神ならぬ身なれば

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私、神山かみやま 利蔵としぞうには、強制力を持った決定を下す権限がありません。基本的に行えることといえば、私の浅薄な知識を活かして助言をすること、あるいは実験の代行や補助をこなす程度のものです。
午前中にAnomalousアイテムの点検を終えた私は、デスクに戻って昼食を取っていました。時間が経ち、パンもキャベツも乾ききったカツサンド。なんとかミルクティーで流し込みながらメールの確認をしていると、仮完成した報告書の校閲及び確認依頼の連絡に気づきました。
以前
あまり意味は無かったかもしれないな、と思いながら。

仮完成した資料に目を通し始めました。

アイテム番号: SCP-1050-JP

オブジェクトクラス: Safe(暫定)
 


$\large y = \frac{1}{89^{n-1}}$

これは「ヘリンの法則」と呼ばれる関係式である。
19世紀、欧州諸国での統計データを基にして得られた経験則であり、nはヒトの自然妊娠による多胎妊娠の胎児数を、yはその発生率を表している。不妊治療で用いられる排卵誘発剤の影響などにより実際の発生率はこれよりも少し高くなるが、多胎妊娠は母子ともに負担が大きい。生命の危険があることも決して珍しくはなく、胎児数が増えるにつれてそのリスクは飛躍的に跳ね上がる。

このため、双子、三つ子くらいまでは普段生活していても偶に見かけるが、それ以上は滅多に目にすることはない。一卵性多胎児について論じるなら、1934年、カナダのオンタリオ州でのエルジール・ディオンヌに代表されるように、五つ子が無事出産された例が数件報告されているが、それ以上の子供が同時に出産された例は記録に無い。

しかし、ある事象が起こる確率がどれだけ低くとも、0でさえなければ、それが偶発的に起こる可能性は確かにある、ということは頭の片隅に置いておかなければならない。







実に1440時間分の測定値の較正がようやく終わり、組みなおしたプログラムも無事動くことを確認した。

私は椅子から腰を上げると、肩を大きく回しながら部屋の片隅に置いてあるコーヒーサーバーに向かった。ボタンを押すと、ヴンと小さくうなりを上げながらアメリカンコーヒーが紙コップに注がれ、私はそれをゆっくりとすする。
窓の外はもうすっかり明るく、時計を見ると午前8時を10分ほど回っていた。昨晩、人事課から届いた書類を横目に、私はその男がもう来てもいい頃合いだと思った。



神山かみやま博士。
今財団に勤務している人物は、神山敬蔵けいぞうという名前だったか。

寝食を忘れて研究に打ち込んでいた我々の研究チームで集団感染が起こり、主任を含む4名が風邪で倒れた。このままでは外部組織との共同研究会議に間に合わないと判断し、人事部に相談したところ、助役として彼が派遣されることとなった。
初期研究チームにはオブザーバーとして参加しており、特別収容プロトコルの制定にも一役買ったらしいために白羽の矢が立ったのだろう。オブジェクトに関する知識が豊富で、思慮深くかつ機転の利く優秀な男だが、私を含めた大半の職員は根本的なところで彼のことをあまり信用していない。

というのも、「神山博士」は今までに幾度と無く死んでいるが、暫くすると――どうやってかは分からないが――生き返るのだ。正確には「神山博士」が死んでも、それと全く同じ「神山博士の一卵性の兄弟」を名乗る人物がどこからともなく現れ、彼の仕事を引き継ぐらしいのだが、そんな言い訳は子供騙しにすらならない。何せ私の記憶が正しければ、神山博士が死んだ回数は10や20では利かないのだ。

とはいえ背に腹は代えられない。ピンチヒッターとしての能力に不足はないし、そもそも業務に個人的な不信を持ち込むべきではない。財団の公式見解として問題なしと判断が下っている以上、それに従うしかないのだ。



部屋の外から足音が聞こえた。目をやると、黒ずくめの給仕が立っている。

「失礼します。副主任の木村さんというのは、コーヒーを召し上がっているあなたで間違いありませんか」

ああそうだ、と答えるが、その奇妙な服装に私は怪訝な顔をする。頭巾ですっぽりと顔を覆った、歌舞伎の黒衣のような恰好。

「どうも、はじめまして。ご連絡が入れ違いとなっていたら申し訳ありません。突然ですが、私の兄、神山敬蔵のことについてご報告がございます。本日早朝、6時27分に神山敬蔵は死亡しました」

