Tale下書き「愛するが故に」

オネイロイ・コレクティブからのメッセージは、地球上に残された全てのオネイロイたち──ファウンデーション・コレクティブの一部の職員たちに届けられた。このメッセージに対する行動については議論が起こったものの、最終的には「メッセージに記載された事柄を確認する」ことに落ち着いた。

知らせは予想よりも早く届いた。オミクロンナンバーの機動部隊らがオネイロイを失った人々の夢界を渡り歩いてSCP-001-JPを確認して回ったところ、オミクロン-19が「大穴」を発見したことが報告された。この穴は少しずつ縮小しているようであったが、その周辺には未知の夢界実体が複数存在しており、その穴を維持しようとしているようだった。

オミクロン-19は彼らに接触し、彼らはオネイロイ・コレクティブのメンバーを自称した。彼らは、急いでこの穴を通じてSCP-001-JPに進入し、「大いなる者」と戦うようにオミクロン-19に言ったという。生存者たちは悩みに悩んだが、このまま放ってほけば確実に己らが滅ぶという目をそらしようのない事実に直面し、結果オミクロンナンバーの全機動部隊、及び一部の志願者がSCP-001-JPに進入することとなった。

*

「大穴」に到着すると、そこには報告よりも多くの夢界実体が待っていた。穴はますます縮んでいた。それを見たΟ19-Capが、彼らに声をかける。

「オネイロイ・コレクティブの皆さん。改めて、私たちが財団の、ファウンデーション・コレクティブの者です。あなたたちの提案を飲み、人類救出を行う為に参りました」

彼らは黙ってΟ19-Capの言葉を聞いていた。彼らの内の1人がΟ19-Capに近づき、こう返した。

「我々は既に救出を開始している。だが、それでも我々は劣勢だ。あなたたちが来てくれるのは本当に心強い。是非とも我々に加わってほしい」

*

SCP-001-JP-Bの中心の人影が消え──

gaia.png

──そこには、小さな地球が浮かんでいた。

*

人類全てのオネイロイが、SCP-001-JP-Bの周辺に浮遊している。その全員が小さな地球を見つめており、

「あなたたちは私を改変しました。そうして、私の中に多くの感情が流れ込みました。そして、私は、自分があなたたちに向けていた本当の感情を知ったのです」

その声色は先ほどのものと異なり、暴力的なほどの愛を感じさせはしなかった。幾らか落ち着き、ただ優しく人類に語りかけるような温かさがあった。

「それは、嫉妬」

SCP-001-JP-B──水球の水面が波打ち、波紋を作る。

「私には腕がありません。足もありません。口も、夢の外には存在しません。だから、愛する者を好きなだけ抱き締められ、好きなところへ行くことができ、好きなだけ言葉を交わすことができるあなたたちが羨ましく、憎たらしかった。何より、あなたたちはそんなに自由なのに未だ満足することはなく、私からあらゆるものを奪っていく。それが、いつしか私の嫉妬の対象となっていったのです」

あるオネイロイが、自身の背後に温かいものを感じる。振り返ると、そこには多くの思い出が浮遊していた。多くの人類が、誰かと抱き締め合ったり、共に草原を歩いたり、議論しているように見えた。それを見た多くの者が、それこそ彼女が憧れたものであると理解した。

「つまり、私はあなたたちを愛するが故にではなく、あなたたちに嫉妬するが故に、このようなことを起こしたのです。思い出を蓄える為にその記憶を端へと追いやっていましたが、あなたたちのお陰で、ようやく思い出すことができました」

映像が消え、オネイロイたちが水球の方に向き直る。彼女はそのまま話を続ける。

「ですが、そんな中でも消えること無く、私の心の中に残り続けた感情もありました」

オネイロイ・コレクティブのメンバーの1人が、水面に己を顔を見る。そうして、彼はふと言葉を溢す。

「……愛……」

「その通り。私は、そのようにあなたたちに嫉妬し、憎み、怒りを抱きながらも尚、あなたたちを愛することをやめることができなかったのです」

再び、彼らの背後に思い出が現れた。そこには、発射されたロケット、炎をあげる石油プラント、街に爆弾を投下したりする爆撃機が浮いていた。オネイロイたちは、それがまさに自分たちがかつて歩んできた歴史であると理解した。

「あなたたちの自由さ。あなたたちの強欲さ。あなたたちの傲慢さ。その全てが、私にとっては愛おしかった。だから、瞬きによって思い出を蓄積し、同時に古い記憶を失っていく中でも、愛だけは消えることがありませんでした。だからこそ、私はあなたたちへのこのあらゆる気持ちを、全て『愛』であると考えたのです」

静寂の中で、優しい声だけが空間に響く。全てのオネイロイは何も言わずその声に耳を傾ける。

「私は、大きな過ちを犯しました。愛するあなたたちを傷つけ、悲しませてしまった。あなたたちのお陰で己の本当の心を思い出すことができましたが、それもいつ再び忘れてしまうことか。ですから、私は、最早あなたたちから離れようと考えています。この夢を、あなたたちの夢から隔離するのです」

水球の中の小さな地球が、ゆっくりとファウンデーション・コレクティブのメンバーの1人に近づいていく。

「そこで、1つだけあなたたちにお願いがあります」

「……何でしょうか」

「あなたたちが持ち去った私の思い出を、全て私に返して欲しいのです。1人で永遠に眠り続けるのは寂しいものですから、せめて全ての思い出を抱えてからそうしたいのです」

彼は悩んだ。思い出──SCP-001-JP-Aの抽出ができなくなることは財団にとって損失であるし、妻と会えなくなるのは非常に辛いことだ。だが、その為に支払うリスクはあまりにも大きい。何より、ここで彼女の言葉に従わなければ、再び人類は危機に直面するかもしれない。彼は暫く考えた後、口を開いた。

「わかりました。全ての思い出をお返しします」

彼が、ちらりと周囲を見回す。彼の言葉に異を唱える者はいなかった。再び、水球の水面が揺れる。

「……ありがとう。あなたたちの優しさに感謝します」

小さな地球が、ゆっくりと水球の中心に戻っていく。

「ここで、あなたたちとはお別れになります。本当に、今回は大変な迷惑をかけてしまいました。あなたたちの世界には、私による大きな爪痕が残ります。それでも、あなたたちの進む未来が、良いものとなることを願います」

水球の水面の波紋が少しずつ消えていき、水球が完全な球体になる。

「さようなら、人の子らよ」

水球から、多くの水の柱が現れる。水の柱はオネイロイを飲み込まず、彼らをその上に乗せて押し上げていく。先ほど彼女と会話したファウンデーション・コレクティブのメンバー──エリオット博士は、遠ざかっていく地球の方を見つめていた。やがて、彼らはSCP-001-JPの壁を抜けて、各々の空っぽの夢界に戻っていった。その壁はすぐに人類の夢界から離れ、人類の夢と、ガイアの夢の接続は断たれた。

*


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