Tale-JP - 船旅人
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向こう岸に人頭ほどの大きさをした丸々と太った果物を一つだけ付けた一本木が生えていた。こちらの岸と向こうの岸は幅十数mの河が流れており、しかも昨日降った雨のせいで勢い盛んな濁流となっていた。果物を見つけた男は何とかしてあの果物を食べたいと思った。腹が減っていた。最後にまともな飯にありつけたのは3日前で、肉類に限ればもう一ヵ月は口にしていなかった。男の友人や家族も飢えていた。もはや狩りをする体力も気力も残っておらず、女子供はこのまま衰弱を避けられず、男どもは脳の栄養が不足していたために些細なことで言い合いになり、互いに傷つけあい消耗していった。男はそんな集団から夜雨に紛れて抜け出しあの果物を発見したのだ。

邪魔するものは誰もいない、自然だけが男が生きることを阻んでいるようだった。男は泳ぎには自信があった。川魚を素潜りで捕まえることなど容易だった。だが濁流を泳いだことはなかった。ーー生きるためにはやるしかない、男は心に呟いて河に飛び込んだ。途端、水の怪物が男の左半身を叩きつけ男を吹き飛ばした。男の体に水が入りこんできて男の命を男の脳裏にあった果物ごと洗い流そうとしている。後悔などする時間はない、男は生きねばならない、もはや家族をすら捨てた身だが、だからこそ自分の命すら捨てては、なんのための人生だったのか。

永遠とも思える時間が経った。水の衝撃のほかの異質ななにかが体に当たり、全身に鈍痛が走ったことで限界を極めていた意識が目を覚まし、男はそのなにかにしがみついた。それはどこからか流されてきた一本の木だった。枝葉は河の流れの中で悉くちぎり取られてしまったようだ。男はこの手を絶対に離さないと決心した。果物のことはもう考えていなかった。この一瞬、この後に続く数瞬をつかみ取るために、残された全ての生命力を両腕にこめ歯を食いしばった。

・・・・・・

男は岸に体を預けていた。男の命を救った木も傍にあった。何時間が経ったのか、陽は昇っていて、体は乾いていた。男は自身の幸運に感謝した、あの濁流から逃れた幸運に感謝した、気絶している間に猛獣に食われなかった幸運に感謝した、眠ったまま餓死してしまう前に目覚められた幸運に感謝した。次に男はもう尽きたと思われた生命力の炎が再び燃え上がるのを感じた。男の視線の先にあの果物が成った木がまだ見えたからだ。それにあれだけ荒れ狂っていた河も水量こそ多いものの随分大人しくなった。今度こそ向こう岸に辿り着ける。だが泳いでいこうとはもう考えない。万全を期すべきだ。男は考えた、男の傍に横たわる木を使ってみてはどうだろうか。

木は自分と似ている、ーーそう男は考えた。どう似ているのか。まずそれは水に浮くということだ。男は記憶を探り、間違いなくあの木も自分と同じように河を流されてきたのであって、決して河底に鎮座してはいなかった。男はかつて、まだ自分が子供だった時、河を親の背中に背負われながら渡ったときのことを思いだしていた。その親は狩りに出た切り二度と帰ってこなかった。男はあの頃と比べれば背丈が延びて筋肉も付いた。小さい男であれば子供でなくても背負って一日中歩けるぐらいになっていた。それでも男には傍の木が親の背中に重なった。時の大きな流れを超えてきた証である皺を刻み込み、根を絶たれ水の侵食を受けているのに、なんと逞しいことだろう。そうだ、木と自分が似ていたのではない。あの濁流に飲まれた時にしがみ付いたこの背中の大きさが、あの時の親と似ていたのだ。

・・・・・・

その時、その男は知る由もなかったことであるが、この男こそこの宇宙が始まって以来初めて誕生した船乗りであり、男を救った丸太こそ、この世に初めて誕生した『船』なのであった。あの後、男が無事に果物を手にできたのかは誰も知らない。ではなぜ上に記した物語だけは語られているのか、それは艦隊司令部の最高幹部たちが代々口承によって受け継いできたからである。それは彼らにとっての創世記なのだ。あえて文字に起こそうとしなかったのは、結局のところ文字にしてしまえば、男が結局どうなったのか書きたくなってしまうのを恐れたからだろう。かくいう私も、この物語はそろそろ締めようと考えている、結末を語ることなく。なぜ結末を書くのが恐ろしいのか? それは我々が目的地に到達することを本能的に恐れているからかもしれない。果物が手に入れば目的は達せられもはや渡るべき河も乗るべき船もなくなるだろう。それに男は果物を食べ体を潤すかもしれないが、次に食すものを見つけられず結局餓死するかもしれない。だがこうしてこの物語が残っているということは、男は果物を手に入れなかったのではないか? そうではなく、目先の目標ではなく、より遠くに、河も海も超えた先にある何かを探しにいこうと決意したのではないか。だからこそ我々は今ここに存在するのである、そう私は考える。この物語が語り継がれてきたのも、きっとそういう理由なのだ。

日誌に雑文を書き記せる余白もついに限界がきた。だから私の語りはここで終わる。だが我々の船旅は終わらないだろう!

艦隊司令部 司令官

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