願わくば酔いを醒ましたい
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「それでは本当にボランティアでやっていただけると。」

「ええ、貴方様のおっしゃる公園の計画に、私はいたく感動いたしました。きっと地域の活性化に繋がること間違いありません。必ずや成し遂げてみせましょう。」

そう話しているのは中年の男と若い女。男は作業着を着た小太りであり、顔からはいやらしい笑いが隠せていない。女は小汚い応接間には不釣り合いのスーツを着ており、良い意味で日本人離れをしたメリハリのある体をしている。

男と女は商談をしている。いや、正確に言えば商談ではない。ここに金銭は一切絡んでいないからだ。何かと言えば、男が主導で行っている大きめの公園の計画に、女の会社が無償で協力をするという話だ。反対住民も多く、スムーズに進んでいなかったところに来る助けとしては破格のものであったため、話はどんどん進んだ。

「ところで。」

男が突然口にする。

「差し支えなければ、あなたが右腕を押さえているその訳を教えてもらってもよろしいですか。」

「……ああ。」

男が言ったのは女のこと。女は常に左腕で右腕を庇うようにしていた。

「子供の頃に怪我をしてしまいまして、しっかりと動かないんですよ。お医者様からは神経が駄目になっていると言われています。」

「それはそれはお気の毒に……今度私が頼りにしている医者を紹介しましょうか。腕は立ちますよ。」

「お気遣いありがとうございます。ですが、これがどうにもならないのは私が一番分かっています。どうぞお気になさらず。」

「いやいや、これは失礼なことを。すみません……では、詳しい話はまた後日に改めて。いやあ本当にありがとうございます。それでは!」

男は上機嫌で社屋を後にする。女の会社、如月工務店による無償の建築が決まったようでいい話を持ち帰れると隠しきれないワクワクが傍から見てもすぐに分かった。女はふぅと息をつく。その側に部下が近寄る。

「話長かったですねえ。無駄なことばっかじゃないですか。やっぱ男の姿の方がこういうのきっぱり出来るんじゃないですかね。」

「いいや、このままでいいんだ。」

女の姿が揺らぐ。次第にハリのいい細身には筋肉が出張り、右腕は見る影も無くなる。そして頭には角が生える。おまけに声も完全な男である。

「あれくらいのジジイは女相手なら警戒心が地に落ちる。今は脅して機を不意に振るよりも確実に契約を勝ち取るのが先決なんだよ。」

「なるほどねえ。まあそりゃそっか。」

「何をバカな物言いしてるんだ。本番はこれからなんだぞ。ほらしゃっきり準備をする!」

へーいと言う部下に、女改め茨木童子は喝を入れた。


『やっちまった』

腕を斬られた方の肩を押さえながら、茨木童子は後悔の念で頭がいっぱいであった。数百もの鬼を率いてたのはついさっきまでのこと。今やったった4人の手負いの鬼と共に、命からがら追手から逃げる外は無かった。

大江山に来た人間は鬼よりも鬼畜外道であった。振舞われた酒には毒が入っており、動けないところを次々と襲われていった。あの誰よりも強かった頭領の酒吞童子も首を斬られた。それでも尚、酒呑童子は首だけで人間を噛み付いたが、所詮は無駄な足掻きにすぎなかった。圧倒的な才に惹かれて集まった者共から、その才を奪ったらどうなるかは想像に難くない。方々に散り散りになり、そして人間にやられていった。

茨木童子はそんな阿鼻叫喚の地獄絵図を尻目にその場から離れた。すでに渡辺綱と名乗った人間に右腕を斬られ、打ち倒すどころか撃退する力も無かった。目の前で親のように慕っていた鬼が、ともに悪事をはたらいた鬼がばったばったと殺されていく。やりきれなさや怒りが頂点に達しようとしたが、すんでのところで命惜しさが勝った。

茨木は産まれの越後まで逃げようと向かった。しかし詳しい道など覚えてなく、また後ろからは血気盛んな人間は今にでも殺さんと追いかけてくる。こんな状態でまともに逃げられる訳もなく、何刻走ったかも分からない末に名前も分からない場所までたどり着いた。しかし功を奏したか、そこにあった奥まった洞窟はたった5人の手負いの鬼を隠すにはちょうどいいものであった。

「い、茨木ぃ。これ、これからどうすりゃ」

「黙れ!……とりあえず今は静かにしてるんだ。」

手下の鬼の口をふさぐ。おそらくはもう追手はいないだろうが、万が一にでも見つかってしまえば命は無い。情けないが今の彼らはそうするしかない。外からはどこだ探せと叫ぶ声が聞こえる。百戦錬磨の茨木童子もただ怯えながら声が過ぎ去るのを待つしか無かった。それからしばらくして喧騒は落ち着き、静かな夜が戻った。体を癒す食べ物も、心を満たす酒も無い現状では、その静かさも一層骨身にしみた。

