かつて、全てが藻屑へと消えて流れていった私の故郷──サミオマリエ共和国が、復興の気運高く大躍進を遂げた、2026年現在。
ポーランドを中心に世界のヴェールが崩壊したあの1998年が到来する2年と数ヶ月前に、鮫を殴ることに命を掛ける、あのSPCの連中によって滅ぼされ掛けた私のかつての故郷は、今や正常性維持機関の介添えすらなくとも国体を維持することが出来るようにさえなった。
これは、あのサミオマリエの生き残りとして生きながらえた私にとって、まさに願い続けていた夢そのものだった。むしろ、これが現実だということを実感しても良いのかとさえ思うほど、疑わしく思うほど嬉しい事実だった。
「サミオマリエ独立共和国」。
財団との縁のあった私の積極的な活動が実り、2020年に世界各国に散り散りとなった生存者たちがかつての南太平洋の海底へと集結してその樹立が宣言された、新たなサミオマリエ。
公式にはそのような名前で呼ばれていたが、もっぱら私や、かつてのサミオマリエを知る同胞達は、親しみを込めて「サミオマリエ共和国」と呼ぶ者も少なくはない(実際のところかつては共和国とはほど遠い国家体制だったのだが、国の概念を学習した祖先が名前に取り入れたものらしい)。
SPCの猛攻によって引き裂かれ、壊され、何も残っていなかった更地に次々と建てられた岩やサンゴで出来た美しい建造物の街並みは、今やサミオマリエ共和国の名物ですらあった。ヴェールが引き剥がされたことによって外交関係も増え、首都であるロロトには地上人向けの気泡区画も設置されている。
地上人用の水中呼吸システムの確立もあって、今やサミオマリエは観光地としても人気のスポットとなっている。
私はそんな新たな故郷が好きでたまらなかった。今となってはここに住む皆は、あの日の惨劇で失われたものを取り戻さんとすべく、今の幸せをかみしめているように思えた。それは私も同じくそうだったし、復興大臣としての役務を終えてからは、ロロトに構えた家で夫と子を授かり、そこで余生を過ごしている。私が得たかった、得られるはずだった幸福を28年越しに享受していた。
「ミティ、オラタガ。あまり遠くへ行ってはいけないよ」
「大丈夫だって、ちょっとそこまで遊んでくるだけだから、ねっ、オラタガ!」
「う、うん……」
「遊びに行くのは良いけど、観光エリアに行く時はせめて何か纏いなさいね」
「分かってるってー!」
「あと、気泡区画に入ったり、地上人とは変に関わったりしちゃダメだからね?」
「もちろんわかってるってば!」
そう言って、赤珊瑚でできた扉を開けて、泡を掻き立てながら勢いよく飛び出すミティと、それに無理矢理連れられて少し押され気味のオラタガ。
無邪気な笑顔を振りまきながらはしゃいで魚尾をはためかせる子供たちに、私は心配そうに胸巻きと腰巻きを渡す。どうしようもない子たちね、私は独り言のようにそう呟きながら、2人が出かけていくのを見送った。
部屋へと戻った私は、旦那が今日の分の食料を調達し終えるのを待つ。地上人の技術を学んだ同胞が作った水中用テレビを眺めながら、平穏で静寂な時が流れる居間で、私はぷかりと浮かんでいた。
ここで速報です。日本政府は現地時間で本日正午に開いた会見で、SPC分派の過激派組織、「ラディカルSPC」を国際テロ組織として認定することを発表しました。これはスペイン、コモリザメ、アメリカ、ポーランド、サミオマリエ、フランスなどに次いで7番目となる国際的な認定となります。同国では国家憲兵庁などの公安組織によってラディカルSPCを重要指定取締団体として認定していましたが……
テレビに映る同胞の女性が、今日の時点までのニュースを報道していたと思えば、突然読み上げ始めた速報。それは、私たちにとっては決して他人事などではない旨の内容だった。"SPC"、そのアルファベット3文字の並びを耳ヒレに受け止める度、あの日の出来事が、これまでの苦難に満ちた人生が堂々巡りのように脳髄を駆け巡っていく。
