塔と回帰

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私の思い出を話しましょう。

まず最初に、変わり果てたこの世界はもうどうする事もできませんし、大体の人がどうするつもりもありません。ですが私の思い出を話す事で、ここに生まれ落ちてしまった人々の助けにはなるでしょう。どうしようもないこの世界で、貴方が生きる為の1つの助けとなる事を祈ります。


まず、宇宙の玄関口が開いたのはもう100年も前の話です。軌道エレベーターが完成し、宇宙へのドアが開いた時に人々は迷わず宙に移り住みました。そして、宙に行けなかった人々からは大切な何もかもが零れ落ちました。それは忘れてはいけなかった記憶であったり、喪ってはいけなかった人であったり、手放してはいけなかった何かです。そこから世界は大きく変わりました。変わってしまいました。

始まりは2070年です。あの時は皆、ただただ軌道エレベーターの完成を喜んでいました。「太平洋」という名前の大きな水の塊の真ん中に際限無く高い塔が造り上げられたんです。その時は新しい宇宙という世界への憧れ、そして世界や未来への希望が満ち溢れていました。ですが、それは私を含め誰もかもが何もかもを知らなかったからでした。既にそこから世界は壊れ始めていました。

私の祖父の記憶では2072年から、歴史の記録上では1998年から世界中に灰が降り始めたらしいです。2170年の今この瞬間まで1度も止む事無く降り続けている触れる事の出来ない灰。名称は人によってカック灰や聖灰、透灰等とバラバラでしたが、全ての人が忌避すべき物として認識しているという点では共通でした。

その灰が降り始めた時から、生き物は死ぬとその灰になる様になりました。この世から死体という物が消えた年でもありました。私の母親と父親も死んだ時にただの灰と散りました。触れる事すら適わず世界に散らばっていきました。人の理を超えた領域に踏み込んだ訳でも無いのに、私の家族は誰一人この世に何も残さず消えました。

そして世界に灰が降り、生き物が灰となってちらばっていく中でも宙の開発は止まる事は決してありませんでした。宇宙は特定の国に属する事が無い上、無限の空間がありました。更に言うなら、宙には灰もありませんでしたし、理不尽な厄災がなかったのも拍車をかけたんでしょう。あらゆる組織が宙の開発へと乗り出して、結果的に地上の優先度は下がりました。ここから既に地上が見放される筋書きは始まっていたのかもしれません。

さて、そこで不思議な事がおきました。記憶と記録の不一致が大量に起こるようになりました。先程「祖父の記憶」と「歴史の記録」で異なる年が出てきたのを覚えていますか?確かどこかから、この世に存在する記録と人々の記憶で致命的な歳が差異が生じました。「軌道エレベーターに使われていた技術は過去の時点から存在していた」様な記録に次々と置き換わりました。「次元路」「跳躍路」「時空間航行」「現実錨」なんてSFじみた単語が過去の教科書や新聞に大量に出現しました。

そして、もっと酷い事が起きました。私の子供が変わりました。いや、正確には最初からそういう現実だったのかもしれません。私の子供の過去が作り変えられました。まるで過去の新聞を書き換えるようにあっけなく、庭師だった子供は消えて、後に残ったのは「財団」の職員だと名乗る私の子供でした。私に隠していただけなのか、そう言う事に組み替えられたのかは分かりませんが、少なくとも私の子供は庭師をやっていた記憶なんて無いと言い放ちました。勿論、私と過ごした記憶も何もかもズレていました。まぁ、その時の歪んでいく世界の中で子供そのものを失わなかっただけ幸運でした。

さて、その塔を造るのには無限に等しい技術と無限に等しい時間が使われました。少なくとも塔を造る人間らはそう喧伝していました。しかし、結局2070年にあの塔は「完成した」という事実だけを先に持ってくる事により、「完成しない」という問題を後にしました。あの塔は「実現不可能」な概念を無理に世界に存在させた結果の何かだと判明したのは2084年の事でした。

