安堂さんの明日は優雅なお昼休憩

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「ちぃっ!!危険はないハズの部門からアラートを出させやがりますなんて、クソったれAnomalousですわ!」
「Anomalous担当研究員が不在で詳細が伝達できない?お冗談が過ぎますわね、負傷して言えないってならおケツにお口を移植して話できるようにして少しは財団に貢献させてやればよくってよ!」
「じゃあ、クソAnomalousをその方の下の口からひり出たお排泄物にねじ込むのはいかがですこと?」
「よろしくってよ!」

駆け抜けていく武装姿の一群とすれ違い、ひょこひょこ進む黒い影。大人びないその身体で床へ向けたモップを握るのは安堂用務員だ。

「みなさん、いってらっしゃいねぇ~♡」

安堂用務員はサイト-81██付きの何でも屋である。SCiPへ直接触れる業務以外の雑務がその管轄となる、裏方仕事の一員だ。誰彼構わず向けられる媚びるような、からかうような口ぶりに当人がSCP財団という社会の暗部を支える組織に属するだけの一癖がうかがえる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、こっちは安全ですこと!?」
「いえ……あちこちがパーティーになっていてどこが無事かもさっぱりですわ……あ、お待ちなさって!わたくしを置いてかないで!」

まだ水拭きの湿気が残る床に歩幅の狭い足跡が続々と増える。この分だとしばらくこの場所の清掃は後回しにした方がいいだろう。

「くすくす、急ぎすぎて転んじゃったらだめですよ~?」

くるりと可憐にピボットターン。予定が狂ったときはそこを食事休憩にするに限る。目指すは日当たりの良い席と購買部のばばろあ。購買のアマハルさまに教えてもらって、食べてみたいから取寄せてもらっているのだ。

「今日は皆さん元気ですねぇ、ばばろあくださいな、アマハルさまぁん」
『いえ、殺気立ってるんです。今はインシデントの真っただ中ですよ?はいどうぞ』
「いんしでんと?それも甘くておいしいんですか?」
『そうじゃないです……簡単に言うと、これから誰かが怒られたりすることになるってことですよ』
「あらぁ……かわいそーう、慰めてあげないとですねぇ」

通話機を畳んだアマハルさまが今度は小さな手で代金を受け取り、一所懸命にレジ打ちをする。自分の手に比べてあんなにも小さな指先なのに、ちゃんと動くのだ。あぁ、自分が過ごした世界のなんと狭かったことだろう、世界はこんなに知らないことが多いというのに。

「アマハルさま、一口食べませんか?ババロアを教えてくれたお礼ですよぉ?」
『うん?じゃあそうしましょうか。緊急事態宣言中におやつを買いに来る人はこれ以上心当たりがないですし』
「わぁい!」

アマハルさまが差し伸べた手から飛び移り、首筋をおててでくすぐりつつも頭の上に登ってくつろぐ。スーツを破かないよう爪を立てないで踏んでくれるその優しさが、自分にはすぐわかる。他の人間に奉仕する立場を知る者は、自分が奉仕される側になった瞬間を見逃さない。これはアマハルさまもそうだろう、そういう身分の出身ならお情けはすぐに返さなければならないことを知っているからだ。気配りの返礼の手櫛でアマハルさまがうっとりしてくれるまでは到着しないようにゆっくりと歩く。

「いんしでんとだと何が起こるんですかぁ?」
『それは毎回違うんです』
「仲間に入れてもらえないみたいで寂しいですよぉ」
『いやいやいや、僕らは僕らで平和に過ごしましょう、じきに他の方もそうなります』

日当たりの良い窓張りとカウンター席の隅から少し手前、食べ残したのか小鉢が1つと誰かが置いたのかちょっと怖いお面が1つ、そこから距離を取って二人で座る。アマハルさまの言う通り、この広い食堂の席は今は誰もいない。ただ窓の外で大騒ぎする白衣姿の輪郭。

「何が起こったんでしょうねぇ」
「現実改変ですわね」
「うわぁ!?」

隣の小鉢に盛られた“雌鶏の唐揚げ”が自虐っぽい声色で語りかけてくる。アマハルさまみたいに変わった姿の職員さんはよく知っているが、まさか明らかに生き物じゃないというか食べ物な方は初めて見たせいで、ずいぶんとたじろいだ。

『なんだ、気付いていたのかと。虎屋博士ですよ』
「あら、あなたは初めましてかしら?以後お見知りおきを。とにかく、今このサイトに降りかかっているのは男性をターゲットとした変化ですわね。具体的には、男という概念が強制的に令嬢という概念にすり替えられてしまいますの。例えばわたくし、ほら、この通り」

小鉢の隣のお面が持ち上がり、小鉢と重なる。するともうそこに小鉢はなく、いたのはお面をつけた白衣の少女。アマハルさまのぎょっとした振る舞いも気にせず少女は続ける。

「まぁこのように……今このサイトでは、殿方が全員お嬢様になっていますの」
『どうして、起きたばかりのインシデントにそこまで詳しいんです?わかっているなら、博士も応援に駆け付ければよいのではないでしょうか?』

語調の強いアマハルさまの質問に、お面姿の少女は床に届かない足をぶらぶらと振りながら頷く。

「今回のことについてはAnomalousアイテムの主任が長期出張中で管理体制が甘くなっていたようですわね。そしてたまたまわたくしはそのオブジェクトについて聞き及んでいましたの。ここから動かない理由は……そうね。タネが分かっているからかしら」

一呼吸入れた少女はお面で遮られてもなお笑っていると確信できた。

「誰も傷つかないとわかってる事件で”普通の”皆は踊らされている。それを安全なところから”ちょっと異常なわたくし”は眺めている。たまには、こういうこともあってもよろしくありませんこと?」
『……それもそうかもしれません。あ、ババロアはどうです?』
「あっ、ちょっとぉ?それは自分のですぅ!」
「一口くれるなら、今度はわたくしがお茶請けを差し入れさせていただきますわ。約束しますわ」
「えっ……まったく……博士はダメな博士ですね♡じゃあこれは三人の秘密ですよ?じゃあばばろあを切り分けるから待っててくださいねぇ」

少女がなぜ愉快そうであるのか、自分には理解しがたい。変わっているということがなんだというのか。人は上で組み敷くか下で乗られるかのどちらかしかない、だけどもそれ以外の分別が白衣の皆さまにはあるのかもしれない。だけどそれだってなんだというのだろう。自分は今こうして、1つのばばろあを三人で分けて食べている。幸せが三人で三倍。暗い檻の中で自分やアマハルさまが味わってない楽しさがある。それは安心で、でもじんと心が痛くて、

「作り置きがありますのよ」
『あれ、もう静かになっちゃいましたね』
「ああ、いけない、もう戻った方がよさそうね。また明日、差し入れに行きますわ」
「はい!」

手を振る相手がいることに感じるこの内側の温かさをどうアマハルさまに言ったらいいのか自分はわからなかった。

「アマハルさま、明日、空いていらっしゃいます?」
「きゅい!」

だから、それがわかるまでは、同じ三人で、同じ秘密をわけっこですよ。ふふっ♡


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