我を忘れる

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彼女の視線は赤い液体の上を彷徨っている。下流に、流れ出る液体の縁に目を向ける。上流に、液体の湧き出る源に目を向ける。その色は既に暗くなっていた。液体が乾くのを眺めていると、何か刺激的な癒しを感じて、彼女の呼吸は不規則で緩慢になっていく。
彼女は胸一杯に深く、体が許す限り深く、深く息を吸った。そして、ホテルのベッドから体を起こし、バスルームに駆け込んだ。
シャワーの後、大きな鏡を見て、びしょ濡れになった彼女は、戦闘服コンバットスーツを着たままだったことがあまり賢明ではなかったと気づいた。とはいえ、スーツは撥水加工されているので、雨に打たれたように見えるだけだが。
彼女はこめかみをこする。今のところ、あの意識喪失は現実の問題を何らもたらしていないはずだが、そろそろ運も尽きてきたようだ。
彼女はバスルームを出て、例の赤い液体を血液として認識するよう自分に言い聞かせた。彼女は、もう間違いなくこれを血だと思うまで、それを見つめていた。腕を胸の前で組んだ死体を部屋の端に並べていた(当然、手袋をしていた)ことが彼女の助けになった。
ついに下半身の痙攣が消え、全身の力が抜けていく。
彼女は笑顔でホテルの部屋を後にした。

地下鉄の揺れが、その長身の女を心地の良い疲労感に誘う。このまま眠ってしまいたかったが、脳内では思考が駆け巡っていた。
そこで彼女は再び目を開けた。もう夕方で、闇が深くなり始めている。唯一の光は、資本主義の四分の一の真実が詰まった、駅の暖かくカラフルなネオンや過剰に明るいLED広告の看板からのものだ。
彼女は体を起こし、ドアの前の列に加わり、この公共交通機関を後にした。
閑散とした中央駅は、群衆心理の持ち主達にとっては恐ろしいオーラを放っているだろう。しかし、そうでない者にとっては、1日のストレスから解放される場所なのである。
「やあ、そこの素敵なお姉さん!」
その声の主は、脱色で作った人工金髪の18歳で、カラスのような黒髪の女と、スポーツ刈りでキャップを90度回転させた男性を連れていた。
「ねえ、そこの貴女。そう、高そうな服の貴女!」
呼びかけられた女は立ち止まる。「何かご用でしょうか?」敬意の籠った穏やかな口調で話す。
「ええとですね。我々、苦労して稼いだお金を忘れてしまいまして、貴女が寄付を惜しまない方に見えたもので。」その青年が申し訳なさそうな顔をして言ったとしても、この3人が他人にお金を無抵抗に渡せという、あまり親切ではないお願いをしているという事実は変わらない。
「つまり、私は強盗に遭っていると?」変わらず穏やかな口調で答える。
「へへっ、ご協力感謝しますよっと。」
その時、拳が金髪女の鼻の下に当たり、鋭い殴打音が響いた。
黒髪の不良女は、小さなポケットから銃を取り出そうとしたが、ハイヒールを履いているとなかなかうまくいかないものだ。
仲間の女よりも少し賢い男は、逃げるという選択肢を取った。
しかし、遠くへは行けなかった。突然、彼の目の前の通路がどこまでも伸びていき、何かが彼の首を刺したのだ。彼は倒れてしまった。
彼はまだ完全には麻痺していない腕と足を必死に動かした。
「今日は本当に酷い1日だったのよ。本当に最悪。どれだけ不満が溜まっているか想像してみて。」彼女が溜息をつくたびに、彼の背中に蹴りが入る。
3人の意識がなくなったことを確認すると、スーツの女は強盗のポケットから略奪した。
立ち上がった彼女は、掃除用具を持った老人が、慎重に、犯罪が行われている自分の方向を見ないようにしていることに気づいた。彼は「俺はそんなことするほどの給料は貰ってねえし、どうせもう手遅れだろ。」と不機嫌そうに呟いていた。その後、彼の思慮深さのために、彼はお金を"見つけた"。残りのお金は募金箱に入った。


