ」
 海野の顔から眉間の皺が取れ、代わりに驚きの色が現れる。
「まさか、それを全部予想されてたんですか?」
「まぁね。そこそこ顔の広い商売をしてたし、万が一があるといけないから引き合わせてみたけど、私が見る限り『イァグトゥイル』と顔見知りっぽい反応は無かったねぇ」
 自分の後ろでずっと黙っている甲羅を、麻倉はぽんぽんと叩いた。
「久々のことで疲れてるみたいだし、私はこいつと先に帰っていいかい?」
「ええ、それなら今迎えを呼びますので……」
 海野はすぐに端末を取り出したが、潮海はハッキリとした違和感を感じた。
 そして、気付いた。
「待って、イア氏、あんた泣いてるでしょ」
 麻倉の顔色が変わった。海野は面食らった顔になった。
「おかしいと思った。今日はずっと無口だったし、面会に行く直前も凄く悩んでる時の姿勢だった」
 イァグトゥイルは目を逸らしている。麻倉は額に手を当て、海野は少し険しい顔になる。潮海は慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「イア氏には確かに、言わない権利があると思う。麻倉さんがやろうとしたことも正しいと思う。でも、私は……私は、言った方がいいと思う」
 唾を飲むために、一旦言葉を切る。手は自然と、襟のバッジを2つ握っていた。測定部と蒐集課、仕事も立場も切り捨てられなかった証。
「自分に嘘つきながらじゃやり通せない、せめて気持ちにくらい正直にやっていかないと……いけないと思うんだけど」
 重い沈黙が流れる。
 潮海が謝ろうと思ったその時、ようやくイァグトゥイルが声を出した。
「自分の口からは言いたくない」
「ダメ、自分で言って」
 潮海は若干食い気味に嗜めた。イァグトゥイルの表情を慎重に見定めながら、言葉を続ける。
「言うんだったら、ちゃんと自分の口から言って。自分で言わなきゃ」
 ややあって、その日誰も聞いたことのない声量の声で、イァグトゥイルは告白した。
「帰りたいと思ったんです」
 麻倉は盛大な溜息をついた。海野は険しさと心配が入り混じった表情でイァグトゥイルを見つめる。
「実物の船を生で見たらそう思うんじゃないかと、ここに来る前から心配していました。面会が終わるまでは、なんとかそう思わずにいられました」
 声の通りは良いが、ずっと麻倉がハンカチでイァグトゥイルをさすっている。地球人だったら間違いなく鼻声になっているだろう。
「皆さんと一緒にエンジン室に案内されて、物は試しと状態を見てみたら、単純な配線故障でした。日本語で伝えましたよね、地球の道具で充分直せると」
「……確かに聞きました」
 自分に訊いていると気付くのに時間がかかったらしく、海野は頷きながら答えた。
「あの時、『帰れていいなぁ』と、思ってしまったんです。今まで何とも思っていなかったはずなのに、急に黒い空が懐かしく感じられて」
 イァグトゥイルは頭を振り、真っ直ぐ海野を見ながら言った。
「今日は、もう帰ってもいいですか?こんな状態で勤務を続けるべきではないと思うのですが」
「……はい、おそらくもう迎えが到着していると思います」
 誰ともなく通路のドアへ進んでいく3人を、潮海は両手を握り締めながら見送った。

「おお、久しぶりじゃないか!内線なんてまた珍しい」
 決して広くはない研究室に、麻倉の声が響く。
「もちろん、やっこさん今日も今日とて暇そうにしてるよ」
 黙々と本棚を整理していたイァグトゥイルに、受話器が差し出される。
「自分に?」
「まぁ、私はこれも、大事にするべきコミュニケーションだと思うね」
 悪戯っぽく微笑む麻倉から受話器を受け取り、“耳”にあてる。
「もしもし、イア氏?」
「ああ、潮海さんでしたか。どうしました?」
 電話の相手は暫く黙り込んだ。通話が切れていないか確認しようと思ったところで、大音量の声が響く。
「ごめん!」
「……はい?」
「あの、こないだ、私変なこと言っちゃって……出しゃばったマネを」
「……ああ、一緒に不時着した宇宙船のところまで行った時の」
「イア氏が宇宙人だってこと完全に無視して、『言った方が楽になる』とか考えちゃって……その……」
 あまりにもしおらしい声色に、イァグトゥイルは少しだけ笑った。
「いえ、気にしてませんよ」
「……そう?」
「むしろお礼を言いたいくらいです、言って正解でした。内緒にしているとしんどいのは、自分も地球人と同じですから」
 また黙り込んでしまった通話相手のために、言葉を選ぶ。
「あれくらいなら、言っちゃっても大丈夫なんですね」
「そうそれ、ホントに大丈夫だったの?」
「大丈夫でしたよ。散々インタビューを受けましたが、今となってはあの気持ちを1人で抱え続ける方が辛かったでしょうね」
「そっか……なら良かったんだけど……」
 潮海が息を吸う音が聞こえる。
「また、一緒にラーメン食べていい?」
「もちろん、ちゃんと部屋まで持って来てくれるならいつでも」

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  1. portal:2871053 ( 10 Aug 2018 04:28 )
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