諮問対象: ████ ██████ 博士 (以下、████博士と記述)
諮問官: ████████████、███████ ████、██ ██
同席したO5評議員: O5-██
<録音開始, ████/██/██ ██:██>
諮問官議長: では、提唱されるSCiPの様態についてご説明願います。
████博士: まず初めに、現在異常性を持つ物体が移動不可オブジェクトして分類される要件は次の通りです。"財団の知るいかなる手段によっても運ぶ・動かすことが出来ないオブジェクト"。これは異常性を持つ大質量の構造物であるため、あるいは土地そのものが異常性を持つため動かし様がないということを意味する場合もありますが、一方で文字通り"3次元空間において一切の外力を受け付けない状態で固着している"かのように観測できるオブジェクトが財団内に多数収容されています。
████博士: 皆様にも"移動不可"の性質について考えていただきたいのですが、まず"移動不可"というのは何に対して移動不可なのでしょうか?例えばここに"宙に浮いたまま静止し続けるリンゴ"があったとして、それは明らかに重力を受け付けていませんし、私が横から押すように力を加えてもやはり受け付けないでしょう。しかしスケールを変えてみますと、本当にそのオブジェクトが静止してるように我々が観測できるのであれば、オブジェクトは地球の自転に沿う形で、我々人間あるいはリンゴの周囲にある建造物と同期して宇宙空間を運動していると言えます。もっと大きなスケールで言えば、地球は太陽に対し公転し、太陽系は銀河の渦の中を周回し、そして銀河は宇宙の拡大に合わせて特定の方向に並進しているというのが現在の定説です。つまり、我々が観測可能な"移動不可"オブジェクトは"真に一切の移動を許さない不動の"オブジェクトではなく、"我々に非常に都合のいい形で運動を続けているが故に、あたかも不動であるかのように見せかけている"オブジェクトなのです。
████博士: 従って次に現れる問題は、"そのようなオブジェクトの運動は一体何と同期しているのか"というものになります。先程述べた例から素朴に考えると、宇宙空間における地球の大域的な運動とは同期していると考えるのが自然でしょう。何故なら仮に地球外の何かしらと同期しているのであれば、オブジェクトの発生と同時に地球の自公転運動と乖離した運動を示し遥か彼方へと置き去りにされてしまいます。もちろんそのようなオブジェクトの発生を否定するわけではありませんが、少なくともそのようなオブジェクトは我々財団が収容する以前に観測すら困難でしょうから、ここで敢えて議論の俎上に挙げるべきではないでしょう。さて、ここまでの説明で何かお尋ねしたい点はございますか?
<数秒の沈黙>
諮問官議長: 問題ありません。████博士、説明を続けて。
████博士: 承知しました。では、より局所的な運動について目を向けるとある傾向が判明します。第一に非常に局所的な例として、例えば移動不可オブジェクトの周辺を囲うように財団の収容施設を建てる、あるいはより自然的に発生した地盤沈下のような局所的な地形改変に対して、相対位置の維持という形で反応するオブジェクトはまず見当たりませんでした。移動不可なAnomolousアイテムを対象とする確認実験において、少数の解明済みである異常性に紐付く変化を見せた実例を除けば、ほぼ全てその絶対位置を変化させないという結果に終わっています。そのため、原点に生じた運動の同期をオブジェクトに強いるような座標系は、オブジェクト近傍の地表に存在しないという結論になるでしょう。
████博士: 次に第二の例ですが、地表を覆うプレートの運動にはオブジェクトが同期した運動を示すことが観測結果から判明しています。これは我々が行った実験ではなく、████に存在するサイト-████の収容オブジェクトSCP-████の██年に及ぶ収容結果から導かれた結論です。████は年間数cmというオーダーで北西方向に移動しており、SCP-████が真に移動不可であれば██年間で収容を開始したポイントから█.█mは相対的に移動しているのが正しいはずです。しかしSCP-████は現在も同一の収容施設で移動不可の観測状態を保っています。これは明らかに████が乗る█████プレートの運動とオブジェクトの運動が同期していることを示すでしょう。