それからの彼らの生活は、まるで大江山に来る前に戻ったようであった。山に潜んでたまに通りかかった人間を襲う山賊のような生活。手負いと言えど鬼の体、そこらの人間なら一捻りできるほどである。しかし大きな騒ぎを起こせばまたあの武将共がやってくる。あの時よりも大幅に数を減らした現状では、立ち向かったところで結果は明らかである。彼らは根城を移しながら音を立てぬように生きるしかなかった。

そしてそんな生活は何年、何十年、何百年と続いた。無論とうの昔に自分達を討った人間はこの世にはいないものの、強い人間がまたいつ襲いに来るかは分からない。それにこちらは他の鬼を見かけなため仲間を増やすことも出来ない。鬼のいない地域なのか、もしくは本当に強い人間が鬼を倒してまわっているのか。いずれにしろ、すでに鬼が大手を振って生きるにはあまりにも厳しい世の中になっていた。


ある時、茨木童子は夢を見た。今までに見たどの夢よりも現実味があり、その中で茨木は自在に動くことが出来た。夢は雪降る町であるもののどこか暖かく、そして辺りからは芳醇な酒の香りが漂っていた。しばらく夢を歩く。鬼の姿のままだが道行く人は気にも留めていない。すると遠くの方でやかましいぐらいに騒ぐ声が聞こえた。なんだなんだと近寄ってみるとそこには

「よぉ茨木、遅かったじゃねえか。」

あの時のままの酒吞童子と共に過ごした鬼達が酒盛りをしていた。

他の鬼もわらわらと茨木の存在に気が付き始める。あれ、茨木の旦那?本当か?おい、本当にいるぞ。そんな声が徐々に徐々に集まり、いつしか茨木童子は何百もの鬼に囲まれていた。茨木は夢だと分かりつつも、あまりにも実感のある過去の姿に動揺が隠し切れなかった。

「はは…そうだ、俺だよ。なんだお前ら、ここにいたのか…旦那も、お元気で。」

「ああ、この通りだ。とりあえず呑め、美味いぞ。」

出された酒を呑む茨木童子。しかしその味は不味いというより、とにかく好みではないものだった。思わず吹き出す。

「っ!なんだこれは、こんなよく分からんものは呑んだことねえ。」

「お前はまだこれの味が分からないか。」

「ま、まあ、俺の口には合わないというか……」

「そうか、ならお前はまだここに来るべきでは無いんだろうな。」

「は?何言って」

言い切る前に茨木童子の意識は混濁し始め、そしていつの間にか起床していた。天下の茨木童子というものが仲間を想って夢を見るとはと、少し自嘲気味に笑った。何だったのかと言われたら、こんな自分にもまだ懐かしいという感情が残っていたのだなという驚きと、例え夢であったとしてもそれをまた奪われたことによる喪失感のみがあったような気がする。

それからさらに年月が経った。この頃は人の世も様変わり、もはや鬼なんてものを恐れるどころか存在を信じる人間なんてものは希少になっていた。人の数も増えているため、前と比べて大手を振って歩けるようにはなったかもしれない。それでいいのかと言われたら、まったくもって良くはないだろう。しかし騒ぎを起こせば警察官なんて輩がすぐ駆けつけ、あっという間に取り囲んで牢屋にぶち込まれるのである。様々な場所で会った妖怪達もそうやって姿を消した。今出来ることはたまにわずかな人を襲って、それで生きながらえることぐらいである。それ以上のことをする覚悟はすでになかった。

しかし転機というのは突然現れる。それは茨木が人気のない田舎道を歩いていた時だ。荒れ果てた畑の端に立てられていた案山子の傍を通り過ぎた瞬間、後ろからどさっと重い音がした。なんだと思って振り返ると、そこには古びたロッカーがあった。わずかの間困惑したその瞬間に先の案山子が自ら動き、そしてこう話しかけた。

「忘れられてしまったものを取り戻したいか。」

茨木童子はさらに困惑した。この案山子は何を言っているのかと。そもそもこいつは何なのだと。単に通りかかったから話しかけたのか、それとも自分のことを分かっているのか。そう、茨木の脳裏に思い浮かぶのはかつての仲間達。大江山の鬼退治として世間には伝えられているものの、一人一人を覚えているのはもはや自分達のみである。茨木は案山子をガッと掴みながら言う。

「案山子ごときが分かった口を、やれるものならやってみろ。」

その時である。先程のロッカーがひとりでにと開いた。中は真っ暗であるものの、芳醇な酒の香りが漂う。間違いない、あの夢で感じた酒だ。であるとあのロッカーからは夢で見たあの町に、そして彼らにまた会えるのではないかと。そう思うと足を止められずにはいられなかった。扉に手をかけ乱暴にロッカーを開け放す。そしてロッカーの中に入ると目の前には夢で見たものと同じ、雪の降る町が広がっていた。体で感じるものは夢と同じだが、心が何か違うと叫ぶ。現実味が高いではなく、紛れもない現実なんだと。そして辺りを駆け回った先で相変わらず騒々しい鬼共を見つける。

