新・あ

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 豪雨の中、黒い外套を羽織った男が馬を走らせていた。大柄な体の持ち主で、厳しい顔を一層険しくして馬にまたがっている。
 男は顔を下に向けながら、低い声で問うた。

「フェリテまであとどのくらいある」

 すかさず、男の右腕に取り付けられた腕時計型端末から落ち着いた声が発された。

「まだまだかかりそうだよミル」
「そうか、ありがとうマックス」
「でもこのままだとまずいね。どこか雨宿りできる場所を探さないと」

 ミルと呼ばれた男は旅人である。元々は孤独な旅をしていたのだが、ある日"同盟"という組織に勧誘され、言われるがままほいほいと入ってしまった。
 "同盟"の目的は、世界に蔓延る異常存在――"同盟"は異類と呼ぶ――と人類がどのように共存するかを探るというものである。
 "同盟"の探訪者はみな各地の共存体を巡り、それぞれの異類との付き合い方について記録を付ける。そして、各共存体との友好度を測り、さらなる情報収集に着手するのだ。
 この活動のサポートのためにあてがわれたのが、ミルがマックスと呼んでいる腕時計型の端末である。端末にはとある異常存在の残滓が吹き込まれており、意思を持ち会話をすることができる。ミルとマックスは数々の旅を通し、お互いを親友と認め合っていた。

 凄まじい勢いの雨に打たれながら走り続けていると、ミルは前方に小さな村を発見した。

「見ろマックス!村だ!あそこで雨宿りさせてもらおう」
「助かったね。これでなんとかなるよ」

 ミルは手綱を操ってゆっくりと馬のスピードを落としていった。

 馬から降りて村に近づくと、この豪雨だというのに外に出ている男がいた。簡素な傘をさしている。男はミルに気がつくと声をかけてきた。

「おや、あなたは。見たところ旅の方ですかな」
「ええ。突然の雨に降られて、雨宿りのできる場所を探しているところです」

 ミルはマックスの翻訳がこの雨の中でもうまく働いていることに安心しながら答えた。

「ふむ。でしたら、私の経営する宿にいらしてください。歓迎しますよ。ああ申し遅れました。私、グアナと申します」
「ミルといいます。ご厚意感謝します」

 ミルはグアナの親切を怪しみもしたが、ますます勢いを増す雨に耐えかねて好意に甘えることにした。

 グアナの後ろについてしばらく歩く。すると、他の民家よりも随分大きな建物が目に映った。グアナはその建物の横にあった簡素な馬小屋にミルの愛馬をつなぎとめ、建物の前に行くとさっさと扉を開けて中に入った。中から手招きされたので、ミルもそれに従って入った。

「ここが"グアナの宿"です。こじんまりしてますが、自慢の宿です」

 ミルが入るなり、グアナはそう言った。たしかに、見たところ大きな宿とは言い難い。こじんまりという形容がしっくりくるだろう。しかしこの小ささはミルにとって安心できるものだった。
 ミルはびしょ濡れになった外套を脱ぎ、荷物がどの程度濡れているものか確かめた。ミルの荷物入れが水を通しにくい素材であったことが幸いして、そこまで濡れていない。

「ああ、外套や服はこちらで乾かさせていただきます。他に何か濡れてしまったお荷物などは?」

 確認を終えたミルにグアナが話しかけた。

「荷物はあまり濡れていなかったのですが、外套の下の服もやはりびしょ濡れですね」
「でしたら、それも乾かしましょうか。替えの服をお持ちします」

 するとグアナは二階へ続く階段の前に立ち、大きな声で誰かを呼んだ。

「おーい、マナリ!おっきな男のお客さんだ!着替えを持ってきてくれ!」

 しばらく二階でドタバタと慌ただしい音がした後、若い女が二階から駆け下りてきた。どうやら、この女がマナリのようだ。マナリはミルに気付くと笑顔で近づいてきて、着替えを渡した。

「こんにちはお客さん。グアナの娘のマナリといいます。お昼ご飯も夜ご飯もうちは用意してますから、食べていってくださいね」

 マナリの口から出た「ご飯」という言葉を聞いて、ミルは自らの空腹に気がついた。またも好意に甘えようとするが、ここまでしてもらって良いものか、後からなにか請求されないかと不安になった。残念ながら、ここ一帯で使われている通貨も彼らが求めそうなものも持っていない。
 そんなミルの様子に気がついたのか、グアナはミルに笑いかけた。

「お代は、とか思っているんでしょう。まあもらうことにはもらいますがね。あなたには――」

 来た、とミルは思い、警戒した。親切の代わりに莫大な対価を要求してくる手合いなど、これまでの旅で見慣れている。そのような手合いと出会うたびにミルは全力で走ったり、時には所持する異類の能力を用いて逃走していた。逃走に関しては、ミルは自信があった。
 "同盟"のリーダーからも面倒ごとは避けるように普段から言われている。無駄な争いで村との軋轢を生みたくないのだ。
 グアナは、なにを要求してくるのだろうか。

