【恐怖コン】ペルシアの優雅なピクニック【パラウォッチ】

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S_Makoto 2024/8/22(木)22:35:01 #82965128


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"世界の半分"と呼ばれたイランの古都イスファハン

イランという国について、あなたはどのようなイメージをお持ちだろうか?

悪の枢軸、核開発疑惑、イスラム狂信者の巣窟。女性は誰も彼も全身をすっぽり覆うチャドル姿で、個性もへったくれもありゃしない  そんなイメージしか持っていない人は、さすがにアメリカのイメージ戦略に毒されすぎだと思う。

国境沿いなど一部の地域を除けば治安は悪くないし、イランの人々だって礼拝や断食をサボることはある。そして、イランの女性たちは思い思いのデザインのチャドルを身にまとい、唯一あらわになっている目元のメイクに全力を注ぐ。要するに、彼らだって人間だということだ。

なんだって、そんなにイランの肩を持つのかって? それは、俺にとってかの国は"アラビアンナイトの故郷"だからだ。

今や世界中で読まれているアラビアンナイトだが、その原型はササン朝ペルシア帝国  即ち、古代イランで編纂された伝承集なのだ。支配王朝を変えながらも砂漠の覇者であり続けた帝国は、今もイランの人々のアイデンティティに深く根付いている。

小学生の頃、祖父から誕生日プレゼントで貰ったバートン版を読んで  白状すると、その官能的な描写の数々に魅せられて  アラビアンナイトに興味を持ち、大学でペルシア語や中東文化まで学ぶようになった俺にとって、イランはまさに憧れの地だった。

この話は、バイト代やら動画の収益やらをかき集めて、俺が初めてイランを訪れた際の体験だ。このサイトに投稿するぐらいだから、無論そっち方面の。

S_Makoto 2024/8/23(金)00:09:27 #82965128


さすがに一人旅は不安だったので、俺に勝るとも劣らない中東マニアの友人  彼の興味はオイルマネーなどのビジネス方面だったが  を巻き込んだ。

航空券が安くなる春休み時期を狙い、成田からイスタンブールまで約11時間のフライト、乗り換えてさらに3時間。ようやくテヘラン近郊のエマーム・ホメイニー国際空港に到着した時には、早くもヘロヘロだった  が、飛行機疲れなんぞ、夢にまで見たイランの光景に一瞬にして吹き飛ばされた。

ゴレスターン宮殿、考古学博物館、路地裏のバザール  素晴らしい思い出の数々は、とてもじゃないが手短にはお伝えできないし、サイトの趣旨から外れるので泣く泣く割愛する。ただ、イランの人々には親日家が多く、何かと親切にしてくれたことだけは記しておきたい。その理由が連続テレビ小説『おしん』の大ヒットと聞いて、ちょっとモヤモヤはしたが。

そろそろ本題に入ろう。その日、俺たちは美しい砂丘で有名なヴァルザネ砂漠を訪れた。さすがは砂漠の国、都市圏からでも数時間で行けるような場所に砂漠が広がっており、観光客のみならず地元民にとっても手軽なレジャースポットになっているのだ。4WD車による砂漠爆走クレイジードライブツアー  内容は字面から察して欲しい  を楽しんだ後、ホテルに戻るタクシーの車中でのことだった。

友人が不意に「ちょっと停まってくれ」と運転手に頼んだ。トイレかと思ったのだが、彼は興奮した様子で砂漠を指差した。何のことかは俺にもすぐ分かった。砂漠の真ん中にぽつんとペルシア絨毯(じゅうたん)が敷かれていたのだ。中心に大きな円形の模様があるメダリオンというタイプだった。遠目にも精緻で鮮やかな装飾で、いかにも高価そうだった。

ペルシア絨毯の相場には詳しくないが、保存状態の良いアンティークなら数千万円に達することもあるらしい。落し物かなぁ、警察に届けた方がいいんじゃないかなぁとか言いながら、明らかにネコババする気満々の友人に呆れつつ、俺はなぜあんな所にと首を傾げた。

