終末世界の片隅で

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2019年、2月下旬。

サイト-81██を炎が包んでいた。炎は轟々と燃えて、近寄るだけでも焼き尽くされそうなほどの熱気を吐き出し続ける。

その側に人影があった。大柄な男の陰と、彼に抱きかかえられた、小柄というには余りに小さい陰。それ以外に人影は無かった。

男の陰は呆然と目前の光景を見つめ、小柄な陰は不安げにその様子を見上げていた。

 


 

鬱蒼とした森の間を縫って、その静けさをかき消す様な風切り音を響かせ飛ぶ、小さな影。黒い紙飛行機の様にも見えるそれは、最小限の動きで木々の隙間を駆け抜けていく。目指す先にあるのは、一軒のコテージ。どちらかと言えば質素な佇まいのそれは驚くほど景色の中に溶け込んで、意識しなければ見落としてしまいそうな程である。間もなく"紙飛行機"はコテージへと辿り着くと、待っていましたと言わんばかりにコテージの玄関扉が開く。"紙飛行機"はやや減速しつつも迷うそぶりも無く玄関に身を滑り込ませ、扉は閉ざされ、そうして森は静寂を取り戻した。

「いや〜ギリギリセーフって感じだったわねぇ、電池の残量、2%ですって」
低い声が、それにそぐわない女性的な言葉を紡いだ。コテージの中、玄関の直通するリビングに、ゴシゴシと擦る音が広がる。部屋の中央、カーペットに直接腰を下ろした瘦せ型の男が、作業に没頭している。その背丈は180cmを超え、縮れた茶髪とシルエットの出る服装は、ともすればモデルか俳優かといった雰囲気さえ醸し出している  が、その上から羽織ったパステルピンクのエプロンと、その女性的な言葉使い、仕草が、先の印象を覆して余りあった。彼  三笠みかさ 静俐しずりは、帰還したばかりの"紙飛行機"  ドローンの"ルーク"を充電用のクレイドルごと抱え込んで、その筐体の汚れを丁寧に拭いていた。使い込んだタオルで表面を撫でれば、泥でくすんだ外装は深い黒を取り戻す。それでも取り除けない、表面に刻まれた傷、ひび割れ、擦過を、三笠の筋張った手が労わるように撫ぜていく。
「もうかなりボロボロねぇ」
「それでも、今飛ばせる"ルーク"はその子含めて三機しかありませんから。電池切れで回収できなくなる前に帰ってこれてよかった」
よく通る、中性的な趣のある声に三笠が振り返る。「Bed Room」の表札を掲げた扉を押し開けてリビングへ出てきたのは、華奢な体躯の女性だった。長い黒髪を三つ編みにして前に垂らし、頭のあちこちに髪飾りを散らし、季節外れにも思えるゆったりとしたシャツとショートパンツに身を包んだその女性は、小さな電動車椅子にその身を預けていた。彼女に、地を踏みしめるべき脚は無い。何かを掴むべき腕も無い。彼女  三矢間みやま 硝子しょうこは、四肢の全てを、完全に欠損していた。そうであるにも拘らず、三矢間の乗る車椅子は彼女の意思の赴くままに動き、三笠の横に彼女を運ぶ。
「あー、でも、こうして見ると本当にボロボロですね。もう少し丁寧に扱ってあげないと、って、あっ、うわわっ」
ドローンを間近に見ようと身を乗り出したのが失敗だった、彼女には体バランスを制御する為の手足が無いのである。前のめりに車椅子から転げ落ち、そのまま鋭利な形状のドローンへ真っ逆さまに……というすんでの所で、三笠の腕が三矢間を掴み上げた。三笠はそのまま彼女と顔を突き合わせる。彼の黒の瞳が三矢間を見つめる。その澄んだ目は心の底まで見透かしているのではないかと思われる程で、カウンセラーという彼の本職に相応しいと三矢間には思われた。同僚の中には、彼のそんな眼差しが苦手だと言う者もいたし、かつての彼女もそうだった。だけど、今は、寧ろ……そこまで考えて、いつの間にか三笠の瞳に見惚れている自分に気が付いた三矢間は、気恥ずかしさに顔を逸らした。横目に彼の顔を確認すると、三笠はふっと顔を綻ばせ、それから窓の方へ向いた。つられて三矢間も窓の外を見ると、磨りガラスの向こうはいつの間にかオレンジ色の光を湛えて、もう間もなく夜が来ると告げていた。
「今日は"ルーク"飛ばしっぱなしだったし、疲れてるんじゃない?オヤツでも食べましょ?」
三笠は少し後ろに座り直して、胡座をかいた脚の中に三矢間を抱える。極めて自然な所作でその右手が彼女の頭を、そこに付いた髪飾りを撫でていく  いや、それは髪飾りなどでは無かった。触れれば、それが彼女の頭骨に固定された代物である事がよく分かる。そして実際には、この器具は頭蓋を超えてその内側、彼女の脳にまで達する、ある種のコネクタないしは通信機なのである。"ルーク"や車椅子は全て、この装置を通して三矢間の思考をダイレクトに反映する。そのお陰で、手足の無い彼女であっても財団職員としての職務を全うする事が出来たのだが、その分脳に対する負担は当然大きい。リラックスの為のホットミルクと糖分補給にお菓子も用意しちゃおうかしら、と漠然とおやつの内容を考えつつ、三笠はしばらく三矢間の髪の手触りを堪能した。

