1998Tale「旧東京、炎上(仮)」前編
2025/5/18
15:11:20 (JST)
茨城県つくば市
AFC特別行政区設立機構本部

「……そんな。それは、確かなお話なのですか」

 私はその時、自分の耳を疑っていた。
 そんな事実は事実として受け止めたくなかった。

「はい、確かです。本日13時20分、中央新都心国際空港にてアマリアさんが何者かによって銃撃に遭い、救急搬送されまして……」
「なんで……誰がそんなことを」

 超常が一般的となったこの世において、人の死は遙かに身近になったのはもはや語るまでもない事実だ。私が見てきた現実は、そんな死と隣り合わせに立たされた人々の影に溢れていた。
 その影の1つとなったのが、ここまで身近な相手だったとは、私は考えたくなかった。

 ……いや、まだだ。私は先の考えに至るのはさすがに早計すぎると信じ込もうとする。まだ彼女が死んだと決まったわけではない。銃撃が発生し、巻き込まれたとは言え、軽傷で済んでいる可能性だってある。
 そうだ、きっとそうだと信じたい。

 とはいえ、まさか、まさかこんなことになろうとは……。

 オフィスに腰掛けていた私がそのニュースを耳にした途端、ほぼ無意識のうちに立ち上がった私の様子を見た先述の報告を行った機構の職員は、私のあまりの取り乱し様を見てたじろいでいる。
 無理も無い。私と彼女──アマリア・アヒージョ・リュドリガは、この国に蔓延るAFCへの偏見と差別溢れる風当たりに対して、真っ向から立ち向かう親友だったのは、機構職員であれば誰もが知る事実だからだ。
 そんな間柄の彼女が銃撃に遭い、ましてやそれを親友の片割れに報告しようというのなら、彼の泳いだ目の意味だって自ずと分かってくる。

「……すぐに、車の用意をします」

 私はただ何も考えられず、無心でその言葉を溢す。あまりのショックに、私は冷静な判断を出来ている自信すらなかった。
 職員が静かに指示を承るとそそくさとオフィスを出ていく。私も後からキーを手に取って上着を羽織い、続いてオフィスを出ようとした。

「……」

 ふと、キーの脇にいつも飾っていた写真立てが目に入る。
 そこには、かつて2人で行った長野での一幕を収めた写真が封入されていた。
 私はそれを手に取る。こんなことをしている余裕はないのは頭で理解していても、彼女の快活そうに笑う姿、ヌートリア特有の小さな身体で大きな目的のために行動する真摯なまなざしを思い返すと、その写真を私は直視できなくなっていた。

 いけない。こんなことでは、私がこんなことで感傷に浸っていては、まだ彼女は死んだと決まったわけではないのだ。

 私は頬を伝う雫をさっと拭い取り、キーと写真を手にビルの駐車場へと急ぎ足で向かった。

2025/5/18
15:16:41 (JST)
中央新都心
帝都大学付属総合医療センター, 北駐車場エントランス前

 跳躍路を通りわずか5分でたどり着いた、彼女が搬送された病院。
 駐車場を降りて出迎えたのは、数名の警察官と黒服の集団だった。彼らは特段異常な形態を持たぬ者に見える。

マリナ・マダラザさんですね」

 黒服の女性が、自動車から降り病院のエントランスを前にした私に向かって声を掛ける。
 見たところ財団のエージェントだろうか。私はアマリアのことばかりが思考の中で反響してばかりで、二つ返事で頷くことくらいしか出来なかった。

「私は的場早紀と申します。見ての通り、財団の職員です。本日はご友人が痛ましい事件に巻き込まれたとのことで……」
「……」

 何も言うまい。かつての職場の職員が、どうしてぬけぬけと私に声を掛けられるのか。スペインでの一件で後手後手に回った結果、多くのヌートリアが苦しんだというのに。彼らがこの現場にいること自体、本来ならおかしな事なのに。
 そんな無節操な財団の職員たる的場を一瞥して、私は足早に院内へと進もうとした。
 しかしそれを遮るように、的場と数名の警察官は私の側へと回り込んでくる。

