或る物書きの取材方法

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「生きることとは、なんですか」
病床で私は彼に尋ねた。
「……書けばわかるよ」
静かな声で彼は言った。
枕元の机に、彼はそっと私の万年筆を置いた。
あの事故現場において、奇跡的に無事だったらしい。
それを見て私は、無い筈の両腕に痛みを覚えた。

目が覚めると 、
私の肩から先は冷たい金属で置き換えられており 、
彼は私の元を去っていた。

両腕を失い、絶望に打ちひしがれた貴女の姿はとても痛ましく感じます。
生きることとは何なのか。貴女がそれを思い出した時、再び会いましょう。
どうか、命の増す方角へ向かってください

枕元に置かれていた手紙は、そう締め括られていた。

それから私は筆を摂ったが、何も書くことはできなかった。
「ものを書くとはね、貴女が生きているということを示せばいいんだよ」
以前彼から聞いたことを思い出した。
それでも私には、生きている実感なんて、もうどこにもなかった。
病床から見聞きできることの多くは、どちらかというと死の香りがしていた。

そんな折、こんな噂を聞いた。
帝都郊外では夜な夜な、問答無用の格闘大会が開かれているという。
人でも自動人形オートマタでも、生身でも義躯でも、男でも女でも、意志さえあれば参加可能。
命の保証はなく、闘技場で最後に立っていたものが勝者。
生きていることを感じるには…こういうものも参考になるかもしれない。

早速、その大会の情報を集めることにした。
「本当に知りたいことは意外と身近な人が知っているよ」
そんな彼の言葉を思い出して、まずは院内で聞き込みをしてみた。
親しくなった隣室の好々爺が、以前その闘技場に入り浸っていたことがすぐに分かった。
彼は親切に、会場の位置から入り方、注意点まで色々と教えてくれた。
翌日お礼を用意して伺ったが、夜間に容体が急変したらしく、既に病室からいなくなっていた。
またひとつ、死の気配を感じた。

貯金を切り崩して、無事だった両足の義躯化手術を受けた。
その際に知ったが、両腕の手術費は既に支払われていた。
心の中で私は彼に礼を言い、万年筆に加えて大きな借りができたな、と思った。
手術は問題なく執行され、私は鈍く輝く四肢を得た。
以前のそれらと比べると、大分頼りになりそうだった。


退院して早速、私は例の闘技場に赴いた。
夜の帝都郊外は治安が悪く、道中数回襲われた。
その度に私は彼の言葉を思い出した。
「まずは素早く顎を狙うんだよ」
金属の腕は想像以上に強く、何人かは一度顎を揺らしただけで動かなくなった。
またひとつ、死の手応えを覚えた。

日付も変わる頃。暗い路地裏の鉄扉を叩き、好々爺から聞いた合言葉を伝えた。
「見ない顔だな…。まぁ、誰でも歓迎だよ。入りな」
出迎えた黒服は、右腕の義躯に残った血痕を見ながら言った。
空いているロッカーに荷物を詰め込み、開場の時間を待った。

周りを見渡すと、多種多様な人々が目に入った。
小柄な女性が所在なげに携帯端末を弄っている。
その隣に座る少年は、漏れる音と光に少し苛立っているようだった。
フードを目深に被った人物が足音も立てずに前を通り過ぎて行った。
私の隣では、大柄な男が右腕に付いた斧を研いでいた。
なるほど確かに、様々な生き方のかたちがここにはある。


暫くすると、重い鉄扉が開いた。
その先には円形の闘技場。土が敷かれ、外周は高い鉄格子が床から天井まで生えている。
観客席は満員のようだった。血と闘争が見たい。そんな彼らの想いが熱気に乗って伝わってくる。
観客席に設置された電光版には、選手の名前と勝利時の払戻金倍率が表示されていた。
私は新顔だからだろうか、かなりの高倍率だ。あまり期待はされていないらしい。
じゃりじゃりと土を踏む足音が辺りを満たす。参加者たちは試合開始時の立ち位置を探しているようだった。
壁際に陣取る者、背後を警戒して距離を取る者。静かに目を閉じている者。
私も急いで場所を探す。あまりマークもされていないようで、鉄扉の右あたりまで楽に移動できた。

しきりに観客を煽る司会、それに乗って熱気を増す観客の声。
闘技場のあちこちで殺気と警戒心が渦巻く。
長々と続く選手紹介を聞き流し、開始の合図を待った。
緊張を吐き出すように深呼吸をする。
「さぁ、お待たせしました!それでは今宵も、試合開始です!」
司会の男がそう叫び、甲高い鐘の音が鳴った。

