緩衰

文京区 国立京央大学医学部附属病院
外来診療棟 総合受付エントランス

その病院のエントランスは、それまでに無いほど混雑していた。普段は閑散とし、一定の静寂を保つその空間は、多すぎる人により秩序を失っていた。エントランスの受付番号を表示するモニターには、呼び出し待ちの番号が軽く40は表示されており、最後の番号に至っては呼び出されるのは数時間は先になるかと言うところだった。加えて、院内の様子も慌ただしく、何かイレギュラーな事態が起きているのはもはや、誰が見ても明らかだった。そして、その呼び出し待ちの番号のほとんどは産婦人科にやって来た客だった。だからこそ、産婦人科に来た患者の待ち時間は膨大に膨れ上がっていた。

「…なにこの待ち時間、3時間半!?」

「…なんか今日はやたら混んでるね、一回外出てご飯でも食べる?」

「いや、でもここら辺何かあったっけ…?」

膨大な待ち時間を消費する為の男女の会話がそこらかしこで成されていく。

「…やっと予約の日が来たと思ったらこの待ち時間の長さほんとなんなのよ…」

「まぁ、最近はそう言う不妊の人も増えてるって聞くしね…晩婚化の影響もあるし」

「わかっちゃいるけど、ただでさえ何ヶ月待ちとかな上に来る時間の指定までされて、まだこの待ち時間がありますってのは…」

「…まぁ、それもそうだねぇ、僕達は病院に14時に来てって言われて来たのに、そっから3時間待ちはきっついなぁ」

しかし確実な「子供を授かれない」という焦りと恐怖を孕みながら、その膨大な待ち時間は過ぎていく。

「…前に来た時も、なんかこんな感じだったよね」

「…そうだねぇ」

そして、病院がこんな様になっているのは、もうだいぶ前からだった。そう、もうずっと前から。


文京区 国立京央大学医学部附属病院
中央診療棟 第三会議室

「…またこの症例か」

産婦人科における定例症例検討会、通常カンファレンスはもう前から、その未知の症例の前に進めなくなっていた。

「性機能の後天的完全喪失…しかも、子宮やら精巣ごと全部別の細胞に置換される」

「病理も完全に不明、好発傾向すらまだ解明できてない」

「こんっな訳分からん症例が少し前から1日に2桁は来る、どうなってんだほんと」

病因不明、機序不明、そして勿論治療法は未確立。そしてさらに不気味な事に、それは性機能を奪うのみで、命に別状は無い事。その性質は更にその症例である"無性化症候群"の理解を困難にしていた。

「…これが癌とかなら、まだもうちょいなんか医療のできる事もあるんだが」

「ほんと、人間から生殖システムだけを奪うって感じなんですよね、この病気」

「命に別条もなく、性行為すら可能」

「だけど、妊娠は絶対にできない…」

「なんでこんな病気を医師会は隠せって言うのかね」

「その症例の爆発的な増加と、社会混乱を招く可能性があるって事で全体に口止めかかってるみたいですね…しかもかなり強めの」

「違反した場合、即厚労省が倫理委員会にかけてくるって話だもんなあ…しても、リークや報道の一つすら無いのは正直不気味すぎねえか」

「…よほど症例が全国で多いんでしょうね」

そう、社会にまだ"それ"は伝わってはいなかった。まだ、単なる少子高齢化と不妊患者の増加と言うだけだった。その隠蔽は、インフォームド・コンセントすら超え、患者にすら真実は伝えられない。

そんな中、部屋に駆け足が1つ響き、扉が開く。

「…大変です、こんなの今まで見た事ないです!」

「と、なんだ?」

「その病気を既に発症してる赤子が出産されました…!性器すらその子にはありません…!」

その日、初めて最初から生物学的な"性"を持たない子が産まれた。


千代田区 中央合同庁舎第5号館
厚生労働省 健康局 総務課 少子化対策室

「…今度は、赤子にもか」

「問題はその後だ、その子供は性器すら持ってない」

「つまり隠しきるにも、限度があるな…」

「いや、たしかその親は旦那に逃げられてたよな?特定観察妊婦として認定して、即時的に児童相談所預かりにするのはどうだ」

「他にも同じような子供が出てきた時、全員同じことをするのか?厳しすぎる」

「既に18例同じケースが起きてますね、今のところまだ症例の発生から日が浅いので集中治療室送りってことで誤魔化してますが…児相を使うのは厳しいかと」

意味も無く、方向性もなく、ただただその場しのぎの会話を続ける。実際、この会議の目的は解決ではなく隠蔽のみであり、はなからどうにかする気などは無い。

「…第1だが、隠す意味はなんなんだ?本当に」

「内閣からの命令だからとしか言いようがない、こんな事する意味は無いとは思うがね」

「それは知っている、その理由が知りたいんだよ、隠蔽は無駄に金ばかりかかる。特にクリニックやらへの口止め料、そろそろ馬鹿にならんぞ」

「免許剥奪やら認定取消だけでは、変に正義感を持った人間が出かねない…そして政府の言う"記憶処理剤"だかも国民に安易に投与するには危険すぎる代物で、それも許容できない」

「既に国民に嘘をつき続けてる時点で、という感じもするがな。インフォームド・コンセントすら無視してるのに何を今更」

誰も彼もが、暗い部屋の中口を噤んだ。
もはや大義などはその部屋には既に無かった。
あるのは、ただ隠そうとする行動のみだった。


新宿区 財団日本支部サイト8183
中央収容管理システム制御隔離研究室

「無性化症候群、既に東日本全域で症候確認されてるかぁ…」

近未来的なパネルが無機質に部屋を埋め、外界から完全に隔絶されたその部屋で、研究員は途方に暮れていた。

「…そうっとう厄介なものですよ、これ」

「…今は水際で何とかなってるが、何かあった時には本当に世界が終わりかねないぞ、これ」

「関連してると思われる「性別の無い子供」現象まで事態は進行してます。既に医療関係者を中心に現象は進行してますし、単純に"子供が欲しい"と強く思い過ぎた人間にことごとく発症するので、元々不妊症の人間から伝搬していくように水面下で拡散していく…」

パネルに表示されている日本地図には"感染"を示す赤が塗りたくられていた。

「発生源すらまだ掴めないのか…どうなってる。というかそもそもこれはなんなんだ、菌か?ウィルス?ミーム?概念?なんだ?」

「誰にも分からないから調べてるんでしょうが。都市圏内なのは確定してますが、あまりにも可能性が多すぎます。AXとか言う反性別主義団体の起こした渋谷テロが怪しかったですが、関係性は皆無です」

「…あれが無関係となると、本当にどうなってんだ」

AX渋谷テロ事件。スクランブル交差点にて、身体中に爆弾を巻き付けた男が「この世から性別など消えてしまえ」と叫びながら周りの人間を12名巻き込み爆死した事件。関連性ありかと誰もが思ったが、それらは空振りに終わった。

「…まぁ、ただのカルトのAXにそんな芸当できるわけも無しか。と、なると次はあそこか?神々廻当たりが裏で開発してた不妊治療システムがエラー吐き出したとかか、あるいはニッソの暴走か…」

「そういう可能性を全部調べてるのが今でしょう、んでそのどっちも既にハズレなのが確定してます」

広がる静かな厄災に、財団は真綿で首を絞められる様に、殺されていく。


パリ 財団本部
地図に存在しない場所

2021/07/13

フランス内の

全ての人間から、

性機能が消失しました。



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