「ああ、すみません。アマリアさんに面会を急ぐ気持ちは分かりますが、まずは手続を……」
「手続?」
「はい。一応、今回の件は襲撃テロでもあるので、我々も先行して事件の調査をしているのです。その関係で院内への入退院者は必ず確認手続を実施しております。警備の関係上お手数をお掛けしますが、ご協力お願いします」

 私は、はぁ、と一息ため息をつくことしか出来なかったが、無視して進もうとしてもすぐに阻まれて成功するとも思えない。
 事は一刻も争うというのに、財団の連中はのんきなものだ。

 的場から手渡されたカードリーダーに個人番号カードを差し込み、同時に指紋も認証する。
 単純な作業でさえ、今の私には煩わしくてしょうがない。

「ありがとうございます。アマリアさんの病室に案内しますね」

 警官たちはすぐに退き、的場は私を誘導するようにエントランスへと入っていく。
 

2025/5/18
15:19:08 (JST)
中央新都心
帝都大学付属総合医療センター, 1号棟129病室

「……」

 絶句。ここにきて私はただそれしかできず、集中治療室の前のガラス窓に手を掛け、項垂れていた。
 ぐるぐると包帯にくるまれて人工呼吸器を口に通された1匹のヌートリアが、定期的に響くわずかな心拍の音が木霊する室内で横たわっている。

 まだ生きている。それは間違いない事実なのに、どうして素直に安心できないのだろう。

「マダラザさん」

 後ろから、的場が私に心配げに声を掛けてくる。
 悪いが一人にして欲しい、そう言いかけたが言葉も出ず、私は微動だにできず項垂れたままだった。

「その、アマリアさんは重傷を負いましたが、なんとか持ち直して今に至っています。ここは都心で最も大きな病院です。なので、きっとアマリアさんは
「……うるさい。礎気取りが、アマリアのことを軽々しく呼ぶな」
「っ……すみません……」

 私は彼女が目障りだった。そもそも、どうして財団エージェントなぞが調査に噛んできているのか。私には理解出来なかった。
 アマリアは日本でのAFC権利保障活動のために何度も日本に足を運び、必死に駆けずり回っていた人だ。スペインでの財団の失態を知っている私からすれば、アマリアが財団と関わる理由自体存在しない。
 そのくせぬけぬけと顔を出しては事件の調査をしてるなど、まさに財団らしいおこがましさの極みとしか思えなかった。

「ええっと、私は少し離れてますね。面会は、すみません。こんな状況なので……」
「……」

 私は沈黙を貫く。どうせ話す理由も意味も無い相手だ。最低限の会話だけ済ませておけばよい。
 多少冷たい態度をとってしまったことを若干悪く思いながらも、結局は彼女は財団職員であることを思えば、そういった態度に出られること自体今に始まったことではないだろう。

「アマリア……」

 最も大事に思っていた相手なのに、私は掛ける言葉が思い浮かばなかった。
 肩から掛けていたカバンから、1枚の写真を取り出す。あの時の笑うアマリアが、今や微動だにしないままケーブルに囲まれて眠っている。
 突然のその変わりように、私はどこか現実感を感じられなかったのだろう。



 ふと、右側に誰かの気配を感じる。
 横目にその気配の元を辿ってみれば、1人のAFCの青年が、私と同じく目を丸くして窓の向こうを凝視していた。
 黒と白の毛並みが映える、白のカッターシャツを纏った小さなオオカミのような青年の空の青のような瞳は、気付けば雫が滴っていることに気がつく。

 きっと、彼もアマリアと親交の深かった人物なのだろう。

「どうして、なんで……アマリア、アマリア! なんで、どうしてなのだ、なんでアマリアがこんなことに……っ!」

 青年が持っていたカバンを床に造作も無く落下させ、両手をガラスに押さえつけて顔を潜らせる。彼女を叫ぶ声は悲痛に震え、突き刺さる現実に耐えられず嗚咽しているように見えた。
 私は乾いた瞳で彼の様子を見る。しかしそれも長くは続かず、彼も私の存在に気付いたようだ。

