色付きの風のち空白の空、そしてときどきEMMAの雲
TV


おはようございます。私、Xchtl'krnssが月曜の天気予報をお伝えいたします。週末の熱波には……

テレビに映った彼の姿を見て、私は深い谷へ沈んでいくような気分になった。
よもや、テレビ番組というものがここまで落ちぶれて下劣だとは思わなかったからだ。呆れを通り越して、憐憫が頭に流れ込んできた。

平日11時に、肌を青緑に塗った中年男が稚拙なお笑いをやる番組を誰が見るのだろう?
スポンサーに玩具として弄ばれた結果なのかしら、と私は声には出さずに冷笑した。

今週は酷い天気になるとか、尤もらしい嘘を吐いたのち、青緑男はにたりとして口を開いた。

……しかし、火曜には色付きの風が吹き暑さは和らぐでしょう。
残念ながら、雨は明日から5日間降りません。園芸がご趣味の方には悪いニュースですね。
エアコンをお持ちでなければ屋根の上で眠られてはいかがでしょうか!

ああ、面白くない。くだらない。馬鹿馬鹿しい。
男が画面に向けて手を挙げ切るよりも早くリモコンを持つと、すぐにチャンネルを変えた。次のチャンネルは報道番組。あの地獄のような番組と違って不快ではなかった。だが、情報は今朝に新聞に見たものばかりで、退屈なのに変わりはなかった。

定年後にテレビの前が定位置になるなんて、現役時代の私は思っていなかった。そんな怠けた人間に私がなるはずがないと、暗に見下していた。故郷を出てグラスゴーの経理事務所に入り、日々を事務所に捧げた。休む時間も、老後を憂う時間もなかった。貯蓄があれば成功している。それが計画だった。
趣味は持たず、友人はビジネス。男との恋と、結婚の非生産さは知れていた。親に資金は送り、文句は聞かなかった。

そして今、私はテレビの前にいる。
我がマニングツリーではどの企業も高齢者インターンを受け付けていない。読もうと思っていた名著は老眼で碌に読めない。観るべき映画のリストには何も残っておらず、映画館は金を浪費して作られた娯楽映画しか入荷しない。
最早、テレビの前以外に逃げ場はない。墓場はここだと縛り付けられている。
テレビが放出する映像と音はその考えを掻き消してくれる。流動する情報は隙を与えてはくれない。
思考停止が、年老いた私には異様に心地よかった。

果たして私に何が残ったのだろう。
資産と、農村での平坦な生活か。それでも羨まれるには違いない。違いないのだが。
空虚という単語が脳の奥で過ぎ去った。
何もかもがそうなのだ。あの、意味のない天気予報と一緒で。

目を瞑った。私の一日が、何も成せないまま終わっていく。


翌朝、私は定位置に着いた。
チャンネルを切り換える作業を続けても青緑の男は現れない。肘掛けに肘をつき、惰性的に画面を眺める。
壁掛け時計は11時を告げようとしていた。

私の視界を、吹き流しのような何かが遮った。透いた赤い色をしていた。
赤は私に当たって、優しく線に別れる。それは朝の涼やかな東風だった。
開けっ放しにしたテラスの窓。目はそこへ吸い寄せられる。

自然と、私はソファーから立ち上がった。
広い東の農地へと、ただ衝動により突き動かされていた。


wind


空が色に撫でられ、移ろい変わる四色をぼうっと眺めた。
風はマニングツリーごと、私を染め上げようとしていた。


不思議な夢を見るようになった。
一番最初に見たのは、赤い風が私の顔に当たって弾け、外へ出ると世界が美しく着色されている夢だ。
他にも雲がふわふわの綿菓子になって降ってくる夢や、星がまるごとぱらぱら落ちてくる夢。逆向きの雷が黒雲を貫いて、燃え盛るような危険な夢もあった。
よくわからない間を置いて、私はこの夢を見続けている。
感覚として妙に現実だった。しかし、そんな天気はマニングツリーはおろか、イギリス全土で起きた様子はない。