そして、そんな出来の悪い子供の夏休みの宿題の様な方法で造り上げられた軌道エレベーターによって、その時の出来の悪い人々は宇宙への移住という一時の楽しみを謳歌しました。問題を先延ばしにし、宇宙へ行ける者は皆宇宙へ行きました。ある者は金を、ある者は権力を、ある者はそれを超えた何かを使い、宇宙へと移住しました。そして私達のような持たざる者は、軌道エレベーターに近づく事すら許されませんでした。

そしてその後回しにされた宿題は、因果の破綻という形で過去を浸食しました。完成していない技術を使うなんてズルをした人間は2019年の世界の一部、或いは全てを白紙に戻されました。結果的に白紙化されたその時間軸は、運命の破綻を伴った概念の再構築を齎しました。結果的に1998年からの世界そのものを本来あるべき時間軸から剥離させました。

今ここのアフリカ、そして南米は軌道エレベーターから単純に距離があったから影響を受けるのが多少遅くて済みました。夏鳥と名乗る者らはそこにあらゆる機会を使って停滞を維持しようとしました。ですが、結局長くは持たず、今やここは歪み始めています。
守られていた記録も、記憶も喪失が始まりました。11年程度歪みを遅らせる事しか私達は出来ませんでした。

それを象徴するのがこの空なのでしょう。永遠に晴れと曇りと広告を繰り返すこの空は作り物です。私達の世界から空は失わました。宇宙の世界の際限ない拡大によって空が覆い尽くされたと唱える人間、この世界そのものが別の世界と置き変わったという人間、色々な人間がいました。空は全て黒い黒い機会か、安っぽい液晶に世界は覆い尽くされました。雨も降らず、同じ雲が流れ、上の世界の広告が延々と流れるつまらない空。

結果的に、宇宙の人々と地上の人々の世界は大きく剥離しました。天と地ほどに何もかもが大きくズレました。時間の流れも、
空間の存在も、命の価値すらも上と下ではあまりにも差がありました。上では時間を簡単に止め、巻き戻し、進める事が出来ます。しかし下では時間は進むだけ。空間が無限なのが上で、有限なのが下。そして命が蘇るのが上で、死んだ者は灰となるだけなのが下。いつの間にか、世界の有り様は大きく変わっていました。自覚は出来ずとも、急に変わった世界はあまりにも歪でした。

そして、そのツケは軌道エレベーターの利用者や宇宙へ移住した人々では無く、地上に残った私達が払う事になりました。理由は簡単です。宇宙へ逃げた人間はその豊富な「完成した」としていた「次元路」やら「跳躍路」、「時空間航行」なんてあらゆる技術で別のどこかへ逃げる事が出来ましたが、地上にそんなものは無かったんです。少なくとも「壊れていない世界」と「壊れた世界」が混じりあったその世界では存在すら曖昧な技術でした。そんな技術を私達が使う事は出来なかったんです。そして今ではその技術のほとんどは喪失しました。少なくとも因果の壊れた地上では。

まぁ問題は、私は既にこの空以外を思い出せず、私の庭師だった子供も、過去に読んでいたはずの新聞の内容も、何もかもが既に変わり果ててしまったという事なのですが。今この世界には、確かな記憶も、記録も無いので大した問題でもありませんが。既にアフリカからも過去の正しい何かは喪失しました。もはや全てが喪失仕掛てすらいます。

この空が全て作り物だと子供から知らされた時には、既に私はその空以外を知りませんでした。この世界以外を既に思い出せなくなっていました。明確に違うとは知っていても、認識はもはや出来なくなっていました。この「違う」という知識もそのうち消えて、世界の在り方は何も変わっていないと認識するのも時間の問題です。

私に本当の空をもう一度見せると言ってくれた子供もいまや存在しません。宇宙に人がいるのかすらもはや私には分かりません。

ですが、あなたがこの世界で正しい何かを知りたい、本当の過去を知りたいと願っているのなら、この老婆の話が少しでも役に立つ事を祈ります。

貴方が、壊れた世界から回帰出来ることを祈ります。

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