健康の味

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わしは、いわゆる珍味というもんが大好きや。犬肉や猫肉、猿の脳ミソなんかも食った。フグの肝やら毒キノコも食ったな。なあに、フグ肝も毒キノコも一口食ったら即死というわけやない。少し食うだけなら死にはせんとか、育て方次第で毒が少なくなるとか、いろいろコツがあるんよ。まあそりゃ全くの無害、ノーリスクというわけでは無いが、なあに、健康よりうまいもん食う方がよっぽど大事やろうが。

近頃は、健康だ血糖値だBMIだと、うるさく言うやつが増えたがな。わしはそんなもんを気にした事は無いで。食いたい時に食いたいもんを食うし、飲みたい酒を飲むよ。タバコも吸う。酒もタバコも食いもんと同じで、世界を回って珍しいもんをずいぶん試した。おかげで今じゃ立派なアル中、ヤニ中てなもんや。まあ、やりたいようにやってきた結果やし、後悔はしとらん。酒やタバコを控える気もさらさら無い。そんなわけで、今日も珍味の探究や。とびきりの珍味を食えるという知り合いからの紹介で、弟の食料品とかいう飯屋に来たわけや。

「ようこそいらっしゃいました」

ウェイターに促されるまま、席に着いた。内装やなんかは、小ぎれいなもんや。まあ内装を食う訳でもないから、どうでもええんやけど。

「ランチセットと、赤ワイン頼むわ。あと、ここタバコ吸ってええかな?」

「もちろんでございます。灰皿をどうぞ」

飲み屋でも無いのにタバコが吸える店は、今日び中々ない。まだなんも食ってへんけど、なかなかええ店やと思った。それに、他では滅多に味わえんアレを食えるというからな。

「なあ、ここはザクロ、食えるんやろ?」

「はい、お出しさせて頂きます」

やはりな。知り合いから聞いた通りや。ザクロ、つまりわしらの符丁で人の肉の事やな。珍味の愛好家は山ほどおるけど、人を食った事のあるもんは中々おらん。いぜん石榴倶楽部という会におった頃はたびたび食えてたんやが、会を抜けてからはご無沙汰やった。会を抜けたと言っても自分から抜けた訳やなくて、タバコが原因でもめて追い出されたんやけどな。あの時はこんな会こっちから願い下げじゃ、せいせいするわと言うたったが、他では人の肉は食えんし正直ちょいと悔やんどる。だから、久々に人の肉が食える、しかも倶楽部の人間も食うたことの無い珍味やと聞いた時には飛び上がって喜んだわ。

「お待たせいたしました。ランチセットで御座います」

セブンスターを吹かしていると、さっきのウェイターが料理を持ってきた。肉のボイル焼きと、レバ刺しやった。

「このボイル焼き、珍しいもんなんか?どこの部位なん?」

「はい、こちらは人の肺で御座います」

肺なんか。そう相槌を打って、試しに一口頬張った。人の肺は、食うたことは無かった。牛や豚のならある。牛や豚の肺はフワと言って、牛フワとか豚フワとか呼んだりする。しかし、いま目の前にある、いわゆる人フワの口触りは牛や豚とはまったく別もんやった。だいたいどこの部位でも、食感やなんかは牛や豚と似てくるもんやが。

「これ、ほんまにフワなんか。ずいぶん柔らかいし、口んなかですぐ溶けるわ。牛やら豚のとは違うみたいやけど」

「こちらは、人の肺の中でも特別製でございまして」

「ほーん、そういうもんかね。まあそれはええけど、ちょっと焼き過ぎちゃうかな。焦げとるで」

フワの表面には、かなり焦げ目がついとった。

「いえ、こちらは焦げ目ではございません」

「なに?焦げ目じゃ無かったらなんやねん。なんか仕掛けがあんのか」

「はい。実は……」

「おっと、タネの中身までは言わんでええで。わしはこれでも、世界を回っていろんな珍味を食うとるんや。言わんでも、自分で当てたるわ。全部食ったら、どういう仕掛けなんか当てたるで」

わしはこういうネタバラシは最後に取っておく主義や。あれこれ考えながらフワのボイル焼きを平らげて、レバ刺しに取り掛かる。

「このレバ刺しも、ザクロやんな?」

「勿論でございますとも」

安心して、赤黒いレバ刺しを頬張る。レバ刺しにしては、ずいぶんと歯応えがあった。しかし嫌な硬さでは無い。あれよあれよと箸が進み、あっという間に平らげてしまった。

「うまかったで」

「恐縮でございます」

「しかし、なにが特別だったんやろ。確かに歯応えやなんかは、思うとったのと違ったけどな。あー、言うたらあかんで。いま当てるから。そうやな、スポーツ選手のザクロやったりするか?」