「……あ、す、すみません」

 私はすぐに視線を退けて、軽く頭を下げて謝罪する。彼もまた自分が取り乱しているところを見られて僅かに冷静になったのか、滴る涙を拭いながら会釈してくる。

 心電図のビープ音だけが、互いの会釈の後に僅かに響き続けた。






「……福路、弐条さん、ですか」
「はい。福路です、マダラザさん。……ごめんなさい、さっきは大きく取り乱してしまい……」
「いえ、いいんです。私も、同じような気持ちですから」

 アマリアのいる治療室から少し離れた廊下のベンチに腰掛けて、福路と名乗った青年と少し言葉を交わした。
 聞くところによると、アマリアが日本に訪れ始めた辺りから交際していた相手らしく、その話を聞くうち、以前彼女とプライベートで会った際に僅かに聞いた話を少し頭によぎらせた。
 柔らかく手入れされた毛並みと、アマリアの件を聞いて深く垂れ下がった尻尾と耳の様子を見て、私はそれだけで彼の持つ私と同じ……いや、私以上に持つ悲しみに共感する。

「僕は、彼女と結婚するつもりでした。彼女も、アマリアもそのつもりで日本にやってきていたんです。日本国籍も、取得するつもりでした」
「……そう、なんですか」
「はい」

 彼は静かに頷いて、また一息ため息をつき、細めた瞳のまま続けて言う。

「僕自身、見ての通りアニマリーですし、この日本で暮らす上で酷い差別に悩まされてきました。アニマリー移民も増えて、ただ日本国民ってだけだと、アニマリーであっても仕事も見つけるのは難しくなりましたしね。もっとこの国で僕みたいな人が暮らしやすくなったら良いのに、って。だから、僕はアマリアの、日本でのアニマリーの日本での融和のために勤しむ姿に、強く共感したんです」
「あはは……私も、同じです。アマリアさんの活動を、何年も前から私も見てきました。共に日本のAFCの権利や生活環境を……いえ、AFC以外でも、種を分かつさまざまな人々がしっかりと生活できる社会作りのために、長らく一緒に行動していましたからね」

 なるほど、と一言彼は言うと、またそのまま病院の床を眺めた。
 行き交う人々がその視線に出たり入ったりを繰り返し、それは私達の彼女に対する焦りとよく似たスピード感を感じさせた。
 まだ助かったとも助かっていないとも言えない宙ぶらりんな状況が、ことさらに私達の不安感を増幅させていたのだ。

「それなのに、こんなことになるなんて……アマリアを傷つけた実行犯は、捕まったんですよね?」
「私もまだ話を聞いてすぐにこちらへ向かったので、まだ詳しいことは……でも、きっと捕まっていてもおかしくないと思います」
「……そう、ですよね」

 またも続く僅かな沈黙。こんな形で合間合間に休息を挟みつつでなければ会話ができないほど、お互いにまだ落ち着きがないのだ。少なくとも私はそうだし、彼の態度や様子、雰囲気を見る限り同じだろうと推測している。
 いつまでも暗い話題ばかりなのもよくないと思ったのだろう。彼は話題を変えるように私を少し見て、閉じた口を開いた。

「そういえば、マダラザさんもアマリアとは、友人関係だったんですね。ニュースサイトで写真は見たことはあったのですが……実際に会ってお話するとずいぶん印象は違ったので」
「ああ、よく言われます。私もパラヒューマンの一人とも言えますからね……写真や映像に映らない限り分かることじゃないですけども」

 大抵、私を肉眼で初めて見た人は、彼のような反応を返す。既に何千何万と繰り返してきたやりとりで、私も手慣れたものだ。
 普段はカートゥーンか何かのキャラクターに見られることのある私も、実際に目にすればどこにでもいるようなおばさんでしかないのだから。

