何もないだけがあった

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最初におかしくなったのは姉ちゃんだった。

ちょっとイジワルだけど明るくて元気な姉ちゃんが、夕飯を食べなくなった。学校から帰ってくると部屋に閉じこもって、朝まで出てこない。頑張ってたバレーボールのユニフォームも、大好きだったアイドルのポスターなんかも全部片づけちゃった。めっきり口数が減った。目に見えて服装に気を遣わなくなった。

父さんも母さんも心配してたけど、高校生ならそういうこともあるって、失恋でもしたのかもしれないって、しばらくそっと、でも優しくしてあげてた。ひと月もすれば立ち直るだろうって。何かあったかって聞いたりもしたけど、姉ちゃんは「何もない」としか言わなかった。

でもある晩、姉ちゃんの部屋から小さな呻き声や歯ぎしりみたいな音が聴こえてきた。そういう合間に、姉ちゃんが小さくなにかをささやいてた。アパートの壁は薄かったから、隣の僕の部屋にだけ聞こえた。

僕は怖かったし心配だったけど、その日はそのまま寝ちゃったんだ。それが良くなかった。あの時せめて姉ちゃんの部屋に行ってれば、なにか変わったかもしれないと思う。

 

 

翌朝、朝ご飯の場に出てきた姉ちゃんを見て、母さんが倒れた、姉ちゃんは眼を抉ってた。

僕は見てない。父さんがアパートに救急車を呼んで、姉ちゃんは病院へ運ばれていった。父さんは会社を休んで、母さんを家の車で病院に連れて行った。僕もついて行きたかったけど、父さんは学校へ行けって言ったから、素直に学校に行くことにした。

学校には父さんが連絡をしてくれてたらしくて、先生がさりげなく気を使ってくれた。友達にはなにも言いたくなかったから、普段通りに遊んで過ごした。姉ちゃんのことは考えないようにして、授業中は真面目に授業を受けた。僕は始めて学校で真剣に授業を受けたかもしれない。鎌倉時代のことと、融点と沸点のことだけに集中していたかった。

放課後、僕は同じアパートのユウキと帰った。漢字の名前じゃなくて、カタカナでユウキ。無口な奴で、普段遊んだりしない。ハーフだって聞いたことがあるけど、本当かは知らない。ユウキが友達と遊んでるのも見たことがなくて、あいつは学校が終わったらいつもまっすぐ帰ってる。だから登下校も別。でも今日は、さすがに友達の家にいくのは違うと思って、僕もまっすぐ帰ろうと思って、だから帰り道、一緒になった。

アパートへの帰り道の、建物の陰になった薄暗い坂道を下ってる時、急にユウキが話始めた。一緒に帰ってたけど僕は前を歩いて、ユウキは後ろからついてくる形だった。だから後ろから、それも少し上から、声だけが聞こえた。

「なにがあったの」

ユウキが僕に話しかけてくると思わなかったから、一言目のそれを僕は無視してた。すぐにまたユウキが「なにがあったの」って聞いてきた。

「別に」とだけ返した。友達にも言ってないことを、こいつに言いたくなかった。

「何もなかったんだね」とユウキが確認してきた。

しつこいと思った。でも別にそんなにしつこくない。ただいつもと様子の違う僕のことが気になっただけで、ただ一言二言質問しただけだ。でも僕は無性に腹が立った。

「何もなかったって言ってる……」

言ってるだろ! と叫びたかった。でも僕が振り返ると、ユウキは僕のすぐ後ろまで近づいていて、振り返った僕の顔のすぐ前にユウキの顔があった。目と目が合った。ユウキの目を始めてはっきり見た。青い眼だった。ユウキは笑顔だった。

「何もないがあったんだ」

僕はなにが起きたかわからなかった。ユウキが何をしてるのか、何を言ってるのかわからなかった。僕から何が聞きたくて、僕の返事から何を理解して、何が面白くて笑ってるのか、わからなかった。ただ怖くなって、急いで走って帰った。坂を下りきった時に一度だけ振り返った。ユウキは坂の途中で立ち止まったままで、坂の上からの光で顔は良く見えなかった。