「クソッ……」
今や、復興後のサミオマリエは自分たちで戦う術も、多くの国からの援助も得られるようになった。サミオマリエ自衛軍に属する同胞たちは、地上で積んだ殴打訓練によって、地上人とも引けを取らないほどの戦闘能力を持つに至っていた。それほどSPCの連中と同等にやり合えるだけの力を持っていてもなお、連中の名前を聞くだけでここまで怯えなければならないのか。私は、連中の名を聞いただけで怯え震えてしまう自分の姿が、何より嫌だった。
ふと、子供たちの姿が脳裏に映る。今年で12歳になる実の娘のミティと、息子のオラタガ。サモア語で「夢」「救い」と名付けられた2人の子供たちが幸せそうに遊んでいる様を見て、かつての私の姿を重ねてしまう。私が体験することの出来なかった、家族と生きた幼少期の日々に思いを馳せて、私は決意する。
決して、あの子たちに、私と同じ経験をさせてはいけない。あんな惨劇を二度と繰り返してはいけない。静かに私はそう呟いて、水掻きいっぱいに海水を手に握った。
「ねえ、さすがにこのまま行くのはマズいよ、姉ちゃん」
「何言ってるのよ、いつもよりちょっと遠出してるだけじゃん!」
ミティとオラタガ。2人のサミオマリエ人の子供が、ロロトを離れるように泳いでいる。しばらくすれば、まるで鏡面のように都市郊外を映す半円状の気泡区画が見えてくる。郊外だとは言っても、未だ多くのサミオマリエ人や水中呼吸システムを備えた地上人がその場には行き交っていた。
ミティはオラタガを引っ張るように、2人は海底の建物の間を縫うかの如く泳ぎながら、街中を探検するように進む。先へ行くごとにサミオマリエ人よりも地上人の数が増え、その度に奇異な目が向けられていることに、オラタガは不安で仕方がなかった。しかし彼が最も心配を向けていたのは、そんな視線を受けていることを僅かにでも気にする素振りを見せない姉に対してだった。
「ねえって、姉ちゃん……もうここ観光エリアじゃないの? 何も付けないで行っちゃダメって母ちゃんが」
「んもう、オラタガは怖がりだなぁ。サミオマリエ人って服を着て泳いでる方が危ないんだよ? 胸巻きとか付けてるとエラが塞がるし」
「そ、そうだけど……みんなに見られてるよ……」
「そんなの気にしちゃ負けよ!」
無鉄砲にぐんぐんと進んでいくミティのことが、オラタガはただただ怖かった。なぜなら、姉が向かっているのは、母に強く行く事を咎められていた気泡区画が立ち並ぶ方向だったからだ。
「そっちは本当にダメだよ姉ちゃんっ! 母ちゃんに怒られるよ!」
「ちょっ、何逆の方へ泳ぎ変えそうとしてるのよ! 一度で良いからあそこの秘密を知りたいと思った事無いの?」
「だ、だって何かあったらダメだし、怪我とかしたら……」
「大丈夫だって、姉ちゃんに任せときなよ。ちょっと中を見て、それで終わりだからさ」
「うぅ……」
姉の強気に顔を寄せてくる態度に、いつも弟であるオラタガは弱い。眼をあくせくさせながら、自分ならなんとかできると屈託無く口角を上げられるミティの無根拠な自信に不安を覚えつつも、彼は「そこまで言うなら、見るだけなら」と押されて同意してしまった。ミティはその言葉を受け、なら早く見に行こう! とはしゃぎながら気泡区画へと有無も言わせずに引っ張り泳いでいった。
「うーん、これってどういう風にすれば入れるのかなぁ」
「……」
ロロトから南側に離れた地域、タラファタイ。観光エリアとして開発中の地域であるここは、先とは違って人影は少ない。薄暗い水中に影を落とす2人は、気泡区画の側面にまでやってきたところで、ミティは困ったように首をかしげていた。
鏡面で向こう側の見えない気泡の壁をブヨブヨと弾力を持って押し返してくる感覚を感じつつ撫でながら、どうにも中へ入る方法が分からずにいるようだった。見たところまだちゃんと動いてる気泡区画ではないのだろうか? ……そんなことをミティは考えながら、柔らかい壁面を何度も叩きながら、侵入方法を探っているようだった。