レタRethaの背後で、アパートの扉が満足げに、柔らかい音を立てて閉まった。この7部屋もある大きなアパートは、彼女に取って住み慣れた、安心できる場所だ。
奇妙なことに、このアパートの玄関ホールの両脇には能楽で使われる面と日本の伝統行事の装飾が掛けられていた。更に、リビングには機能的な武具と、住人の誰も本気で信じていないような、陳腐な侘び寂びを感じさせる置物が鎮座していた。
スンウSeungはレタの出現に不意をつかれた様子でぎこちなく部屋に立っており、「やあ」と、彼らしい生意気な挨拶をした。
レタは高価な靴を部屋の隅に向かって蹴り飛ばし、ソファに腰を下ろして大きくため息をついた。しかし、ブリーフケースの取っ手は左手にしっかりと握ったままだ。
「過酷な任務だった?」
「酷い結果だった。」
「ああ、かわいそうに。揉んであげるよ。」
スンウは彼女の肩を揉み始めた。
「ああ畜生!気持ちいいなあ!もっと強く。もっと強くやってくれ。」大女が呻く。
その声に誘われ、テアTheaが隣の部屋から出て来た。公然とマッサージを大いに楽しんでいるレタを見て、彼女は唇を噛み、目を細めて、気の抜けた笑い声を出した。
テアは、疲れ切った同居人の服装に合わせてアイロンのかかっていないシャツを着て、オフィス用のスカートを履いている。手に持っているシュールフェルサーSjhlfelser ミードの小さなボトルは、この若い北欧女がほろ酔いであることを示していた。
テアはレタの隣に寝転び、彼女にすり寄る。
「大変な1日だった?」と尋ねると、彼女は一口飲んでから、結露で濡れたそのボトルをレタに差し出した。レタは喜んでそれを断った。
「私達、本当に奇妙なくノ一と忍者よね。禁欲すべきだっていうのに、1人は女好きで、もう1人は酒好き、3人目は暴れん坊で、さらにそこの1人は怠け者と来た。」彼女はそう言って、丁度リビングに入って来た、線香を手に部屋を歩き回っているヴァレンティンValentijnを指差した。
「どういう意味かな?」ヴァレンティンは顔を上げて言った。「……僕は怠け者じゃあないよ。今は"省エネモード"なだけ。そしてとても忍耐強く、より戦略的、でしょ。」
「ところで今何を?」
ヴァレンティンは線香の棒を振り回し、高価だがひどく古めかしい着流しをはためかせながら、部屋の隅々まで点検している。「何か怪異を呼び出してしまった可能性があってね。もしかしたら、のっぺら坊かも。」
彼は線香をブロンズの器に入れてコーヒーテーブルの上に置き、レタと向かい合うようにスツールに腰掛けた。ブリーフケースに手を伸ばす。「成功したようで何より。」
レタが手を挙げる。「気をつけて。開けないでね。罠や呪いがあるかもしれないから。」
ヴァレンティンは親指を立てて了承を示した。
「それと、貴女の質問に答えると、警備員が2人撃たれたよ。」
「おぉっと、死ぃんじゃったの?」テアがつぶやく。
「死んだかは分かんないけど……出血はひどかった。」
「ああ、全く」とヴァレンティンは言う。視線はまだスーツケースに向けられ、中に何が入っているのか考えようとしている。
「それから、女2人と男1人に強盗されそうになった。」
「それで?」テアが聞く。
「勇気がなくて、そいつらを殴ってしまった。」
テアは「カッ」というような声を出し、それからレタの左手を取って、長い間それを見つめた。
「貴女の手綺麗ね……ってこれ前も言ったかしら?」彼女の明るい手と対照的な黒い手の甲を撫でる。
「ええ、あなたが少し悲しげで酔っぱらっているときはいつでも言う。」
「酔っぱらってはないわよ。ただほろ酔いなだけ。」
窓から周囲の工業地帯やオフィス街を眺めながら、レタが頬を掻く。
「テア、私にも飲み物を持って来てくれない?」とレタが尋ねるが、ルームメイトは既に居眠りをしていた。
スンウはレタの耳元で身を乗り出した。「僕が持ってこようか?」と囁いて、その韓国人は喉を鳴らした。
レタは右手を振って彼にぶつけると、彼の鼻を凹ませた。「やめてよ!」彼女は笑う。
「僕が行くよ。どうせこのスーツケースを金庫に入れに行かないとだし。」ヴァレンティンが飛び上がってスンウを呼び止めた。
ヴァレンティンはソファーの上で半回転宙返りし、その上に座った。彼は頬を膨らませ、口角を上げたような戯画的な表情を浮かべる。「僕は女性にモテる男ではないけどね。どっちかと言うと男たらしだ。」
レタが冗談めかして彼の頬をつつく。「確かに、そうかもね。」
テアは頭がずり落ちそうになって、驚いた。
大きなあくびをして、彼女は立ち上がる。「自室のちっちゃいベッドで寝るよ。」
「いや、ちょっと待ちなよ。ヴァレンティンが何かつまみ食いするものを持ってくるから。」スンウが言った。
案の定、ヴァレンティンは片手に氷の入った透明な液体、もう片手に塩味の入ったボウルを持って戻ってきた。
「マティーニ・アウフ・デン・フェルセン1。君のために。」
レタはありがたくそれを受け取る。「テアがシルフェルスSchilffels2産のこの酒の何を気に入ってるか知らないけど、私はマティーニの方が断然好き。」
シュール-フェルスね。チューリッヒにある川の名前に近い発音。」とテアは訂正する。「正直言って、慣れるまでキツイわよね。でも、生臭い匂いとハーブティーの味を克服したら、耐えられるようになるわ。」
テアは肘掛けとスンウの間に入り込み、スンウを退かした。
4人はソファーの上に腰掛けて、ポテトチップスを食べ始めた。
テアは突然ゆっくりと立ち上がり、ポケットの中を探った。
「何かお探しかい?」とスンウがチップスを口に詰めたまま尋ねる。
テアは小さな円筒を手に取る。「これ、強盗の1人に使った麻酔薬入りのダーツ。」
ヴァレンティンが眉をひそめる。「これでは事件に不必要に注目が集まるのでは?」
「恐らくそうね、でも彼らはどうやってこれを調べようと思うかしら?」
テアは突然、まだ空にはなっていなかった瓶を大きく飲み干した。
「そのことについて話したい?」レタが不安そうに聞く。
「ごめん、まだ待って。食べた物を先に消化しないと。」

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