「なんだ、また久しくじゃねえか。」

酒呑童子の話も早々に茨木童子は腕を掴みこう言う。

「旦那、お前らもだ、早く戻ろう。」

鬼共は戻るってどこにだよ、ここの酒旨いんだよ、などと喚き立てる。追って酒呑童子も言う。

「茨木、どうしだんだ。何を焦ってる。」

「焦るとかじゃないんだよ。大江山に戻るんだ。また元の通りに暮らすんだよ。」

「……そうか。」

しかし鬼共の表情は沈んでいる。

「なんだよお前ら、酒にほだされたのか。ここのままで良いのか。生き残ったのは俺だけじゃねえんだ。」

そうやって茨木が近くにいた鬼の腕を取ろうとした瞬間、茨木の体は猛烈な力に飲み込まれた。それは見えないが濁流のようであり、いつのまにか元の世界に戻っていた。茨木童子は案山子につかみかかりこう叫ぶ。

「おい!てめえかこれをやったのは!」

案山子は何も言わないが茨木はそれを肯定と受け取った。

「ふざけるな、おい、また開けよ。」

茨木童子はロッカーを強い力で何度も殴りつける。しかし案山子は即座に転移し、両者の間には5mほどの距離が出来た。

「逃げるな!どうして逃げる!」

「お前が求めるものはあまりに汚れていて、虚しく、哀れ。こちらに来させたくない。」

「んだとてめえ!馬鹿にするのも大概にしやがれ!」

茨木童子は石を投げるも案山子はその度に転移し、そしていつしか見えなくなっていた。茨木は腕を下げ、力なくその場でへたり込んだ。あのようなことを言うならどうして案山子は希望を見せたのか。それともそのような想いすらも案山子には無いのか。去ってしまった今では何も分からない。

しかし、これは確かに希望でもあった。あそこには間違いなくかつての仲間たちがいた。もはや夢でもなんでもない、手に取ってひっぱることのできる現実だった。そう考えた途端に茨木童子はムクムクと体に力が湧いたようであった。真っ先に根城に戻ってまず事の顛末を報告した。あまりにも荒唐無稽な話ではあるが、信頼関係からか、はたまたその真剣に話す様か、他の鬼共はそれを信じた。

「っても茨木の力でも引き連れ無かったんだろ?どうやって連れてくんだよ。」

「んなもんまた力つけんだよ。今の俺たちは弱い、間違いなく弱い。だからまた一から人喰って強くなるんだ。そんぐらい分かるだろ。」

「で、でもよ、またあの人間みてえなやつが来たら、今度こそ、今度こそ俺たち……」

「落ち着けってアホ共、だからこれからは頭を使うんだよ、ア・タ・マ。」

そういって茨木童子は戻る途中で廃屋から拾った看板を出した。
看板には一部が掠れて読めないが、はっきり"工務店"と書かれていた。


「しかし茨木、お前が最初に大工やるって言った時は気でも狂ったかと思ったけどよ、案外どうにかなるもんだな。」

部下に扮した鬼は言う。そう、この如月工務店というのは茨木童子が編み出した、起死回生のための手段なのである。

たとえどんな理由であっても、結局のところ茨木童子が鬼共を連れて帰れなかったのは、茨木本人の力が足りなかったからである。鬼というのはその怪力乱神でどんな道理をも跳ね除けるものを元来持っているばすだからだ。だから茨木は改めて人を喰い、力をつけることにした。とは言っても今までのように細々とやっていけばそんなことは敵わない。大々的に襲えばまた鬼斬りが来るかもしれない。だから比較的隠密に、大量の人を巻き込めるようなシステムを必要とした。そこで考えたのが建物である。

まず単純に人を襲うよりも建物を建てる方が目立たない。後者は一般的な行為だからだ。その上建物というのは普通、複数人が使うようになっている。そしてこれに建物自体で人を襲えるような呪いをかけることで、この世界に堂々と人へのトラップを仕掛けることが出来るようになる。もちろんただ人を襲うより、時間も手間もかかる。それでも力を失った弱い鬼にとって、この方法は今に即したものだったのだ。

「当たり前よ。俺が何も考えずにこんなことするか。」

茨木はそう笑いながら言う。それにつられて他の鬼共も笑う。彼らはまだ弱い。それは人にも劣るという意味ではなく、いまだに鬼と言えるほどには戻っていないということだ。もはや鬼なんてものを恐れる人間などいないこの世の中、俺達はまだここにいるぞという想いを"如月"の名に込めた彼らの行き着く先は如何に。

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