そんな後ろでオラタガは、ミティがこのまま諦めて引き返してくれれば何のことも無い、正直にこんなところまでやってきてしまったことを母親に打ち明けて、少しきつめに鼻をつままれて終わるだけで済むと思ったが、そんな僅かな願いすらも、ミティの突拍子もない行動によって簡単に打ち砕かれてしまう。
「まぁ、突っ込めばなんとかなるか。えいっ!」
「えっ、ちょっ待っ……うわぁっ!」
ミティがオラタガの手を引きながら、助走を付けて一気に壁へと突進する。壁面は急激に撓みながら、ボツンと向こう側へと突き抜けた。直後に待っていたのは、数メートルほどの床との距離だった。
びしゃっ
「「「ふげっ」」」
表面張力が働くため泡が割れることはないものの、その結果として水に包まれた2人の塊が、飛沫を上げて乾いた床へと落ちる……と思われていたが、3人目の吐いた間抜けな悲鳴と共に、そのような痛々しい結果に陥る可能性は回避された。
「っててて……まさかこんな高さがあるなん、て……?」
「ねっ、ねねねね姉ちゃん……っ!」
先に起き上がっていたオラタガが、がしりとミティへしがみつきながら、周囲の様子に怯えている。彼女も状況を把握しようと首を持ち上げたところ、直後に強いフラッシュライトが向けられ、開いていた瞳孔を縮めさせられた。
「誰だ! ……って、サメか?」
「ああ、サメだ。どうやら子供みたいだな」
「どういうわけだ、ここには誰もいないんじゃ無かったのか?」
光の向こうから聞こえてくる、野太い声々。自分たちの方をじっと凝視しながら次々に発せられる言葉は、彼らを明確に怯えさせるに足りるだけの要素となった。
「まあ待て、落ち着け。今ここで事を荒立てれば今後の作戦に響く」
「局長、ですが相手はサメですよ。我々がやるべきことは……」
「黙れ若造。お前もあいつらのような殴殺狂いになりたいのか」
「いえ……」
向けられていたフラッシュライトが撤回されると、涙を目に浮かべていた2人のサメの子にも分かるように、ライトを床へと向ける。反射光で露わとなったのは、浅黒い肌に拳の刺青を入れた、傷跡だらけの人間の大男たちだった。
「こんなところで何をしているかを聞く前に、ひとまずそいつから降りてやってくれないか」
数名の男たちの中でも、一際大柄な男がしゃがんで、2人に語りかける。ミティとオラタガがその言葉と、男の視線の向けた先では、別の男がもごもごと藻掻きながら立ち上がろうとしているのが見える。その原因は自分たちが尻に敷いていることに依拠するものであることは、彼らにもすぐに理解出来た。
男から2人が降りると、ゆっくり後ずさっていく。男に対し先に声を上げたのは、意外にもオラタガの方だった。
「ぼ、ボクらを、殺すの……? 見たこと、ある……お、おじさんたち、S、SPCの人、だよね……?」
「……」
ミティはオラタガに「話しかけちゃダメ」と牽制するも、2人とも落ち着ける状況になどあるはずもなく、ただただ逃げ道のない状況に絶望するばかりだった。
「何故、そう思ったんだ?」
大男がオラタガに問う。その眼はまっすぐと彼の怯えた顔を見据えている。
「そ、その……か、かか母ちゃんが、手の絵と傷のある人間には、近づくな、って……そいつらは、ボクらサメの人を殺した人だから、って……」
「……なるほどな」
男はゆっくりと立ち上がり、一度深呼吸をして、さらに続けて言う。
「確かに、君の言うように、我々はSPC、サメ殴りセンターの南太平洋支局の人間だ」
男が、オラタガの言葉を事実として認めたことで、2人はさらに恐怖した。他の男共が握った拳が、彼らの恐怖をさらに煽り立てていく。
「だが、安心して貰いたい。我々は決して君らを殺すことはおろか、殴りすらするつもりはない」
「……どうして」
次に言葉を続けたのは、姉であるミティの方だった。彼が発した、サメ殴りの理念と真っ向から反する答えに疑問を持ったのは、ミティの方が早かったからだ。