「残念ながら、違います」

「さよか。鍛えとるかは関係無い?それやったら、赤ん坊か?」

「赤ん坊でも、ございません」

「そうかー。年齢は若いんか?」

「いえ、どちらかと言うとかなり、年を召しております」

「そうなん?そういうのが逆にうまいんかな。何歳ぐらい?」

「70歳ほどでございます」

「70!そらずいぶんと年寄りやで。わしの親父ぐらいやんか」

すると、ウェイターがふふっと笑った。

「ご明察で御座います。こちらのザクロは、お客様のお父様でございます」

「なに!」

まったく予想しとらん事を言われて、わしは思わずのけぞった。いかにわしが珍味の愛好家で、モラルなんてもんは母ちゃんの腹ん中へ置いてきたと豪語しとるような男やと言っても、流石に肉親を食いたいと思った事は無い。親父はわしに負けず劣らずろくでもない人間で、何十年も会ってすらいなかったが、食ってしまったと思うと流石に脂汗が浮かんだ。

「な、なんで、わしの親父を出してくれとんの」

「ご本人様の、たっての希望で御座いまして」

「わしの親父が、わしに食われたいと言ったんか」

「はい。お父様は、ご自分の身体がもう長くない事をご存じだったようでして」

もう長くない。70過ぎの老人やし、わしと同じで身体に気を使う方や無かったから、それは何となく合点が行った。

「どっか悪くしてたんか」

「はい。お父様、ずいぶんとお酒やタバコをやられていたそうですね」

酒とタバコ。そこまで聞いて、わしはやっと気付いた。

「じゃあ……あのフワはタバコでああなったんか?」

「ええ、タバコを数十年間、1日何十本も吸い続けると、人の肺はあのようになります。まず、肺全体が炎症を起こし、赤黒く変色して御座いました。また、肺胞というものがだいぶ破壊されまして、通常の肺と比べまして少々軽くなってもおりました。以上のようなところから、牛フワ等と比べると随分と違った食感をお楽しみ頂けたかと思います。そして最大の特徴は焦げ目のように見える斑点でして、あちらはコールタール由来の炭素が沈着して御座います。まさに珍味と言える、独特の舌触りをお楽しみ頂けたでしょうか」

「そうすると、あのレバ刺しも」

「人の肝臓というのは、アルコールを摂り続けると段々硬くなりまして、最終的にあのようになります」

「あの肺、そういえば似たもんをどっかで見たような気がしとったんよ。今分かったわ。外国のタバコのパッケージやんか。タバコ吸い過ぎると肺がこんなんなるぞという脅しで貼っとるあれや。……てことは、親父もわしも脅したかったんか。わしに自分のようになって欲しくなくて、こんな手の込んだことをしたんか」

「理由については、何も言っておられませんでした」

親父。昭和のクソ親父を絵に描いたような、わしの親父。酒とタバコと女が大好きで、気に入らん事があるとすぐに手を上げよる。わしの面倒なんか見た事も無かったし、挙句の果てによそに女を作って、どっかへ行きよった。尊敬できる所なんか、誰がどう見たって何一つ無かった。しかし、わしは心のどっかで親父の奔放な生き様に憧れとった。そんな親父が、死ぬ間際に自分の身体がボロボロになった事に気付いて、わしに同じようにならせんように、こんな手の込んだ事をしたんやろか。

「それはずるいで、親父」

わしは、思わず呟いとった。

「親父やって、死ぬ間際まで酒タバコやっとったんやろ。絶対にそうやで、さっきの肺や肝臓が良い証拠やないか。自分だけ最期まで楽しんで、わしにはこんな真似して節制させようなんて、それはずるいで」

「わしはやめんで。最期まで親父と一緒や。好きなように生きるんや。それがわしから親父への誠意や」

「左様でございますか」

「地獄で親父に会うたら、ゲンコツでも貰うとくわ。あんたから見たら、アホな親子やと思うやろけどな」

「とんでもございません。覚悟の決まった、よい決断かと思います」

「さよか。ほなお勘定や。ごっそさん」

店を出て、またタバコに火を付ける。ふと空を見上げると、煙の向こうで親父が笑っているような気がした。


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