周囲を警戒する。
新顔を狩ろうという魂胆だろうか、何人か私に向かってきているのが見えた。
「できるだけ1対1の状況に持ち込むんだよ」
昔に彼から聞いた通り、少し移動して彼らが直線上に並ぶように陣取った。
それを見て、何人かは舌打ちして別の目標を探したようだった。
一番前の男が突っ込んできた。左手首を取り外し,中から刃物が展開される。
そのまま勢いを乗せて振り下ろしてきた。
私は素早く、その刃を左手で掴む。右腕と違いこちらは人工皮膚で覆っていた。
生身と考えていた相手にとっては意外な行動だった筈だ。
案の定、一瞬怯む。その隙に右の拳を思い切り顔面に叩き込んで、そのまま気絶させた。

止まらず刃物をへし折り、後続の女に投げつける。
男ごと私を撃つつもりだったのだろう、彼女の展開していた銃器型の義躯に突き刺さった。
致命的な損傷は与えられなかったようだが、間を詰めるには十分だ。
気絶した男を盾にする形でそのままぶつかる。倒れながら男の懐を探る。
やはり有った、予備の刃物。それを抜き取り、女の義躯の付け根に突き刺した。
思い切り捻じ上げて無理矢理義躯を脱着させる。神経接続を引き剥がされた痛みで女は気絶した。


見渡すと、既に選手は半分以下になっていた。
血と油の香りが強くなっている。実況の声が響き渡り、観客の怒号が絶えず湧き上がる。
ひとまず呼吸を整えるために壁際に寄った。
中央付近では手斧男が暴れ回っていた。どうやら今日の優勝候補らしく、複数名から狙われているようだ。

「常に伏兵に注意するんだよ」
彼の言葉が不意に思い起こされ、私は周りの気配を探る。
上方で微かに金属が歪む音がした。
反射的に両腕で頭上を防御する。直後、鈍い金属音がして体勢を崩しかけた。
空間が歪み、フードを被った男が現れた。光学迷彩…。考慮に入れていなかった自分を恥じた。
迷彩男は刀を仕舞いながら近くに着地する。苛立たしげな舌打ちが聞こえた。
あからさまに距離を取ってくる。正面からの戦闘は苦手のようだ。
両足の義躯に力を込めて、大きくステップで飛び込む。
これまで見せていた行動を遥かに超える移動距離。
安全圏と油断していた男は慌てて左に避けるが、体勢が崩れた。
着地と同時に地面の砂を蹴り上げ、男の顔面にぶつける。
反射的に片手を顔にやった隙に、回転を乗せた蹴りを叩き込んだ。

その直後、背後、右肩の付け根に鈍い痛みが走った。
迷彩男が倒れるのを横目で確認しつつ、振り返る。
携帯端末を弄っていた女性が射出型電撃銃を構えて笑っていた。
「とどめを刺す時ほど慎重になるんだよ」
彼の警句が今更思い返され、そのまま私は電気ショックで気絶した。


目が覚めると、闘技場の治療室だった。右腕の義躯は完全に故障していたが、それ以外は無事なようだ。
備え付けの映写機では、優勝したらしい少年が賞金を受け取る様子が映し出されていた。
近くでは手斧男が泡を吹いて倒れている。どうやら毒矢を使ったらしい。
「大柄な相手には搦め手が有効だよ」
なるほど、やはり彼の言っていたことは概ね正しいようだった。

意識もあり動けるということで、夜明け頃には治療室を追い出された。
薄明に染まる市街地を歩きながら、試合のことを思い出す。
確かに、命が燃え、ぶつかり、湧き上がる感情があそこには有った。

常に誰かから見られ、評価され、制限の中に生きる。
同じ檻の中で競う合う他者がいて、勝ち抜くために手段を尽くす。
その過程で何を得て何を失うのかを、失敗を繰り返しながら捉えていく。

「これが、生きるということ…」
確信に近い手応えが、私の中に生まれていた。


故障した義躯の修理と付け替え手術のために、また暫く入院した。
病室で筆を摂る。文章が湧き出して止まない。
これが私の、生きていることの示し方。
そして、言語化という行為を通して、私は私の生き方を改めて、そして明確に捉え直そうとしていた。
「書けばわかるよ」
彼の言葉は、やはり正しいようだった。

そうして執筆した私の本は、武装文豪による文壇への殴り込みだと評され、話題になった。
これまでの私の作品とは比較にならないほど売れ渡り、暁星屋百貨店で読者との交流会まで開かれた。
大きな文芸賞の候補にも選ばれたが、最終選考で脱落してしまった。
戦いの土俵には立てた。
私は現状をそのように自己評価した。


そのうちに、彼から電子メールが届いた。
あれからどこでどう過ごしていたかについて、実は私の試合を見ていたということ、先日私の本を読んだこと、その感想。
どれも私にとって貴重な言葉で、読むうちに涙が止まらなかった。

「また会えますか」
私は返信にそう綴った。
数日後、彼からあの闘技場の招待券が届いた。
添えられていた紙片には、彼の筆跡でこう書かれていた。

「戦い方の次は、勝ち方を教えてあげます」

ああ、きっと。

次の作品はもっと面白いものになるだろう。


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  1. portal:2782808 (02 May 2021 17:12)
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