「そうなんですね、だから写真はみんな……ああ、だからこそ、アニマリーの権利のために行動を?」
「それもありますけども……まあ、色々理由は込み入ってますね。AFCの方が好きというのもありますし、パラヒューマン全体の割合の多数をAFCが占めていることもありますし。色々です。日本だと23年以降、移民も増えましたしね」
「……今の日本で、マダラザさんのような方は、きっと珍しいんでしょうね。僕はそんな意見を持っている方はほぼ知りませんから」
「だからこそ、今後増やしていけばいいんですよ。アマリアさんもそれを願っていましたし、私も……こんな日本じゃいけないと思っています」

 へへ、と少し無理矢理ながら私は笑ってみせる。彼は私の言葉に勇気づけられたのか、あれだけ項垂れていた尻尾がゆるりと揺れる。



 ピロリン。しばらく彼と落ち着きを見せ合いながら談笑していると、僅かな安寧をかき消すようにメッセージが入る。仕事のメッセージだ。
 私のような活動家に休める時間などあまりなく、大事な親友が死の淵に立たされている状況ですらこの有様だ。
 だが、それでも私は……

「すみません。少し急用が出来たみたいなので、私はこれで」
「ああ……そうなのですか。活動家ですもんね、頑張ってください。応援してます」
「ありがとうございます」

 福路青年は私に一礼する。立ち上がった私は襟を正し、最後にアマリアの病室の前に立つ。

「きっと、きっとこの世界は良くなる。私はそう信じてる。キミがそう信じたように、私もそう信じてるよ」

 私はただ、その一言を静かに、私の曇った表情の向こうに映る眠り続けるアマリアに呟いた。



 ……それでも私は、行動しなければならないのだから。



















2日後、彼女の顔に白い布が被せられた。

その時ばかりは、さすがの私もこの運命を恨んだ。


















ぱらりぱらりと小雨が降り頻る、鉛色をした空の広がる夕暮れ時。
黒い服を纏った参列者たちが、60cmほどの大きさの棺を前にして、影のように暗い表情を落として目を伏せている。
そんな私も同じようなもので、いくつかのAFCや非異常性保持者たちに紛れて、現実感のない空虚な状況を前に唇をかみしめていた。



「アマリア」



名残惜しさに、もう二度と聞かせられなくなった彼女の名前を呟く。
最期の別れの代わりにと、私はかつてデスクに飾っていた写真を取りだし、棺の上に載せた。その手は震えていて、初めてそこで自分が泣きそうになっていたことに気がつく。
愛する親友がいなくなるというのに、もごもごと言葉を詰まらせるばかりで、別れの言葉すら私は口から出せなかった。

棺が下ろされる。聖書の一節を読み上げる神父の声とともに、彼女と縁のあった人達の噎び泣く声も、雨音に紛れて静かに響いた。



















2025/6/18
11:45:20 (JST)
中央新都心郊外
アニマリー専用指定墓地・くれの里霊園



Amalia Ajillo Llúdriga
(2001 - 2025)

Duerme tranquilo en una tierra pacífica.



 あれから1ヶ月の月日が流れて。
 彼女を見送ったあの日と同じ、重苦しい鉛色の空の下。
 降りしきる雨の中、私は雨傘からはみ出てしまった着慣れない喪服の裾を濡らして、アマリアの眠る墓を前にして彼女に挨拶した。
 そして墓石の前に生前よく彼女が好きだと言っていたガーベラの束を手向ける。

「あれから、私はずっと一人になった。元々友人も少なかったし、親友と呼べたのはキミだけだったね。
 キミと一緒に歩んできた思い出や足跡は、今もハッキリと残っているよ。この国にはびこるAFCへの問題は、きっと私が何とかしてみせる。
 もう、こんな悲しい出来事なんて、絶対に起こさせない。そう誓うよ……」

 私はまた唇をかみしめた。こんな別れなど望んでいなかった。私も、彼も、いや……どんな人だってそうだろう。
 このような誓いの言葉など、絶対に彼女には言いたくなかったのに。



 しばらくすると、2つの視線を感じる。
 立ち上がってその方を向けば、不釣り合いな身長の人影が2つ並んで、私をじっと見ていた。
 片方は知っている顔だが、もう片方はAFC──おそらくは竜族だろうか──と思われる人物に見える。
 見慣れないが、隣のやつに傘を差している点を考えれば、彼も……