「――今までの旅の話をしてもらいたいのです」
「旅の話、ですか」

 ミルは拍子抜けした。
 聞けば、この村の住民は常日頃から娯楽に飢えているらしい。そうして、旅の者を捕まえては親切を働いて、対価に今まであった面白い話をしてもらうのだという。
 なるほど、とうなずいて、ミルはグアナの提案を飲むことにした。ミルにとっても、今まで出会った異類について語るのはやぶさかではない。
 
 話もまとまったところで、ミルは服を着替えて昼食を食べることにした。

 一階の木製テーブルの上には、沢山の温かい料理が並んでいる。全てミルのために用意されたものである。運んできてくれたのはマナリとも違う女性で、ミルはグアナの妻ではないかと思った。
 ミルが鶏肉や野菜がたっぷり入ったシチューに舌鼓を打っていると、マナリが隣に座って話しかけてきた。

「お客さん、キッサに来るのは初めてですよね?」

 ミルはええ、と返した。

「キッサか。ここの前に滞在したアウルやタグラザでも聞いた名だね」

 マックスがミルにだけ聞こえるように言った。
 たしかに、ミルは前に訪れた村でその名を聞いたことがあった。なんでも、奇跡が見られる聖地とやらがあるとか。異類好きのミルはひと目見ようと考えたが、"同盟"に依頼されているフェリテの調査を優先せざるを得ず、断念していた。
 ミルはこれも何かの運命だと結論付けて、その聖地を見てからフェリテに向かうことに決めた。

「来るのは初めてですが、聞いたことはあります。ここでは奇跡が見られると」
「そうです!そうなんです!」

 マナリは興奮したように何度もうなずいた。

「一度でいいから、見てみたいものです。その奇跡というのは、どうすれば見られるのでしょう」

 ミルは率直な疑問をぶつけた。条件が難しいならば、本当に残念ではあるが諦めるしかない。

「星がよく見える夜。ただこれだけです」
 
 ミルが考えていたよりもよほどゆるい条件であった。しかし、外は大雨が降っている。星がよく見えるわけがないだろう。

「では、今日は条件に合いませんか」
「まだわかりませんよ。急に晴れちゃうかもしれません。あ、もしよかったら、晴れるまでここにいてもらっても。面白い話を聞けるなら父も喜んで泊めると思います」
「そこまで泊めてもらっては悪いです。宿の経営も大変でしょうし」
「大丈夫ですよ!実はこの村、けっこう余裕がありまして」

 マナリの話によれば、キッサには度々奇跡を見にくる人たちが大きな村からやってくるらしい。彼らは村の至るところでお金を使い、その分キッサは儲かるのだという。またここ数年不作もなく、客人をもてなす備蓄は十分にあるのだそうだ。

「どうですか?お急ぎでなければですけど」

 ミルは"お急ぎ"である。この宿にいるのも、本来は一時の雨宿りに過ぎない。しかしよく考えてみると、フェリテでの調査は人の生き死にに関するものでもない。多少遅れても不都合はないのではとミルは思った。旅にトラブルはつきものである。これもある種のトラブル。そうトラブルなのだ。

「……お願いします」 

 ミルは聖地を見るまで何泊でもしようと心に決めた。
 
 ミルが宿泊することが決まったところで、マナリが切り出した。

「聖地に行かれるのであれば、キッサの伝説を話しておかなければなりませんね」
「伝説、ですか」
「はい、聖地で起こる奇跡はこの伝説と大きく関連しているんです」

 マナリは伝説をミルに話し始めた。

 大昔、この地域には国がありました。物や食べ物が溢れ、文化が栄えた大国でした。
 その国の学び舎に通う男はある日、同じく学び舎に通う一人の女に恋をしました。その女は、学び舎がある地域の領主の娘でした。

 男は周囲には隠していましたが、魔術を扱うことができました。しかし男は本当の愛を欲したため、魔術を使って女の気持ちをどうこうするなどとは考えませんでした。
 男は身分違いの恋であることを承知しながら必死に女を誘いましたが、女はそれら全てに素っ気なく返しました。しかし男の必死さに確実に惹かれてもいました。

 学び舎の卒業も間近というある日、女は領主たる父親から婚約者の存在を知らされました。あまりにも急でしたが、従うしかありませんでした。
 男は当然婚約者の存在など知らないので、卒業を記念した催しにどう女を誘うかだけを考えていました。そして、男はある魔術を使うことを思いついたのです。

 男は、星がよく見える小丘へ女を誘いました。そして、とっておきの魔術を使いました。
 女は感動し、涙を流しました。男が手を振ると、夜空の星々が動き出し、女への愛の詩を綴り出したからです。しかし、女は男の誘いを断りました。父を裏切れなかったのです。
 女が去り、男は絶望しました。男はもう一度魔術を使い、新たな詩を夜空に書き加えました。