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メダリオン模様の例、マウスオーバーで拡大

もしや、誰かが砂漠でピクニックとしゃれ込んだのか  いや、あながち冗談ではないかもしれない。と言うのも、イラン人は無類のピクニック好きで知られているのだ。公園や水辺でレジャーシートを広げ、お茶や食事を楽しむ人々の姿は何度も見掛けた。砂漠の民だからこそ、水や緑に対する思い入れは強いのかもしれない。

なので、レジャーシート代わりにペルシア絨毯でピクニックする豪傑も、ひょっとしたらいるのかと思ったのだが  仮にいたとして、さすがに砂漠の真ん中ではやらないだろう。弁当が砂でジャリジャリになりそうだし。

タクシーの運転手はどう思っているのだろう。聞いてみようとしたところで、俺は気付いた。運転手は気のいいナイスガイで、いつも陽気な笑みを浮かべていた。その彼が、冷や汗を流しガタガタ震えながら、砂漠に敷かれたペルシア絨毯を凝視していたのだ。挙句に、俺が「あの…」と声を掛けた途端、アクセル全開でタクシーを爆進させた。ある意味、先程体験した4WD車による(以下略)より怖かった。運転がイカれているのは同じだが、あっちの運転手は冷静だったからな。

幸い、運転手はすぐに我に返り、車速を下げた。俺たちに驚かせたことをわびつつ、一刻も早くあのペルシア絨毯から離れる必要があったのだと説明した。そして、以下の話を聞かせてくれた。話している最中も、しきりにバックミラーを気にしながら。

S_Makoto 2024/8/25(土)22:45:33 #82965128


ちょうど10年前の"自然の日"のことだったそうだ。

この日はイラン歴の元日(日本では春分の日)から二週間に渡って続く新年祭(ノウルーズ)の最終日であり、自然の中で過ごしその恵みに感謝することが奨励されている。おかげで公園や水辺はいつも以上にピクニック客でごった返す。

運転手もピクニックは好きだったが、人混みはあまり好きではなかった。当時新婚ホヤホヤだった奥さんとイチャイチャ出来ないから、だそうな。自然豊かで、なおかつあまり人に知られていない場所はないものか  常日頃そう考えていた彼は、幸い仕事中におあつらえ向きの場所を見つけていた。

それは街外れにたたずむ廃墟だった。天井も壁も崩れ去り、基部がむき出しになっていたが、庭園跡と思われる場所には今もバラやチューリップが咲き乱れていた。かつてはどこかの富豪の邸宅だったのかもしれない。廃墟の荒れようと花々の生命力の対比は、何とも非日常的な空間を演出していたそうだ。

自家用車で乗り付けた運転手と奥さんは、早速ピクニックの支度を始めた。春の日差しは柔らかく、花々の合間をチョウが飛びかっている。奥さんも「素敵な所ね、マイダーリン(ペルシア語)♥」と喜んでいる。本当に  直前まで、平和そのものだったのだという。

運転手が自家用車のトランクからクーラーボックスを取り出し、弁当を並べている奥さんの所に向かおうとした時だった。車内からではバラの茂みで見えなかった場所に、何かが敷かれているのが見えた。確かめに近付いた彼は仰天した。精緻で鮮やかな装飾の、メダリオン模様のペルシア絨毯だった。そう、まさしく俺たちが目撃したあのペルシア絨毯だったのだ  とは断言出来ないが、少なくとも非常に似ていたという。

この廃墟で使われていた品だろうか? いや、それにしては保存状態が良すぎた。完全な新品ではなく、適度に使用感もあるのがなおさら不自然だった。だが、戸惑いが不安に移行する前に、運転手はその美しさ、風格に魅了されていた。まさしく、シャー(国王)の宮殿に敷かれていそうな逸品だった。きっと熟練の職人たちが、何年も掛けて織り上げたのだろう  

気が付くと、運転手はクーラーボックスを放り出し、ペルシア絨毯に座っていた。えも言われぬ幸福感に包まれて。だんだん視界がぼやけて、周囲が見知らぬ場所に変わっていく  足元を清らかな河がさらさらと流れ、ナツメヤシの木がそよ風に揺らぎ、美しい天女たちが山海の珍味を運んでくる  まさに、クルアーンで語られる天国そのものだったという。