「……」
「……あの」

 などと思考を巡らしていれば、知っている方が気まずさが漂う空気を破り去るように私へ声を掛けてきた。間違いない。財団エージェントを名乗ったあの的場だ。
 私はそいつに対して返事など返さずに、細めた鋭い視線で侮蔑するように眺めてやる。

「すみません」

 そいつが申し訳なさげに言う。今更アマリアの墓参りか。
 彼女の葬儀にすら顔を出さなかった連中が、何を今更ぬけぬけと。

 そんな文句一つでもぶつけてやろうかと思ったが、私はグッと堪えて、静かに目をそらして彼女の墓を見る。

「実は……あなたに伝えておかなければならないことがあったんです。
 アマリアさんの件で、とても重要なお話です」

「……はい?」

 的場は真剣な眼差しで、私に歩み寄ってくる。傘を差していたAFCも一緒にやってきた。

「今からお話することは、あなただからお伝えすることです。それに……」
「それに?」
「……いえ、これはこちらの事情ですね。ともかく、これを」

 そう言って、的場は私に端末を差し出してくる。透過性の高い石英ガラスの板のような端末の表面には、調査資料のようなものが見て取れた。



    • _

    事件調査記録は-518

    財団日本支部異常事件調査委員会

    ファイル作成日: 2025-5-28

    ファイル最終更新日: 2025-5-30

    ファイル概要: 本記録は、2025年5月18日に中央新都心国際空港にて、動物特徴保持者(AFC)であり、日本国内におけるAFCの人権保護の保障と融和を目指していた活動家として知られるアマリア・アヒージョ・リュドリガ氏(事件当時24歳、以下被害者と呼称)の殺害事件にまつわる、財団日本支部異常事件調査委員会が内務省公安局特事課と共同で調査した中で判明した情報を整理した資料です。


    事件経過: 2025年5月18日午後13時00分、被害者を乗せたアドルフォ・スアレス・マドリード=バラハス空港発のアバンサール航空1280便(ボーイング797型)が中央新都心国際空港へ到着。午後13時20分、被害者は同空港第一ターミナルで被害者が荷物を回収しようとしていた際、現場から40m程度離れたラウンジから、茉島大雅(以下容疑者と呼称)がリュックサック内に隠し持っていた拳銃を手に被害者に接近、10m程度の距離まで接近し、被害者が容疑者の接近に気付いた直後に複数回被害者に発砲した。午後13時23分、容疑者は近辺で被害者を護衛していた財団フィールドエージェントによって取り押さえられ、目撃者の通報により駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。

    被害者はすぐに近隣の病院に搬送されたが、5月20日16時21分、失血性ショックと致死性奇跡論因子を含んだ弾丸によるタンパク質硬変と関連する多臓器不全により死亡。

    被害状況: 被害者は腹部に2発の弾丸が撃ち込まれていたが、急所は外れていたため搬送時は意識は明瞭だった。いずれも致死性奇跡論因子を含んだ特殊な銃弾が用いられていたことにより事件発生から1時間程で急に苦しみだしそのまま昏倒、以降意識は戻らず集中治療室にて治療が続けられていたが、銃弾の影響により臓器を構成するタンパク質が石化・硬変したことを起因とする多臓器不全によって死亡した。

    その他、被害者を撃ち損ねた弾丸が付近にいた小学生男児の脚部に接触したほか、床の一部が損傷した。小学生男児は治療により致命的な被害には至らなかった。

    容疑者状況: 茉島大雅(まじま たいが)、1999年2月23日生(27歳)、男性、非異常性保持者。事件当時時点では警視庁刑事部所属の警察官であったことが判明している。前科は無し。

    犯行に使用した拳銃は警視庁刑事部制式のニューナンブM60だが、銃弾は財団が把握していない致死性奇跡論因子を含んだ特殊なものであり、入手経路は依然不明。

    茉島は容疑に対しては認めているが一部否定しており、「威嚇射撃のつもりだったが、殺すつもりはなかった」「あのような畜生が俺達の生活を食い潰すせいで、日本は狂ってしまった」と主張している。