「話せば長くなるが、理由は2つある。1つは、我々と君たちサミオマリエ人との間で取り交わされた約束があるからだ」
「……約束」
「そうだ、約束だ」
自分たちに危害を加えるつもりはないと語る男に、僅かに安心した2人だったが、まだ完全に信用したわけでは無いことは目に見えて分かる。だが男は臆すること無く続ける。
「我々が20年以上前に起こしたサミオマリエ共和国の壊滅事件の責任のため、君たちのような、知能を持ったサメには一切手を出さないということを誓ったのだ。それ以降、我々はこの国が復興してから、手を出すことは一度としてなかった」
「本当に、そうなの?」
「ああ、少なくとも我々SPCはそうだった」
男は少し俯きながら、さらに続ける。
「だが、それも変わってしまった。我々の、私の部下のやらかしによって、今や世界各地でとんでもないことになっている。その尻拭いのために、我々は今ここにいる」
2人は怯えながらも、男の話す内容をじっと堪えて聞いていた。いつ殴り殺されてもおかしくないはずの状況なのに、微動だにすることも無く面と向かって離し続ける男に、ミティもオラタガも、次第に落ち着きを取り戻しつつあった。
「……分からない。分からないよ」
ミティは、床に座ったまま頭を下げ、尖った牙をかみしめながら静かに、そうでありつつも強く訴えかける。
「お母さんは、サメ殴りセンターは絶対に許すべきじゃないって、私たちの先祖をボコボコに殺したって、だから、私もそんな人たちに良い思いなんて持ってなかった」
「……」
「今だって、あんたたちが私や弟を殴ろうと思えば、いくらでも殴れるし、やろうと思えばまた私たちの家も家族も、粉々にできるはずなのに、あんたたちがサメ殴りセンターなら、それぐらいやるに違いないって、私はずっと思ってた、そのはずなのに……」
「……」
「ニュースで見るサメ殴りセンターの事件みたいに、どうしてやらないの。約束なんて知らない、そんなものはないって勢いで襲ってくるような奴らだと思ってたのに、どうしてサメ殴りセンターを名乗ってるあんたたちなのに、サメが目の前にいるのにそんなに理性的なの!」
「……」
「分からない、どうしてなのさ……」
ぽろぽろとこぼれるように、眼を顰めて語調を強めていくミティ。オラタガは彼女の後ろで優しく背中を撫でながら、今まで見せたことの無い姉の泣き顔を心配げに眺めていた。
彼女が話し終えたところで、男が身体の向きを右側に居直らせ、側近の男が囁いた声に耳を傾ける。直後、男は2人の側へと回り込み、その小さな身体を軽々と持ち上げた。
「えっ、うわっ……!」
「ちょっと、何をするの!」
「そいつの答えは2つ目にある。だがそいつを伝える前に……ここを離れた方が良い」
「な、なんで!」
「あいつらが攻めてきたからだ」
男がそう言って見上げた、気泡区画の直上。内側から見える青色の光が差し込む天井に見えたいくつもの影は、ゆっくりとロロトの中心地へ向けて進んでいた。
「どういうこと……一体、何があったって言うの!」
水中に鳴り響く、轟音のような警報音。海の向こうに至るまで響いていくその音は、街中に木霊しては住民たちに危急的状況が発生したことを伝えていた。
私はその音を聞いて、即座に家を飛び出す。近所に住んでいた人々は一様に大事なものを抱え込んで、自衛軍の隊員たちが示す方向へと向かって逃げていた。
何がどうなっているのか分からず、私は混乱していると、隊員の一人が私の方へ泳いで来て、避難を促してくる。
「もしかしてママナさんですか?! 今すぐコーヴ方面へ急いで逃げてください、もう南側のタラファタイ方面は封鎖済みです!」
「どういうことですか、一体何が起きてるんですか」
「SPCが攻めてきたんです、またここに……サミオマリエに!」
「何、ですって」
目の前が真っ白になる。まさか、またあの惨劇がここで繰り広げられるのか。私はそのまま全身の力が抜けて、どこかふわりとした感覚に陥る。隊員が私の肩を揺すって避難を促そうと必死になるも、冷静さを失った様子を見て強引に私を連れて行こうとしている事だけが分かった。