 男と女が再び出会うことは、ありませんでした。

「以上がキッサの伝説です!聖地にて見られる奇跡というのは、男が使った魔術そのものなのです!」
「そんな、そんな悲しい話が……」

 ミルは厳しい顔を歪めながら静かに涙を流した。外見に似合わず、すぐに感動しては泣いてしまう質の男である。
 マナリはそんなミルを見て微笑むと、再び口を開いた。

「残念ながら、詩に使われている言葉は大昔のもので、我々は読むことができないんですけどね」

 昼食を食べ終えたミルはグアナに一泊することを伝え、二階に部屋を用意してもらった。今日聖地へ行けなければ、さらに泊まる予定である。
 用意された部屋は宿全体と同じようにこじんまりしているが、きれいに整理されていた。ミルはひと目でこの部屋を気に入った。

 グアナが一階へ降りるのを確認したミルは、部屋に戻ってマックスに一つ頼みごとをした。

「マックス、聖地で見られる星々の詩を翻訳してほしい。マナリさんは大昔の言葉と言っていたが、お前ならわかるんじゃないか」
「実物を見ないとわからないねえ。まあこの辺りだったら何の言語を話していたかはだいたい見当つくけど」
「じゃあ、わかる言葉だったらやってくれるということだな」
「僕も一応サポートのためにいるわけだし、それくらいはやってやらんこともないよ」
「ははっ、助かるよ」

 その後、ミルは荷物入れから記録帳を取り出して、現時点で判明しているキッサの情報を書き留めた。奇跡を起こす聖地、娯楽好きな性質、伝説、大きな村からの客。
 ミルとマックスがこれらの情報についてあれこれ議論していると、下の階から大声で呼ぶ声がした。グアナだ。ミルが何事かと部屋を出ると、より鮮明にグアナの声が聞こえた。

「お客さん!夕飯です!」

 部屋の窓を見ると空はすでに暗くなり始めていた。いつの間にやら雨も止んでいる。ミルは時間も忘れてしまうほど議論に熱中していたことに気づいた。
 階段を下りて、席に着く。すると、グアナの妻らしき女性が料理を三人分運んできた。ミルに続いてグアナとマナリも席に着いたので、料理はこの三人の分らしかった。
 料理を食べ始めると、マナリがすぐに口を開いた。

「お客さん、雨止みましたね」
「ええ。この天気が続いたら、今日中に聖地の奇跡も見に行けますかね」
「そりゃあもう!きれいに見れますよ!」
「よかった。何泊もしなくてよくなりそうです」

 そこで、グアナがこほん、と咳をした。

「では、そろそろお代の方をいただきましょうかね」

 どうやら、お代の話がしたかったようである。マナリにもせがまれたので、ミルはとっておきの話をいくつか披露した。人懐っこい一つ目ボールの話、体内に潜り込むことができる熊の話、『悪霊の縄張り』と噂されていた更地の話。面白おかしく脚色したり、他の探訪者から聞いた話を混ぜたりしながら、ミルはグアナたちの歓迎に応えた。二人の反応を見るに、お代としては十分に面白い話をできたのではないかとミルは思った。
 ひとしきり話し終わると、今度はマナリが自作だという詩を披露した。マックスの翻訳を通したものだったので、正しい形で聞こえたわけではない。にもかかわらずミルは涙を流していた。
 愛するものへ、その気持ちを伝える詩、そして、思い届かなかった絶望を表現する詩。高らかに詠みあげられたそれに感動していたミルの脳裏には、あのキッサの伝説がよぎっていた。

「素晴らしかったです、マナリさん。詩の才能がおありなんですね」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ。村のみんなの方がよほどうまいです」
「村のみんな、ですか。キッサには詩作の習慣があるんですか?」
「ええ!聖地の詩の内容がわからないので、その予想をしようとずうっと昔から始まったみたいですね」

 その後、マナリは旅の話のお礼とばかりにこの村の文化をミルに紹介した。どれも聖地やその伝説の影響が色濃く見られるもので、ミルは異類がその周辺に及ぼす効果を再認識した。そして、キッサの人々がとてもあの聖地のことを大事に思っているのだとも

なんか

 グアナとマナリに先導され、ミルはキッサの中を歩く。雨でぬかるんだ道に、ミルは何度も足を取られそうになった。
 外れまで歩いたところで、村の中のものよりもよほどきれいに舗装された道が現れた。間違いなく聖地へ続く道である。その道をグアナとマナリはぐんぐんと歩いていった。慣れたものだと感心しているうちに、距離がかなり離れてしまっていると気づいたミルは急いで後を追った。
 
 
 

 

 

 

 

 

 


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