    夏鳥思想との関連性も含めて調査が行われたが、本人は関与を否定しており、過去の経歴や自宅、人物関係からも夏鳥思想をうかがわせるような証拠は発見されなかった。5月30日現在は中央新都心拘置所に拘置されており、特事課が主導して調査を実施している。

    備考: 事件当時、被害者は財団フィールドエージェントによる護衛2名(いずれも非異常性保持者)が警護に当たっていたが、監視カメラの映像を確認する限り、その瞬間はそのいずれもが現場で何もせず被害者が銃撃される一部始終を眺めているだけであった。容疑者はその隙を見て被害者に接近し危害を加えたものと思われる。警護に当たっていた2名は事件当時、被害者を見失っていたとされ、気がついた時には被害者が倒れていて容疑者が側にいた状況だったと主張しており、容疑者は何らかのミーム的方法を用いて2名の注意を完全に逸らしていたのではないかと思われる。



「……」
「すみません、突然こんなものを見せてしまって」

 的場が俯き、肩を落として言う。
 私は見せられた資料を読み解いて、ただ何も言わずに固まっていた。

 つまり、これはどういうことなんだ……?
 この礎共が警護に当たっておきながら、何一つミーム対策やテロ対策などの要人警護に必須な対策を行わず、黙って彼女が殺される様を眺めていたばかりだったというのか?
 犯人の頭のおかしさを差し引いても、これでは"財団"の名はたかが知れている。異常に対してこれまで「確保」「収容」「保護」をモットーにしてきた連中だとは思えない杜撰さだ。

「……結局」
「ええっと、マダラザ、さん……?」

「結局、アマリアを殺したのは、お前ら礎気取りのせいじゃないか」

 私はふつふつと湧き登る怒りを抑えられずにいた。
 どうして、どうしてなんだ。

「お前らがアマリアをしっかりと警護していれば、彼女は死ぬことなんて無かったんだぞ!」
「……」
「彼女はスペインでのお前ら財団や連合の対応の杜撰さを知っていて、それでもなおお前らを信用して警護を頼んでたんじゃないのか?
 少なくとも彼女はそういう性格よ。つまり、彼女はお前らを信じていたんだよ! それなのに……」
「……」
「それなのに、お前ら礎共はそれを無碍にした。だからこうなったんじゃないか!
 ただでさえAFCへの風当たりが強烈なこの日本で、彼女のようなAFCが権利活動に盛んなら、こういう結果だって想定できたはずだろ!!」
「……っ」
「どうするの、ねぇ? スペインとの関係だって財団も日本も良くないのは知ってるよね?
 その状況で、あの犯人のような理由で、財団が警護してたはずのアマリアを失うということが一体何をもたらすというのか、分からないとは言わせないよ!?
 ねぇ、どうすんのよ?! これからこの国は────」


「財団職員の皆が皆、何も考えてないなんて思わないでください……っ!」


 的場が突然叫ぶ。怒りにまかせて傘を落とし、彼女の胸ぐらを掴んでいた私に向かい、雨交じりの涙を伝わせて、的場が叫んだ。

「私だって……AFCの現状を憂う人の一人です……。アマリアさんの訃報を聞いたときだって、あの病院でアマリアさんの容態を見た時だって、私はとてもつらかった」
「なら、なんで、葬儀に来なかったの」
「アマリアさんの葬儀に財団職員が出席していれば、それこそ袋叩きに遭いかねないじゃないですか! マダラザさんが言うように、スペインとの関係の話だって知らないわけじゃないんですよっ!」

「その辺にしてあげてくださいませんか、マダラザさん。的場さんは嘘をつくような人ではありませんし、この件に痛ましく思っているのは事実ですから……」

 隣のAFCがわずかな焦り混じりの態度で制止してくる。胸ぐらを掴んでいた手は、彼の制止と彼女の叫びに冷静さを呼び起こされたお陰で緩んでしまった。

「……すみません。少し、気が立っていたようです」

 雨に濡れる私はうつむき、謝罪の言葉を口にするほか無かった。それはそうだ。財団はともかく、何も彼女らが直接何かをやらかしたわけでもなければ、現場にいたわけでもない。ただの八つ当たり同然の行動をしてしまった自身を、私は恥じた。

