就職相談

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「大事な話があるの。」
彼女からそう伝えられた時、私は背筋が冷えた。
別れ話か?誠実に付き合ってきたつもりだが、何か彼女にしただろうか。
私は言われるままに彼女の一人暮らしの自宅へ行った。
「私ね、知り合いのツテでとある研究分野の職に就けそうなの。」
「そうなのか!?良かった。私と近い仕事だね。」
「うん…。それで…私と別れるか、同じ就職先に来るか、選んでほしいの」
「…え?」
 
彼女の就職先は様々な分野の研究を行っており、私の専門も必ずあるらしい。
しかし内容が国家機密らしく、同じ職場でもなければパートナーにも話せない。
「そんなこと…研究職じゃ当たり前じゃないか…。なぜ別れるかの二択なんだ?」
「詳しい事は…機密だから話せない。」
私は若干の苛立ちを覚えたが、彼女は確固たる理由もなくそんな事は言わないと信じている。出来る限りの事を聞いてから判断しよう。
「大体、なんでそんな所にツテを持っているんだ?国家機密なんて…」
彼女は若干迷いの表情を見せた後、いつもより優しい、どこか懐かしむような表情を見ながら語り始めた。
 
「私が昔、小学校に通ってなかった事、知ってるよね?」
「あぁ、たしか入院していたんだっけ。」
「そう。でも、あれは嘘。私はとある場所に閉じ込められていた。」
「え…!?」
その意外な答えにしばらく固まった。
「誰かに、とかじゃないの。そこにいると、みんな、私の事を忘れちゃうの。」
「え…?」
話している事が全く分からない。忘れる?どういうことだ?
「私の事を知っている人が、私の事を忘れていく。知り合いも友達も親も、私を忘れてく。ごめんね、養子なのも嘘。本当の両親は私の事を忘れてる。…そんな不思議な場所。」
返す言葉が無い。彼女はなにを言っている…?しかし、嘘を言う彼女では無い。
「世界から私が忘れ去られた時、私には仕事が与えられた。」
「それは、どんな仕事?」
とりあえずは信じて話を聞こう。彼女は真剣なんだ。
「忘れさせる仕事。その場所に入った人を、だんだんと世界から隔離する仕事。私はとてもとても嫌だった。でもやらなくちゃいけなかった。一つ一つ、記憶を取り除く作業をする度、吐きそうだった。」
彼女は表情を曇らせた。正直受け止めきれないが、私は聞かなければいけない気がする。
「少しずつでいいから、ね。」
「ありがとう。でも話さなきゃならないから。」
「……わかった。」
 
「…そこで、とある人が私を救ってくれた。とあるおじさん。彼は人としては駄目だけど、それでも、その仕事に囚われた私を、身代わりになって救ってくれた。」
「私は、そのおじさんが元居た職場に就くつもり。でも、そこはパートナーも同じ職場じゃないと働く事が難しい。だから、付いてきてほしいの。」
「…そう、か。」
情けないことに、即答はできない。いや、情けないだろうか。将来を決める事だ。
「そこはさっき言った、まだ正体のわからない謎の存在を解明していく仕事なの。その謎は世界の脅威だってある。世界を救う仕事よ。」
「なんで、君はそこに行きたいんだい?さっきの話なら、君も危険な目に遭っているじゃないか。…あ、ごめん…。」
つい声を荒げた言い方になってしまった。
しかし彼女は穏やかな表情のままだった。しかしどこか目の奥に、熱を宿した決意を感じた。
「私はね、もうあんな思いを誰かにしてほしくないの。世界の裏側を、そこに潜む謎を、私は知ってしまった。そんな世界で理不尽に苦しむ人がいることを知った。」
彼女は一呼吸おいて話を再開した。
穏やかさの消えた、とびっきりの負けず嫌いで強い、いつもの彼女の顔で。
「だから、私は光の世界で生きるのではなく、暗闇の中で戦って、封じ込めて、人の目から遠ざける、そんな仕事をしたい。人類を、恐怖に怯えさせない、そんな仕事を。」
 