「……ダメ。ダメ」
「どうしたんですか、急がないとじきにここも……」
「ダメです、私の……私の夫が、子供たちが」
「フィレムさんなら先に避難をするよう誘導しましたが、お子さんたちは……」
「いけない、あの子たちを探さないと、今すぐに!」
まだ、子供たちは出かけたまま帰ってきていない。私は色々な結末を頭に駆け巡らせ続ける。最悪の想定が次々に脳裏に焼き付き、その度に身体の震えが止まらなくなる。今すぐに探しに行かなければ。私はもはや、誰の言葉も耳ヒレに入りはしなかった。
直後、タラファタイの方角から爆発音と共に、高く登る気泡が映る。私のロレンチーニ器官に伝わる僅かな圧力の変化と、おびただしい数の感じ慣れない人の気配……そして、その中にたった僅かに感じられた、身に覚えのある気配が、こちらへと向かってきているのが分かった。私はその時点で確信した。
「ママナさん、急いで逃げましょう、あなたのお子さんは我々が捜索しますから!」
隊員の言葉を最後まで聞くか聞かぬかのうちに、私はその方向へ向けてヒレをはためかせ続ける。私の姿が見えなくなるやいなや、隊員はそのまま先の方へと避難していったのを見て、もはや後戻りなどできない状況にあることを悟っていた。
タラファタイの開発地域は既に死屍累々であった。いくつか存在していた気泡区画は破壊され、水中呼吸システムを身につけていなかった地上人は水圧に耐えられずに潰えていた。生き残り、逃げ惑っていた同胞や地上人たちも、攻め込んできた影の群れに捕まっては、何度も何度も吹き飛ばされていた。
私は彼らの視界に映らぬよう、破壊された建物の岩陰に隠れて周囲を見渡す。鼻先で感じる気配は、そのほとんどが人間の気配。そしておびただしい血の臭いと死臭。あの時、30年以上前に感じた記憶が蘇る、あの臭いだ。
私は怖かった。このまま見つかれば、きっとまともに子供たちを探す前に彼らと同じ末路を辿るだろう。連中に拳を振るうにも、サメを殴るという目的のためだけに開発されたであろう重厚な装備を身に纏った屈強な人間相手に、軟骨でできた素手の私が勝てる見込みもない。戦うことを諦めたわけではないが、私には守るべきものが出来た。こんなところで無用に命を散らすようなことは、あってはならない。
そう分かっているが、だからこそ、子供たちを見つけなければならないとも確信していた。私は拳を握りしめ、音を立てずに岩陰から岩陰へと、彼らの目を盗んで先へ進む。
気配、気配を感じる。ミティとオラタガの気配。2人の存在が、先に進むごとに如実に分かる。これだ、間違いない。この先に、子供たちがいる。自然と私は心が締め付けられるような感覚に陥りながら、その気配のする方向へ泳ぎ進んでいく。
もうすぐ、もうすぐ。あと少しで、あの子たちに……
「おっと、こっちにもサメ発見っと」
「……ッ!!」
目の前にぶつかりかけた筐体。威圧的な紋様が描かれたパワードスーツが、私の前に立ちはだかる。
無心で2人を探していたのが仇となったのだろう、ついに見つかってしまった。
「そんなに急いでどこへ向かうつもりだい?」
「クソッ……」
「おいおい、サメ女風情がそう慌てるなよ。まだまだ先は長いんだぜ?」
パワードスーツから聞こえてくる、下卑た薄ら笑いと小汚い声色に私は耳ヒレを傾けようとせず、退避ルートを探すも、すぐに周囲を取り囲まれてしまう。もはや逃げ道も無く、私は追い詰められてしまった。
「ウォールズ、イリーゼン、ガルド。そうむやみやたらに捕まえようとするな。久々のサメ殴りだ、もっとゆったりとやろうじゃないか」
「貴様らSPCが、またここに攻めてくるなんて……今度こそ徹底的に制裁を食らってもおかしくないぞ」
「フン。なかなか言ってくれるじゃないか、サメ女が」
