言霊競演Tale「三目並べ」

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私は任命されたばかりの新米警官です。
配属先は帝都の中規模な警察署。
都会から住宅街への遷移地帯のような場所で、それなりに治安は良いところです。

しかし、どんなところでも犯罪者はいるもので、巡回中に空き巣を捕まえたり、潜伏中の指名手配犯の捜索をしたりと、緊張する局面もしばしば。

そんな時、私の面倒をよく見てくれるのが、4歳ほど年上の先輩です。
彼は既に多くの業績を上げており、署の内外から若手の星と呼ばれています。
時に自分の身を危険に晒しても庶民の命を救うその姿は、まだまだ未熟な私にとって大きな憧れなのでした。

私たちのいる警察署は若手の数が少なく、私が来るまでは先輩が最年少でした。
そういう理由もあってか、巡回や捜査の際には同じ班でまとめられることが多いです。
そして、それはとても…私にとって幸福なことなのでした。

巡回時にどこに気をつけるべきか、犯人の人となりから重点して調べる箇所はどこか、時に何を捨て何を守るのかの判断をどうするべきか。
そういうことを、彼はいつも優しく、丁寧に教えてくださいました。
 
 
下宿が近くだったこともあり、非番の日にはよく、先輩のお部屋で様々な話をします。
話の内容は職務のことから時事の出来事、お互いの趣味など多岐に渡り、気づけば日が暮れてしまうこともしばしば。
先輩の趣味は読書と囲碁で、私によくお勧めの本を貸してくださいました。

話がひと段落つくと、私たちはよく囲碁を打ちました。
先輩は囲碁がとてもお上手で、私をからかいながらも打ち方を教えてくださいます。
何度もやっているうちに少しづつ私も上達するのですが、その度に先輩は見たことのない戦法を用いてきて、負けてしまうのです。
それはじゃれあいながら行う徒競走のようで、私にはとても幸福な時間です。
 
 
「三目並べでもしようか」
今日も、長く続けていた囲碁に飽きてくると、先輩は碁盤を用いた別の遊びを提案されました。

「それなら私も何度かしています。単純な遊びですから、ようやく勝てるかもしれないですね」

「言ったね。では、初の白星を取れるか是非頑張ってくれ」

そう言って打ち始めた三目並べでしたが、どうしても勝つことはできません。
良くて引き分け…。囲碁と比べて遥かに単純なこの遊戯でも、私は先輩に敵いませんでした。

しょぼくれている私に、悪戯っぽい笑みを浮かべて先輩は言いました。

「なぁ知っているかい。三目並べは最善手をお互いに打つと引き分けになるんだ。
俺はそれを知っているから、絶対に負けることはない、そういう勝負だったんだよ」

「えぇ…」
騙されたような顔を見せると、彼はくつくつと楽しそうに笑いました。
 
 
そんな風に、先輩は私の知らないことをたくさん知っていました。

「先輩は、どこでそんなにたくさんの知識を得たんですか?」
碁盤を片付けながら私は聞きました。

「うん…実家が古本屋でね、暇さえあれば本を色々読んでいたんだ」

「へぇ…一番好きな本はなんでしたか」

「昔の義躯職人の書いた本があってね。それが大好きだったよ」

「どんな内容だったんですか?」

「彼の仕事に対する心情や哲学をまとめた本だったな…。
俺には義躯のことはよく分からんが、彼がどんな姿勢でそれに挑んでいたのかは,ひしひしと伝わったよ」

「素敵ですね。
私も義躯を使っていますから…、そうした職人の方々の熱意に支えられて生きています」

「そういえば、君の右腕は義躯だったね。
子供の頃の事故だと聞いたけれど」

「ええ。まぁ、でも、もう昔の話です。
それよりも、その本を読んでみたいですね。
先輩の尊敬されるその方の考え方、私も触れてみたいです」

「実は、もうとっくに絶版になってしまってね…。
お弟子さんも付かなくて、彼の義躯技術は失われてしまった。
ただ、彼の思想はちゃんと、俺の中に息づいている」

そう言って彼は色々なことを思い出しているようでした。
しばらくして、彼は姿勢を整えて私に言いました。

「そして俺はね、それを、君に伝えようと思っているんだ」
その言葉に、私は強く驚き、慌てました。

「帝都の問題は山積みだ。
止まない犯罪、任侠極道の取り締まり、違法義躯による暴行事件…。
八目だなんて揶揄されることもあるけど,俺らはそういうものから庶民を守る盾だ。
いつ死んでも悔いのないように生きてきたが、ここ最近で可愛い後輩ができてしまったからな」

「先輩…」

「どうも君とは馬が合う。
俺が死んでも、かの職人の哲学を絶やさないように、君に色々教えてあげたいんだ」

私はその言葉を聞いて、とても嬉しい一方で、まだまだ未熟な自分を不甲斐なく思うのでした。

「…そろそろ遅いし、今日はお開きにしよう。
囲碁の特訓の続きはまた今度。
それまでに、まずは俺と三目並べで引き分けになれるよう、考えておいで」
先輩は優しい声色でそう言いました。

「が、がんばります…」

「…まぁ、そればかり考えられても困るけどね。さっきも言ったが、やるべきことは山積みだ」

「どうしたらうまく解決できるでしょうか」

「さっき、三目並べは最善手を打つと引き分けになると言ったね」

「はい」

「だとしたら、どうすれば引き分けから勝ちに持っていけると思う?」

「ええと…どうでしょう、相手が間違えれば勝てるのではないでしょうか…。
現に、先ほど先輩は私に何度も勝ちましたよね」

「そう。正解。相手のミスを誘うんだ。
色々な手段で、相手の判断を誤らせる。そうしてこっちはちゃんと最善手を打つ。
その積み重ねだね」

そう言って笑いながら煙草を吸う先輩の姿が、今でも瞳に焼き付いています。
 
 
 
帰宅して、今日のことを決して忘れないように、彼との出来事、話したこと、その姿、全てを漏れなく日記に書き記していく。
ねぇ、先輩、実は昔、私はあなたに助けられているんです。

…あなたからすれば、これまで救った多くの命の一つでしょう。
当時の私は今よりもっと無口で、鈍臭くて、いじめられていました。
死のうと思って道路に飛び出したのは良いけれど、足がすくんで結局右腕を引き潰されただけでした。
そこに、巡回中のあなたが駆けつけて、懸命に応急措置をしてくれたのです。
おかげで私は一命を取り留めて…、そして、生きる意味を見つけました。
 
 
体型も体力も学力も頑張って整えました。
その甲斐あって、無事にあなたの部下になれました。
可愛らしい後輩に見えているでしょうか。
失望されないように、でも目が離せないように、その塩梅はとても大変です。

貸していただいた本をお返しするのは、毎回胸が張り裂けそうです。
新品相当だったものは、何冊かこっそり入れ替えてしまいました。
私の本棚は、先輩のものだった本で少しづつ埋まってきています。
 
先輩のご趣味に合いそうな話題も頑張って探して身につけているのです。
下宿が近いのは…すみません,調べさせてもらいました。
怒らないでくださいね?
 
 
…先輩、多分ですけど、色恋については私の方が数枚上手ですよ。

あなたの次の一手が、私の勝利に貢献する致命的な一手であることを、祈っています。


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