あの日から今日で、

三日前、御匣みくしげ博士は亡くなった。次のオブジェクトは厄介かもしれません、なんて、彼には珍しい弱音が、最後に聞いた声だった。

三日前、御匣博士は亡くなった。どうして私みたいな門外漢に任そうと思ったんでしょう、なんて、愚痴を溢したけれども、表情は見惚れるくらいに真剣だった。

三日前、御匣博士は亡くなった。彼の表情は険しくて、でも、声をかけるとそんな色はすぐ仕舞い込んでしまう、それがもどかしかった。

三日前、御匣博士は亡くなった。彼の、落胆に染まった表情が、今でも脳裏にこびり付いている。でも、私が、死者に出来ることなんて、何があるというのだろう?

三日前、御匣博士は亡くなった。覚束ない様子で歩いていたと聞かされて、どうして一言でも話してくれなかったのか、自分の無力さが歯痒かった。

三日前、御匣博士は亡くなった。私は反ミームについて学び始めた。どうしてかは、自分でも分からない。

三日前、御匣博士は亡くなった。彼の席に座っている貴方は誰?でも、不思議な安心感があって、何も言えないまま、論文の記述をなぞる事しかできなかった。

三日前、御匣博士は亡くなった。唸りながら画面を睨み付ける貴方に、思わず声をかけてしまった。助けになれたらしいのは、まあ、良かったのだろうか。

三日前、御匣博士は亡くなった。意を決して、貴方の名前を聞いてみたけれど、悲しそうな微笑みが帰ってくるだけだった。

三日前、御匣博士は亡くなった。なのに、貴方にその面影を見てしまう。きっと、彼の助けになれなかった無念が、そうさせているのだろう。

三日前、御匣博士は亡くなった。そして貴方も、私に唐突な別れを告げた。ありがとう、お元気で。そんな言葉が、遺言のように聞こえて仕方がなかった。

三日前、御匣博士は亡くなった。拳銃自殺だった。傍らには、1匹のオポッサムの死骸が転がっていたと聞いたけれど、その意味する所は分からない。

三日前、御匣博士は亡くなった。半日足らずで彼の葬儀は完了した。彼の名が刻まれた石碑をどれ程見つめても、それはまるで悪い夢を見ているようで、実感が湧かない。

三日前、御匣博士は亡くなった。あの人の死を悲しまなければならない、そんな奇妙な義務感に苛まれて、彼のデスクを片付ける。遺された資料に目を通す。気付けば、もう直ぐ0時を回る頃で  

四日前、御匣博士は亡くなった。もう四日経ったのだ、彼の死から。私は、私のデスクの上にぽつんと置かれた、一通の手紙に気が付いた。いつからそこにあったのかも分からないそれの宛名に、彼の名前を見て、思わず私は手紙の封を開ける。四日前の日付が記された手紙  その内容の身勝手さに、呆れてしまう。

「ちゃんとしたお別れが言いたかったのです」と言うなら、手紙なんかで済まさないで欲しかった。「いつの間にか死んだ事になっていて、大層悲しんだでしょう」と他人を慮るより先に、自分の心配をして欲しかった。「御匣博士ではない誰かとして、貴女と接するのは新鮮でした」なんて、無理して茶化さないで欲しかった。「オブジェクトを無力化する必要があります」なんて、早まらないで欲しかった。「その為に私もまた死ななければなりません」なんて、諦めないで欲しかった。「貴女のお陰で私は幸せでした」なんて、今更言わないで欲しかった。「貴女も幸せに生きてください」なんて、投げやりな言葉で手紙を締めないで欲しかった。私の事なんか気にせず、もっと巻き込んで欲しかった。貴方がいないと叶わない願いを、貴方亡き後に遺さないで欲しかった。

四日前、御匣博士は亡くなった。結局私は無力なままで、出来るの事は、こうして  手紙をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくる事だけだった。

千八百二十六日前、1人の博士が亡くなった。彼の死を気に留めた人など、数える程しか居ないだろう。私は、その1人だ。彼が死んだあの日が、私にとっての基準点であり、私という人間そのものの基準点でもある。日々、私はあの日を振り返って、自分自身に問いかけている。私は、誰かの  貴方の様な、誰かの力になれているだろうか?

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