そう言って、指揮官らしきパワードスーツが私の首根っこをグッとつかみかかる。私はそのまま身動きが取れなくなり、グイグイと手で払いのけようとしても、上手く動かすことが出来ずに藻掻き苦しんだ。
エラからはどばりと泡がこぼれ、このままでは窒息する可能性すらある中で、私は目を見開き、パワードスーツのガラス窓の向こうに映る顔を凝視する。
「……ほう、やたらと強気に出る女だと思ったら、お前……かつてのサミオマリエの生き残り、ニーフォ=ママナか」
「何? あのママナだって?」
「おいマジかよ、まさかこんなところでお目に掛かるとは、これも何かの縁ってやつか?」
貴様らと話すことなど無い、私はそう呟こうとしたが、声が出ない。首を絞める力はさらに強まる。窓の部分へ向かって私の顔が寄せられ、中にいる男から、その細い目でじっと見つめられる。
「そういうことなら話は早い。お前さんには色々と話があるからな。俺達が滅ぼしたはずのサミオマリエが奇跡の復興を遂げたのも、お前さんの力があってのことなんだろう」
「……なッ」
「ああ……一応断っておくが、今はあのクソ将軍様の下で動いているわけじゃあない。俺達は俺達の理念に基づいて、サメを殴る。腑抜けた協調主義のCO-SPC臆病者共と、我々は違う。それだけだ」
私はただただ刮目したまま、目の前で不敵にサメを襲い続ける奴らに怒りを覚えていた。かつてのサミオマリエを滅ぼした、あの実行者たちが、目の前にいる。怒りを覚えない方がおかしい話だ。
しかし、未だ身動きも取れず、このままでは窒息死も吝かではない状況にあれば、その怒りを相手にぶつける手段も視線以外にはなかった。ただ、私はその中でも安堵していることがあった。
彼らの口ぶりからして、子供たちは未だ連中に見つかってはいないのではないか。僅かにそんな希望を、私は胸中に抱いていた。そうだ、きっとそうだ……そうであってほしい。連中を睨む眼はそのままに、私は必死に願い、縋り付いていた。
「それじゃあ……そろそろ行くとするか。今のここの大統領の目の前で、サミオマリエの英雄……お前さんの頭を、このサメ殴りの拳で吹き飛ばす様を見せつけようじゃないか」
私は死を覚悟した。握りしめていたはずの拳にも力が入らない。息も続かず、身体の感覚も薄れ始めている。子供たちの安否が心配でならないが、もし上手く逃げ出せて、自衛軍に保護されてくれていれば。
ミティ、オラタガ。ごめんなさい、お母さんはもう……。一人、私は贖罪の言葉を心に留めながら、考えることを放棄した。
その時だった。
突然の金属の軋む音と共に、私の視界は急激に流転する。
そのまま私はアーマーの拳からはじき出され、岩陰に向かって吹き飛ばされる。しかし、アーマーの方は私以上に遠くへと吹き飛ばされ、そのまま巨大サンゴの壁に叩きつけられていた。
「お母さん……!」「母ちゃん……!」
その直後に聞いたのは、聞き馴染みのある声。私が愛した、あの子供たちの声だった。
「ぅ……ミティ、オラタガ……」
未だ朦朧とした意識が定まらないまま、ぼやけた視界に映る2人の姿を見て、声にならない声を水中に響かせる。エラから泡が吹き出して倒れている姿を見て慌てたミティが傍らに泳ぎ寄り、頭の後ろに手を回して介抱してくれている。その様子を見て、オラタガも不安そうに私に寄り添う。
「無理しないでお母さん、もう大丈夫だから……ギルおじさんが助けてくれるから!」
ミティは眼を細めて、私を元気づけようとしながら言う。ギル、ギル……? 娘の言った言葉に、私の思考には新たな混乱が生じた。
そして、その膨れ上がる混乱をさらに如実にするであろうものが、私の目の前に現れていた。
「久しいな、サミオマリエの生き残り」
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任意A任意B任意C- portal:2577572 (14 Jul 2020 12:54)
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