丸いローテーブルの前、三笠は座椅子に腰掛け、三矢間は薄めのクッションを下敷きにした以外は先とまるっきり同じ姿勢で、二人してコーヒーブレイクに勤しむ。三笠は器用に、自分と三矢間の分のホットミルク、チョコクッキーを代わる代わる手に取り、互いの口に運んでいく。特に三矢間には、彼女が口の中のものを片付けて飲み込んだのを見計らって、次のクッキーあるいはミルクを差し出していく。そのささやかな連携が、三笠が三矢間の食べるペースに合わせる事で培われたのか、それとも三矢間が三笠の差し出すペースに合わせる事で培われたのかは、最早「鶏と卵」と言った所だった。やがて皿の上のクッキーを平らげ、ミルクも飲み干してしまうと、残ったのは穏やかな沈黙だけである。

「……今日は」
三矢間の声が、二人の間の沈黙を破る。心地よさを振り払う様に、緩慢に言葉が継がれる。
「改めて周囲の市街地を回ってみましたが……駄目ですね、生存者は居そうに無いです。見渡す限り、空き家空き家空き家……所々に死体、そんな感じです」
"薄々分かっていた事"とは言え、絶望的な事実を突きつけられて三笠の表情に影が落ちる。そんな彼を励まそうと、三矢間は明るい声を作って続ける。
「って言っても、本当に死体は稀ですし、明らかに住んでたであろう人口に対して少なすぎでしたから!案外、みんなどっかに避難してたりして……」
よくもそんな、心にも無い事を。そんな自嘲的な思考が彼女の語尾を窄ませる。再び場を支配した沈黙は重苦しく、先のような心地よさは欠片も無い。その雰囲気に耐えかねて、また口が開く。
「食べ物とかは殆ど丸々残されてました。保存食とかなら多分使えますよ、服とかも。"このご時世"じゃ火事場泥棒すらいなかったみたいですね」
……そして、三たびの沈黙。なんとかそれを払拭しようとする三矢間に忍びなくて、三笠も重い口を開く。
「保存食って言ったって、ここに十分過ぎるくらい食料は蓄えられてたじゃない」
「そっ、それもそうでしたね!二人で暮らすなら優に一年は保つんじゃないでしょうか」
三笠の助け舟に上ずる彼女の声に、思わず笑みが溢れた。
「へ〜、随分と沢山あるとは思ってたけどそんなに!というかアンタ、ず〜っとヒキコモリだったクセしていつの間にこんな別荘買ってたの?やっぱりセキュリティクリアランスレベル4だと給料もいいのかしら」
「へ?あー、言ってませんでしたねそう言えば。ここ、私の持ち物じゃないんですよ。財団の資産なんです」
「えっ財団の?それにしたってなんでこんな辺鄙な場所にコテージなんて作ったのかしら?」
「シェルターなんですよ、この下。それもサイト管理官とかの高セキュリティクリアランス職員の為のね。コテージ自体はそのカモフラージュですよ」
「え〜っそんなのあったの!言ってくれたらよかったじゃない!」
「二人で過ごす分には、まあ、コテージだけでいいかなって……」
「まあそうだけどさぁ。それにしても、シェルター自体はサイトにもあるじゃないの、なんでこんな所に」
「サイト付属のシェルターだとサイト丸ごと落とされたら終わりじゃないですか?そういう事態を防ぐなら、そもそもの場所毎隠蔽しておく必要がある訳です」
「で、秘密にしておかなきゃ隠蔽してる意味ないから、アタシ達平職員は何も聞かされて無いってワケ?酷い話ねぇ〜」
「ふふ、こればっかりは仕方ないです。私だってサイト管理官補佐って仕事柄、たまたまここを知ってただけで、本当は使っちゃいけないんですけど……咎める人も居ませんから、今は」
そう言った途端、三矢間は真顔で黙りこくってしまった。十分に会話を堪能して満足したから、ではないだろう事は三笠には明らかだった。彼女は、今日半日かけて見て回った景色、そしてそこに至るまでの悪夢のような日々を、改めて思い返していた。

 


 

二人のうち、最初に気がついたのは三笠の方だった。「来年の3月5日に世界は終わってしまうのではないか。それがやけに不安になって、でもどうしようもなくて、いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないか」……そんな奇妙な相談事が、カウンセラーである彼に幾つも舞い込んでくるようになったのが2018年末の事。年明けてSCP-3519と指定されたこの現象は、間もなく三矢間の耳にも届いた。初めの内、彼女にとっての不安は三笠の事だけだった。たとえ異常ミームが原因と分かっていても、頻繁に自殺相談なんてされていたら心労も相当なものでしょう……そう思って、彼女は暇を見つけてはオンライン、オフライン問わず三笠と話し、気を紛らわそうとしたものだった。

しかし半月後、その不安は最悪の形で的中した  三笠がカウンセリングしていた職員の一人が、自殺したのだ。遺書を書き置き、致死量の睡眠薬を飲んで  それは、不眠を患ったその人物に、三笠が処方したものだった。その日、初めて彼女は三笠に拒絶された。「一人にさせてちょうだい」と、尚も思い遣りを滲ませた言葉が、深々と胸に突き刺さった様な気がして、気が付けば、ロクに仕事も手に付かないままその日は終わっていた。今にして思えば、それは酷く自分勝手な感情だったと言わざるを得なかった。どうして私と一緒にいてくれないのか……どうして貴方と一緒にいてあげられないのか。

しかし、そんな三矢間の思いとは裏腹に、事態はさらに悪化していった。一人の財団職員の死を皮切りに、サイト-81██の精神衛生は加速度的に悪化した。誰がSCP-3519に曝露しているのか、していないのか。


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