████博士: 以上の二例から、移動不可オブジェクトの参照する座標系は、土地スケールの局所性を持たないがプレートスケールの局所性を持つと結論付けられます。「そんなのおかしいじゃないか」というお顔をされていますね、議長。そう、おかしいんです。"オブジェクトの移動不可性は近傍の地形に依存する"という方が遥かに理解し得る話になったでしょうし、オブジェクトがプレート運動を解して自身の位置を同期させるという点の蓋然性があまりにも低い。それに、プレート運動は当然プレート毎に異なりますから、ある意味で移動不可オブジェクト群は好き勝手移動しているとも言えます。では何故このような状態でオブジェクトの運動がプレートと同期しているのか、それを説明するために我々が置く仮説が、ええ、3番の資料をご覧になってください。
████博士: はい、ご覧になった通り、プレートテクトニクスによる地動説球体座標と天動説平面座標の乖離になります。
諮問官A: 一言宜しいかな、議長。
諮問官議長: ええ、どうぞ。
諮問官A: ████博士、私は別に茶化すつもりは一切なく、あくまで議論の前提を確認をしたいだけなのですが、あなたは天動説、加えて地球平面説までもがある意味で正しいという前提を以ってこの理論が成り立つと言うのでしょうか?
████博士: その通りです。もう少し正確に言うと、地球表面に地動説由来の球体地球座標と天動説由来の平面地球座標の変換が成り立てば、先に述べた移動不可オブジェクトの不可解な特性に蓋然性が生まれます。地球の球体形状と運動法則の大前提となる地動説が支配したこの世界で、対応するポイントに存在する天動説世界の物質が異常性を伴って観測できた結果、我々の運動法則には一切従わずテクスチャとして地球表面プレートにへばりつくだけの移動不可オブジェクトになる、というのが我々の見立てになります。
諮問官B: 続けて私からも確認させてください、████博士。天動説と地球平面説を満たす世界が存在するという根拠は?
████博士: 天動説については地球平面説が成立すれば直ちに成立すると見てよろしいでしょう。その上で地球平面説については、我々もSCP-1372の存在を既に把握していますので。
<数秒の沈黙>
諮問官B: なるほど、わかりました。私からの確認は以上です。
諮問官A: 私も以上です、████博士。
████博士: 話す順番が前後しましたが、我々は座標変換を成立させるにあたって、地動説球体地球上における天動説平面地球の西端地平線としてのSCP-1372に着目しました。西端地平線の正確な座標観測はその異常性から困難ですが、計算にあたっては報告書に記載されている"西経██°██'██"、南緯██°██'██"から██°██'██"までの場所に位置する測地線分"の中点に現在の平面地球の西端が存在すると仮定します。
████博士: シンプルに考えればそのポイントを通りかつに測地線分に直交する大円の円周こそが平面地球における直径に相当するものであり、大円上のどこかに平面地球座標系の原点が存在するように思えますが、そのように捉えてしまうと移動不可オブジェクト群がプレート運動に同期する事実を解釈できなくなるため、そう単純ではありません。このギャップを埋めるのがプレートテクトニクスによる地動説地表座標と天動説地表座標の乖離、つまり天動説地球においてプレートテクトニクスが生じず、我々地動説地球上の大陸配置とある時点から乖離し始めたのではないかという理屈です。
諮問官A: 待った、待ちなさい。████博士、SCP-1372を平面地球における地球の端点とし、重なり合う球体地球座標と平面地球座標の対応を取ろうとした事自体は確かに我々も納得がいきました。しかし時間方向にまで不定性を設けてしまった時、拘束条件がSCP-1372の位置しかない以上、解を一意に定めることは極めて困難ではないですか?そこについての説明がなされない限り、SCP-XXXX-JPがあなたの言う"天動説平面地球座標系の原点"であるとしたオブジェクト認定は難しいと言わざるを得ません。
████博士: そのように判断されるのも尤もな話だと理解はしています、諮問官。率直に言いますと、ここから先は我々は仮定を積み重ねたのみであり、事実として実証できた要素はありません。ただ結果に対し蓋然性があるかないか、それだけの議論になります。