これが噂に聞いていた例のやつかと思いながら、先ほどの自分の感想に疑問を抱く。なぜ私はあの男を給仕だと思ったのか。そうか、片手で皿を構えて運んでいるからか。

「死の詳細についてはまだ聞き及んでおりませんが、『有事の際には自分の業務を引き継ぐように』という生前の兄の遺言に従ってこちらに参りました」

これもお決まりの文句だった。しかしその皿に乗っているのは――

「神山カツサンド蔵かつさんどぞうと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」




阿呆みたいにぽかんと開けた口から声が漏れる。

「え」

「兄と同じ『かみやま』に、カタカナで『カツサンド』、それに埋蔵金の『ぞう』です」
徹夜で疲れた脳が見る悪夢にしても冗談が過ぎる。私は無言で頭巾を引っ掴むと、それをめくり上げて、

「誰?」

自分でも予想していなかった問いが反射的に出た。そこにあったのは神山では無い、目つきの悪い男の顔だった。知らない。

「神山です」
男は口を動かさないまま胸から声を出し、眉根を寄せて私の手をはらう。瞬間、本当にカツサンドが喋ったのではないか、と馬鹿げた考えが頭を過ぎる。まさか。


「おい、そこ動くなよ。ふざけるなよ。動くな」
他の研究員の驚き半分、呆れ半分の視線を背後に感じながら、この場の責任者としてなんとか啖呵を切る。相手のペースに呑まれるべきではないと頭では分かっているが、流石に動揺を隠せない。私は目を逸らさずに部屋の片隅にすり足で近づき、内線をとって保安室につないだ。

「こちら研究C棟203室、室長代理の木村だ。黒衣を身に着けた不審者の侵入を確認した。そちらでも見えているか?管理プロトコルに則って――」
「木村さん、申し訳ありません。こちらでもその人物は拘束し、何度も確認したのですが、身元は確かなんです」

返ってきたのは事務的な、それでいて非常に不本意な調子の回答だった。内線を握りしめ、更に問いただそうとしたところで、誰かが「あ」と短く言うのが聞こえた。顔を上げると、皿にかけられていたラップフィルムを黒衣が剥がしているところだった。

カツサンドが震えている。

とっさに内線を持ったまま顔の前に手を持っていく……が、何も起きない。5秒、10秒と経ったところでようやく、パン同士の間からにゅるりと何かが出てきた。黒衣がそれをつまみ上げ、付着した千切りキャベツとソースをハンカチで拭う。私は少し悩んだが、

「投げろ」

ビニール袋に包まれたそれは、神山カツサンド蔵という人物の身分証と、今回の臨時異動に関する通告書だった。書面の右下にはサイトの人事課長の判もしっかりと押され、正式な書類であることを示している。

「理解していただけましたか?」

今度ははっきりと分かる。腹話術でも、レコーダーの類でもない。それは確かにカツサンドから聞こえる肉声だった。ええ、と短く漏らし、私は彼に今までの非礼を詫びた。財団の公式見解として問題なしと判断が下っている以上、それに従うしかないのだ。

少なくとも、表向きは。




財団の基本理念は確保、収容、保護であり、異常な物品、存在、あるいは理念なんかを封じ抑え込むことを目的としている。このような指針については敢えて詳しく語るまでもないが、何事にも例外はある。財団ですら破壊すべきと判断するものはいくつかあり、我々が担当しているオブジェクトのSCP-1050-JPもその1つだ。
超常的存在の破壊を信条とし、財団とは犬猿の仲である世界オカルト連合(GOC)からわざわざ管理を委託されるくらいの、鳴り物入りの厄ネタ。今は財団の管理下にあるが、GOCと共同で研究を進め、どうにかして無力化する方法について議論を交わしている。
破壊不能であるという点も厄介だが、それだけならGOCに任せておけばいい話だ。そこは本質ではない。問題は、扱いを一歩間違えればこの宇宙を滅ぼしかねない可能性を秘めている(もちろん、ここで言う宇宙とはouter spaceのことではない。observable universeのことだ)というところにある。


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