ああ、この天国のピクニックに比べたら、地上のそれなど猿真似に過ぎない  このピクニックを続けられるなら死んでもいい、彼が本気でそう思った時だった。

S_Makoto 2024/8/25(土)23:48:54 #82965128


奥さんの呼ぶ声で、運転手は我に返ったという。正確にはその声にみなぎる恐怖に。

奥さんはこわばった顔で、夫の足元を見下ろしていた。つまりは彼が座っているペルシア絨毯を。奥さんが「それから降りて」と叫んだ。彼は一瞬も迷わなかった。靴も履かずに、ペルシア絨毯から飛び出そうとした。そうしなければ、二度と奥さんの元へ帰れなくなると直観して。

その直後に起きたことを、運転手は未だに理解していないそうだ。ただ「下半身が真下に沈み込んだんだ、まるで絨毯がいきなり泥沼に変わってしまったみたいに」としか。絨毯と沈み込んだ足がどうなっていたのかは、よく見ていないそうだ。ズボン越しでも感じ取れる、無数の蛇が絡みつくような感触があまりにおぞましくて。それから逃れること以外、何も考えられなくて。

運転手は奥さんが伸ばした手につかまり、どうにかこうにか"泥沼絨毯"から抜け出した。その瞬間、背後から凄まじい轟音が響いた。運転手いわく「泥沼の底が抜けて、泥水が渦巻きながら吸い込まれていくような」音だったそうだ。彼は頭を抱え、アッラーに「どうかお救い下さい。もう隠れて飲酒しません、喜捨もケチりません」と半泣きで謝り続けた。

果たしてアッラーに許されたか、気が付くと辺りに静寂が戻っていた。何事もなかったかのように、日差しは暖かく、花々が春風に揺れている。そこでようやく、運転手は背後を振り返った。ペルシア絨毯はどこにもなかったが、彼が履いていた靴もどこにもなかった。彼と奥さんは弁当もピクニック道具もそのままに、自家用車に飛び乗って廃墟から逃げ出した。

廃墟が見えなくなって、運転手はようやく考えを巡らす余裕を取り戻した。一体、あのペルシア絨毯は何だったのか。あの廃墟と関係があるのか  一部始終を目撃したはずの奥さんは、「アッラーフ・アクバル(アッラーは最も偉大なり)」と祈り続けるだけで、何も教えてくれなかった。彼もあえて尋ねようとは思わなかった。

ただ、自宅も近くなったところで、奥さんがボソリと「あれは目玉だったんだわ」と呟いた。何のことかと運転手が問うと、彼女は低い声でこう応えたそうだ。

「絨毯のメダリオン模様が、私をぎょろっと睨んだの」と。

奥さんのその言葉を聞いた途端、運転手は思い出していた。視界を覆う霧が晴れるように、あの絨毯の姿が脳裏によみがえったらしい。美しい、風格がある、その印象は決して間違っていなかったが  だからと言って、なぜあんな代物にホイホイ座ってしまったのか。

メダリオン模様の周囲に織り込まれていたのは、地獄で渦巻く業火、あるいは絡み合う無数の赤い蛇のような背景と、その合間でもがき苦しんでいる人々の姿だったという。

人々は老若男女様々で、服装もバラバラだったが  その内の何人かは、明らかに現代風の服装だったそうだ。

S_Makoto 2024/8/26(日)00:18:35 #82965128


走り去るタクシーを見送りながら、友人は「あの運転手、こっそり引き返して、絨毯をネコババする気じゃないだろうな」と笑った。俺たちを怖がらせて追い払うために、あんな作り話をしたのではないかと言う訳だ。まあ、俺だって信じた訳じゃない。いかにイランとは言え、アラビアンナイトの時代ならともかく、現代でそんなことが起きるとは思えない。ただ  

砂漠にぽつんと敷かれたペルシア絨毯を、俺たちは確かに目撃した。

それを見た運転手の顔に浮かんだ恐怖は、演技には見えなかった。

それだけは、アッラーに誓って本当だ。

と、まあ、初旅行でこんな体験をしてしまったものの、イランのことは今でも好きだ。これを読んで興味を持ってくれた人も、恐れず訪れてみて欲しい。ただ、旅行中に人気のない場所で、高価そうな落し物を見かけても、うかつに近付かない方がいいとは申し上げておく。

アラビアンナイトにも記されていない怪異が、あの国には今も潜んでいるのかもしれないから。

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