<████博士が手元のポインタを操作、スクリーンには点が複数プロットされた世界地図が映し出される。>
████博士: 我々は時刻をパラメータに含めた、SCP-1372の測地線分を接線としその中点を接点とする円盤状領域と球状地球の投影遡行シミュレーションを行いました。プロットされている各点は現在財団が収容しているオブジェクトの位置を表しています。時刻はプレート運動の変数でもあり、当然SCP-1372が乗るプレートの変数となるわけですから、SCP-1372として引かれる測地線分の位置・角度もやはり変化します。プレート沈み込みによる球状地表からの零落まで考慮しているため通常の方位図法とは異なる投影が必要になりますが、このシミュレーションで得られるのは平面地球が球状地球とプレート運動を同期しなくなったタイミング、およびその時点での平面地球における大陸地図とSCP-XXXX-JPの正確なポイントになります。
<████博士が手元のポインタを操作、スクリーンに映し出されたシミュレーションがスタートする。>
████博士: このシミュレーションを実行した結果をお見せしましょう。当然ですが、本来対応するはずのない空想上の平面に無理矢理3次元空間上の球体表面を貼り付けているわけですから、シミュレーションの初期の段階では通常の方位図法と同様に無理な投影が行われます。大陸歪曲や大陸上に現れる地平線、そして分裂……。時間スケールを大きくしましょう。近代から近世へと遡り、中世、古代、そして先史時代……。
████博士: お気づきになられましたか、諮問官の皆様。このシミュレーションを続けていくと我々はある大陸を目の当たりにすることになります。かつてウェゲナーが提唱し、現存する六大陸の大元となった古生代末期の超巨大大陸、パンゲアです。
<数秒の沈黙。シミュレーションは古生代まで遡行し、六大陸を結合したパンゲアを平面地球上に投影した結果がスクリーンに表示される。>
████博士: というわけで、目的の年代まで遡行が終了しました。まず1つ目の特徴として、SCP-1372を西側端点とした場合先程述べた"無理な投影"はほぼ発生しなくなります。もちろん球面上の領域を平面に貼り付けているため多少の形状の差異はありますが。
████博士: そして2つ目、これが私が今回オブジェクト申請を行った最も大きな理由なのですが、この円盤の中心、SCP-XXXX-JPは一体どこを示しているでしょうか?この場所に見覚えがある方もいるのでは?
O5-██: [O5評議会権限による完全なデータ破棄]
████博士: やはり、ご存知なのですね。O5-██。ここに何があるか、私自身詳しく把握してはおりませんが……"移動不可オブジェクトの参照する平面地球の原点が、パンゲアが分裂を開始する直前のこのポイントに合致している"、このシミュレーション結果をあなた方O5評議会に伝えるべきであろうことは私にもわかりました。だからこそ私は、あなたとこうやってアクセスするためにこのオブジェクトに"形而上学的性質がある"と提唱したのです。さて、いかが致しましょうか。
O5-██: 結構だ、████博士。この結果を以ってSCP-XXXX-JPとしてのオブジェクト指定をO5評議会で検討しよう。
諮問官議長: 宜しいのですか、O5-██。
O5-██: 構わない。ただし[O5評議会権限による完全なデータ破棄]の調査は我々O5評議会の特命で行われるべき事項であり、仮にオブジェクト指定がなされたとしても君たちによる大規模な調査は許可されないだろう。それでも構わないかね?
████博士: 問題ありません。ご検討の程、宜しくお願いいたします。
<録音終了, ████/██/██ ██:██>
以上の諮問を経て、SCP-XXXX-JPはSCiPとして登録されました(O5評議会において賛成8:反対5)。なお、オブジェクトクラスはSCP-XXXX-JPが現時点で未収容・未観測であることを踏まえ、仮説的に存在が提唱されるオブジェクトに使用される接尾辞が付記されます。またオブジェクト指定に伴い設置された研究チーム及び予算については、シミュレーションで描かれた原点軌跡上の調査(O5権限を要する領域を除く)、移動不可オブジェクトの参照機構解明等に用いられています。
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