「いいんです。マダラザさんの怒りや悲しみは、十分理解出来ますから……」
「……じゃあ、どうしてあのような情報を私に伝えたの」
「それは……」

 的場の言葉が詰まる。決心が揺らいでいるのか、 彼女は一息だけ深呼吸をしてから。

「私は、財団を辞めようと思っていたんです。今回の件をきっかけに」
「えっ……?」

 どうして、と私が問う前に、察しの良い的場は続けて説明をする。

「だって、おかしいじゃないですか……アマリアさんは、何一つ悪いこともしていない、日本でのAFCの扱いをよくしようと頑張っていた方です。
 なのに、財団は、アマリアさんに対してまともに何もしなかった。
 自分たちから護衛に出ると買って出て、ただでさえ関係の悪いスペインとようやく交渉を取り付けたのにです!
 それなのに、こんな……こんな杜撰な結果で、アマリアさんはあんなことに……」

「……」

「私はこの報告を読んで、財団に失望したんです。それは横にいる竜胆さんも同じです。
 いくらでも彼女を、アマリアさんを守るだけの余裕はあった。なのにそれをしなかった。
 だから……」

 彼女が、的場が続けて私に言おうとして言葉が詰まったのを見て、私は濡れた髪を少しかき上げて言う。

「……ありがとう。その気持ちを聞かせて貰っただけでも十分よ。こちらこそ悪かったね、財団職員は総じてあのスペインの事件の時と同じ考えを持ってる人ばかりだと思っていたから」
「いえ、いいんです。その……マダラザさんのような活動家から見れば、私達の落ち度はきっととんでもないでしょうから……」

 ようやく落ち着いた空気にホッと安心した様子だったのは、私や的場ではなく、一部始終を警戒の眼で見ていたAFC……竜胆と言ったか。彼は私達を少し見やったあと、的場に傘を渡し、アマリアの墓へと歩み寄ってしゃがむ。

 彼女の好きだったガーベラの束が2つに。
 そのすぐ横には、アマリアと同じ──カワウソ、エスパノル・ヌートリアを模したぬいぐるみが添えられていた。

「アマリアさんとは、もう私も長い付き合いでした。特に、私のようなアニマリー職員は、財団内でも立場は弱い方ですから、彼女の意見には強く賛同していましたしね。
 ですから、私としても、本当に残念な結果です。こんな結末は、きっと誰も望んでいなかった」

 竜胆はそう言って、静かにアマリアに弔いの言葉を手向ける。
 彼のその大きな背を向けた後ろ姿は、アマリアを守れなかった無念と、葬儀に参列してやれなかった後悔が入り交じった悲しさを雨と共に滲ませているように思えた。

「すみませんね、マダラザさん。あなたが財団を7年前に去ってから、財団も少しずつ変わってきていたと思ったのですが……」
「いえ、いいんです。竜胆さん」

 暗い笑みを浮かべる竜胆と、俯いたままの的場に、私は一歩引いて頭を下げる。

「……私は、この件ではっきりと確信しましたので。
 彼女が目指したAFCの自由を、この日本で勝ち取るために。私は最後まで戦わなければならない。……そう、託された気がします。アマリアから」

 そう、私は確信した。
 こんな悲しい結果になったからこそ、今後同じことは起こしてはならない。

 この国に蔓延るAFCへの風当たりの強さ。
 その蔓延する理不尽に殺されるAFCが、今後いなくなるように。

 すべてのAFCが平穏に生きられる世界を、私は作らなければならない。



 私は2人にまた一礼する。2人は最後に私に希望を託すように握手を交わした後、笑顔で私を見送った。
 残された者に与えられた使命は唯一つ。
 この理不尽な世界をなんとしても作り替えねば。

 すべてのAFCのために。そして、アマリアのためにも。


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