雨、夜想、林道にて。

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「記録開始。これより、SCP-548-JPの臨時実験を行います。記録者、及び被験者、塚原上級研究員。単独実験実施時マニュアル五十三項目に基づくリスクヘッジ・バックアップ転送指定、巣型博士、保浦研究員」

 

「現在、20██年█月██日、時刻は23時、██分。今、日本列島上空に線状降水帯が発生しており、各地で継続的な強い雨を降らせている。私はサイトー81██敷地内A-3ブロックの林道に来ています。雨はもう降っているから、ここまでは車で来ました。実験意図としては……被験者が夜間に歩行状態にある際、SCP-548-JP-Aの発生に何らかの変化が見られるか  

 

「……といったところか」

 

「……まぁ、いいか。実験を開始します」

 

「……車を降り、SCP-548-JPの傘布を開く」

 

「……SCP-548-JP-Aの発生を確認。楽曲はショパンの、練習曲作品10第3番ホ長調」

 

「……現時点での異常や変化は見られない。これから林道の方へ歩いていきます」

 

 


 

 

「……林道100m地点を通過」

 

「SCP-548-JP、およびSCP-548-JP-Aに変化は見られない。補足しておくと、サイト敷地内、林道にも変化はありません」

 

「降水量は、……体感的にはやや増したかな」

 

「……そういえば、これも体感的な部分ですが、平時に比べてSCP-548-JP-Aの音量が少し大きい気がします」

 

「地面を打つ雨音に負けないように、音量が調整されているのでしょうか」

 

「あるいは純粋に、降水量と音量には相関関係があるのかもしれません」

 

「サイトー81██の降水量は安定しているので、普段そういった比較が出来ていなかった部分が無いとは言い切れません」

 
「SCP-548-JPを移送する前のサイトー81██での実験記録との比較検証が必要ですね」
 

「……さて、歩行を続けます」

 

 

 

 

「林道300m地点を通過」

 

「異常は特にありません」

 

 

 

 

「林道430m辺りで、練習曲作品10第3番ホ長調のSCP-548-JP-Aが終了しました」

 

「次のSCP-548-JP-Aのリクエストは、そうだな……」

 

「……ショパンの、夜想曲第20番嬰ハ短調を」

 

 

 

 

「林道、550m地点を通過」

 

「異常は、……なし」

 

 

 

 

「700m……通過」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「……」

 

「……あぁ。900m地点を、通過していました」

 

「異常はありません」

 

 

 

 

「あぁ、ごめん」
 

「もうダメだ。止めてくれ」

 

 

 

 

「えっと、すいません。現在林道1000m地点の手前で、少し休憩しています。

 

「SCP-548-JPに異常はありません」

 

「ただちょっと、涙が、止まらなくて……」

 

「SCP-548-JP-Aの新たな異常性、ではないと思われます。録音を分析しないことには、断言はできませんが」

 

「もう、大丈夫です。今は落ち着いてきました」

 

「……そろそろ、林道を引き返します。再現検証のため、往路でもSCP-548-JP-Aは発生させておくことにします」

 

「リクエストは、……今度は、夜想曲第2番変ホ長調を……」

 

 

 

 

実験記録548-███・夜間臨時実験における事例

概要: 塚原上級研究員はSCP-548-JP-Aを聴き、精神的動揺を起こした。塚原上級研究員はSCP-548-JPに対し、SCP-548-JP-Aの中止を求めた。
分析: 音響分析の結果として、SCP-548-JP-Aに精神汚染や認識災害などの異常な影響力は確認されなかった。SCP-548-JP-Aの発生が中止された。その後、再度別の楽曲をリクエストした場合、SCP-548-JP-Aは発生したが、その音色は平時に比べ、わずかに音量が小さなものであった。
メモ: 実験は夜間の林道にて行っていました。同じような景色の続く夜の道を、雨に打たれながらピアノを聴いたことにより、いささか予想を超える情動体験がもたらされた、非異常性のものと思われます。また実験の結果精査時、SCP-548-JP-Aの演奏技術は非常に高い水準に至っているとの指摘がみられました。

 

この実験の後、私はすぐにカウンセリングと精神分析を受けましたが、わずかな神経衰弱を除き正常でした。普通に、感情を揺さぶられてしまったんでしょうね。……すぐに、休暇を頂きました。財団職員としてはあまり褒められたことではないと思います。感情的になること、ましてやオブジェクトの、非異常性の面に影響を受けることは。

 

最近、考えることがあります。

 

異常な事柄を扱う我々ですので、異常な事柄への体制はおのずとついてきます。つかなければ犠牲になるだけですし。

 

ですが、オブジェクトの非異常性の部分に対する情動に対しても、財団職員は切り離すべきなのでしょうか。

 

近く、自分は博士としての立場に就きます。ですが未だに、そういった面を割り切れない、……切り離したくないと考えてしまうというのは、まだまだ自分が未熟だ、ということなんでしょうかね。


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