龍吟屍嘯

1941年 9月6日 昭和帝 御前会議にて

よもの海
みなはらからと
思う世に
など波風の
たちさわぐらん


1947年8月15日  駆逐艦USSシュローダー艦長 ヘイグ・エリントン少佐

ヘイグは黙然と、前面のプロッティング・ボードを眺めている。

ボードには、真円と十字を重ねた図形が印字された紙が固定されている。
例えるならば、射撃訓練の標的の形にそれはよく似ていた。

その紙に、いくつかの図形が等間隔に並んでいる。

小さな丸と、小さな三角形、そしてひときわ大きな三角形。

これらは全て、ヘイグが鉛筆でプロッティングシートに書き込んだものだ。
一見して子供の悪戯書きのように見えるが、これは厳然たる計算の賜物だ。

レーダーで割り出した艦艇の彼我の位置、進行速度を計算し、その位置を書き込んである。

ヘイグは改めて、何度も見返したプロッティングボードを見つめる。

標的状のシートの中心に、大きな三角形が四つ並んでいる。
これが、打撃群の中核をなす4隻の空母である。

空母の前方には小さな三角形が5つ並ぶ。
これは、艦隊の前方と速報をカバーする巡洋艦。

その周囲を10個の小さな丸が、円形に並んでいる。
これは、艦隊の外縁で警戒ラインを形成する駆逐戦隊群だ。

ヘイグの搭乗するUSS シュローダーは、艦隊外縁の小さな丸の一つである。

駆逐戦隊は2つに分かれている。

艦隊の進行方向前方をカバーするのがアルファ駆逐戦隊。
その後方をカバーするのが、ブラボー駆逐戦隊である。

ヘイグの艦は、アルファに所属していた。
これらの図形は全て、味方の艦艇だった。

副官たるCIC担当士官からは報告なし。
レーダー観測手・ソナー員からも同様だ。

依然として敵影なし。

だがそれは、そもそも当たり前の話だ。
何故ならば、戦争は終わったのだから。

それも、2年前に。

それゆえに、ヘイグがシートに書き込むべき敵艦のなどあろうはずもない。
だが、それでもヘイグはプロッティングシートを見つめ続けた。

打撃群司令の下した命令を守るために。

「対潜・対空見張りを厳となせ」

これが、命令の内容である。

だが、ヘイグは脳裏の疑問を拭えなかった。

もはや、敵航空機も、敵の潜水艦も、この海には存在しないからだ。

ヨーロッパでの戦争は既に終わり、憎むべきヒゲの伍長は地獄へ行った。
そして、ヘイグが戦っていたかの帝国もまた、無条件降伏を受け入れた。

───ならば、俺たちは一体何をしに、何と戦いに、海へ出たのだ?。

ヘイグは艦長席から周囲を見渡す。

さして広くもない戦闘指揮所に、16人もの士官や下士官が詰めている。
観測員はヘッドフォンに耳をすませ、レーダー観測員はスコープをじっと睨む。

ヘイグにとって、その多くが見知った顔ぶれだった。

まるで、2年前に戻ったかのような緊張感だ。
それはこの全員が、歴戦の古強者であることを示していた。

「艦長、旗艦・レプライザルより電信です」

CICオフィサーのハーバートの声が響き、ヘイグは我に返った。

「読み上げてくれ」

「はっ、ヒトフタマルマル時増援と合流す、警戒を密にせよ。以上です」

「了解、ご苦労」

エセックス級空母レプライザル。

「報復」の名を持つその船。
真珠湾攻撃に対するカウンターの意味を持つ船。

だがその艦体の建造は遅々として進まなかった。
結局の所、終戦の3日前に建造は中止となった。

結局、彼女は報復の機会を得る事はなかった。

ヘイグはそのように聞いていた、つい数時間前までは。
そのレプライザルが、どう言うわけか、存在している。

それどころではない、艦体の編成も常識からは外れていた。

ヘイグの乗るUSSシュローダー自体、既に退役済みの船だった。
こういった船は、有事に備え保存状態に置かれるのが常である。

いや、シュローダーだけではない。

空母打撃群を構成する全ての船が、退役艦で構成されていた。

アルファ駆逐戦隊の旗艦はUSSリングゴールドだ。
この艦はシュローダーと同じく、退役扱いなのだ。

これは空母も、空母の前衛を務める巡洋艦も同じくそうだった。
空母打撃群の編成は、あまりにも異質と言っていいものだった。

そして、ヘイグにはさらなる疑問があった。

ヘイグは思い返す。

そもそもこの航海自体が、奇妙なものだった。

ハワイ、パールハーバー。

ヘイグはそこに骨を埋めるつもりで勤務に精励していた。
幼くして父母を亡くしたヘイグにとって、海軍は家に等しい。

だからこそ、戦争が終わっても、軍隊の外に生きる場所を求める気にならなかった。
しかしそれでも、ヘイグは今後、自分が実戦に臨む事はないだろうと思っていた。

しかしある日、ヘイグは招集を受けた。
ホノルルの街のバーで、コナを一杯引っ掛けていた時に。

ヘイグに話しかけたのは、黒服の男だった。

彼は「ある特務機関の者」だと自らの正体を明かした。
だが、ヘイグはそんなものがあるなどとは聞いたことがなかった。

しかし、男が差し出した命令書は本式のものだった。

そしてヘイグは翌日艦に乗り込んだ。
集まったほとんどは、元部下だった。

港には見覚えのある艦が顔を並べており、ハワイ沖で戦隊は集結した。
向かう先は、日本の方角だと言う。

そこで再び、ヘイグの脳裏に疑問が浮かんだ。

────俺たちはいったい、何と戦争をしに行くんだ。

ヘイグにとっての喫緊の興味はそこにあった。
それから、不審な点もまたあった。

艦に乗り込む際、司令部からの通達があった。

USSシュローダーに、特殊兵装を積み込んだというのだ。

兵装の内訳は、ヘイグ自身が確認している。
それは3本の魚雷に、5基の爆雷であった。

実物も確認したが、見た所、通常の魚雷・爆雷と何ら変化はなかった。

ヘイグの脳裏に、一瞬嫌なイメージが浮かんだ。

広島と長崎に投下された米空軍の「新兵器」の事だ。
それは世紀の、はたまた悪魔の発明と言えるものだ。

かの兵器は、従軍した者たちの間で語り種となりつつあった。
ヘイグはその話を聞いて、真っ先にヴェルヌの一作を想起した。

たった1発で、敵の主要な軍港としを灰燼に期した〝それ〟。
もしかすると、自分たちが積み込んだのはまさにあの平気なのかもしれない。

────だとするならば、この航海はその新たな実験のためなのか?

しかし、その疑問はヘイグの本分である軍人としての気質が打ち消した。

相手が何であろうと、自分たちはあの過酷な大戦を生き抜いた精鋭である。
そういった意識もまた、彼の疑問を打ち消す要因だったのかもしれない。

「艦長、レーダーに妙な影が」



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