頭の整理がつかなかった。
……でも、私は。
 


 
出会った時から、彼女は活発で怖いもの知らずの性格だった。
おとなしく穏やかに過ごしていた私には、強い憧れと、好意を抱いていた。
一年前、彼女に告白した。人生で初めての告白。不安と期待とでおかしくなりそうだった。
彼女は驚いた後、精一杯の笑顔で、抱きしめてくれた。
…そうだ、私はその時に誓ったのだ。彼女を守れるほど私は強くない。だから、せめて、彼女と支え合える人生を歩んでいきたいと、私は誓ったのだ。
彼女はその心の強さを教えてくれた。
ならば。
 


 
「わかったよ。私も行く。」
「…ホント!?」
告白の時を思い出す笑顔だ。
「うん。でも、その代わり私の条件ものんでくれ。」
一転、彼女は身構える表情になった。
「…ど、どんな?」
 
一瞬迷った。彼女を困らせてしまうんじゃないか、とか色んな考えが頭をよぎった。
けれど、私も彼女との一年間は少なからずの影響を私に与えてくれた。私もそろそろ、負けず嫌いで強くならなくては。
 
 
 
「私と、結婚してください。」
「…へ?……え、いや、えっと」
彼女はぽかんとした後、顔に手をあてて顔を赤くして恥ずかしがった。とてもかわいい。惚れ直す。
ひとしきりわちゃわちゃした後、彼女は顔が赤いまま向き直って言った。
「……えっと、その…はい、よろしくお願いします…。」
いつもの強い彼女とは違う、しどろもどろな状態だった。
でも、その返答は早かった。
 
 
まぁ、私も、彼女の事を言えないくらい、顔が赤いだろうけど。
「ありがとう。」
そして、泣いているだろうけど。
 


 
「えーっと…うん、そんな話をするとは思わなくて…その、ごめん…」
ひとしきり互いの嬉し泣きが収まった頃、彼女は突然申し訳なさそうに謝った。
「え?」
「……チョミさん、入ってきて良いよ。」
「ういー、カレシ勇気あんじゃん。ごちそうさまー!」
トイレのドアが突然開き、見知らぬスーツの女性が出てきた。
「え!?ん、えっと!?」
「まぁ、驚くよね…ごめんね…」
そりゃ驚く。さっきまでこのワンルームの家には誰もいなかった。トイレも含めて。どこに隠れていたんだ…。
「それよりも、その口ぶり…さっきの…聞いて…」
「おうおう、聞いてたよー?やるじゃんカレ。おとなしいって聞いてたんだけど、やるときゃやるねー!」
「やめてくださいよー」
やっぱり聞かれていた。見知らぬ女性に。私のプロポーズを。
 
 
動揺と羞恥が収まらぬまま、彼女に説明を受けた。
先ほど私が聞かされた事はかなりの機密情報なので、彼女の願いを断った時の記憶処理をするために隠れていた事。
そして、財団の事。
 
私はもう話を聞かれたとかの事より、その好奇心を煽る謎の物体に興味深々だった。
「ここまで未知に興味があるとは…カレ、素質あるみたいだねぇ。」
「そうなんですよー。やっぱりこの道を選んだ私は間違いじゃなかった!」
話の内容は興味を惹かれるけど、状況はもう置いてきぼりだった。
 
 
「んじゃ、説明はこの辺だね。これは資料。まぁ軽い適性試験と面接だね。キミは元々有名企業の研究職で内定貰ってるし、合格うんぬんは問題ないと思う。配属先選択の材料にされるだけって感じだから、気楽にね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
話が終わると、千代巳さんが真面目な表情からからかいの表情に変わった。
「んじゃ、後は婚約したお二人でごゆっくり―!」
言うだけ言って部屋を出て行った。
「もう…チョミさんは…」
「随分気心知れた感じだったね。彼女とは仲良いの?」
「うん。最初に話した事件の時、いろいろ取り計らってくれた人。もう10年以上の付き合いかな。」
「そんなにか…すごいな…」
私じゃ届きそうもない、と言いかけて飲み込んだ。
彼女を襲った壮絶な事件。全力で支援してくれた千代巳さんの様な財団の人、身代わりになってくれた見知らぬ、おじさん。
彼ら彼女らは私よりずっと前に彼女を救い、支えてきただろう。
でも年数の差なんて、どっちが先かなんて関係ない。
 
これからは、彼女を一生悲しませないために、私が支える番だ。
 
 


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