 

 

僕が走って家に帰ると、母さんが洗濯物を干してた。心臓がバクバクしてた僕は、それが母さんにバレないようにできるだけ声を落として聞いた。

「帰っててたんだ、母さん。大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。今日は午前中に干せなかったから、いまからでも干しちゃわないと」
「父さんは?」
「会社に事情を話しに行ったよ。その後はお姉ちゃんの病院に行くから帰りは遅くなるって」
「そう……」

母さんはいつも通りに見えた。いつも通りじゃないのは僕の方だ。いつもよくわからない奴だって馬鹿にしてたユウキが、あんなに怖い雰囲気になっているのを見たことなかった。怒ってるとか乱暴とか、そういうのじゃない怖さを出せる同級生の存在は、僕にとって姉ちゃんのことと同じくらいショッキングだった。しかもそれがユウキだなんて。

僕は自分の部屋に行って、姉ちゃんのこともユウキのことも考えないようにした。学校では勉強して気を紛らわせてたけど、宿題をしてたら学校のことを、ユウキのことを思い出しそうな気がした。僕はゲームに逃げた。

普段ならゲームは勉強してからじゃないと母さんに怒られるけど、今日は大丈夫な気がした。とにかく何も考えたくなかった。

僕のまだ長くない人生の中で、一番つまらないゲームの時間だった。それでも時間は過ぎていて、夕飯の時間には母さんが部屋に呼びに来た。ゲームをしてた僕を見たけど、母さんはとくに何も言わなかった。食卓には昨日までの残り物が並んだ。母さんは毎晩絶対に一品は作るってポリシーがあったはずだけど、今朝のことを考えて僕は何も言わなかった。

生まれてはじめて、夕飯を母さんと二人で食べた。我が家は普段から食事中はお喋りしない家だけど、人が二人もいないとこんなに静かになるんだと、僕は驚いた。わけがわからないけど心臓の鼓動が早くなって、頭がぼうっとして熱かった。

ご飯を食べてお風呂に入って、僕は早寝することにした。母さんはテレビをつけてたけど、すぐに消して寝室に行った。

部屋に戻るときに姉ちゃんの部屋の前を通った。なんだか急に怖くなって、でもなにか聞こえた気がして、僕は姉ちゃんの部屋の扉に耳をつけた。

 

まぁ、何も聞こえない。当然だ。

中に入ることも少し考えたけど、それは明るくなってからでも、明日でもいいやと思った。

僕は部屋に戻って布団にくるまった。でも寝付けなさそうだった。布団の中にゲームを突っ込んで、寝落ちするまでゲームをして過ごした。

父さんが帰ってきた気配はなかった。

 

 

翌朝、朝食の席には僕と母さんしかいなかった。

「お父さん、昨日は病院に泊ったって」

母さんは僕が聞く前にそう言った。僕は「そう」とだけ言って、ご飯を食べようと食卓を見て、固まった。黒焦げのパン、マーガリンに突き刺さったフォーク、握ったような跡のあるベーコンの塊、お椀に殻ごと入ってる卵。とても料理と言える状態のものじゃない。でも母さんは食卓の席についていて、僕が座るのを待っている。

まずいと思った僕は、慌てて家を飛び出した。

母さんがいよいよ参ってしまっている。家にいたままで僕に出来ることは無い。僕は荷物も持たないまま学校に行って、先生に事情を話した。朝早い学校は朝練してる運動部くらいしかいなくて、酷く静かだった。

「先生から病院とお父さんに連絡しておくから、君は保健室で休んでなさい」

僕は先生に言われるまま保健室に行った。でも朝早くだからか、保健室の先生はいなかった。でも鍵は開いてたから、僕は保健室のベッドで横になることにした。学校で二度寝ってのは、なんだか気色が悪かった。

昼休みのチャイムで目が覚めると保健室の先生がいて、親友の浩志が様子を見に来てた。

「こういう時って、出席日数どうなるんだろうな?」

浩志はのんきなことを言った。のんきなことを言う割に僕の顔色を窺ってる様子だから、こいつなりに気を遣っての冗談なんだろう。


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