これは何を示しているのだろう。フロイトに尋ねてみたいが、色付き風なんて些細な項目があるはずがない。
ただ、もし本当に起きたら、とは考える。近隣でおとぎ話が巻き起こったら、それはそれは楽しいだろうに。

皆さん、今日の天気は特に素敵ではありません。
雲は泣いてはいませんが、ぐずぐずと留まり続けるでしょう。ちょうど……ここに。
暗くなるでしょう、多分。ええ、日焼け止めのことは忘れましょう。

放送協会によると、この天気予報はタチの悪い悪戯らしい。空きチャンネルを電波ジャックして放送するのがコントとは、随分な暇人なのだろう。

今日も私は頬杖をついて、この番組を流し見していた。
意外にも、不快感は以前より感じなかった。番組そのものが面白いわけでは決してない。
次はどんな手を使ってくるか、どんな想像もできない嘘を吐くかが気になり始めていたのだ。毎日チャンネルを弄っているとわかるが、この番組は不定期に放送する。視聴者はそれをテレビの前で待つしかない。
白い日々に振り撒かれたスパイスのようだった。ほんの少しだけ、今日を過ごす理由をくれる。

ふと思えば、夢を見始めたのはこの番組に遭遇してからだったような気もしてくる。
思考の奥で、私を吹き抜ける多彩な風の断片が再生される。思い出すには深層に沈んでいて、微かにしか残っていない。
いつかはあんな出来事が実体を持つのだろうか。それも、時間の流れに身を任せる勇気を私に与えていた。


しかし最近、どうにも夢見が浅い。童話みたいな夢が現れることはなく、夜は闇が埋めている。
番組も、このところめっきり放送がない。
あの男の身に何か不幸が? 私には関係がないはずなのに、胸が不安を騒ぎ立てる。

いつの間にやら、私はあの馬鹿げた番組を待ち望んでいる。次の回が見たくて仕方がない。
きっと私は夢と番組を結び付けて考えているのだろう。放送が行われれば鮮やかな風景に立ち会えると信じて。
そんな堅実でないことは、少し前までは思いもしなかった。

テレビを見過ぎた作用なのだろう。今の私は、堅実でないことが悪とは限らないという青臭い思想に貫かれている。
客観視して、笑いたくなった。同時に、この笑いは皮肉だけで構成されたものでもないのだろう、と頭の隅で思った。

考え詰めているうちに、空気が吸いたくなった。テラスの窓を開け、外の風景を見る。


empty


外はもう暗くなり始めていた。
退屈な空が広がるばかりだった。


ある日から、番組には電話番号が掲載されるようになった。

皆さん、長らくお待たせしてすみません。
その……最近は特に注目すべきことは起こってないと思います。Juk-jukに向かってとても忘れやすい比率の風雨が進むでしょう。
ああ、それと、この番号に電話していただければ、あなたをこの番組のスポンサーとする手続きを……

二ヶ月の間が空いて、突然行われた放送だった。
青緑男の足元にテロップが表示され、国際電話以上に長い数字の羅列が流れた。

何事かと思ったが、異変はそれだけではない。
音質、画質が非常に悪く、ホームビデオを思わせた。ガサガサと雑音が男の声を掻き消してしまう。
私は気が付けば口許を手で覆っていた。そして、次回には改善されるように願った。

日々を不安で過ごす破目になった。
ソファーの前、空虚な停滞状態に戻りたくはなかったのだろう。
願いが通じて次回が来るよう、楽観は捨てぬようにして、毎日チャンネルを回した。

白い線が画面を走った。日頃の番組とは違う、前衛的なオープニングが始まる。
番組は続いた。そう思ったが、しばらくの間を置いて、心には落胆が積み重なった。
画面には太い線がヒビみたく刻まれたままだったからだ。

……ああ、もう放送が始まってる。ええと。
それで、天気は……私にはこれ以上分かりません。その……今までほどすごくはないでしょう。

男はやつれていた。目の下は青緑を濃くした色で塗られ、落ちぶれた道化のようだった。
ふらふらと目的なくカメラへ歩み寄り、顔が大きく映る。

それはこの辺りに来るでしょうし、私も考えを変えるでしょう。
……みんな私を愛してる、そうじゃないですか?


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